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第一話 夢を、願う(12/06/09)
第二話 石とボール(12/07/08)
第三話 其は誰がために剣を握る(12/07/21)
第四話 世界はあまねく世知辛く(12/08/26)
第五話 纏い惑い迷い(12/09/30)
第六話 人(12/09/30)
第七話 コウセン(12/10/21)
第八話 今を生きる夢(12/10/21)
第九話 嘘つき(12/11/10)
第十話 迷い人は夢で生きる(12/11/10)









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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved





-4 世界はあまねく世知辛く-




「ここが俺の部屋だ。さあ、入ってくれよ」

シュウは町の人間では無いのか宿を取って暮らしているようで、案内された場所は町の入口にほど近い小さな宿屋の二階だった。宿泊者が少ないのか、それとも昼間はそんなものなのか、木造二階建てのその宿には人気が無く、シュウに連れられて部屋に辿り着くまで誰ともすれ違わなかった。

「ちっと散らかってるけど、まあ気にしないでくれよ。ベッドとか椅子も適当に使ってくれていいからさ、アユム姉ちゃんを寝かしてやってよ」

普段自分の部屋に人を通すことが無いのか、シュウは照れくさそうに、だが何処か嬉しそうにそう言って鼻の頭を掻く。
散らかっているとはいうが、ノゾミの印象ではそんな感じはしない。椅子の背もたれにタオルが掛けられていたり、シュウの持ち物らしき物が八畳程度の広さの床に放られていたりするが、だいたい男の子の部屋としてはこんなものだろう。少なくともノゾミの部屋よりは散らかっていない。

「お言葉に甘えさせてもらうよ。ありがとうな」

フラフラして足元の覚束ないアユムをベッドに寝かせ、ノゾミも椅子をたぐり寄せると座って大きくため息を吐き出した。
正直、本当にありがたかった。言葉と共に内心でもシュウに心から感謝の気持ちを述べた。ノゾミも歩けない程では無いが体力はかなり限界に近く、アユムに肩を貸して町に向かっている途中も何度も転びそうになっていた。だがノゾミも男だ。キラキラした眼で見てくるシュウと女性たるアユムの前で無様な真似はできない、とばかりにずっと自分を叱咤しながら歩いてきたのだ。
コートを脱ぐのも忘れ、背もたれに全身を預けながら脱力して脚を投げ出す。が、ブーツだけはどうにも締め付けられているのが気になり、靴紐を乱雑に解いて素足になってまた脚を投げ出した。シュウが傍らで苦笑しているが、宿に着いて気が抜けたからか取り繕う気力も無い。

「ノゾミ兄ちゃんもだいぶ疲れてるみたいだな」
「あー、まあな。いきなりの戦闘だったし、体力も気力も空っぽだよ」
「何か食いもんでも持ってきてやるよ。姉ちゃんは何か食べれそうか?」
「何でもいいよ〜……今なら木の皮だって食べれそうな気がする……」

ベッドに寝たままアユムはヒラヒラと手を振り、ノゾミもまた自身が異常に空腹なのにようやく気づいた。空腹過ぎて気持ち悪い程で、喉もひどく乾いて粘着質な唾液が口を開くとネチャネチャと音を立てている。

「んじゃ軽く胃に詰めれそうなモンと飲み物を持ってくるな? ちょっと時間かかるかもだけど、ゆっくり休んでてくれよ」
「何から何まで悪いな」
「良いって良いって。んじゃ行ってくるな」

ノゾミたちに向かって手を振ってシュウは部屋を出ていき、ノゾミは頭の後ろで手を組んで天井を見上げた。

「ノゾミくんさ……」
「ん?」
「こんな町なんて、無かったよね?」

アユムの問い掛けにノゾミは首を縦に振ることで応える。
そう、確かに町なんて無かった。ノゾミとアユム二人の共通認識としてそれは確かだ。記憶違いでは無い。だが今は確かに町は存在して、こうして町の中で椅子に座っている。
ノゾミの頭の中は、洞窟を出て今までずっと疑問で埋め尽くされていた。
前回この世界に来た時と洞窟の場所はきっと同じだろう。それは洞窟・湖・湖畔の森の配置からも確かだと思う。違うのはただ一つ。湖を挟んで洞窟とは反対側にどこまでも広がっていたはずの広大な森がすっかり姿を消して、この町が現れていたこと。町の大きさに比べて森の方が遥かに広かったと言うのに。
しかも、前回は昨日。まだ二十四時間が経過しているかも怪しい。この劇的な変化は有り得ない。
時間の経過が違うのか?しかし、この変化は十年やそこらでは難しい。ならば前回ノゾミたちが過ごした時間は現実での一晩では済まないはずだ。

