-9 嘘つき-
ノーランからの最後の依頼を受けた二日後、ノゾミとアユムは青々とした瑞々しい草が生い茂る草原の脇を歩いていた。エルフィーという妖精が出たというシルフェード湖にはそれなりに人が訪れるのだろう。メンダスィアンからの道は整備されており、また草原の向こうには農作業に精を出す農夫の姿が見える。数は少ないがポツポツと家が見えることから小さな集落があるに違いない。
以前にアスラからもらったアドバイスにしたがって用意した旅道具を肩に掛け、のどかな様子を眺めながら涼し気な風が吹く中を歩く。現実世界と違い、この世界はずいぶんと過しやすい。季節は同じ夏だが、湿度が低く風が吹いている事が多い。欧州に近い気候なんだろうか、とノゾミはつらつらと考えた。
「こういう風景って良いよね。町とは違った良さがあって」
穏やかな景色に、アユムが朗らかに笑う。テレビとかでよく見る景色だ。ノゾミもアユムも実際に田舎の風景を見たことはない。産まれた時からビルに囲まれた騒がしい街で育った。それだけに今眼の前の風景はとても新鮮に映る。
アユムが遠くの農夫に手を振る。すると農夫もまた同じく手を振り返してくれる。微笑ましい様子にノゾミはわけも無く父親の様な気分になって眼を細めた。
(ノーランもこんな気分になりながらシュウを見守ってきたんだろうか)
アユムの方が年長ではあるが、何となくノゾミは思った。そんなに老成してしまったつもりは無いが、アユムがどこか子供っぽいからだろうか。考えてみれば、この世界に来るようになって自分がアユムとシュウを引っ張る立場になっている気がする。現実では周囲に流されるばかりだったのに、とノゾミは世界の違いと共に自分の違いを自覚した。
「結局、シュウくん来なかったね……」
農夫の姿が離れ、また広い草原に二人になった時、アユムがポツリと零した。
この世界に本格的に身を置き始めて以来、二人のそばには常にシュウの姿があった。だが今、二人の傍らに彼の姿は無い。一昨日にノーランの宿で別れてから結局一度も顔を合わせる事無く出発となってしまった。出発前にシュウの部屋に声は掛けたものの反応は無く、また在室しているかどうかも分からない。ノーランに尋ねてもシュウの所在は最後まで不明のままだった。
「そうだな。できれば最後も一緒に仕事をしたかったけどな……」
ノゾミにとってシュウは弟だ。まだ数週間しか時間を共にしていないが、互いに助け助けられてやってきた。歳下でもあり、気が弱いクセに無茶をするし、だけども自分やアユムを心から慕ってくれているのも分かりどこか放っておけないヤツだ。近々別れがやってくる事は確定事項。でも、だからこそ一緒に過ごす時間を大切にしたかった。
「でもどうするつもりかな? ノーランさんはシュウくんを一緒に連れてって欲しいって言ってたけど」
「正直、まだ迷ってる。アユムはどう思う?」
「そうだね……私はシュウくんを連れてっても良いと思ってるよ。私たちの事もキチンと教えてさ、この世界で一緒に時間を過ごしていければ良いなって思ってる。シュウくんって可愛いし、暖かいし、一緒にいて心地良いしね」
「なんだ、アイツに惚れたのか?」
「フフッ、かもしれないね。少なくとも弟がいたらあんな感じなのかなぁってくらいにはシュウくんの事は好きだよ?」
クス、アユムは微笑み、ノゾミも表情を緩めた。
「そっか、アユムもか。俺も同じだよ」
「え? シュウくんに惚れたの? まさかベーコンレタス……?」
「違う! 弟としてだ! あとベーコンレタス言うな」
「ベーコンレタス通じるんだ……」
アユムのツッコミにコホン、と咳払いをしてごまかす。そのまま「それはともかく」と話を続ける。
「この世界にはまだ俺らの常識が追いついてないしな、アイツが俺らの事を理解してくれるんなら心強いから一緒に行くか誘ってみるか」
「そだねー。うん、そうしよ」
「でも、最終的に選ぶのはアイツだからな。アイツが町に残りたいって言ったらそれ以上は何も言わない事。それでいいか?」
「そりゃもちろん。いくらノーランさんの頼みでも嫌がる事はしないよ」
少しだけ強い風が吹いて草が摩擦音を立てる。
ノゾミの提案に大きくうなずくと、アユムははためく髪を抑えながら前を見据えた。
「だって、私たちは誰の物でも無いんだから」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
