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第一話 夢を、願う(12/06/09)
第二話 石とボール(12/07/08)
第三話 其は誰がために剣を握る(12/07/21)
第四話 世界はあまねく世知辛く(12/08/26)
第五話 纏い惑い迷い(12/09/30)
第六話 人(12/09/30)
第七話 コウセン(12/10/21)
第八話 今を生きる夢(12/10/21)
第九話 嘘つき(12/11/10)
第十話 迷い人は夢で生きる(12/11/10)









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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved






-8 今を生きる夢-




彼は暗い部屋にいた。六畳程度の広さに木製の机、幾つもの本棚があり、マンガに小説、ゲームが溢れている。床にはお菓子の食べかすが散らかっている。今も彼の口からはパリパリとスナック菓子を食う音がしている。
菓子を貪りながら彼はパソコンに向かっていた。メカニカルキーボードがカタカタと音を立て、モニターの灯りが彼の顔を照らす。楽しげに口を歪め、一心不乱に文字を打ち込んでいく。
「……よしっ!」

満足気にそう呟くとマウスを操作してアップロードする。ネット上に掲載されて今か今かと読者の反応を待った。期待に満ちた表情でF5キーを数分おきに押していく。
だが。

――ツマンネ

書き込まれたコメントに表情が固まる。

――テンプレ乙ww
――ワロタwwwここまでテンプレなの久々に見たわwww
――真面目にレビューするとなんつーか、どっかで読んだことあるような内容なんだよな
文章力はそこそこあるだけに余計内容がつまらんのが際立つ

次々と書き込まれるコメント。それらを目の当たりにすると彼の体が震え始める。
けたたましい音がした。
机の上のキーボードやマウスが薙ぎ払われて床に散らばる。コーラの入ったマグカップが割れて中身がフローリングに広がっていく。
彼は両腕を机に叩きつけた。そして全てから逃れるように眼を閉じ、頭を抱え込むとそのまま机の上に突っ伏した。
小さな嗚咽が彼の口から漏れていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



県立夕草第四高校。小高い丘の上にある高校の鐘が鳴り、授業を終えた生徒たちがざわめきと一緒に校舎から出てくる。梅雨も終わって夏も本格的に訪れ、黒い学生服の姿は減って涼し気な白い夏服の生徒が多数を占めるようになってきていた。

「くぁーっ! こんな太陽が高い時間に帰るのひっさびさだな!」

空は良く晴れ、ジリジリと照らされたアスファルトの上を歩きながら、佑樹は手を上に挙げて思いっきり背筋を延ばすと気持ちよさ気に叫んだ。対照的に、隣を歩く希はげんなりとした様子だ。

「んな感慨ねーよ……ただ暑いだけじゃん」
「ま、お前はそうだわな。コッチはこのクソあちい中、野球で走り回ってんだからこれくらい何てこた無いけどよ」
「あー……やっぱもうちょっと涼しくなって帰ろうぜ。体が溶けそう……」
「何情けねーこと言ってやがるかなこの色白ボーイは! 暑い時こそ元気出せってな。何事も病んでくるのは心から! 元気があれば暑さなんて屁でもねーし」
「そりゃお前だけだろ」