(それに……人も居なかった……)

森に入り込むまでに相当な距離を歩いたはずで、なのに人はおろか動物の気配さえしなかったというのに、この変化は何だ?

「この世界って……何なんだろうね?」
「……さあね。俺にも分かんないよ。分かるのはファンタジー世界みたいにモンスターが居て、魔法があって……」

俺たちに優しい。何度も死にそうな目にあったというのに、何故だかノゾミはそう思った。

「あっ!!」
「っと、何だよ、唐突に大声出して?」
「ネコ!」
「ネコ?」
「ネコだよ! 私が洞窟でかばったネコ! あの子がどこ行ったか知んない!?」

そういえば、とノゾミも思い出した。後の出来事が鮮明だったために意識から飛ばしてしまっていたが、元々アユムが洞窟内に戻ったのもあのネコが原因だった。だがゴブリンたちを倒した時、より正確に言えばアユムが光に包まれた後、ネコの姿はどこにも無かった。

(そして……)

ネコだけではない。ノゾミの周りをクルクルと回ったり、鬼たちから逃げる時にも一緒に居たあの空を飛ぶ不思議な少女。彼女も今回姿を見ていないが、どういった存在なのだろう?

「ん?」

ゴト、と物音がした。

「ニャオン」

だらけた姿勢から視線を動かせば、猫がいた。出窓の上で一鳴きすると身を屈ませてジャンプ。

「うにゃ!」
「ぶっ!」

見事にノゾミの顔に着地し、そのままアユムの寝ているベッドに飛び乗った。

「良かったぁ……無事だったんだね!」
「ニャ!」
「……そうみたいで」
「ねえねえ! この子飼い猫かな!?」
「さあな。違うんじゃない?」

何せ町が出来る前からいたし。着地の時についた爪の跡を撫でながら、若干忌々しげに猫を見た。

「それじゃあさ! 名前付けてもいいかな!? いいよね!? よし! お前の名前はユンだ!」
「はやっ! てか聞く意味無いよね!?」

ノゾミのツッコミも聞く耳持たず、嬉しそうにアユムはユンに頬ずりする。
と、アユムの腕の中にいた猫の姿が消えた。

「えっ?」

かと思えば、アユムの肩の上に現れてあくびをして顔を洗った。

「……今、消えたよね?」
「まあ、消えたな」

アユムは驚くが、ノゾミとしては特に驚きは無い。この世界は劇的に変化した。にも関わらず、この猫は変わっていない。それがどういう事を意味しているか。少なくとも見た目通りの存在ではないだろう、と感づいていた。ではどういう存在か、と問われればもちろんノゾミも答えは持っていないが。

「……ま、いっか!」

何やらアユムも難しい顔をしていたが、考えるのを止めたのか、朗らかに笑うと肩の上のユンを抱き上げて高々と掲げた。

「これからも宜しくね!」
「にゃ!」

言葉はさすがに喋れないらしいが、こちらが言っていることは理解できるらしい。ユンはアユムの言葉に鳴き声で応えた。
アユムを害する存在では無さそうだし互いに嬉しそうだし、なによりネコミミ同士で絵になるしいいか、とノゾミもため息混じりに一人と一匹の様子を眺めていたが、突然頭の上に重さを感じて手を頭に遣る。それなりの大きさだ。ペタペタと触るとモゾモゾと頭の上の何かも動き、ノゾミはガシッとその何かを掴むと顔の前に持ってきた。

「……」

これはどう反応すればいいんだろうか。手の中にいるモノを見てノゾミは言葉に詰まった。無言のまま目の前にいる少女と見つめ合う。
そう、向き合っているのは小さな少女だった。むしろ幼女と言ったほうがいいだろうか。脚まで届く長い銀髪はサラサラで、少女はキョトンとした表情でノゾミを見つめていた。かと思えばニコ、という擬音が似合いそうな笑顔を見せてペタペタとノゾミの顔を触ってくる。