草原を抜けると、程なくして鬱蒼とした木々の生い茂る森が広がっていく。森、とはいえども然程深くは無い。中は比較的明るく、五分ほど歩いていくとすぐに湖が見え始めた。
「キレイ……」
エルフィーを警戒して慎重に脚を進めてきた二人だったが、森を抜けた瞬間アユムの口から感嘆が漏れた。
雲間から差し込む光が湖面に反射してキラキラと輝く。湖の奥には雄大に佇む山々が連なり、麓の湖がその姿を鏡の様に映し出している。湖水は透通り、魚がゆったりと泳ぐ様が見て取れた。
「……っん、うまい……!」
喉の渇きを覚えていたノゾミは湖から手で水をすくって口に運ぶ。ヒンヤリとした感覚が喉を通り、移動で少し火照っていた体を中から冷やす。もう一すくいだけ水を飲み干すと、ノゾミはひと心地ついて辺りを見回す。
「特に何も無さそうだが……」
「うん……平和だねぇ……」
持っていた荷物を放り出してアユムは湖畔に寝そべる。その様子をノゾミはため息混じりに眺め、自分も腰を下ろそうと付近に注意を払う。と、寝そべっているアユムの腹の上に鎮座していたユンがピクリと耳を動かした。
「ユン? どうしたの?」
「アルル?」
ユンに続いて定位置の頭の上にしがみつくアルルもまた、何かに警戒する様に湖の方をじっと見た。
「エルフィーか」
下ろしかけた腰を上げ、ノゾミは手に狙撃銃を具現化させてスコープを覗きこむ。アユムも起き上がると光の剣を握りしめて湖を見た。
「――女?」
スコープの中にノゾミは女性の姿を認めた。その女性は何かを洗っている様で、屈んで湖面に手を突っ込んでいた。距離は約三百メートルか。女性型の妖精であるエルフィーの事が頭を過る。が、身長三十センチ程度というエルフィーの特徴を思い出し、ならば無関係か、とスコープから眼を離した。
「たぶんエルフィーとは違う。人間の女の人だ」
「あっそ。なら大丈夫かな? あ、でもこの辺りにエルフィーが出るって知らないのかな? 危ないですよーって教えといたほうが良いんじゃない?」
アユムの言葉にうなずき、ひとまずその女性の元に向かう。狙撃銃を消し、アユムの剣だけを手にしてアユムを前にして念の為にゆっくりと警戒しながら歩く。
「もしもーし、すいませーん」
「あら? はい、何でしょうか?」
アユムが声を掛けると、洗濯物をしていたらしい女性は手を止めて立ち上がる。
女性は美人だ。ハッと息を飲んでしまうように整った容姿で、ノゾミよりも大きい、身長は一七〇センチを超える体躯から思わず気後れしてしまいそうだが、浮かべた笑顔が柔らかい印象を与える。この世界では比較的珍しい黒髪で、腰にまで届こうかというくらいに長い。アユムが笑顔で近づいたからか、最初は笑顔を浮かべて応対していたがアユムの手にある剣が目に留まって顔をわずかに強張らせた。
「えーっと、ここら辺に住んでる方ですか?」
「あ、はい、そうですが……あの、アナタ方は?」
女性の質問にアユムは、自分たちがモンスターの退治にシルフェード湖に来たこと、休憩しようとした時に女性を見つけたこと、そしてこの付近が危険であることを伝える。
「そう、ですか……それで武器を持ってるんですね。少し安心しました。最初は盗賊の方たちかと思っちゃいましたから」
「アハハ、まあ武装した人が来たらそう思っちゃうかもね。だけど、さっきも言ったけど早いトコここから避難した方が良いと思うよ?」
「そうですね。ですが、急に避難しろと言われましても……」
「困るのは分かるが……もしくは家の中にこもってしばらく外に出ないことをお勧めする。退治が終わるまで、な。失礼ですが貴方の家はここから遠いのか?」
「いえ、そこまでは……歩いて十五分くらいでしょうか? あの、ちなみにそのモンスターってどういったものですか?」
「ん? ああ、エルフィーってモンスターなんだが何か知ってるか? 些細な事でも良い。何か情報を知っていたら教えて欲しいんだが」
「エルフィー、ですか? それはどんな……」
「妖精種で体長は三十センチ程の小さなモンスター。四枚の羽を持って空を飛んでるらしいが……」
ノゾミがエルフィーの特徴を伝えると、女性は人差し指を顎にあてて何かを考える様な仕草をする。そしてパチン、と両手を叩いた。
「たぶんそのモンスター見たことがあります」
「本当!? どこで!?」
「ええっと、確か……」
記憶を探りながら女性は、ノゾミたちがやっていた方とは逆に位置する森を指さした。
「あの森の中です、確か。あの森にはアケビがなっているのでよく獲りに行くんです」
