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第一話 夢を、願う(12/06/09)
第二話 石とボール(12/07/08)
第三話 其は誰がために剣を握る(12/07/21)
第四話 世界はあまねく世知辛く(12/08/26)
第五話 纏い惑い迷い(12/09/30)
第六話 人(12/09/30)
第七話 コウセン(12/10/21)
第八話 今を生きる夢(12/10/21)
第九話 嘘つき(12/11/10)
第十話 迷い人は夢で生きる(12/11/10)









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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved






-6 人-




朝からうだる様な暑さの中で希は眼を覚ました。開け放しの窓からは日差しに熱せられた温い風が吹き込んできて、汗ばんだ体からますます汗が噴き出してきそうだ。
時計を見れば朝七時。いつも起きるのと変わらない時間だ。大きく口を開けてあくびを一度。ボサボサ頭を掻きながらベッドから降りると、希はいつもと同じ様に朝の支度を始めた。
顔を洗い、トーストを一枚とコーヒーを飲んで家を出る。自転車に飛び乗って二十分程度、見慣れた街に気を取られる事無く淡々とペダルをこいで高校へ。

「あ、おはよー」
「おはよ」

同じ時刻に登校してきたクラスメートと適当な挨拶かわしつつ階段を登って教室へ向かう。まだ空調の効いていない校内は蒸し暑い。

「ん?」
「あ……」

正面から歩いてきた歩とはち合わせる。お互い小さく声を漏らすがそれだけ。チラリと二人は相手の肩を見遣ると希は小さく会釈し、歩も長い前髪で目元を隠すように顔を伏せてすれ違ってそれぞれの教室へと入っていった。
冷たい対応だろうか、と希は内心で思う。だが「ノゾミ」と「アユム」は良好な関係を築けていれども「希」と「歩」はまだ昨日出会ったばかりだ。そのうえ二人ともよくしゃべるタイプでも無く、気軽に誰彼構わず接することができるほど社交性に優れているわけでもない。希も、そして歩も意識して築いている壁は、高い。
窓際の席に座りながら希はそう自分に言い訳した。どうしてそんな言い訳をしたのか分からず、胸の中に気持ち悪さが残る。
大きく一呼吸。そして希はその不愉快な何かを胸の奥に追いやると、もうすぐ始まる一時限目の教科書を開いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



高校二年生の希にとって学校の授業は重要だ。進学を目指している他の生徒のように放課後に塾に通う金銭的余裕も無いし、学校に隠れてコッソリとバイトに勤しむために放課後に自学する時間も無い。無理をして睡眠時間を削れば勉強する時間は作れるかもしれないが、それで体を壊してバイトができなければ本末転倒だ。したがって授業に集中して取り組む。
数学など理解が求められるものはその場で理解して。古文や英語などの文系科目は授業を聞きながら同時に翌日の予習も並行して行う。集中を切らして無駄にする時間はそれこそ一分も無いはずだ。
今日も希は何度もそう自分に言い聞かせた。だがどうにも集中できない。何度も書き間違え、辞書を引くのに時間が掛かり、そして気がつけば窓の外を眺めていたりと落ち着きが無い。
「ダメだ、ダメだ」と叱責してみるものの変わりは無く、気がつけばすでに昼休みになってしまっていた。