「えっと、ノゾミくんさ……」
「何を言おうとしてるか分かりたくもないけど分かってるから何も言うな」
「いや、うん、いいんだ。ノゾミくんがどんな嗜好をしようともお姉さんは応援するから」
「違うから。いや、確かに小さい子は好きだけどそうじゃないから」
「ただ誘拐してくるのは問題だと思うんだ」
「違うっつってんだろ聞けよネコミミ」

口では応援すると言いつつも明らかにドン引いてるアユミに、これ以上何を口にしても無駄か、と諦めたノゾミは盛大にため息をついて幼女に向き直った。

「確か、君は前来た時も居たよね?」

ノゾミの問い掛けに幼女はコクン、とうなずく。

「そうなの?」
「そうなのって……前にあの鬼に追いかけられてた時にも一緒にいたじゃないか?」
「そうだったかなぁ……」
「はあ……まあいいや。で、だ。君は誰だ? どっから現れた? どうしてココにいる?」

ノゾミは次々と疑問を口にする。だが、幼女はコテッと首を傾げてノゾミを見て無邪気に笑うだけだ。しかしただ一つ、答えを口にした。

「……アルル」
「アルル? それが君の名前?」

名前を呼ばれてアルルは嬉しそうに笑う。そしてユンと同じようにふっと姿を消すとノゾミの頭の上にまた戻ってガッチリと掴む。

「あはは! よっぽどノゾミくんの頭の上が気に入ったんだね。アルルちゃん、コッチにもおいでよ」

だがアルルは今度は首を横に振ると、全身でノゾミの頭にしがみついた。

「あーあ。嫌われちゃったかな?」
「さあね。それよりも結局まだ何も分かってないんだよな……」

アルルなら何か分かるかと思ったのに、とノゾミはぼやく。何も分からない中で初めてヒントが見つかりそうだったのに。頭に重さを感じながら天井を仰いだ。

「でもさ、私から話振っておいてなんだけどさ、別にここがどこでも良くないかな?」
「アユムは気にならないのかよ?」
「そりゃ私だって不思議だなーって思うよ? でも知ったところでどうだって言うの?」
「それは……」
「ユンは可愛いし、アルルちゃんも可愛い。世界に魔法はあるし、危険なモンスターもいる。町が突然できるのかもしれないし、もしかしたら寝て起きたら全く違う世界になってるのかもしれないけど、それならそれでいいじゃん? グダグダと分からない事考えるよりさ、もっと気楽にこの世界を楽しめればいいんじゃない?」

アユムの言う通りなのかもしれない。
自分たちは今、別の世界で生きているのだ。柵から解放され、誰も知らない世界にいるのだ。確かに敵はいる。元の世界よりも容易く死んでしまうかもしれない。だがそれが何だと言うのだ。
ここでは敵を打破することが許される。敵を倒したところで誰に咎められるでも無く、むしろ喜ばれるだろう。力さえあれば、好きに生きることができる。他人に強制されない、自分に正直に生きることができる。ノゾミ自身を苛むものは何もない。

「……そうだな。アユムの言う通り、小難しい事は考える必要は無いんだよな」
「そうそう! せっかくなんだからもっと楽しまなきゃ!」
「ほーい、お待たせ!」

ノゾミとアユムの二人が笑いあったところでシュウがお盆を抱えて部屋に入ってきた。それと同じくして頭の上にいたアルルがスッと姿を消した。
シュウの持つ二つの盆の上にはそれぞれサンドイッチと温かいスープが乗っていて、湯気が二人の胃袋を刺激する。

「お? アユム姉ちゃんもだいぶ顔色良くなったな。起きれそうか?」
「うん、それくらいなら大丈夫そうだよ。これ、シュウくんが作ったの?」
「へへ、まあね。こんなモンしか作れなかったけどまあ勘弁してくれよな」
「いやいやいや! 十分すぎるよ! すっごい美味しそう」
「いや、ホントに十分だな。ありがとな」

