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opening(10/08/07)
第一話 幻想、現想(10/08/21)
第二話 優秀、不断(10/08/28)
第三話 以上、異常(10/09/18)
第四話 領収、終了(10/10/02)
第五話 痛い、遺体(10/10/16)
第六話 狂理、来裏(10/11/06)
第七話 狂鬼、覧負(10/11/20)
第八話 理解、乖離(10/12/11)
第九話 切る、悠(10/12/23)
終の話 生死潰し(10/12/26)
第1-20章(11/02/26)
第1-21章(11/03/06)
第1-22章(11/03/06)
オマケ話 -晩夏のバカンス-(11/02/06)





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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved






Caution

・この話はいわゆるオマケ的なものです。くおりてぃ的な物は保証できません。
・キャラが著しく崩壊している人がいます。
・ベタな内容です。
・作者が練習的な感覚で書いてます。つまらなくてもスルー推奨。

以上がおkという人はこのままどうぞ。











俺が彼女と出会ったのは何の変哲もない場所だった。
いや、出会ったというのも正確じゃないな。いつも通りに大学の女の子と遊んで、だけど別れ際につまらない事で口論となって、ムシャクシャした気持ちで歩いてただけだ。しょうもない怒りは俺の胸の中にいつまでも残ってて、自分が世界で最高に不幸な気持ちでいた。すれ違う人間皆に心のなかで悪態をつきながら、トボトボとむなしいままに家に帰ってたんだ。
そんな時だった。彼女が俺の目の前に現れたのは。
たまたま顔を上げた時に反対側から彼女は歩いてきた。そしてすれ違うその時、俺の眼は彼女に奪われた。
ただ偶然に道端ですれ違っただけだ。たった一秒程度にしか満たない、ほんの僅かな邂逅だ。だけど、俺にはそれが運命の出会いに思えた。
ショートの黒髪に、グレーのタイトスカートを履いて肩には機能性を重視した、それでいて気品溢れるショルダーバック。鋭く釣り上がった眼は意志の強さを感じさせ、口は真一文字。やり手のキャリアウーマンだろうか。
俺は足を思わず止めた。俺を一瞥だにせずに通り過ぎていき、夕日に向かって凛々しく歩いて行くその後姿を、俺は黙っていつまでも見つめていた。気がついた時にはもう彼女の姿は見えなくなっていて、何故だか途方も無い喪失感に襲われた。

――ああ、そうか

高鳴る自分の胸を抑えて、俺は確信した。

――これが恋か、と





「――というわけで、俺は彼女に一目惚れしたわけなのです」

そう高らかに正祐は宣言した。
それに対して、主な観衆の反応はというと、

「そうか、良かったな。おめでとう」
「あっははー。また正祐クンは恋に落ちたわけだねっ。今月何人目だっけ? そろそろ後ろから刺されるかもよっ?」

とまあ、一人は聞いてるのか聞いていないのかよく分からない返事を、もう一人は何が楽しいのか笑い声を上げながら正祐の人間性を疑う質問をぶつけてきた。残りは恐らく耳も貸していないのだろう、所々で三人のような話し声が聞こえはするものの、黙々と紙に向かってペンを動かしていた。
鏡もまたその一人で、講義を担当した教授から渡されたプリントを、正祐に適当な返事をしながら淡々と埋めていく。
残り二人の前にも当然ながらそのプリントはあるのだが、悠はそもそも大学生ではないため提出する必要は無し。逆に正祐はキチンと埋めて出さないと単位が難しいはずなのだが、話すのに夢中で解く気は一切無い。鏡もまた注意したりはしない。手を動かし口を動かししながら黙って正祐の近未来予想図を描いていた。

「いやいやミズキっちゃん、今度ばかりは俺は本気だよ?
今までの俺は恋なんてしてなかったんだ。アレだ、今までは恋に恋してたのさ。女の子と付き合うという行為自体に意味を持ってて、その行為自体に憧れてたんだ。お遊びだよ、お遊び。
これまで二週間と持たずに彼女と別れてたのがその良い証拠だ。妹キャラからお姉様までいろんな人に尽くし尽くされ、奢って貢いで、そして最後には振られてきた。だがそれら全てが所詮遊びだったんだ!」
「つまりお前が遊ばれてたんだな」
「だがしかぁしっ! 俺は昨日真実の愛に目覚めた! たった一度しか見ていない彼女の事を夢にまで見て、そして朝起きたときに隣にいないのを知って愕然とした! 一人で朝起きるのがこんなにも辛い事だとは思いもしなかった……!
彼女にもう一度会いたい。会って話をしたい。その為ならば俺は、携帯の中に入っている女の子の番号を全て消してしまっても構わない!」
「何か似たような事を三日前にも言ってた気がするんだけどっ?」