暑苦しい友人に希はため息を吐くと、校内の自転車置場に止めてある自転車の鍵を外す。

「そういえば、何で今日は部活無いんだ? まだテスト期間には早いし……」
「そーそー、それなんだけどな」

佑樹は右手で「ちょいちょい」と希を手招きすると、一度左右を見回して誰も近くにいないのを確認すると希にヘッドロックを掛けた。

「ちょっ、何だよ……」
「今日さ、英語の関と長田が休みだったろ?」
「ああ、そういえばそうだったな。それがどうしたのか?」
「何かよ、ちょっちヤバい話になってるみたいなんだわ。長田の方は夜中に救急車で病院に運ばれたらしくてな、病名はよく分かんねーけど心臓発作か何かで今集中治療室に入ってるらしいぜ」
「……マジか」
「マジもマジで大マジ。んで関の方なんだけどな、コッチの方がもっとヤバいみたいなんだよ。この前お前にした話があるだろ?」
「何だっけ、あの、ナンパした女子高生をどうのってヤツか?」
「そそ。その話。孕ませて捨てた女に刺されたって噂になってる」
「それもマジ話なのか?」
「さあな。でもそれで先公たちもだいぶ対応に追われてて、おかげで今日の部活はドコもお休みってわけだ。ま、当然俺らには理由なんて話しちゃくれねーけどな」
「んならお前はどっからその話を拾ってきたんだよ……」
「ふっふっふ。それは極秘って事で」

意味深な笑い声を上げて希を解放し、希は首筋をさすりながら軽く佑樹を睨みつけるが、佑樹はどこ吹く風、といった様子だ。
カバンを前のカゴに入れると希は自転車を押して校門に向かい、佑樹は自転車にまたがるとゆっくり漕ぎ始める。

「しっかしまあ、言っちゃワリィけど、関も長田もザマァ見ろって感じだな」
「佑樹」
「いやいや、俺も不謹慎だってーのは分かるぜ? けど正直な気持ちとして、いけ好かない奴らが痛い目にあって胸がすいたっていうかさ。だってこないだの青葉に対する関と長田のいじめをお前だって見たろ? 長田もそうだけど、関の奴もあれぜってぇ長田が足引っ掛けたの分かって見逃したぜ」
「そういう意味なら俺らも同罪だろ? 見てて何も言わなかったんだから」
「同じ学生がやるのと教師がやるのじゃ全然意味合いが違ってくるに決まってんじゃん」
「あー、君たち、ちょっといいかな?」

校門まで到着し、二人とも自転車にまたがって帰ろうとしたその時、低い声が二人に掛けられた。
背の高いスラっとした体格にスーツを着込んでいる。さすがにこの暑さの中はキツイのか、ハンドタオルでずっと噴きだした汗を拭っている。歳の頃は五十前だろうか。ところどころの深いシワに、頭部には白髪が目立つ。

「なんスか?」
「職員室に行きたいんだが、どっちに行けばいいのかな?」
「ああ、それならあそこのロータリーになってるトコを抜けて左に曲がれば玄関があるんで、そっから入って右の突き当りッスよ」
「そうか、ありがとう」

細い眼を更に細めて男性は礼を言い、佑樹が伝えた通りの方向へ脚を延ばす。が、すぐに立ち止まるとまた二人の方へ向き直った。

「その、君たちは修二の……」

だが言いかけて止め、頭を振った。

「いや、なんでもない。教えてくれてありがとう」

そう言って今度こそ職員室の方へと歩いていった。

「何だったんだ?」
「さあな。それよりさっさと行こうぜ。そうだ、せっかく早く帰れるんだし駅前に行こうぜ。ちょうど欲しい新曲が今日発売なんだよ」
「えー……」

佑樹の提案に希は難色を示した。暑い中を歩きまわるのも気が進まなかったし、今日はバイトも休みだ。佑樹が久々に部活が休みであるように希も家でのんびり時間を過ごしたくもあった。しかし佑樹の事を考えると無碍にもできない。佑樹には世話になっていると希は自覚している。勉強や運動で世話になっている意味では無く、それは「藍沢・希の友人」という立場で、だ。付き合いの悪い自分に未だこうして屈託も無く誘ってくれる「友人」は、佑樹しかいないのだから。

「まあ、いいか。いいよ、行こう」

たまには佑樹にも付き合ってやらないとバチが当たるな。
珍しいものを見た、とばかりに眼を見張る佑樹をよそに希は先に学校の外へと漕ぎだしていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「うっし! やっと買えたぜ」

駅前のレコード店から出てくるや否や、佑樹はホクホク顔で買ったCDのジャケットを眺める。そしてカバンの中からCDプレーヤーを取り出すと早速取り込み、自転車を押しながらイヤホンを耳に装着した。