褒められてシュウは照れくさそうに鼻の下を掻き、二人はスープを口へと運ぶ。調子の悪いアユムに気を配ってくれたのだろう。スープからほんのりとした甘みがして、胃に入った途端に全身が温まる。アユムはホゥ、と吐息を漏らした。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




その後黙々と二人はシュウが作ったサンドイッチを頬張り、スープを飲み干したところでひと心地ついて改めて礼を述べた。

「良いって良いって! それよりもさ! ゴブリンたちを倒した時の事をもっと聞かせてくれよ!」
「倒した時の事、なぁ……」

どう説明したものか。ノゾミはアユムを見てみるが、アユムもまた苦笑して困ったように眉を八の字に変えた。
ノゾミにはこの世界の常識が分からない。だが町の様子を見るに文明的にも銃なんてものは無いだろうし、自身の武器を見せていいものか判断がつかない。それでもシュウはここまで世話をしてくれているし、言葉を濁して煙に巻くのも忍びない。
だからノゾミは「他の人には内緒だぞ」と前置きして、手を背中に隠すと拳銃を顕現してシュウの前に示した。

「何だ、これ?」
「弓、みたいなものかな? この穴から弾が出て敵を撃つんだ」
「へー! すげーな! 都会にはこんな武器があるんだ!」

眼を輝かせて銃に見入るシュウに、ノゾミは「触ってみるか?」と促してみる。シュウはそれを聞いてますます眼を輝かせるとブンブンと首を縦に振って銃に手を伸ばした。
だが、シュウが銃に触れて持ち上げようとした瞬間、銃は淡い光に包まれたかと思うとあっという間に粒子となって消えていった。

「ノゾミ兄ちゃんすげーな! これも魔力でできてんだ!?」
「魔力?」

口に出して、しまった、とノゾミは少し後悔した。魔力とはまたずいぶんとファンタジーだな、と思わないでもないが世界が世界だ。きっと魔力は常識の部類に入るんだろう。
ノゾミがシュウを伺うとやはり怪訝な表情を浮かべていた。

「これを作れるようになったのは最近でな。それまで魔力とかと無縁の生活を送ってたし。ついでに正直に言ってしまえば、さっきの戦闘がまだ二回目だし、アユムに至っては初めてだった」
「マジでか!? それでゴブリンたちを倒したのかよ!?」

「スゲー!」を連発するシュウに、大した活躍できなかったノゾミとしてはむず痒い思いだ。微妙に顔を引きつらせたノゾミだったが、それに気づいた風もなくシュウは「なら安心だな」と二人に告げた。

「アユム姉ちゃんも同じことができるんだろ? だったら兄ちゃんも姉ちゃんも魔力切れだろうからさ、一晩寝れば元気になるよ」
「そうなの?」
「ああ。魔力を初めて使った時ってだいたいみんな使いすぎて倒れるんだ。俺も初めて魔法使った時は倒れちまったし」
「へー、そうなんだ。ちなみにさ、シュウくんってどんな魔法が使えるの?」

俺?とシュウは自身を指差すとアユムはベッドに横になったまま、ウンウンとうなずく。するとシュウは「待ってました」とばかりにニヤ、と笑った。そして口を開きかけたその時、階下から怒声が響いた。

「シュウッ!!」
「やばっ!」

ドドドド、と階段を駆け上がる音が迫りシュウは慌てて隠れる場所を探すが狭い室内にそんな都合の良い場所など無い。

「アユム姉ちゃんゴメン!」
「え? え?」

已む無くアユムの寝るベッドに潜り込もうと布団をめくり上げた。が、それと同時に、部屋の扉が開かれた。

「シュウ! テメェ一人で外に……」

褐色の肌で筋骨隆々な男が怒鳴りながら入ってくる。だが入った途端に男は無言で固まった。

「……」

女の子が寝ているベッドの布団をめくり上げた状態で固まったシュウ。アユムは顔を真赤にして布団を抑え、ノゾミはポカンとして男とシュウの方に顔を行ったり来たり。
状況を目の当たりにした男の顔が歪んで、見る見る間に真っ赤に変わっていく様を見ながらノゾミはのんびりと思った。

(怒ると人の顔ってホントに赤くなるんだな……)

そして次に来るだろう災害に備えて一人そっと耳を塞いだ。

「シュウゥゥゥゥゥ!」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「なんだ、そういう事だったんか。んならさっさとそう言や良かったのによ」
「聞く耳持たなかったじゃねーか……」