「はぁ……」

ため息を深々と。それと同時に出てくるのは昨夜の異世界の事ばかりだった。



あの後、混乱した様子のシュウを部屋に送った二人はその足で手に入れた素材を町の武器屋や防具屋に売却した。近くにゴブリンが出ただけで大騒ぎになるような平和な町で需要があるのかともノゾミは思ったが、話を聞くに作られた武器の大部分は大都市の方へ売りに出されるらしい。
そんなものか、とノゾミもアユムも気に留めず手に入れた素材を全て売却した。
「ほらよ」と武器屋の親父から無造作に金を袋で渡され、ノゾミが中を確認すると、途端にノゾミの頬が綻ぶ。
渡された額は十分も十分だった。この世界での物価がどの程度なのかは分からないが、少なくともノーランに支払う額を差し引いてもかなりお釣りがくる程度に袋はずっしりと重かった。
「汚れも少なかったからな、ちっとばかし色をつけといたぜ」と立派なあごひげを撫でながら笑う親父にノゾミは頬ずりしたい気持ちだった。無論気持ちが悪い絵面になるのは明らかだったし代わりにアユムが親父に抱きついていたのでしなかったが。
その金を持ってホクホク顔でノーランの宿に戻り、宿代を叩きつけると(シュウの事は気に入っているし役に立ったとは思っているが、何となくノーランの態度は腹に据えかねていた)アユムと二人で一旦元の世界に戻ることにした。
元に戻れるかは不安なところではあったが、あの洞窟に辿り着くとあっさりと現実世界に戻った。
時刻は夜。場所は最後に入った廃ビルの中。時計を確認してみれば、二人が異世界へと行った時から全く時間は経過していなかった。こちらに戻ってくる前との違いは一つ。

「え?」
「あれ?」

二人は揃って声を上げる。互いの肩にはアルルとユンの姿。

「何で……」
「ど、どうしましょうか……」
「どうするって……」

こんな所に放置するわけにはいかないし、かと言って連れ帰るのも問題がある。連れて帰ったとして家族にどう説明すれば良いのか。ネコであるユンは何とか誤魔化せるだろうが、アルルはダメだ。というか、こんな時間にアルルを連れてたら確実に警察に通報される。
肩に座っていたアルルを抱きあげて顔の前に見る。コテ、と小首を傾げて希を見る姿は可愛いが、こちらの悩みなど知らないに違いない。
難しい顔をして手の中のアルルを希は見ていたが、ふと気がつく。

「重くない……?」

小さい子供であるし、軽いのは承知しているがそれにしても軽すぎる。鳥の羽でももっと重いかもしれない。ユンの方も同じなのだろう。歩はユンを抱き上げて片手で持ってみたり、掌の上に乗せてみたりしている。
もしかして、と希の頭が閃いた。思いついた考えを実践すべきか逡巡したが、すぐに意を決するとビルの外へと向かう。

「あ、あのっ、ノゾミくんっ」

歩の声を無視してビルから通りへ。夜は十時を過ぎているが、まだそれなりに人通りはある。
恥ずかしさを堪えてアルルを肩の上に乗せると、アルルは自分で希の頭へ移動する。この世界でもやはりアルルのお気に入りはそこらしい。
頭の上にアルルを乗せたまま希は通りを歩き始めた。その後ろを落ち着かない様子で歩はついていく。
自転車を押して歩く希だが、すれ違う人は誰も二人に注目することも無い。時折学生で男女が二人で歩いている事に興味を示す壮年の男がいたが、彼らも声を掛ける事無く家路を急いだ。

「……もしかして、みんなこの子たちが見えていないんですか?」
「そうみたいですね」

幼く小さい手で希の顔をペタペタと触り続けるアルルをまた抱き上げ、笑いかける。それを見てアルルもまたニコリ、と笑った。

「これなら安心ですね。アルルを連れ帰っても問題無さそうです。伊吹先輩はどうしますか?」
「私は……私もこの子を連れて帰ろうと思います」
「ユンならこっちでも気ままに生きていきそうな気がしますけど、その方がいいと思います。また明日、あっちの洞窟の近くで会いましょう」



昨夜のやり取りを思い出してもう一度ため息。希は頭上に手を伸ばして、一日中頭の上にいるアルルを掴むと机の上に下ろした。

(この子がいるから集中できないのは分かってるんだけどな……)

かと言ってアルルを責める気は無い。アルルが自分の意志でこっちの世界にやってきたのか、それとも何らかの偶発的な原因で意図せずやってきたのか分からない、ということもあるし、何より自身の興味が現実世界よりも異世界の方に向いているのだ。
あちらでも金の工面に苦労したりとままならない事はあるが、少なくともこちらの世界よりマシ。決まりきった道を歩き、愛想笑いと仏頂面を繰り返し浮かべて忙しくも退屈な毎日を生きていく。そこに夢は無いし、その道から外れて歩く勇気も無い。外れてしまったら、もう生きていくための術を失ったに等しいのだから。
アルルを見る。アルルは何も言わずに希の眼を見る。碧い瞳に歪んだ希の姿が映った。