「未だにCDプレーヤーとか使ってるんだな」
「まーな。ダウンロードも楽で良いけどよ、やっぱ買った『物』が手元にあるっていうのが良いんだよ」

それに特典ももらえるしな、と緩んだ表情で付け足すと歩きながらリズムを取り始める。あまり音楽に興味の無い、というより物全般に対してあまり興味を持たない希としては「そんなものか」と納得するしかない。
――欲しい物も特に無いしなぁ……
歩きながら希は内心でひとりごちた。昔から希はあまり物を欲しい、という感覚が無かった。幼い時からおもちゃが欲しいと駄々をこねて母親を困らせる事も無く、成長してからも必要な物以外買ってもらう事も無い。ただ野球道具だけはお願いしたが、それも「野球をする」のに必要なものであって、「良い野球道具」を買ってもらおうと思ったことは無い。今、自分の部屋の中にある物も見かねた母親が半ば強引に買い与えたもので、それすらも申し訳ないと思っている。
お金に困る生活でなければ、きっと物欲はあったんだろうけれど。

「あっちだと金持ちなのにな……」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、何にも」

何でもない。頭の上のアルルを撫で、もう一度そう嘯いて希は少し笑った。

「お? なあ希」
「何だよ?」
「あれって伊吹先輩じゃね?」

人通りの多い駅前通りを過ぎ、比較的歩道が空き始めて二人が自転車に乗ろうとした時、佑樹が声を希に掛けた。指で差された方は人通りが少ない路地の一角にあるマンションの駐車場。希が振り向くとそこには確かに歩の姿があった。

「……何かヤバそうな雰囲気じゃね?」
「そうだな……」

駐車場の壁を背に歩は三人に囲まれていた。三人とも女子高生らしく、チェックのスカートと白いブラウスの上にサマーセーターを着ていたが、その制服は希も佑樹も見たことが無い。
明るい茶色に染めた髪をちょんまげの様に縛った三人は、歩を威圧するように上から覗きこみ、時折歩を指さしてはケタケタと笑っていた。楽しそうに笑う三人とは対照的に歩は俯いたままじっとして動かず、まるで嵐が去るのを体を丸めて待つ子供の様。足元ではユンが威嚇する様に毛を逆立てていた。

「……ちょっと行ってくる」
「あ、おい! ちょっと待てって」

その光景を見ながら希は逡巡していたが、やがて乗りかけていた自転車から降りると、佑樹の制止の声も聞かずに押しながら四人に近づいていった。

「あゆ……伊吹先輩」
「希くん……」

希の姿を認めると歩は泣きそうな顔を一転させてホッと顔をほころばせた。対して他の三人は突然の侵入者に怪訝な表情で希を睨めつける。

「なに、アンタ? 突然割り込んできて」
「そーそー。サシコはアタシらと話してんだからさー。邪魔すんなよ」

サシコ、と言うのが誰なのか一瞬希は疑問符を浮かべるが、すぐにそれが歩の事を指しているのだと合点する。
希は、歩と残り三人の顔を見比べる。相変わらず長い前髪で目元の表情が読み取りづらいが、歩は顔を伏せ気味にしながら時々希の顔色を窺い見る。三人はそれぞれしかめっ面を浮かべる者、顔を逸らす者、そして希と面と向かって向きあう者と三様だ。

「邪魔すんなって言ってんだろ? さっさとどっか行けよ」

向きあっている一人が再度声を上げる。希に対して臆さないことからきっと彼女がリーダー格なんだろう。希は言葉を発さず、かと言ってその場から去る事も無くその女性をただじっと見た。
二人で睨み合う形が続く。

「まったく、二人で見つめ合っちゃって何やってんだ?」

が、その時間もすぐに終わる。佑樹がヘラヘラと笑いながら遅れてやってきて、茶化すようにして割って入った。
希を睨んでいた女は闖入者が二人に増えると、一度歩を睨むように見ると、残りの二人を顎でしゃくった。