そう悠はツッコんだ。だが正祐は突然立ち上がり、クルリと一回転してズビシッ!とばかりに悠を指差した。

「それは空耳だ!」
「僕も聞いたんだけど?」
「それも妄想だ! もしくは俺のふりをした誰かがお前らに囁いたんだ! 何でもいい! とにかくそれは聞き間違いだ!」
「いや、聞き間違いなのか囁いたのかどっちだよ?」
「ともかくだ! 俺は本当の恋に落ちたんだ。
ああ、彼女は今この青空の下で何をしているんだろうか……それを考えるだけで昼も眠れない」
「真面目に授業受けとけよ」
「ふぅん……でも確かにここまで熱苦しく語る正祐クンもはじめてかもね。
ねっねっ、その人の事をもっと教えてよ」
身を乗り出す様にして悠が尋ねる。正祐は待ってました、とばかりにニヤリと笑って、だがもったいぶるようにゆっくりとうなずいた。

「よくぞ聞いてくれた、ミズキっちゃん。どこかのむっつりとは大違いだ」
「誰がむっつりだ誰が」
「しかし、だ。彼女の事をどう表現すればいいものか……
一言で表すならば、まず格好いいって言葉が思い浮かぶな」
「そうなの?」
「そうなのだよ。美人なのはもちろんとして、ビシッ、としたスーツを着こなしてて全身から仕事ができますオーラをまき散らしてるんだ。なのに女性らしさを損なわない気品。溢れる魅力。目の前で微笑まれたら俺じゃなくても間違いなく恋に堕ちるね」 「ふむふむ。それでそれで?」
「歩きながら何かを睨みつけるみたいに前を見据えててさ、人によっては怖いという印象をうけるかもしれない。しかし俺は、それは彼女の虚勢なんかじゃないかと思ってる」
「虚勢?」
「ああ。いくら女の人の社会的地位が高くなったと言ってもまだまだ仕事の面だと男の方が有利だ。場合によっては女性だというだけで不利な事もあるだろう。仕事ができる女を維持するために相手に相手にバカにされないよう強気の姿勢を崩さないのさ」
「おおー。さすができる女は違うんだね。アタシもそうなりたいなぁ」
「水城さんはたぶん無理だと思います」
「ぶーっ! そんなことないよっ。アタシだってやればできるんだからね」

悠の抗議の声を聞いて鏡はスーツを着て歩く悠の姿を想像してみた。なるほど、姿形だけなら背の高い悠は確かにスーツが似合うかもしれない。だが子どもっぽいキャラのせいで全てが台無しだ。百歩譲っても就活中の大学生にしか見えない。

「……まあ頑張ってください」
「あー、信じてないよねっ。いいもんっ! いつか鏡クンに吠え面かかしてやるんだから!」
「大丈夫だって。ミズキっちゃんならいい大人の女性になるって。もちろん彼女には及ばないけどね」
「だよねっ! だよねっ!」
「あー、ハイハイ、分かりましたから。
ところでさ、正祐。お前先週この講義サボってたから知らないだろうけどさ」

授業の終わりを告げるチャイムが教室に鳴り響く。それと同時に担当教授が入ってきて指示を出し、後ろの席からプリントが回収されていく。
鏡は回収に来た学生にプリントを渡しながら言った。

「今日のコレ、テストだからな?」

それと同時に正祐の白紙のプリントも回収されていった。






「ああ、あの人はどこに住んでんだろ……? どんな仕事してんのかな? 休みってカレンダー通りなのかな?」

テストも終わって帰り道。正祐の話はまだ続いていた。
単位を落とすことがほぼ決定的だが、それさえも気にならないくらいに名前も知らない「彼女」に夢中なのだろう。とは言え、鏡にとっては他人事だ。BGMにもならない話し声を右から左に聞き流しながらポケットから財布を取り出して自動販売機と向かい合う。

「なあなあ、デートに誘うとしたらどこがいいと思う? 社会人だからやっぱそれなりのレストランとかじゃなきゃダメか?」
「どーなんだろうねー。あ、鏡クン、アタシにもジュースよろしくねーっ。コーラで。もちろんダイエットじゃない方」

一時間以上に渡って延々と聞かされたからか、流石に悠も正祐の話に飽きたらしい。段々返事がおざなりになってきていた。

「てかホントに相手が社会人かどうか分かんないだろうに」

悠のリクエストに応えながらも鏡も返事をする。だが正祐はもはや何も耳に入らない様子で、ブツブツと呟きながら顔をだらしなく緩めていた。

「ああ……あの人ムチとか持ったら似合いそうだな……ピンヒールで踏まれながら罵られたい」
「こりゃダメだな」
「そういえば正祐クンってドMの変態だったね。すっかり忘れてたよ」
「話を聞く限り、どう考えてもこの変態趣味についていけそうな人じゃないんだけど」
「うーん、一般の人諦めてその筋のお店に行った方が幸せになれるんじゃないかな?」
「てか、今まで振られ続けてきたのってこの趣味が原因だろ、確実に」

ジュースを飲みながら好き勝手言い合う二人。
その時突然正祐は立ち止まって鼻を鳴らしながら、

「む?」

と辺りをキョロキョロと見回し始めた。

「どうした? またお前好みの女の子でも見つけたか? あんまり女の子に手を出すのも程々にしとけよ?」
「失敬な事を言うな。何と言われようが今の俺は彼女一筋だ。他の女の事など目に入らん」
「じゃあどうしたんだよ?」
「彼女の臭いがする。この香り、この空気……間違いない。あの日の彼女の臭いだ。俺の鼻がそう告げている」
「うわぁ……」