「チーっす! ジュースでも買いに行こうぜ!」

元気よく佑樹が教室に入ってくる。希はチラと黒板の上にある時計を見た。昼休みはもうすぐ終わりだ。

「時間ねえぞ?」
「ジュース買うくらいは大丈夫だろ? ほれ、行くぞ?」

希は肩を竦めるとアルルを頭の上に置いて立ち上がった。廊下にはまだたくさんの生徒がいて談笑している。
希が教室から出ると佑樹はニヤ、と大きな口を横に広げて「そーそー」と希に話しかけた。

「そういえば昨日お前が気にしてた先輩の事だけどよ」
「昨日? あー……」

昨日そんな事あったっけ、と希は記憶を探る。だが記憶の並びがメチャメチャだ。現実の昨日は希にとって三日前で、佑樹のいう先輩が歩の事であると気づくのに少し時間を要した。
ちょうど歩の教室の前を通り掛かり、希はチラ、と歩の姿を確認する。歩は未だ賑やかな教室の済で一人うつむいて時が経つのを待っていた。
壁で隔たれた歩の真横を通り過ぎ、教室を通り過ぎたところで希はようやく口を開いた。

「ああ、伊吹先輩の事か」
「そうそう、伊吹先輩の……って、なんでお前が名前知ってんだよ?」
「本人から聞いた」
「いつ、どこで?」
「……昨日の帰りに」
「お前って普段の態度の割に手が早いのな」
「誤解を招くような事を口走るなよ。偶然会っただけだって」
「ふうん、そうかそうか。ま、そういう事にしといてやるよ」

ニヤニヤ笑いを佑樹は一層深くする。何が面白いのか理解できない――下世話な事を考えているのは分かってるが――呆れてみせるが、どうも佑樹には伝わらずバシバシと希の肩を嬉しそうに叩く。

「それで、どうだったんだ?」
「どうって……まあ、普通の人だよ。おとなしいし、かなり恥ずかしがり屋みたいだけどこの前お前が言ってたみたいに性格が悪いわけでもなさそうだし」
「いやいや、そういう事を聞きたかったわけじゃないんだけどな。そいでそいで?」
「別に。ただ途中まで一緒に帰っただけだよ。それよりもお前こそ何で伊吹先輩の事を知ってんだよ。昨日までお前も知らなかったクセに」
「ん……まあなんだ、珍しくお前が人に興味を示したから俺も気になってな」

話を佑樹に向けた途端、珍しく口ごもった。眼をわずかに泳がせて顔を希から逸らした。それも僅かな時間で、すぐにまた人好きのする笑みを浮かべる。

「まあ頑張れや。お前のダチとして応援するぜ!」

何を勘違いしてるんだか。希はため息をまた吐きたくなったが堪えた。コイツのために幸せをむざむざ逃がしてやるのはもったいなさ過ぎる。

「お前たち」

希が腹に力を込めてため息をただの吐息に変えた時、後ろから声を掛けられた。希と佑樹が揃って振り向くと英語教師の関が教材を脇に抱えて二人を睨むように見ていた。

「どこへ行こうとしてる? もうすぐ授業が始まるぞ」

関は希のクラスを担当している男性教諭だ。三十歳手前でワイヤーフレームのメガネを掛けており、厳しい事で有名だった。授業は特別解り易いわけでも解りづらいでも無いが、アイドル崩れ程度には整った顔をしており、見た目は中性的であるからか「カッコイイよね」とクラスの一部の女子が話していたのを思い出した。

「ちょっちジュースを買いに行くだけっすよ。授業には遅れないようにしますから。な、希?」
「すいません、すぐ戻ってきますから」
「……ジュースを買ったらすぐ戻って来い。絶対に遅れるなよ、いいな? あと浅井、藍沢を巻き込まずにジュースが飲みたかったら一人で買いに行け」