「行くよ」
「あ、うん……」
「ボサッとしてんじゃねーよ」

二人を促しながらスカートのポケットに手を突っ込む。そして希たちが来た方向とは逆に、路地の奥の方に脚を進めた。
ホゥ、と息を吐き出して安心する歩とすれ違った。

「――――」

すれ違い様に、彼女の口が動く。何事かが歩に耳打ちされ、そのまま脚を止めずに二人を従えて去っていった。

「なんだ、アイツら?」
「さあね。それより大丈夫ですか、伊吹先輩」
「あ、はい……特に何かをされたわけじゃありませんし……その、ありがとうございました。えっと、そっちの……」
「あ、俺は浅井・佑樹ッス」
「浅井、君もその、ありがとうございました」

佑樹に頭を下げるも、歩はそのまま佑樹に視線を向けず彷徨わせる。

「いえいえ、俺は何もしてないっすから。それより、さっきの奴らなんなんすか?」 「……さあ? えっと、道を歩いてたら突然絡まれて……」
「ココら辺の制服じゃ無かったみたいですけど? アレっすかね、昔の友達か何かッスか?」

うつむいた歩の体がピクリ、と震える。希はそれに気づいたが、気づかないフリをすると質問を続ける佑樹を咎めた。

「そこら辺で止めとけって、佑樹。人の事情をアレコレ詮索するもんじゃないだろ?」
「……そうだよな。スンマセン、伊吹先輩。ちょっと調子に乗り過ぎたっす。許してください」
「あ、いえ、そんな……」

佑樹が謝ると歩は恐縮して、慌てたように両手をブンブンと胸の前で振って佑樹の頭を上げさせる。それにしたがって頭を佑樹は上げた。が、何かを考えこんでいるのか、口を真一文字に閉じてわずかに顔をしかめたままだ。

「ともかく、何事も無くて良かったです」
「ん? ああ、だな。そうだ、伊吹先輩を送ってこうぜ」
「え?」
「え、じゃねえよ。さっきの女たちがどっかで待ち伏せしてまた絡んでくるかもしんねーだろ? 一応家まで一緒に付いてった方がいいって」
「ああ、確かにそうした方がいいかもな」
「あ、あの、そんな……」
「遠慮しなくていいっすよ。ああいう奴らってしつこいッスから」

そう言うと佑樹はポン、と希の肩を叩いてニヤッと笑った。

「つーわけで希、宜しくな?」
「って、お前は来ないのかよ!」
「まーな。ちょっち俺は用事があるからよ」

話しながら佑樹は自転車にまたがると、ヒラヒラと二人に向かって手を振り、「ちゃんと送ってけよ〜!」と叫んであっという間に見えなくなった。

「……とりあえず、送りますよ。佑樹の言う通りまた絡まれるかもしれないですし……」
「う、うん。ありがとう……ございます」

歩が歩き出すのを待って希も歩き始める。並ぶ形で路地から大通りの方に向かって一歩踏み出したその時、希は動く何かの姿を捉えた。歩が絡まれていたマンションの駐車場の、丁度斜向かいにあるビルの影。多くの人が行き来するその中で隠れるように消えたその顔に希は見覚えがあった。

「青葉……?」
「希くん?」
「あ、いえ、何でもないです。行きましょう」

こちらの様子を伺っていたようにも見えたが、たまたまだろう。希は引っかかるものを覚えたが、それ以上特に深く考える事なく止めた脚を再度進め始めた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



時計が夜十時過ぎを示す頃、希はまた廃れたビルの中にいた。歩く度に埃が舞い上がる階段を登り、すっかり歩き慣れた通路を抜けて三階の広いホールへ到着する。いつも通る場所は同じため、埃の少ない通り道が出来上がり、その道を今日も通って部屋の隅に辿り着くと希はいつもと同じく石を握りしめた。
丸い石は発光を始めるが、希はすでにそれに慣れた。初めの時みたいに慌てる事無く包まれる光の粒子に身を任せて眼を閉じる。希が消える。そして次に眼を開けた時にノゾミが現れる。
ノゾミはいつも通り自分の格好を確認する。黒の上下のスーツで、足元はきつく締められた黒いブーツ。毎度変わりない自分の姿に、どこか安心感めいたものを覚えるようになっていた。