流石にこの発言には二人とも引いた。ドン引きだ。鼻をヒクヒクさせながら付近を捜索する正祐から少しずつ離れていく。

「友人として一線を越える前に連れ戻した方がいいんでしょうかね……?」
「もう手遅れなんじゃないかな?」

深いため息をつき、段々と人間離れしていく友人を鏡はどこか遠い目で見つめた。
犬もビックリな嗅覚を頼りに相手を探していた正祐だったが、突然大声で叫んだ。

「いた!」

その声に近くを歩いている人が皆正祐の方を振り返るが、当人はお構いなし。
鏡は心の中で「アイツは赤の他人、赤の他人……」と何度も呟きながらも、ジュースを口に含みつつ正祐の視線の先を追った。

「妄想じゃなかったのか……」
「さてさて、どんな人……」

正祐の意中の相手が誰か。二人揃ってその相手を見た。その瞬間、
ぶふぅっ!!
二人揃って吹き出した。ゴホゴホと咳き込み、何度も眼を擦ってあんぐりという表現がぴったりなほどに口を開けて通り過ぎていく女性を見送った。

「やっぱカッコイイなぁ……」

正祐もまただらしなく口を開けたままつぶやいた。だが鏡と悠の二人が抱いた感想はまったくの逆。
なるほど、確かにスーツはよく似合っている。ピシッとしたタイトスカートは毎日着ているものだからまあそれなりに着こなしている。だがその内のワイシャツの襟はヨレヨレで、若干黒ずんでるのを鏡は見逃さなかった。髪も一見ツヤツヤに見えるが、アレはシャワーを浴びて濡れたままの髪が日光で反射してるだけだ。
何より、正祐が意志の強さを感じさせる、と表現した視線。違う、アレは意志の強さというよりは寝起きで眼が開いてないだけだ。相手の性格を知る鏡からは、機嫌の悪さを発散するための獲物を探してるようにしか見えない。
こちらの視線に気づいたか、相手は横目で正祐を見る。眉間に深い縦皺を刻んで。

「おい、鏡! 見たか!? 俺の方見て笑ってくれたぞ! やっぱり彼女の方も俺の事を……」
「なあ、正祐……一つ聞いていいか?」
「あん? なんだよ?」
「あの人がホントーにお前の言ってた相手か? 見間違いだよな? お前の眼は腐ってないよな?
いや、違うな……お前の眼は腐ってるんだ。ついでに言えばお前の脳みそは腐りきってる。そのせいで妙なフィルターが掛かってるんだ。だから今から僕と一緒に病院に行こう」
「何かスゴイひどい事を言われてる気がするんだが……」
「確かにお前の趣味は特殊で相手を選ぶって事は分かる。お前が変態で、お前の嗜好に合った相手を見つけ出す眼力の凄さも認める。だけどあの人はやめておけ」

必死で鏡は正祐を説得する。だがその言葉は逆にヤブヘビだった。

「鏡! お前あの人の知り合いなのか!? そうなのか!? むしろそうなんだろ!?」

正祐は鏡の胸元をガッチリとつかんで、鏡の頭が飛んでいかんばかりの勢いでガクガクと揺さぶった。

「え、いや、まあ……ねぇ、水城さん?」
「そこでアタシに振るの!?」
「ミズキっちゃんも知ってるのか!? という事は……お前らのバイト先の人か!」

なんで普段はバカなのにこういうところは鋭いかな。
脳のリソースを無駄にフル活用させ、洗練された無駄のない無駄な動きを織りまぜながら正祐は往来のど真ん中で二人に向かって土下座する。

「頼む! 彼女を紹介してくれ!!」

土下座を通り越して五体投地の体勢で必死で懇願する正祐を見下ろしながら、二人は顔をひきつらせた。そしてすでに遠ざかっていった彼女の後ろ姿を見た。

(絶対に無理だと思うんだけどな……)

人畜有害。鏡が知る中で最もその言葉が似合う女性。
S.T.E.A.R課長、榊ナオを見送りながら鏡は深いため息をついた。






「正祐とデートしてあげてください」 「断る」
「ですよねー」

その日の仕事が終わって朝日が昇り始める頃。鏡は悠と共にナオに正祐の希望を伝えた。
が、結果は即座の拒否。鏡としてみれば聞く前から返事は分かっていたようなものなので別段驚きもしなかったが。
とはいえ、このままあっさりと引くのも気が引ける。なんだかんだで鏡は正祐には常日頃から感謝しているし、普段感じている恩を返すチャンスだと思っている。無理だとは分かっているが、何とかして一度くらいはデートをセッティングしてやりたい。

「えー、いいじゃないですかぁ。課長だって別に付き合ってる人がいるわけじゃないですよねっ?」
「さあな。
そんなくだらん事してる暇もない。何よりガキに興味がない」
「そんな事言って。若い人と付き合えるチャンスなんてそうそうないんですよ?」
「知るか。ンなことよりさっさと仕事しろ。仕事が無いなら今すぐ帰ってクソして寝てろ」