そう二人に言い含めるといつの間にか人影が無くなった廊下を歩いて関は教室へと入っていった。それを佑樹はうそ臭い笑顔で見送ったが、関の姿が見えなくなったのを確認すると大きく舌打ちした。

「ちっ、うぜーな、あの変態教師が」
「変態教師?」
「ああ、一部じゃ有名だぜ? ナンパした女子高生を孕ませただとか給料日には如何わしい店に通ってるとかな」
「ふーん、そんな話俺は初めて聞いたけど」
「ま、俺も昨日知ったばっかだけどな!」

得意気に話すとカカッと笑い声を佑樹は上げ、希はため息を今度は堪えきれなかった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




きついな。関の授業を聞きながら希はあくびを噛み殺した。
今日は授業に集中できていないというのもあるが、それを抜きにしても午後一の授業は希にとって鬼門だ。頭を使って足りなくなったエネルギーは昼休みに補給されて腹は膨れ、青天も手伝っての暖かさと空調のせいで感じる肌寒さが相殺されて心地いい。アルルは窓枠に座ってお昼寝中。あどけない寝顔が希を更に眠気を誘う。
だからと言って眠るわけにはいかない。授業は聞かなくても問題ないが、教師の心象は大事だ。特に関みたいなタイプの教師は注意もせずに黙って悪評価をする、と希は思っている。そんな教師相手に下手に隙を見せるわけにはいかない。
座ったまま軽く体を解して眠気を退散させる。首をグルリと回して顔を上げてみれば前の列の生徒はすでに夢の中だ。机に突っ伏して堂々と寝ている。「授業をどう受けようとそいつの自由だしな」と、希はそいつを起こす事無く明日の予習をしてしまおうと授業とは違うページを開いた。
と、コン、と軽い音とともに視界の端を何かが過ぎった。
転がっていたのは消しゴムで、希の席から二列前を右から左へ窓際の方に転がっていく。
落としたのは長田だ。一見おとしくて真面目そうに見えるが、性格はあまり良くは無い。時折誰かに取るに足らないちょっかいを出して叱られる原因を作ったりしているのを希は見たことがあった。しかも叱られるのは本人では無く巻き込まれた周囲の生徒であり、当の本人は何くわぬ顔でそれを眺めていたりするタイプだ。幸い、希は巻き込まれた事は無いが、一年から同じクラスにもかかわらずこれまでに会話をしたことは殆ど無い。
長田の左隣の席は青葉。それを確認した時、希は嫌な予感がした。長田が落とした消しゴムは狙った様に二人の席の中間より少しだけ青葉の方に寄っている。

「なあ、青葉。悪いけどちょっと消しゴム拾ってくれないか?」

関に聞こえないよう小声で長田が囁く。声を掛けられた青葉はえっ、と長田と消しゴムを見比べていたが、渋々といった感じで右脚だけを横に伸ばした格好で座ったまま消しゴムに手を伸ばした。青葉の視線が自分から外れるのを確認すると、長田は顔をにやけさせるが青葉は気づかない。希以外誰も気づかない。
青葉の手が消しゴムに掛かる。その瞬間、長田の左脚が伸びて青葉の右脚を払い飛ばした。
バランスを崩した青葉はけたたましい音を立てて椅子ごと床に倒れる。机は倒れはしないものの、大きく傾いて机の上の物が床に落ちて、それと同時にクラスの四十対の眼が一斉に青葉に注がれた。

「何やってんだよ、青葉ぁ。女子のスカート見るなら上手くやれよ」

素知らぬ顔で長田がいけしゃあしゃあと言い放ち、教室中が笑いに包まれると共に女子たちは嫌悪感に顔をしかめてスカートの裾を抑えた。

「す、すいません……」

そこは否定すればいいのに。希はそう思ったが突然の事態に青葉も頭が回っていないのだろう。長田の発言を認める様な返事をしてしまって、一層女子生徒たちの視線が険しいものに変わった。

「ちょうどいい。青葉、続きを読んでみろ」
「は、はい……」

立ち上がって落ちた物を拾い直し、机を整える。その脚は震えていた。

「あ、あれ?」

机の上のものを青葉は探す。だが見つからない。倒される前まで確かにあったはずなのに、見つからない。

「どうした?」
「あ、あの、教科書が……」
「なんだ、教科書も持たずに授業を聞いていたのか?」
「い、いや……」
「もういい。今日はそのまま立って授業を聞いておけ」