ひと通り事情を聞いて落ち着いた男は、椅子に座って気だるそうに頭を掻きながらそう話し、その横で頭にコブをこさえたシュウがソッポを向いてボソッと漏らす。
と、コブのある位置目掛けてまた男からゲンコツが振り落とされた。

「テメーが勘違いされる様な行動取るからだろうが! そもそも一人で行くなっつったのにテメェが一人でモンスター退治になんぞ行くから叱られてんだぞ!」
「俺だってもう一人前なんだよ! ゴブリンなんざ一人で倒せるっつーの!」
「はっ! どうだか。おおかた、モンスター目の前にして脚ガクガク震えて頭ン中まーっしろになってやられちまうのが関の山だ」

男に言われてシュウは「うっ」と口ごもった。そう言えば洞窟に入る時もかなりビビってたな、とノゾミも思い出し、だがここは何も言わないでおこう、と敢えて口を閉じたままにした。

「ば、バカ言ってんじゃねーよ! 誰があの程度のモンスターにビビっかよ! な、ノゾミ兄ちゃん?」
「んー、まあビビるのはしょうがないんじゃないですか?」
「ちょっ、ノゾミ兄ちゃん!?」
「だってそうだろ? 俺はまだシュウがどんだけ戦ったことあるのか知らないけどさ、やっぱ怖いよ、戦うのは。今回は突然で必死だったからビビるとか感じなかったけど、初めて戦った時は……怖かったよ」

鬼に襲われた時はホントに怖かった。ノゾミは述懐する。死ぬかもしれないと思ったし、本気で死んだと思った。棍棒が振り下ろされた時、洞窟で追い詰められた時を思い出してノゾミは身震いしてシュウの顔を見つめた。

「怖がるのは恥じゃないよ、シュウくん。逃げるのが恥ずかしいなんて、そんな気持ちは犬にでも食わせてしまえばいいよ。だって……死んでしまったら終わりなんだからさ」

アユムもベッドで体を起こしてシュウを諭す。どこか寂しそうに述べるその様は、とても実感がこもっているようにノゾミには感じた。

「だから今まで何度も言ってんだろ? 別にお前一人で戦う必要は無えって。今回の件だって俺らだってただ手をこまねいてるだけじゃねえ。戦える人間を探して、準備をキチッと整えてだな……」
「もういい! 何だよ! ノーランもノゾミ兄ちゃんも、アユム姉ちゃんまで! 俺は一人でもやれるんだよ!」
「おい、シュウ! どこ行きやがる!」

シュウは立ち上がり、ノーランの制止の声も振り切って部屋を出ていった。バタン!と大きな音を立てて扉が閉まり、殊更に踏み鳴らしながら階段を降りていく。
そんなシュウを見送る形になってしまったノーランは深々とため息をついて天井を仰ぐと、短髪の頭をガリガリとかきむしった。

「ワリィな、身内の見苦しいトコを見せちまってよ」
「いえ、そんな事は……」
「まったく、ちょっとばかし魔法が使える様になったと思うと調子に乗りやがって……
 おっと、そういや自己紹介がまだだったな。俺はノーマン・ロペスだ。この宿の一応経営者で、シュウの保護者みたいな事をやってる」
「どうもはじめまして。ノゾミと言います」
「アユムです。あの、シュウくんの保護者『みたいな』ってどういうことですか? ええっと、差支えがあるようだったら良いんですけど……」

口に出してから差し出がましいと思ったのか、アユムの声が尻すぼみに小さくなる。
ノーランはノゾミとアユムを交互に見比べていたが、「まあいいか」と呟くと椅子から立ち上がって窓際に歩み寄った。

「アイツは孤児でな。他に身寄りもねえし、俺が引き取ったんだ」
「そうだったんですか……」
「シュウの父親とは昔なじみでな。元々魔力があったからこの国の王都で兵士として働いてたんだが、シュウが産まれて引退した後はこの町に戻ってきて警備兵として町を守ってたんだ。小さな街だからな。喧嘩っ早いヤツは多いんだが、モンスター相手に本格的に戦えるようなヤツが他にいなくてほぼ一人で守ってたんだ。シュウの野郎もその背中を見て育ったせいか、町を守るんだって気持ちが強くてな……」
「それでなんですね。シュウくんが拘るのは……」