書類から眼を離さずにナオは答える。その上シッシッとハエを払うかのように手を振った。
が、鏡は引かない。

「まあまあ。たまには課長も休みを取って羽を伸ばしてみたらどうですか? 聞きましたよ? 滅多にない休みも一日中部屋でゴロゴロしてるらしいじゃないですか。一日くらい有給取ったってバチは当たりませんし、仕事の方もみんな協力してやってくれますから」

そう言って鏡は部屋を見回す。黙ってうなずく者、そうだそうだと同意の声をあげる者、サムズアップする者。とりあえず事務所にいる全員が同意していた。根回しはすでに済んでいる。

「しかしだな、なんでデートなんて面倒くさいことを私がしなければならない?」
「別にデートだって思わなくても良いんですよ。若い男に貢がせる気持ちでもいいですし、楽しく遊ぶだけでも良いんです。あ、もちろん好きなだけいじくってストレス発散でも良いですよ? どうせ一回限りの相手ですし」

言いながら鏡は、なんだかなぁ、と思った。どう考えても自分の親友に紹介しようという気持ちのこもったセリフではない。まるで悪女に生贄を捧げてるみたいだ。事実そうなのかもしれないが。

「要は課長の気持ち次第って事です。楽しめばいいんですよ、楽しめば」

ま、いいや。鏡は良心の呵責を彼方へ投げ捨てた。むしろ鏡の方がメンドくさくなっていた。
どうせ正祐だし。別に恋を成就させろとは言われてない。恋が叶うならそれはそれで面白いが。
これで正祐の眼も覚めるだろ。そう結論付けてナオの返事を待った。
対するナオはというと、珍しく話を熱心に進めてくる鏡に怪訝な顔を向けた。そして全員の顔を見渡していくと、全員が全員息の合ったうなずきを返してきた。

「何を企んでやがる?」
「やだなー、課長。何も企んでなんかいませんよっ。純粋にみんな課長の事を心配してるだけですって」

ねえ、と悠が再度メンバーに呼びかける。そしてやっぱりみんな一斉にうなずいた。
ナオは、ハア、と態とらしいため息をつくと、遂に両手を上げた。

「分かったよ。デートすればいいんだろ?」

その言葉に全員がおおー、と感嘆の声を上げ、どこからともなく拍手が湧き起こる。

「その代わり、私が休みの時に何か問題を起こしたら……全員モいで掘るからな」
「何をっ!?」

そして拍手は止まった。何故か部屋にいる全員が前と後ろを抑えながら後ずさりながら。

「ちゃんと持て成すよう相手に伝えとけ。つまらんかったら途中で帰るからな」
「大丈夫ですって。アイツは女性の扱い方だけは上手いですから」

さて、話もまとまって良かったです。そう言いながら鏡と悠はようやく荷物を持って帰り始める。
と、

「ああ、言っておくが……尾行なんてマネはするなよ?」




「と言われたらしないわけにはいかないよねーっ」

デート当日。
まさにデート日和ともいうべき快晴の空の元で正祐はナオを待っていた。傍から見ていても分かるくらいに正祐はガチガチに緊張しており、夏だというのにビシッとした白いスーツを着込んで手には花束。一分おきに時計を見ながら今か今かとナオの姿を探す。
そしてそんな正祐を見守りながら悠は顔をニヤつかせていた。

「……まあこういうことだとは思ってましたけどね」

悠と一緒に道路の植え込みに隠れている鏡は一つため息をつくと、後ろを振り返ってまた深いため息を吐き出す。

「何でみんないるんですか……」
「あら、面白そうだからいいじゃない」
「そーそー。課長のデートなんて一生に一度見られるかどうか分かんないだぜ? 見なきゃもったいねーじゃん?」

悠と同じ顔をしながら理と佳人も正祐の様子を伺う。確かに、と鏡もまたうなずく。
興味はある。何せ、あのナオである。あの性格である。どんなデートになるのやら、ナオを知っていれば知っているほど気になるところではある。
まあ普段と変わらないんだろうな、といつものナオの行動を思い返しながら思う。普段からパワハラだったり傷害事件まがいの事を(主に悠に)していて、それを正祐に対しても発揮してしまいそうな気がしてならない。正祐は喜びそうではあるが。

「あれ、そういえば班長は? 来てないの?」
「八雲君? 彼なら用事があるとか言ってたわよ。
勿体無いわね、こんな面白そうなイベントに参加できないなんて」
「まあ八雲さんはこういうのにあまり興味は無さそうですしね。
しかし……この人数じゃすぐにバレちゃいますよ?」

植え込みからはみ出す者、数名。尾行とは一体何なのか。どう見てもバレバレだった。実際に道行く人が変な眼で集団を見て、関わり合いにならないようみんな迂回しながら通り過ぎていた。正直、鏡もまた集団から抜け出したかった。正祐だけは気づいてなかったが。