青葉の言い訳をピシャリと関は遮ると、そう告げて話は終わりとばかりに授業を再開する。クラスの視線は少しの間だけ青葉に集中していたが、関が授業を再開するのに合わせて皆黒板と教科書に戻っていった。そんな中で長田だけは二冊重ねた英語の教科書に肘をついてニヤニヤとしていた。
青葉はそれに気づいて長田を睨みつける。だが逆に長田から睨み返されると体を竦ませてうつむいて黙り、拳を握り締めるとその体が震えていた。
希は頬杖をついてただ眺め、そして誰にも聞こえない様に舌打ちして教科書に視線を落とした。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




深呼吸を一度。呼吸を整え、全身の力を抜いてノゾミは眼を閉じた。右掌を二、三度閉じたり開いたりを繰り返し、親指と人差指を擦り合わせる。それは小学生時代から繰り返してきた、ノゾミが集中を高めるための癖だ。イニングの始めにマウンドに立つとずっとそうしてきた。そして最後にグッと力を込めて右手を握り締める。
ノゾミは閉じたまぶたを開き、眼前を鋭く見据えた。息を吸い込み、素早く右手を前に構える。
瞬間、右手の中に拳銃が現れる。引き金を引く。光が瞬き、数十メートル離れた木の幹が撃ちぬかれてメキメキと音を立てて倒れた。
それを合図としてノゾミの足元が爆ぜる。土煙を上げながら疾走し、幾度と無く引き金を引くその度に森の木が倒れていく。
森の中に足を踏み入れ、跳躍。軽い音を立てて枝を踏み台にし、森の上に踊り出る。
眼下に広がる新緑の森。ノゾミは高く舞い上がった空中で拳銃を消し、代わりに両手で抱える様な構えをとった。
手の中に現れるマシンガン。空から落下しながらノゾミは引き金を引き続けた。
おびただしい数の光が空を、森を埋めていく。着弾した光弾は枝々を切り落としながら森を荒らしていった。

着地。そして長い銃身を持つスナイパーライフルを構えるとノゾミの視界にだけ映る何かを一心不乱に狙い撃つ。そこには誰もおらず、ただノゾミのイメージの中にだけ敵はいる。
敵のサイズはわずか葉っぱ一枚程度。それを恐ろしい正確さで撃ちぬく。
だがノゾミが見定めた最後の一撃。それだけがわずかに逸れて青空の方へと抜けていった。

「ちっ!」

苛立ちを隠さずに舌打ちする。ライフルを放り捨て、ノゾミの手を離れると同時にライフルは光の粒子となって消える。ノゾミは再度跳躍し、森の外へ向かった。
風を切り裂いて上空を駆ける。森の上から草原へ。ノゾミは空中で反転すると森の方に向かって肩に何かを抱える様にして構えた。
光がノゾミの周りに集まる。集まった粒子は筒状の何かを形作り始め、そのサイズは巨大。ノゾミの頭ほどもある大砲が徐々に形成されていく。ノゾミは能面の様に冷たく眼下の森を見下ろした。
だが大砲が完全に作り上げられる直前、ノゾミは何かを堪えるかの様に空を仰ぐと眼を閉じた。
集まっていた光が一瞬で霧散する。そしてノゾミは着地すると草原の上に寝転んで手足を大きく投げ出した。そのままボーっと空を見上げた。
こちらの世界に初めて来た時の青空は無く、今は分厚い雲が空全体を覆っていた。生温い風が不快気にノゾミの頬を撫でて去っていく。
徐にノゾミは手元にあった草をちぎり取って空に突き出し、手を離す。吹いていた風に乗ってノゾミの視界を右から左へと雑草が流れていき、ノゾミはその様子を何とは無しにただ眺めた。
視界を遮っていた草が途切れ、緑に染まった世界が終わる。そしてまた灰色の空が現れるかとノゾミは思った。だが現れたのはピクピクと動く猫の耳だった。