「分かった。ありがとう。早速行ってみる。アナタは早く家に帰った方が……」
最初に伝えた通り、帰宅をノゾミは促す。だが女性は首を横に振るとニッコリと笑った。
「いえ、私も一緒に着いて行きます」
「いや、それは……」
「危ないから着いて来ちゃダメだよ? ここは私たちに任せて欲しいな?」
「別にお二人の邪魔をするつもりはありませんし、退治に参加させて欲しいと言ってる訳じゃないんです。ただ、私がそのエルフィーを見た場所まで案内させてもらえませんか?」
女性の提案に二人は顔を見合わせた。それくらいなら、とノゾミはうなずきかけるが、万が一の事も有り得る、と何とか縦に首を振るのを堪える。しかし、女性は尚も食い下がる。
「あの森は葉がぎっしりと生い茂っているので迷いやすいんです。失礼ですけどお二人はこの辺りには不案内ではないですか?」
「それはそうだけど……でもやっぱり危ないよ」
「それも承知しています。これは私の為でもあるんです」
「え?」
「もしお二人が早く退治してしまえれば、私も家の中に閉じこもらないで今の生活を続けられるでしょう? 私、家の中にいるの嫌なんです。大丈夫ですよ。森の中まで案内したらすぐに避難しますし、モンスターが途中で出たらすぐに逃げますから。こう見えても脚は速いんですよ?」
だからお願いします。そう言って丁寧に頭を下げる女性に、ノゾミもアユムもうなずかざるを得なかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「へー、もう五年もここに住んでるんだ?」
三人でエルフィーの元に向かう途中、女性はミレイ、と名乗った。
ミレイとともに一旦自宅に戻り、洗っていた洗濯物を片付け終えるとすぐに三人は森へと向かう。次第に木々が増え、深くなっていく森を歩く最中、ミレイと会話をしながら脚を進める。
「はい。そこまで意識したことは無かったですけど、気がついたらそれくらいになってますね」
「町に比べたら小さい家だったけど、一人で住んでるの?」
「ええ。両親は町の方に住んでるんですけど、どうにも私は人の中というのが苦手で……」
「そっかぁ。一人でいて寂しくないの?」
「そうですね。時々寂しくなる時もありますけど、自然の中で暮らす方が私には合ってるみたいですし、それに少し離れた所に私の様に一人で住んでいるお友達も居ますから」
「へぇー……良いなぁ。私もその内そういう生活してみたいな」
「ふふ。その気になった時は教えて下さいね。歓迎しますよ」
アユムとミレイが楽しそうに会話を弾ませている隣で、ノゾミもまたミレイの様な生活に思いを巡らせていた。
たまにテレビで自給自足の生活を送る人の様子を見ていたが、あまりノゾミは興味を引かれなかった。楽しそうに生活してるな、と現実の自分の生活を顧みながら少しうらやましいさがあるのは否定しないが、自分は自然の中よりも都会の便利さの方が良い。そもそも自然の過酷さを克服するために文明が発達してきた中で、それを捨ててまで自然の中での生活を選ぼうとは思えない。
人から逃れたいと思った。流されるだけの人生から抜け出したいと願った。だけどそれだけだ。人の営みが嫌なワケじゃない。言いなりにならない人生が欲しいだけだ。
「ま、人それぞれだけどな」
「何が?」
独り言のつもりで漏らした声に反応されて振り向けば、ミレイとの会話を切り上げたアユムがノゾミの顔を下から覗き込んでいた。
「人の趣味はそれぞれだってこと。俺には都会での生活が合ってるなと思っただけだ」
「ふーん、ノゾミくんは都会派なんだ?」
「そういうわけでも無いけどな。全部自分でやらないといけない生活より、任せられるところは機械でも人でもいいから任せられるところは任せたいだけ」
「面倒くさがりなだけじゃん」
「まあな。そっちは自然の方が好きみたいだけど?」
「うん。世の中コッチの世界みたいに周りに良い人ばっかだったら良いんだけどね」
「善人ばっかりか? コッチの世界が?」
先日のゲートやロングといった面々を思い出し、ノゾミは訝しげにアユムの様子をうかがう。アユムもそれに気がついたのか、苦笑いを浮かべながら手を横に振った。
「別に善人ばっかとは思ってないよ。私の周りに私を傷つけようと思ってる人がいなかったら、それだけで私は良いんだ」
「……現実だと違うのか?」
一瞬のためらいの後、ノゾミがそう尋ねるがアユムは苦笑を深くしただけだ。