「だーいじょうぶよ。こんな事もあろうかと!」

フフン、と笑いながら理が鏡たちに背を向ける。そして悠を手招きすると、

「じゃじゃーんっ!!」
「こ、これはっ!?」

渡されたモノを見て悠が驚きの声を上げた。そこには、

「どうもお久しぶりです、そして二回目の登場です」

唯がいた。
スッポリとしゃがみ込んだ悠の腕の中に収まり、悠はといえば「おおぅ……」と悶えながら唯を抱きしめていた。小さな体に不釣合なまでに長いツインテールにした黒髪に顔を埋め、ハァハァと息を荒らげてクンカクンカと臭いを嗅いでいる。悠も十分に変態だった。

「理ちゃん! ぐっじょぶっ!!」
「おー。何だ、唯まで来たのか」
「七海さんに誘拐されました」

マーキングするネコのみたいにグリグリと顔をこすり続ける悠に、為されるがままの唯。何故か唯もどこか嬉しそうだった。そういえば唯は悠に懐いていたな、と過去一回だけ顔を合わせた時の様子を鏡は思い出し、そしてふと疑問を覚えた。

「あれ、唯ちゃんってこんなに小さかったっけ?」
「これは今回の仕様です」
「今回のって……」
「仕様です」
「いや、だけどさ……」
「仕様です」
「……はい」
「でもさ、唯を連れてきたところで人数が増えた分余計に目立つんじゃないんスか?」
「唯」

理が唯の名前を呼ぶと、唯は悠に抱き締められたまま眼を閉じる。
途端に世界の様子が変わった。周囲の空間から切り離され、世界の色があせていく。すっかり慣れた、日常の世界とは違う感覚が鏡たちの全身を覆う。

「私たちの周りに結界を張ったわ。これでナオたちに気付かれずに観察できるってわけ」
「アンタ何させてんですか」
「っと、おい、来たみたいだぜ」

佳人が声を掛け、五人は一斉に植え込みに隠れる。

「別に隠れなくてもいいんじゃ……」
「気分だよ、気分っ!」

植え込みの隙間から覗くと、五人からは姿は見えないがナオに向かって正祐が手を振っているところだった。

「ど、どうも! 初めまして! ぼ、僕は君原正祐と言います。今日は無理なお願いを聞いて下さってあ、ありがとうございます!」

緊張しまくりだな、おい。
噛みながらも丁寧に言葉を紡ぎ、直角なまでに体を折って挨拶をする正祐。いつも接している鏡としては何とも新鮮な気分だった。
それだけ正祐も本気って事か。半ば投げやりな気持ちでセッティングをした鏡だったが、こうなると鏡も本気でナオとの仲を取り持ってあげたくなってきた。
だがそんな気持ちを抱いてるのは鏡だけで、残りはというと興味はナオの方にしか向かっていないらしい。
よく見えないわね、と理が場所を移動して二人の様子がうかがえる位置に移る。残りも付き従って動き、そっと草陰から頭を出してナオの姿を見た。

「どうもご丁寧にありがとうございます。わたくしは榊ナオと申します。本日はお誘い下さいまして本当にありがとうございます」
「へ?」

確かにナオはやってきた。そのはずだ、と悠は何度も眼をこすり自分に言い聞かせた。
足元から順に視線を上に向けていく。ペディキュアが塗られた足には夏らしいミュールを履いていて、そこからスラリとした長い脚が続く。健康的な脚は、風に舞うフレアスカートによってすぐに遮られた。上半身には真っ白なブラウス。残暑が厳しい季節だが、長袖にも関わらず何処か涼し気だ。
そして、顔。いや、表情と言うべきか。口元は優しげに弧を描き、うっすらとだけメイクをした目元は垂れ気味で、おっとりとした印象を与える。

「……誰?」

それは誰のつぶやきだったか。おそらく、いや間違いなく全員同じ事を心の中でつぶやいたことだろう。
顔のパーツは確かにナオだと主張している。だがすでに人相が違いすぎる。

「いやいやいや、どう見てもアレ課長じゃないだろ!?」
「ですけど、声とかは確実に課長ですし……」
「確かに……雰囲気以外はナオなのよねぇ……」
「違うって、絶対!! 人をいたぶるのが大好きな人だぜ!? あんなホワホワした空気出せねぇって!」
「そうだよっ! 課長はもっとツリ目で、やの付く自由業みたいに見ただけで殺されそうな人だよっ!? 何か気に入らないことがあれば誰かれ構わず足蹴にする人だよっ!? ちょっと席を離れただけで人の手をドアで挟んで潰そうとする人だよっ!? 騙されちゃダメだって!!」
「それは否定しませんが……」

ぱしゅっ!