「おっす〜、ノゾミくん」

肩にユンを乗せたアユムがにこやかに笑いながらノゾミを覗きこむ。ノゾミは適当に挨拶を返し、アユムから視線をずらしてまた空を眺めはじめた。
するとアユムは「むぅ」と口を尖らせ、そしてペシッと景気良い音を立ててノゾミの額を叩いた。

「何すんだよ?」
「ノゾミくんの反応が薄いからだよ。もうちょっと愛想があってもいいんじゃない?」
「愛想が無いのは元からだよ。ほっとけ」
「確かにね。学校でも私と会ったっていうのに無愛想だったもんね」
「朝の事根に持ってんのかよ」
「さあね?」

アユムはとぼけた仕草で明後日の方を向いた。そして寝転がるノゾミの隣に腰を下ろすと風で乱れた前髪を手櫛で整える。

「今日は荒れてるね」
「もしかして見てた?」
「そりゃあれだけ派手に銃をぶっ放してたら気になって見るに決まってんじゃん」
「そりゃそうか」
「ね、ね、何かあった? おねいさんに話してみ?」
「別に。何もないさ。ただ単に自己嫌悪に陥ってただけ。もしくは急に銃を思いっきりぶちかましたくなっただけだよ」
「どっちなのさ?」
「どっちでも好きな方をどうぞ」

適当にはぐらかすノゾミに対してアユムはそれ以上追求すること無く、一言「ふーん」と興味無さ気に声をもらしただけだった。
そのまま二人とも音も立てずに別々の景色を眺めていた。だが不意にノゾミは軽く息を吐くと、「よっ」という掛け声と共に跳ね起きた。

「落ち着いた?」
「うん。そろそろ町に行くか」
「そだね」

ノゾミに続いてアユムも立ち上がる。先ほどよりも涼しげな風が通り過ぎ、少し汗ばんでいたノゾミの体を冷ましていく。
空を覆っていた雲は途切れ、少しだけ太陽が姿を覗かせていた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




二人はメンダスィアンの町に到着し、シュウの顔でも見に行こうとノーランの宿へと向かっていた。シュウが始めに言った通り町自体はさほど大きくないが活気には溢れている。露天がいくつも立ち並び、石畳で舗装された通りを歩く人々を捕まえようと口々に声を張り上げる。
熱気に溢れたそれらを冷やかしながらノゾミたちは歩いていき、ノーランの宿にたどり着くが、宿の周りには人集りができていた。その中に見覚えのある顔。

「シュウ! ノーラン!」
「ノゾミ兄ちゃん!」
「おお、ノゾミにアユム! いいところに来たな!」

ノゾミが二人に声を掛けるとシュウは嬉しそうに、そしてノーランは待ってましたとばかりに二人を人集りの中へ引きずり込んだ。

「ちょっ! いきなり何すんだよ!?」
「いいから! お前たちにも悪くねえ話だからよ。
 ほれ、コイツらがさっき話してた二人だ。見た目はこんなんだが腕は確かだ」

抗議の声をノゾミが上げるが、ノーランは黙らせるとノゾミとアユムの背中を押して一人の男の前に出す。

「貴方達がノーランさんが仰っていた旅人さんですか!? ぜひ、ぜひ私たちを助けて下さい!」

そう言って長身で灰銀の髪を持つその男はノゾミとアユムに頭を下げる。が、事情を飲み込めない二人は揃ってノーランを見つめ、その視線の意味に気づいたノーランはやっと事情を説明し始めた。

「この人は王都の魔法学校の教師らしいんだがな……」

ノーランが言うには、メンダスィアン近くの森に王都の魔法学校から野外学習としてやってきているらしく、三日間生徒だけで生活をさせていた。この行事自体はすでに別の町で行われており、大多数の生徒は合格しており、今は落第した十人程度の生徒だけが今回の学習に参加していた。
メンダスィアン周辺には特に危険な生物もおらず、十分生徒だけで対処できるはず、との判断で補習という形で今回改めて行われている。二日間は特に大きな問題も起こらず、順調に進んでいた。