学校でのアユムの様子を見ていれば、普段彼女がどんな状況下に置かれているのかは容易に想像がつく。けれどもきっと、何も語らない事が彼女なりの質問に対する回答なのだ。だからノゾミもそれ以上尋ねる事は無い。
ノゾミ自身もアユムも、ここにいるのには訳があるのだ。それは互いに容易く踏み込むべき事じゃない。ノゾミは「ノゾミ」であって「希」では無い。別の存在なのだ。同じ様にアユムは「アユム」であって「歩」では無い。ノゾミが知るべきは「アユム」であればいい。
「さて! 後どれくらいで着くかな……って、あれ?」
柏手を鳴らして、話題を変えようとアユムは隣を歩いていたミレイを振り返った。だがその姿は無い。
「ミレイさん? おーい、ミレイさーん」
付近を見回し、ミレイを呼ぶ声が森に響く。しかし声は森の木々に吸い込まれていくだけ。何も帰ってこない。
「もしかして……はぐれちゃった?」
「そんなバカな。ついさっきまで隣にいただろ? 見失うもんか」
「んじゃミレイさんどこ行っちゃったのさ?」
尋ねられてもノゾミだって答えは持っていない。返事の代わりにノゾミはハンドガンを手に出した。
「辺りを探してくる。ミレイさんが戻ってくるかもしれないからアユムはここで待っててくれ」
うなずき返すアユムを背に、ノゾミは今まで歩いてきた道を戻り始めた。
深い森とミレイは評したが、ここまでの道のりは平坦だ。道無き道を進むでもなく、多少歩きにくくはあったもののまっすぐな一本道。木々の背丈は高く、したがって道の左右の森も比較的奥の方まで見通せる。
注意深く辺りを探しながらノゾミは歩く。来る時は何も感じなかった森だが、今は少し不気味に感じる。そしてノゾミは異変に気づく。
「音が……」
音が無い。風が無い。よくよく耳を済ましてみても、僅かな葉擦れの音すら聞こえない。ノゾミの頬を気持ちの悪い汗が流れた。
それでも尚も進む。すると、正面に小さく人影らしき姿が見える。ノゾミは歩く速度を上げた。
「あれ、ノゾミくん?」
だが現れたのはミレイではなくアユムだった。キョトンとして呆然と立ち尽くすノゾミを覗きこんだ。
「ん? さっきコッチから行ったよね? 何で反対側から? ははん、さては迷ったんだね」
しょうがないなぁ、と言わんばかりに肩を竦めて苦笑いをアユムは浮かべ、だがノゾミはハッとした表情を浮かべると、今度は今来た道を走り出した。今しがた見た森をまっすぐに駆けていく。そう、まっすぐに。
だが現れたのはやはり同じだった。
「……え?」
アユムの笑顔が凍り付く。アユムはたった今、走りだしたノゾミの背中を見送った。そして今、アユムはノゾミに背中を見られているという現実。起こってしまった「有り得ない」事実。
「……何が『迷いやすい森』、だ」
ノゾミは忌々しそうに森の奥を睨みつけて吐き捨てる。これは迷いやすいとかそういうレベルの話ではない。どこに向かって進もうが必ず元の位置に戻ってくる。これは監獄だ。右を見ても左を見ても景色は変わらない。
風も無いのに木々がざわめく。葉が二人を嘲笑する。背の高い木が悪意を持ってノゾミたちを見下している。
「これはマズいかな……ミレイさんも見つからないし、どうする?」
言葉とは裏腹に、アユムは不敵に口元を歪めた。頭についた猫の耳がピクピクと楽しそうに動く。
「アルル、今の状況について何か分かるか?」
「……森の中から魔力を感じる……」
けれどそれ以上は分からない、とアルルは首を横に振る。ノゾミは「そうか」とだけ応えると、頭の上で顔を曇らせているアルルの頭を撫でてやる。
「落ち着いてるけど、アユムは何か案はあるか?」
「んー……特に無いけど、強いて挙げるなら『待ち』かな? たぶんもう少し待ってれば良いと思うよ」
「何でだ?」
「だってノゾミくんは感じない? こんなにもいっぱいあるのに」
「何を?」
「――悪意を」
途端に森の空気が変わる。囁くようなざわめきが森全体から二人を取り囲む。
葉擦れに混じって聞こえてくるクスクスという笑い声。小さく、甲高い幼子の様な無邪気な悪意がさざ波の如く森の中に広がっていく。
まるで敵だ。ノゾミは銃を構えながら思う。森全体が悪意で満ちている。今こうして嘲笑が鳴り響いてようやくノゾミはアユムの言葉を理解した。
「……来る!」
アユムは叫ぶと同時に剣を横薙ぎに振り払った。剣とぶつかった氷が砕ける音が響き、二つに割れた氷の槍が地面に落ちて瞬く間に消える。だが氷の槍は森の中から次々と襲来した。