「? 今何か変な音しませんでしたか?」
「いえ、私は何も聞こえませんでしたが?」

微笑みを浮かべながら、ナオは正祐の前で首を傾げて見せる。それを見て正祐は頬を染めた。

「そ、そうですね! たぶん空耳でしょう、ハハハハ!」
「それでは今日はお願いします。楽しいデートにしたいですね」
「ハイ! それじゃまずは……」

そう言うと正祐はナオをエスコートし始める。ナオもまた小さく笑みを浮かべながら正祐の横を歩いて行った。

後ろ手に銃を構えて。


「……ゴメン、やっぱアレ課長だわ」
「うん……どう見ても課長だよね。
……鏡クン、大丈夫?」
「大丈夫に見えますか、コレが……」

植え込みの中で頭から盛大に血を垂れ流しながら鏡は、悠に抱き締められたままの唯に疑問をぶつけてみた。

「結界って張ってたんだよね?」
「すみません。雨水さんだけ一瞬外に出してしまいました」
「そうですか……何か僕に恨みでも?」
「特には」
「さいですか……」






何はともあれ、デートの尾行を開始した一同だったがデート自体は至って普通に進行していった。
ショッピングをして、映画を見て、食事をして。時間が経つにつれて正祐も緊張が解れてきたか、得意の話術で何でもない話を面白おかしく組み上げ、楽しませようと一生懸命だった。対するナオもまた柔和な笑みで正祐の話に相づちを打ち、楽しげに笑ってみせる。
場所がデートスポットだけあって周囲にもカップルが溢れていてどこかから『リア充爆発しろ!』とかの声が聞こえたりしていたが、まあ二人は普通に溶けこんでいた。時折の発砲さえ無ければ。

「ちっ……! 面白く無いわね」
「そうだねー。最初は課長にびっくりしたけど、もう見慣れちゃったし」
「よくよく考えてみりゃ他人のデートなんぞ見てたって面白くねーよな」

佳人の意見が全てを表していた。ハプニングが随所で起こるならともかく、至って普通のデートを外から眺めて何が楽しいか。しかもこちらは、結界があるとはいえ、気付かれないように行動を制限される。おまけに人数が多いために窮屈な思いもしなければならない。すっかり飽きていた。

「今更それを言い出しますか……」

グッタリとした様子で鏡がうめいた。
頭を撃ち抜かれること三回。ナイフが飛んで来ること五回。死亡回数計八回。すでに事件で死んだ回数をとっくに越えていた。
姿は見せてないはずだが、どういう訳か全ての攻撃が一撃必殺の場所に正確に飛んできていた。そして何故かその時だけ自分は結界の外に押し出されてたりする。

「絶対僕に恨みを抱いてるよね、唯ちゃん」
「別に」

悠の頭に抱きついた状態でシレッと唯はのたまう。

(まあ死なないから良いんだけど……)

他人のデートを出歯亀して殺される。マヌケ過ぎる。死なない体について心底感謝し、鏡は深いため息をついた。

(しかし、絶対課長にはバレてるんだろうなぁ)

じゃなければ攻撃されないだろう。そしてあんな致死性の攻撃ばっかりしてくるということは攻撃対象が誰かを理解してるとしか思えない。

(あれ、もしかして僕だけが尾行してる事になるのか?)

それに気づいて鏡は深くうなだれた。もうやだ。仕事行きたくないです。

「どうする? これ以上見ててもつまんねーだけだけど」
「そうねぇ。ま、珍しいナオの姿も見れたし、今日はもう解散しましょうか。からかうネタくらいにはなるでしょ」
「そうっスね」

煤けている鏡を放って解散し始める四人。散り散りになりかけたところで、背を向けた方から正祐の叫び声が聞こえてきた。

「な、何ですかアンタたちは!?」
「いやよぉ、こんな所に仲睦まじいお二人さんが来てくれたんだからもてなさなきゃいけねぇって思ってよぅ」
「へっへっへっへ。ネエちゃん美人だしさ、ちょっと俺らと遊んで欲しいんだわ」

時刻は宵がかった夕暮れ。話に興が乗って歩き過ぎたか、いつの間にか正祐とナオの二人は人通りの少ない場所へと入り込んでしまっていた。そして現れるチンピラ。

「またベタな……」
「あぁ? 何か言ったか、ネエちゃん」
「いえ、特には」
「ナオさん!」

ザッと正祐がナオの前に滑りこみ、男たちとの間に割って入る。

「こ、ここは自分が引き受けますから逃げてください!」
「ですが……」
「大丈夫です! こんな奴らチョチョイのチョイですよ!」
「ほー、言ってくれるじゃねえか」

なら来いよ、とばかりに男の一人が指先で正祐を招き、挑発する。

「うおおおおぉっ!!」

雄叫びを上げながら正祐は走った。右腕を折り曲げ、力を限界まで蓄積させる。
男の顔まで後三歩、二歩、そして後一歩。

「くらえぇぇっ!」

渾身の力を込めて正祐はパンチを繰り出した。鋭い右ストレートが男の顔に吸い込まれていく――
スカッ

「あれっ?」

はずもなく、正祐の拳は虚しく空を切った。ちなみに正祐は小学生以来ケンカなどしたことはない。

「おらよっ!!」

逆にすれ違いざまに男から蹴りを喰らって吹っ飛ばされた。ズザザザ、と地面を滑っていく正祐。

「どうしたよ? 俺らなんてチョチョイのチョイなんだろ?」
「へっ。こんなケリなんぞ屁でもねーよ」
「その割には脚はガクガクしてますが……」
「目の錯覚ですよ」

立ち上がって軽く汚れを叩くと、正祐は再び拳を握りしめる。

「じゃ、もう一度行ってきます!」

それだけ言い残して、正祐は再度駆け出した。そしてやはり避けられて殴られ、蹴り飛ばされてまたナオの元へ戻ってきてまた相手に向かっていく。その姿をナオは黙って見つめていた。
そして少し離れた壁の向こうでも正祐を見守る影があった。