「やっほ〜、ノゾミくん」

洞窟の中から外に出るとニャハハ、と笑いながら肩にユンを乗せたアユムが出迎える。そして並んでメンダスィアンの町に向かっていく。この世界にやってくる順序は前後すれど、だいたいがこういった感じで二人だけの「第二の」一日が始まっていき、この日もまたその一日が開始された。

「あっ、そうそう、ハイ、これ」

町に向かう道すがらアユムは何かを思い出してポンと手を叩くと、ポケットの中をまさぐってノゾミに向かって手を差し出した。言われるがままにノゾミも手を出すと、宝石のような物が手渡される。

「この前のゲートさんと戦い終わった後なんだけどさ、それ拾ったんだけど何か分かる?」

それは以前にゴブリンとの戦闘が終わった後に拾った碧色の宝石だった。色合いは微妙に違うものの大きさも形もほぼ同じで、ノゾミはその時に拾った物を取り出してアユムに見せてやった。

「おー、ノゾミくんも持ってたんだ? これって何だろね? ユンは分かる?」

肩のユンに聞いてみるが、そもそも興味が無いのかユンはあくびをして顔を洗うだけだ。

「分かんないって」
「……今の反応はそういう事なのかよ」
「私には分かんのよ」
「……まあいい。アルルも分かんねーみたいだし」

なあ?と肩に座るアルルにうかがうと、アルルは小さく首肯した。

「どうする? 売ってしまうか? メンダスィアンじゃムリかもしんねーけど、ノーランあたりならツテ持ってそうだし」
「んー……迷うトコだよね。ただの宝石だといいんだけど、何となく持ってた方がいい気がするんだ」
「そうか? なら持っててもいいんじゃないか? 別に金には困ってねーし」

この前の報酬もあるしな。言いながらノゾミはスーツの内ポケットにある巾着袋を叩くと、ジャラジャラと硬貨が音を立てる。

「んじゃそうしよっかな。それで、今日はどうする? もうあの町はだいたい見て回ったと思うんだけど?」

この世界に通うようになって、もうすでに数週間が経つ。そしてこの世界で過ごした時間は一ヶ月以上だ。メンダスィアンが大きな町では無いこともあり、すでに町の大部分を見て回ったし、この町でそれ以上何かをする目的も無い。金も十分過ぎる程あり、留まる理由も無い。

「そろそろ他の街に行く頃合いだな……そうだとして、どっか行きたい場所ってあるか?」
「特に無い、ていうか他にどんな街があるか分かんないんだけどね」
「ならとりあえずノーランのトコ行って、そこで飯でも食いながら考えるか?」

ノゾミの提案にアユムもうなずく。
程なくメンダスィアンに二人は到着した。町の入口にいてすっかり顔なじみとなった警備を担当する町人と挨拶を交わし、そのままノーランのいる「宿メンダスィアン」(初めて聞いた時はひねりの無い名前だと二人で苦笑した)に向かった。

「おう、ノゾミにアユム! ワリィんだがまた仕事を引き受けてくれねーか?」

宿に入るなり開口一番ノーランはそう言った。宿のフロントで気怠そうに頬杖をついていたノーラン。だが二人を見つけた途端に元気になったその姿を見て、ノゾミもアユムもクルリと回れ右をした。

「たまには他の宿に泊ってみるか?」
「そだね。北通りにも宿屋ってあったよね?」
「待て待て待て待て! ちょっっっと待て!」

慌ててフロントから飛び出し呼び止めるノーランに対してノゾミは脚を止めたものの、心底面倒くさそうに顔を歪ませた。

「……一応聞いときます。何ですか?」
「……そんな腐った魚を見るような眼で俺を見るんじゃねえよ」
「ニャハハ、だってそういうテンションの時の話って面倒くさい依頼ばっかなんですもん」