アルルがノゾミの頭から飛び立って宙に浮く。聞き取れない程の小声で何かをつぶやき、不可視の何かが展開されて、槍とぶつかって波紋が空中に広がった。
ユンもまたアユムの方から飛び降りて嘶く。泣き声と同時に槍は砕け散り、アユムが切り漏らした物を防いでいく。
そんな中、ノゾミはじっと眼を凝らして森の中を見つめる。まるで閉鎖された空間の様に止まない声は反響し、四方からノゾミの耳に届いて声の元を特定できない。だからノゾミは強化された視力を信じ、槍が飛んできた方向にただ眼を凝らす。動くものを一切見逃すまいと、防御をアルルに任せ、手の銃を狙撃銃に変更してスコープを覗きこんだ。
そして捉えた。
「アルル!」
叫び声と同時に不可視の壁が消え、そこを通過した氷がノゾミの頬を掠めて鋭く傷をつける。紅い血が帯状に流れ出し、だがノゾミは痛みを無視し、微動だにせず引き金を引いた。
細く、だが高密度な光が森を貫く。木の幹を削りとり、狙った目標に向かってまっすぐに愚直に進む。
「……終わった?」
「手応えはあったが……」
笑い声は止み、静まり返る。アラレの様に降り注いでいた氷の槍も止まり、森の中にはビームが通過した跡がはっきりと残っている。
アユムは剣を脇構えに携え、いつでも振り抜けるようにして視線を森からノゾミへ移した。
「――まだみたいだね」
言葉を発したと同時に生い茂った枝葉の奥から何かが飛び出した。そしてアユムはそれを予期していたかの様に迷いなく剣を振りぬく。
「ギエアアアァァァっ!!」
耳を塞ぎたくなる叫びが辺りをつんざき、体を真っ二つにされた人型の何かが土へと落ちる。足のサイズ程度の大きさのそれは、まもなく光の粒子となって空気へと溶けていった。
「今のは……」
「今のがエルフィーだろうね。サイズと言い見た目と言いノーランさんが言ってたのと全く同じだし。ホント、お人形さんみたいだったね。断末魔はとんでもなかったけど」
見た目は可愛かったのになぁ、と残念そうにアユムはつぶやく。ノゾミはアユムの感想に顔を若干ひきつらせながらも森の方に視線を走らせる。
「俺にはあの見た目に悪意しか感じないがな。どんなに見た目可愛くてもモンスターだ。どうだ? まだ何か居そうか?」
「うう、触ったら柔らかくて暖かくて気持ちよさそうだったんだけどな……
えっとね……うん、たぶん大丈……」
隣で話していたアユムの声が中途で不自然に途切れる。
ノゾミはアユムがいた方を振り向く。だがそこには誰もおらず、あるのは森だけだった。
「アユム……?」
呼ぶ声が森に吸い込まれて消える。三六〇度、ノゾミが周囲を見渡してもアユムの姿は何処にもない。
「アユム!」
もう一度、ノゾミは叫んだ。だが、何も無い。何も返ってこない。ノゾミ自身の声だけが虚しく反響する。
音の無い世界。それを認識した途端に世界が崩壊する。葉は瑞々しさを失ってハリボテに。樹の幹はまるで子供が塗り潰した絵の様に平面的に。現実が絵に。絵は線に。線は点に収縮し、世界が黒で塗りつぶされた。
世界が壊れていった。空虚がノゾミを蝕む。
誰もいない。
何も無い。
ノゾミは不意に胸の痛みを覚えた。何かが、何かが失われてしまった様で息が詰まる。呼吸が苦しい。息が苦しい。生き苦しい。
「苦しいかい?」
突如としてノゾミに声が掛けられ、ノゾミは顔を上げた。
見慣れたブレザー。少し明るい栗毛色の髪に大きめで釣り上がり気味の一重の眼。ノゾミがよく知っている人物。
「お前は……!」
「誰か、なんて事を聞くのは無駄だって事は君なら知ってるだろう? そこまで愚かじゃないと僕は信じてるよ」
「希」はノゾミに向かってそう言うと小さく笑った。
――落ち着け。冷静に考えろ。
胸元を強くつかみ、そう頭の中で繰り返す。ついさっきまで森の中にいた。そこからどこかに一瞬で移動するなんて有り得ない。ならばこれは幻だ。誰かが「僕」を惑わそうとしているんだ。
「確かにここは幻だよ。君が見ている僕の姿も幻だ。でも僕という存在は紛れも無くここに在る」
「違う。お前は俺じゃない。俺はここにいる。お前なんて実際に存在するはずがない」
「いや、僕は確かに存在しているよ」
希はそう言い切ると、うずくまるノゾミの周りを回り始める。
「君と僕は同じ存在かも知れないけど、同時に別の存在だ。君だって切り離して考えてるだろう? 現実世界の僕とこの世界の僕、それらは別物だと」
「確かにそうだ。だが実際にそんな事があるはずがない」
「どうしてそんな事が無いと言い切れる?」
「それは……」