「助けてあげなくていいのかしら?」

メガネの奥に冷ややかな瞳をたたえて、理が鏡に尋ねる。その隣では悠と、抱き抱えられた唯が心配そうに鏡を見つめる。

「良いんです。何て言ったって、今はアイツの一番の見せ場なんですから」
「そーそー。課長も居ることだし、なんとかなるッスよ」

そう言って佳人は笑ってみせる。鏡もまた、少しだけ引きつっていたが笑顔を見せる。
だが理は「分かってないわね」とつぶやくと肩を竦めてみせた。

「分かってないって何がっスか?」
「ナオの性格からして、知り合いが目の前でやられてるのを見てどうするかしら?」
「どうするって……課長は身内には甘いっスからね。そりゃ……」

その瞬間、何かが佳人たちの横を通り過ぎていく。通り過ぎていった何かは近くのゴミ置き場の中に突っ込んでいって、それきり動かなくなった。

「……ああなるんじゃないッスかね?」

鏡と佳人が再びナオたちの方を見ると、先程まで男たちは三人いたはずなのだが今は一人少なくなっていた。ゴミ置き場とナオたちの方を交互に見比べてその一人が寝転がっている男であることを確認する。

「さすがに一般人を殺しはしないですよ……ね?」
「まああの娘も課長なんて職に就いてるわけだし、それくらいの分別はあるでしょうけど……」

一同は路地で対峙しているナオを一斉に見た。
何度も殴られた正祐は顔を腫らしてしゃがみこんでいたが、突然のナオの行動に眼を見開いていた。

「へ、へっへっへ……ネエちゃんやってくれんじゃねえか」
「もういい」
「あ?」
「メンドくさくなってきた。さっさと掛かってこい」

持ってろ、と肩に掛けていたハンドバッグを呆けている正祐に預ける。そして今度はナオが正祐を守るように男との間に立ち塞がった。

「せっかくいい感じで楽しんでいたというのに、貴様らのせいで台無しだ」

ナオは明らかに不機嫌だった。穏やかだったナオの眦がつり上がっていき、鏡や悠がいつも見慣れているナオの表情に変わっていく。
今にも殺さんばかりの視線に、さすがの男たちもジリジリと後ろに下がる。が、その行動が許せなかったのかは分からないが、一人が叫びながらナオに殴りかかった。遅れてもう一人もナオ目掛けて走る。

「危ないっ!!」

正祐が叫ぶ。が、ナオはスッと体を少しスライドさせただけで避けると、一人目の男の顎をジョルトで砕く。腕は綺麗に振り抜かれ、何故か男の体は空高く舞い上がって綺麗なカーブを描いて飛んでいった。
もう一人は一人目の男の逝き様にビビったか、中途半端なスイングをしてしまう。
ナオは振り抜いた男の手をつかんで自らの背に背負う。

「貴様には、速さが足りない」

兄貴なセリフを吐きながらナオは男を地面に叩きつけた。そしてそのまま脚を高く振り上げた。スカート姿で。

「く、黒……」
「死んでしまえ」

一言だけ吐き捨ててナオは右足を思い切り振り下ろした。それと同時に男の断末魔の叫びが暗くなりかけの空に響いた。

「……殺してはないけど、男としては死んだわね」
「え、えぐい……」
「俺って今まで運が良かったんだな……」

結界内ではそんな会話が行われていたが、当然ナオにはそんな声が届くわけもない。
ナオは座り込んでうなだれている正祐の元に近づく。正祐は一度顔を上げたが、やがてすぐに顔を伏せた。

「カッコ悪いですよね、俺……あんだけ見栄張って一方的にやられちゃって。しかもナオさんに助けてもらって、俺は何もできなかった」

心底悔しいのだろう。言葉を漏らす正祐の口からわずかに嗚咽が混じる。
見下ろすナオは身を屈めて正祐に手を伸ばす。襟をつかんで、正祐が何事かと見上げた瞬間、真上に引っ張り上げられて正祐の足の裏は地面についた。

「嘆くのは自由だが、まだデートは終わってないぞ」
「え……?」
「それともこんな暴力女は嫌か?」
「そんな事ないです! メッチャカッコ良かったです!」
「なら続きをしようか。
……最後までもてなしてくださるんですよね?」

つり上がった目尻がまた下がって、ナオは優しく正祐に問いかけた。正祐は一瞬だけ呆けたが、すぐに「ハイ!」と笑顔を浮かべて、途切れてしまっていた話を再開した。

運河沿いの道を二人は歩いた。これが本日最後のデートコース。そして長くは無い、ホンの数分で終わりを迎える楽しい時間。やがて二人の足が止まった。

「……今日は、俺なんかに付き合ってくれてありがとうございました」
「いいえ、こちらも楽しかったです。ありがとうございました」

互いに礼を言い合う。正祐はナオの顔から眼を逸らし、だが意を決した様に口を開いた。

「あの、一つお聞きしたいんですけど」
「何でしょうか?」
「その、ナオさんには恋人……」

恋人がいるんでしょうか。そう尋ねようとした時、ナオに向かって駆け寄ってくる男の姿を正祐は認めた。

「お待たせ、ナオ。楽しかったかい?」
「ええ、とってもいい時間を過ごさせてもらいました」

サマージャケットを着込んで、優しげな口調で男はナオに話しかけ、ナオも丁寧な口調でそれに答える。
ナオは正祐の顔を振り返り、少し困ったような、申し訳なさ気に眼を細めた。