笑いながらアユムが指摘すると、ノーランの方も自覚があるのか苦笑いに口元を歪ませた。

「だいたい、いつも俺らにばっかり頼んでくるけど、俺らは別に便利屋じゃないんだがな」
「そりゃお前らがきちんとやり遂げてくれるからな。残念ながらこの町には頼れる人間がいねえし。それにいいじゃねえか。その分これまでにもらった報酬も高かったろ?」
「十分過ぎる程にな。だからこそもう別に金に困ってねーし、ちょうどそろそろ別の町に行こうかって話をしてたんだ」
「マジで!?」

吹き抜けになっているロビーの二階から声が降りてくる。シュウは吹き抜けの柵から身を乗り出して眼を丸くしてノゾミたちを見下ろしていた。そこから走って階段を駆け下り、ノゾミとアユムを交互に見上げた。

「冗談だろ、ノゾミ兄ちゃん? ノーランが無茶言うから依頼を断るためにンなこと言ってるだけだよな?」

すがるようにノゾミの顔を見上げる。不安げに黒いローブの裾を握りしめている。

「……いや、本気だよ。別にノーランがどうこうとかじゃなくて、もうこの町でやる事もないかなって思ってさ」
「いいじゃん、このままこの町に住めばさ。兄ちゃんたちが普段どこで生活してんのかしんないけど、ここに拠点置いて、時々他の街に行ったりしながら生活すればいいじゃんか。兄ちゃんも姉ちゃんもこの町が嫌いなのかよ?」
「ううん、そんな事無いよ。この町も町の人も好きだよ。もちろんシュウくんも」
「なら!」

更に言い募ろうとするシュウにアユムは小さく頭を振って、わずかに自分より背の低いシュウの頭に手を乗せた。

「でもね、違うの」
「違う? 何が違うって言うんだよ?」
「うーん……言葉にはうまくできないけどね、私もノゾミくんもここにいるべき人間じゃないんだ」

それは二人の共通認識だった。この町の居心地は良い。町の人も嫌いでは無い。お金もあるし、特に何かをこの世界で為したいわけでもない。生きていくだけならきっと問題なく生きていけるだろう。この町で生きていく。それを考えたこともある。だがそんな姿を二人とも想像することができなかった。何故かは分からない。不満がゼロというわけでは無いが、それだけが理由では無く、ただ漠然とした「違和感」が二人の中にあった。

「分かんない……分かんないよ。そんなんじゃ……」
「諦めろ、シュウ」
「ノーラン!」
「二人にゃ二人の考えがあるんだし、やりたい事もあるんだよ。俺らは『お願い』はできても縛ることはできねえ。二人がお願いに『ノー』と言うんなら俺らは諦めるしかねえよ」

ノーランがシュウを諭す。シュウは両掌を強く握りしめ、うつむいた。
体を震わし、そして誰とも眼を合わせないままに階段を駆け登り始めた。

「シュウ!」

ノーランの声にも反応を見せず一息に階段を登り切る。そのまま自分の部屋の方へと消えていった。
三人は呆然とシュウの背中を見送っていたが、ノーランは深くため息をついて短髪の頭をかきむしった。

「ワリィな」
「いえ……突然の話でしたから驚いて気持ちの整理ができなかっただけだと思います。本当はもっと後に話すつもりだったんですけどね」
「そうだよなぁ……アイツもまだガキンチョだからな。いつかは別れが来るって頭じゃ分かってても、気持ちが追いつかないんだよな」

頬杖を突くと、深々とノーランは再度ため息をつく。しばらくその姿勢で沈黙し、やがて考えこむようにうつむいて腕を組むと「頼みがある」と切り出した。

「まずは最初の話なんだが、依頼はどうする?」
「具体的に話を聞かないと答えられませんけど、まあ大抵の事は請け負いますよ。たぶんこれが最後になると思いますが」
「そうか。内容はまあモンスターの討伐だな。お前らも知ってるかと思うが、アスラからの依頼だ」
「アスラの?」