言葉に詰まるノゾミ。希はノゾミの返答を待たずに言葉を続けた。
「元は同一の存在であっても、認識の数だけ存在は、世界はそこにある。君が認識する僕、伊吹さんが認識する僕、佑樹が認識する僕、母さんが認識する僕……たくさんの僕がたくさんの世界で存在している。普段たくさんの僕が同時に見えないのは、ただ単に元が同一の存在が同時に存在する事をその世界が容認できないから。ただそれだけに過ぎないんだ」
「ならこの世界は……」
「この世界だってムリだよ? でも今この場所は君が見ている幻だ。そしてここは複数の僕が在る事を許容される場所でもある。だけど本質はそこじゃない。ここは君が想像し、創造した現実なんだ」
「こんな場所を俺が作ったっていうのか? こんな俺とお前以外誰もいない、こんな場所を……」
「そうだよ。正確には僕『たち』だけどね、まあそれはいいや。『藍沢・希』の本質として、他者の存在を必要としていない。それどころか疎ましいとさえ思ってる」
「バカにするなよ。そんなわけあるか。確かに周りの人間を疎ましいと思うことはある。だがそれは一時的な感情だ。そんな気持ちを抱くことは誰にだってあるだろう? 本気でそんな事を考えてなんてない。第一、誰にも頼らず生きていくなんて不可能だ」
「君の言う通り最初は一時的な気持ちだった。色んな人に助けられて僕も母さんも生きてきたのは知ってるからね。感謝の気持ちを忘れない様に、常に自分に言い聞かせて暮らしてきたし、母さんが頑張ってる姿もずっと見てきた。だから母さんを始めとして色んな人に本当に感謝してるし、だからこそ少しでも恩を返そうとバイトだって始めた」
「ああそうだ」
「でも、だ。僕は思った。僕はどうしてこんな生き方をしてるんだろうって。その疑問はとても罪深いことだ。そんな事を考えた自分を恥じて、口には出さずにそっと自分の中だけに仕舞っておいた。だけど、それは抱いてはいけない疑問だったんだ。疑問は疑念に変わり、取り巻く環境への猜疑に変わる」
「やめろ。それ以上言うな」
「感謝の気持ちは誰に向けたものだ? 誰のために僕は働いている? 自分が感謝しないといけないのか? 物心ついた時から苦労させられて、今の境遇を作ったのは自分じゃない、周囲の自分以外の人間じゃないのか?」
「やめろ」
「どうして自分が両親の尻拭いを手伝わないといけない? 自分の人生は何処にある? 『お母さんの為を想って偉いね。』そんな褒め言葉で僕は何を得られた? 頑張って勉強して、良い高校に入学して良い大学に入って良い会社に入って、そこで僕は何を得られる? 周囲が求めるレールの上に乗っけられて、それに抗う勇気も無くて、そこから降りる事で失われるものに恐怖して、いつまでも不特定の他人の掌の上で生きていかなくちゃならない」
「やめろぉぉぉっ!!」
ノゾミは耳を塞いだ。体を丸めてうずくまり、全てを拒絶する様に、小さな子どもの様に絶叫した。
「だから僕らは拒絶するんだ。自分を取り戻すために。誰にも左右されない、誰のものでもない僕らになるんだ。ここに僕らしかいないのは、そんな僕らの想いの発露なんだよ」
希はノゾミに近づいてしゃがみ込むと、頭に手を遣り優しくノゾミの頭を撫でる。
「ここには誰もいない。僕らしかいないんだ。当たり前の話だけど誰よりも君を理解している。故に君を縛らない。君を拘束しないし、指図も無意識の強制も無い。居心地の良い世界だろ? だから君はここにいれば良い」
掛けられた声は優しかった。頭を撫でる手も暖かかった。
優しい言葉を信じたい。けれどもノゾミはその言葉を信じない。信じられない。
何故ならば、希は嘘つきだから。ずっと周囲を騙して生きてきた嘘つきだから。
優しい息子を演じて母親を騙してきた。賢い真面目な生徒を演じて教師を騙してきた。当たり障りの無い笑顔を浮かべた差し障りの無い存在を演じて友人を騙してきた。
そして自らをそういう存在だと自分自身を騙してきた。
コイツは嘘つきだ。俺を騙そうとしている。耳障りの良い言葉を並べ、俺をコイツが望む方へと連れて行こうとしている。
ノゾミは乗せられた手を掴んだ。ノゾミが手を取った事で希は笑顔を浮かべ、ノゾミの手を引いて立ち上がる。
ノゾミもまた立ち上がり、顔を伏せたまま体だけ希と二人で向き合う。
「ココには何も無いけど、外よりはマシだよ」
――甘い言葉を吐き続けるコイツは何だ?
「なんたって僕らが僕らでいられるんだからね」
――嘘を吐き続けるコイツは何だ?