「ゴメンナサイ。実はこういう事なの」

謝罪の言葉を口にするナオ。だが正祐は予め分かっていた、とばかりに頭を振った。

「いえ、コッチから頼んだことですし、それにナオさんみたいな素敵な人に彼氏がいないわけないですし」
「ありがとう、というべきかしらね?」

ナオは正祐の隣から、もう一人の男の隣へ動く。一人だった男は二人に、そしえ正祐は一人になった。
失恋だった。これまでよりもずっと悲しい恋だった。涙がにじむ。それでも正祐は下唇を噛んでグッと堪える。醜く歪んでしまいそうな顔を隠すようにして、正祐は体をくの字に折り曲げた。

「ありがとうございました」

もう一度お礼を口にした。
小さく震える頬。それを暖かい掌が包んだ。
正祐が顔を上げると、柔らかい感触が頬に伝わった。

「先程はかっこ良かったですよ。
次に会う時はもっといい男になって、私を振り向かせてくださいね」

唇を頬から離してナオは微笑んだ。そして正祐に背を向けて、男と並んで歩いて行く。
しばらく後ろ姿を呆然として見送っていたが、正祐は自分の頬に手を触れた。一度その手を見つめ、グッと拳を握りしめると天に向かって突き出して吠えた。

「よぉぉぉっしゃあああぁぁぁっ!!」

やるぞぉぉぉっ!と一際大きい叫び声を上げて、正祐はほとんど沈んでしまった夕日に向かって走っていった。
完全に固まった出歯亀野郎たちを残して。

「課長に男いたんだ……」




「もう普通にしていいぞ」

正祐から離れて完全に姿が見えなくなった所で、ナオは隣を歩く男に向かってそう言った。
言われるが否や、男は深々とため息をつくと綺麗にセットされていた髪をクシャクシャと崩し、着ていたジャケットを脱いで肩に担いだ。

「ったく、肩がこるカッコだぜ。何で夏に長袖なんぞ着らねーといけねぇんだよ」
「その格好ですぐバレるからだ、バカ」
「アロハをバカにすんじゃねえよ」
「安心しろ。バカにしてるのはお前の方だ。シャツに罪は無いからな」
「ケッ」

年中着ているアロハシャツになって愚痴る八雲を適当にあしらい、ナオはスカートのポケットからタバコを取り出して火を点けた。八雲もまたクシャクシャになった箱からタバコを取り出し、折れ曲がったそれに火を点け、煙を吐き出した。

「なあ、別に彼氏役とか要らなかったんじゃね?」
「男がいると思わせた方が断りやすいだろう?」
「その割には、ずいぶんと期待持たせる別れ際だったけどな。まさか本気でアイツに惚れたとか?」
「バカな事言うな。エグるぞ?」
「おお、コワイコワイ」

茶化すように八雲が言い、ナオはいつも通りに戻った目尻を更に釣り上げて八雲を睨みつける。が、それ以上何も言わずにタバコを口元に動かした。

「昔が懐かしくなったか? 平和で純粋だった頃が」
「否定はしない」
「歳を取ったもんだな、オイ」
「ふん」

軽く鼻を鳴らし、持っていた携帯灰皿にタバコを押し付ける。そのまま視線を正面から川面の方へと向けた。暗い川面には街灯の光だけが反射していた。

「アンタの場所はあっちじゃない、コッチだよ。人を引っ張り込んどいて一人でトンヅラなんて許さねーよ」
「安心しろ。そんな気は無い。今回付き合ったのも単なる気まぐれだ」
「そーかい。そりゃ結構」

遅れて八雲もタバコをもみ消し、肩に掛けていたジャケットを着直すと乱れた髪を手ぐしで整えるとナオの一歩前を歩き出した。

「ま、こんな役でもしばらくは付きやってやんよ」

頭を軽く掻きながら八雲はそう言ってのけた。どんな顔でそんな事を言うのか、ナオは八雲の顔を見てみたくなったが止めた。代わりに目元の力を抜いて、何事かを小さくつぶやいた。

「ん? 何か言ったか?」
「いや、別に」

八雲が振り向いた時にはナオの表情はまた元に戻っていた。そして八雲の隣に並んだ。

「ならもうしばらく私に付き合ってもらおうか。久々に旨い酒を飲みたくなった」
「んじゃここらでオススメの店を教えてやるよ。隠れた名店ってヤツをよ」

繁華街のまばゆい光がする方から角を折れ曲がる。暗い路地が先には続いており、そのまま二人はその闇の方へと消えていった。




















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