「もちろん生徒たちに危険が及ばないよう我々も気をつけていたのですが……」

だが三日目を迎えた今日、生徒の二人の行方が分からなくなった。教師たちも手分けして捜索に当たったが、キャンプ場所から少し離れた森の中で一人の生徒が遺体で発見された。

「遺体は干からびてまして、首元に二つの穴があったことから恐らく吸血鬼の仕業だと思われます。奴らは他のモンスターと違って知能が高く狡猾で、また身体能力や魔力も高く、とても我々の手には負えないのです」

話を聞きながらアユムは「また定番のモンスターが出てきたね」と小声でノゾミに囁く。ノゾミもまた同じ感想を抱いたが、それを口にしても通じない事は分かっていたため苦笑いで応えた。

「それで、俺らにどうしろと?」
「お前らにはこの人と一緒に行方不明になったガキを探してやって欲しいんだよ」
「旅人の貴方がたにお願いするのは筋違いだとは存じています。ですがそこを何とかお願いしたいのです」
「俺たちもできるなら一緒に探してやりてぇんだがよ、話が吸血鬼なんてバケモンにまで及んじまうとな……この町の人間じゃとても太刀打ちできねえし、王都に要請すりゃいいんだろうがそうすると時間が掛かり過ぎちまう」
「悔しいけどさ、吸血鬼が相手だと俺ひとりじゃ到底ムリなんだ。だから兄ちゃん、姉ちゃん、頼むよ!」

教師だけでなく、ノーランにシュウもノゾミたちに頭を下げる。それだけでなく周りにいる人たちも期待のこもった眼で二人を見ていた。

「ね、ノゾミくん。助けてあげようよ。ノーランさんやシュウくんも頭下げてるし、急がないといなくなった子も危ないよ」

アユムはすっかりやる気だ。ノゾミのスーツの裾を引っ張って促してくる。ノゾミは考えこむように眉間にわずかにシワを寄せていたが、やがて口を開く。

「……一緒に探してもいい」
「本当ですか!? ありがとうございます!」

喜び勇んで頭を下げようとする教師だが、ノゾミは機先を制して話を続けた。

「あんたらに付き合って、俺らにどんなメリットがある?」

その言葉の意味を図りかねたように教師の男は一瞬呆けた表情を浮かべたが、すぐにノゾミの言わんとする事を察すると慌てて報酬を口にした。

「ぶ、無事に生徒を見つけて町まで守っていただけたら十万セントお支払いします! 万が一モンスターに遭遇して護衛をしていただけたら追加で三十万セント二人に……」
「一人だ。探すのに俺とアユムの両方に十万。護衛が必要になった時はそれぞれに百万セントだ。それならこの依頼を受ける」

ノゾミの要求に辺りがどよめく。みな報酬など考えていなかった。子供はどんな子供でも大切な存在で、仮に自分らが探しに行ったとして報酬など要求する必要など無い。そう考えていたため、ノゾミに対して自然と視線が険しいものへと変わった。

「だ、そうだ。どうすんだ?」

だがノーランだけは特に表情を変えること無く平然として話を教師へと振る。報酬があまりに高額だったのだろう。男は苦虫を噛み潰したように渋い表情を浮かべていたが、やがて背に腹は変えられないと判断したのか、渋々ながらその要求にうなずいた。

「オーケー、交渉成立だ。時間が無い。さっさと行こうか。案内してくれ。ああ、探しに行くのは確定だからまずは二人分二十万セントをもらおうか?」
「……今は手持ちがありません。とりあえず三万だけお渡しします」

懐から小袋を出して掌にひっくり返し、金貨と銀貨、それに銅貨を数え始める。そこにノゾミは手を延ばすと、金貨を一枚と銀貨一枚、計一万五千セントだけ拾い上げる。

「残りは後で良い。それじゃ行くぞ、アユム」
「あ、ちょ、ちょっと!」

一方的に男にそう告げると、ノゾミはアユムの手を掴んで人ごみを掻き分けていった。
背後からは舌打ちの様な音が聞こえてきたが、ノゾミは聞こえないふりをしてその場から離れていった。








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