「それじゃ、行こうか?」
――コイツは
「敵だ」
「え?」
希の頭に突き付けた拳銃。その引き金をノゾミはためらいなく引いた。
飛び出したのは弾丸。軽い音を立てて希の頭を撃ち抜く。
笑顔を貼りつけたまま倒れていく希。その頭からは何も零れ落ちない。
「だってお前は嘘なんだからな」
世界にヒビが走る。黒一面の壁にガラスの様に線が走っていく。壁が崩れる。天井が崩落する。幻が終わり、また現実が始まる。
「誰かの思惑に乗ってなんて、誰がしてやるもんか」
崩れていく世界に向かってノゾミは吐き捨てる。そして小声で呟いた。
「俺は俺が創造する」
そして世界が溢れた。
いつの間にか閉じていた眼を開くと、ノゾミの視界に入ってきたのは元の森。枝葉は瑞々しさを取り戻し、涼し気な風が囁くような葉擦れを起こす。
「あ、あれ?」
声に反応して振り向けばアユムがキョトンとしてキョロキョロと見回している。
小さく息を吐き出すと、ノゾミはアユムを無視して足元にうずくまる人物を見下ろした。
「アンタが本物のエルフィーだったんだな」
感情を混じえずに確信した事実を述べるノゾミをうずくまる影――ミレイは、血を流し続ける左目を押さえて睨みつけた。
「どうして……!」
「さあな? 見せる幻を間違えたんじゃないか?」
小馬鹿にするようにノゾミは小さく哂う。見下されたミレイは整った、真っ赤に染まった顔を憤怒に歪ませると後ろに跳躍。残った右目が零れ落ちてしまいそうな程に眼を見開いて体を震わせる。
「よくも私の美しい顔に傷を……」
「顔に穴が開いて良かったな。醜いモノが流れ出てもっとキレイになってるぜ? 何なら鏡を貸してやろうか?」
「仮にも女の人なんだからそれはひどいんじゃない?」
「そうか?」
状況を理解したらしいアユムがノゾミの隣に並び、それに適当に相槌を打ちながら手の中の銃を弄ぶ。足元にはユンが、そしてノゾミの頭の上にはいつしかアルルが座っていた。
「お前は、お前だけは絶対に許さんぞ……」
「そりゃこっちのセリフだ。よくもまああんだけ性質の悪い幻を見せてくれたもんだよ」
「全くだよ! せっかく忘れてたのにさ。……この代償は大きいよ?」
「ほざけ!!」
半眼でミレイを見据えるとアユムは剣を腰構えに構えた。
ミレイが怒声とともに手を空に掲げる。瞬間、付近の空間がわずかに歪む。そこから現れるのは、先ほどアユムが切り捨てたはずの小さな妖精たち。その数は十や二十では終わらない。
神経を逆なでするクスクスという白痴の笑い声を上げ、空へと舞い上がる。クルクルと円を描くように飛び回り、そして――
「殺せぇっ!!」
ミレイの絶叫と同時に氷の雨が降り注いだ。
幻覚を見せられる前とは比べ物にならない数の槍が落ちてくる。更には一つ一つの槍が一回り大きく、頑強。アルルとユンがシールドを展開し、ぶつかった衝撃に激しくシールドが揺れる。ぶつかり砕け散った氷が耳障りな程にけたたしい音を立てて地面に落ちていく。
このままではシールドが持たないと判断したノゾミが後退。一方でアユムは前進。かする程度の物は無視して、致命傷になりそうな物だけを切り落とし、また肩に飛び乗ったユンのシールドで防いでミレイに肉薄する。
「はああああぁぁぁっ!」
雄叫びと共に光一閃。鋭く横薙ぎに振り抜かれたそれをミレイはかろうじて避け、だが避けきれず胸元に一筋の傷が走り、秀麗な顔を更に醜く歪ませた。
「貴様ァァァッ!」
しかし苛烈な攻勢をアユムは止めない。
――怒り狂ってるな
アユムの姿を見てノゾミは率直にそう感じた。
アユムもまた憤怒と喜悦に顔を歪ませていた。怒りは見せられた幻に対して。歓喜は怨敵を切り刻める事に対して。ノゾミと同じ様にアユムも幻を見せられたのは間違いない。
ノゾミが見たのは自らの姿。ならばアユムが見たのは何だったのか。怒りをアユムが見せる事は少ない。少なくともノゾミは初めて見た。
未だノゾミとアユムは知り合って一ヶ月程度。互いのバックグラウンドを知り得ないし、無理に知ろうとも思わない。
だが、見せられたものが何であれ、アユムの不快さは理解できる。
なぜなら――
「俺も同じくらい怒り狂いたい気分だからな」
誰にともなく小声でつぶやくと同時にノゾミの周囲が歪む。それは先程大量のエルフィーが現れた時と現象は同じ。しかし何かが決定的に違った。
魔力が溢れる。世界が魔で満たされる。その源泉でノゾミは体を大きく震わせた。
「グ…グ、ガ……」
誰かに踊らされるのは自分が弱いから。抗う力が無いから。それを是としていた「希」がノゾミは腹立たしい。