問い返すノゾミに、ノーランはうなずく。

「メンダスィアンからだいたい歩いて二日ってところにシルフェード湖という湖がある。そこにエルフィーが出たって話だ」
「エルフィー?」
「ああ、お前らは知らねえか。んっとだな、身長が三十センチくらいの小さなモンスターで、簡単に言えば人間の女をそのまんま小さくしたような感じだな。背中には羽が生えてて、見た目は可愛らしいんだがな、幻覚を見せて人を惑わせた後に衰弱死した死体を食らうっていう結構えげつないモンスターだ」
「あれかな、私たちの世界で言う妖精みたいなもの?」
「たぶんな」
「別に町の近くに出たわけじゃねえし、普通はその場所に近寄らないよう告知を出すだけだが……理由は分からんがアスラはそいつらを駆除して欲しいんだとよ。俺は理由までは知らんし、知りたけりゃ直接アスラに聞いてくれ。ちなみに依頼料は破格だぜ? 一人二百万セントだと」
「ずいぶんと高額ですね。そんなに難しい依頼なんですか?」
「分からん。エルフィーが出たって話はたまに聞くが、それを討伐したって話は聞かないからな。でもエルフィーに返り討ちにあったって話も聞かないから、不可能じゃないと思うが」
「とりあえず話は分かったよ。それでもう一つの頼みって何?」
「ああ、それなんだが……」

アユムが尋ねるとノーランはためらう様に言葉を一度区切った。

「町を出るときに、シュウのヤツも一緒に連れてってやってくれねえか?」
「え……」
「前はアイツについて何やかんやと文句をつけてたけどな。アイツもいい年頃だし、モンスター退治も何度かこなして自信もついただろうしな。まあ、独り立ちする頃合いだ。お前らが一緒にいる時点で独り立ちとはちょっと違うだろうが、少なくともこんな田舎町にいつまでも引っ込んでるよりは良かろう」

どうだろうか、と二人の顔色をノーランはうかがう。
ノゾミはアユムの顔を見、アユムもまたノゾミの顔を見る。本音を言えば断りたい。それは一緒にいるのが嫌だと言うわけでは無く、一緒に行っても離れ離れになることが多いだろうからだ。シュウはこの世界の住人で、ノゾミたちは元の世界に帰らなければならない。シュウに自分たちの事を告げてもいいものか、それについてもすぐに判断がつかないし、時間の経過の問題もある。
この世界でどれだけ時間が過ぎても元の世界では時間は経たないが、元の世界で過ぎた時間は、ズレはあるがおおよそそのままこの世界で過ぎている。現実世界の状況によっては何週間も何ヶ月もこちらに来ることが出来ないかもしれない。そうすればシュウは一人で過ごすことになる。いつ帰ってくるか分からずに、孤独に過ごしてしまうかもしれない。そんな状況にさせてしまいたくはなかった。

「……」

同時に、ノーランの想いも無碍にしたくない。ここまでノーランが本当の父親の様にシュウを気にかけて育ててきたのは、まだ数週間の付き合いだがよく分かる。危険な道になど進ませたくはないだろう。
勝手にゴブリン退治に向かった時は激怒した。シュウを止められないと思うと、ノゾミたちに依頼して一緒にモンスター退治をさせた。普段から憎まれ口を叩きながらも、ノゾミたちと一緒に過ごすシュウを優しく見守っているのをノゾミもアユムも知っている。
父親を知らないノゾミ。父親の愛情を知らないノゾミ。それでもノーランのシュウへの愛情は理解できる。強く感じられる。そのノーランがシュウを送り出そうとしている。ノーランの胸の内が如何ほどか、ノゾミには推し測りきれなかった。

「……考えさせてください」

結局ノゾミにはそう応えることしかできなかった。






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