ノーランはアユムの方を振り返ると小さくうなずいた。

「今この町で一番強えのは確かにアイツだ。だがアイツはまだガキんちょだ。どんだけ強がっても度胸ってもんが足りねえ。この俺にだってアイツはボコられるだろうよ。だけどそれで構わねえんだ。俺らにだってメンツがあるし、ガキに頼るわけにはいかねえ。アイツはまだ守られる立場でいいんだけどな、どうにも言う事を聞きゃしねえし、一人で突っ走るクセがある。まるでアイツの父親みたいにな」
「父親の背中を追いかける、か……」
「シュウくんにとってそれだけ良いお父さんだったって事ですね……」

そう言うとアユムは「いいなぁ」とポツリともらした。彼女にとって父親は「良いもの」ではないんだろうか。つぶやきを耳にしたノゾミはそう思ったが、そもそもどんな父親が良い父親なのか、「父親」というものを知らずに育ったノゾミには分からない。
子とたくさん遊んであげる父親が良い父か、子を想うのが良い父親なのか、それとも背中で子を引っ張っていく様なのが良いのか、はたまた家族第一で動く父が良い父親なのか。悪い父親はすぐに浮かべど、良いと思える父親像はたくさん浮かんできてどれが一番良いのだろうか、とつらつらとノゾミはノーランの背中を見ながら考えた。それと同時に思う。自分の父親は、どんな人だったのだろう。

「良い父親なもんかよ。幼い子を置いてさっさと逝っちまうような奴が……」

窓に向かって悔やむ様にノーランは吐き捨てる。それを受けてノゾミはノーランから視線を外してとりあえずの結論を出す。きっと、自分の父親は良い父親では無いのだ、と。
外から吹きつけた風がガタガタとガラス窓を鳴らして、その音が結論を肯定している様にも否定している様にもノゾミには思えた。
しばらく窓の外をノーランは眺めていたが、「よしっ!」と柏手を一つ打って、この話は終わりだと合図した。

「ところで、だ。アンタらはこの後どうするんだい? どっから来たかは知んねえが、しばらくこの町に滞在するのか?」

その言葉を受けてノゾミとアユムは顔を見合わせた。二人の共通意見として、今はこの場を動きたくないくらいに疲弊している。歩ける程度にはアユムも回復はしている。だが魔力切れによる体のだるさは異常なほどだ。この世界から戻ればたぶんこの疲労は無くなる。戻り方はまだ不明だが、きっとあの洞窟に行けば戻れそうな気がする。しかし、今の二人にはそんな気力は無い。
シュウの言葉を信じるなら一晩寝れば治るのだろう。少なくともこの気怠さからは解放される。ならば、戻るにしても一泊くらいしても問題無いだろう。こちらとあちらで時間の経過にどう差があるのかは分からないが、なんとかなりそうな気がする。ダメだったらその時にまた考えよう。何より、この世界をもう少しだけ楽しみたい。
楽観的な結論に達し、ノゾミが代表して滞在する旨を告げると「そうか」とノーランは鼻髭を生やした口に笑みを浮かべた。

「んじゃお二人様決定だな。いや、助かったぜ。最近町に来るヤツがすっかり減っちまってな。ウチの宿はウマいメシが売りでな、晩飯は楽しみにしといてくれよ」

ん?とノゾミはノーランの言葉に違和感を覚えた。なんとなく、なんとなくだが嫌な予感がする。いや、予感では無く確信だ。ただ自分でそれを認めたくないだけ。
アユムもまたそれに気づいた風で、ハッとした様子で顔を引きつらせた。ノゾミは黙ってゴソゴソとポケットの中を探るが、よく分からない宝石の様な物が一つ入ってるだけ。すぐに役立ちそうな物は、無い。

「お一人様一泊あたり三千セントだから二人で六千セントだな。シュウの知り合いだといっても、ウチに泊まる以上しっかり払ってもらうぜ。なに、メシに関しては後悔させねえから安心しな」

異世界に来てまで金勘定かよ。
世知辛い現実にノゾミは頭を抱えてくすんだ天井を仰いだ。






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