ノゾミは足を止めて自らに埋没する。アルルの盾もすでに限界。ガンガンと打ち鳴らされるシールドにヒビが入る。ノゾミも小さなエルフィーたちの攻撃にさらされて小さな傷を無数に作っていく。
もっと、もっと力を。ノゾミは渇望する。誰にも負けない力を。
耐え難い痛みが内からノゾミを蝕む。それは身の丈に合わない魔力故か、持ち得ない自らの姿をソウゾウする矛盾故か。
強く、あれ。想いが現実を凌駕しろ。
ただ、願う。真摯に願う。ひたすらに願う。
そして願いは自らを塗り替える。
「ノゾミ、くん……?」
背後からの光に、攻勢を仕掛けながらもアユムは振り返って言葉を失った。
発光源はノゾミの正面。ノゾミの目の前でシールドを展開して魔法の氷槍を防いでいたアルルから。
光の洪水の中でアルルの体が変化する。ノゾミの頭に乗る程度の小さな体躯。だが光に包まれ、奔流が消え去った後に現れたのは大人の女性と同程度のサイズ。輝く銀色の髪はそのままに成長した姿は、流れの中で身を任せるかのようにフワリと浮き上がる。そして、魔法の洪水をこれまでの壊れそうな程に不安定なものではなく、強固な壁で全てを受け止める。
アルルは優しげに眼を細めるとそっと両手でノゾミの顔を包み込んだ。
ノゾミとアルルの影が重なる。口付けるように、優しく、優しく。
その瞬間、一際激しく光が広がっていった。
「ああ……」
光が収まっていき、ノゾミの口から満足気なため息が漏れた。そこにアルルの姿は無い。立っているのはノゾミだけ。
「何だと……」
だが代わりに現れた物に、アユムは愚か、ミレイでさえも足を止めた。先ほどまでのアユムの剣戟も、それをいなすミレイの防御も止み、目の前に広がる世界から眼を離せない。
「貴様は……貴様は一体……」
ガチガチとミレイの歯が音を立てる。感じる威圧に恐怖を禁じ得ない。
ノゾミを囲むように展開されたのは、夥しいまでの銃。拳銃から狙撃銃、果てはバズーカと思しきものまでありとあらゆる種類の銃が空を覆い隠す。そしてその一つ一つから凄まじい魔力が溢れて示威している。
ノゾミが空を見上げた。そこで捉えたのは、銃と同じ様に覆い尽くさんばかりのミレイが召喚したエルフィーたち。視界の中にそれらを全て収める。
空が閃光で埋め尽くされた。
全ての銃から発射された光弾。そして実弾。何の前触れもなく発射されたそれらは寸分の狂いなくエルフィーたちを貫く。
「なっ!」
ただの一瞬。瞬きすら許さない程の刹那。それだけの時間で百近いエルフィーたちは全て消え去った。後にはキラキラと陽光に反射する粒子のみ。それすらも瞬く間であり、すなわち、何も残らない。三人を除いて。
有り得ない。ミレイは眼を見開き、呆然とノゾミの姿を見た。
言葉も出ない。自身が召喚したエルフィーたちがいた場所を眺めるしかできないミレイを、ノゾミは冷たく見据えるだけ。
「さて、これで邪魔はいなくなったね」
アユムが嗤う。手の中にある光の剣が少しだけ強く輝き、剣としての本懐を遂げるのを今か今かと待っている。
「ま、まだよ! まだ私は貴様たちなんかにっ!」
黒髪を振り乱してミレイが絶叫する。高速で何かを唱える。あがきとも思えるその行為。しかしノゾミもアユムもそれを妨害するでも無く、アユムは気怠げに、ノゾミは拳銃を肩に担いだ姿勢で待っていた。
ミレイの姿が変化する。長かった黒髪がショートカットに、面長だった顔が丸顔に。空色のマントに紅いチュニック。少なくともノゾミにはアユムの姿に見えた。
「ノゾミくん」
本物のアユムと同じ声で、同じ口調でミレイはノゾミに話しかける。
これも幻。幻像。ため息混じりにノゾミはつぶやく。自分にはアユムに見える。なら、アユムには誰に見えているんだろうな?
氷の槍を宙に携えてアユムがノゾミに近寄ってくる。その仕草までアユムそのもの。
「これでも私を殺せるかな?」
「ああ」
ミレイの問いにあっさりとノゾミは首肯した。
「え?」
驚きの声を聞きながら、ノゾミはあっさりと銃弾を放った。
銃弾は頭を撃ち抜き、同時に首から剣が生える。作り物の笑顔を貼り付けたまま、アユムの姿をしたミレイは光へと還っていく。
そして隣には本物のアユム。
足元には碧色の宝石が転がり、それをノゾミは拾い上げる。
「これで全部で四つ、か」
「何なんだろうね?」
「さあな。意味があるんならその内分かるだろ」
「考えても分かんないものは分かんないしね。ところでさ」
「なんだ?」
宝石をポケットに仕舞うノゾミに、アユムは少しためらい、そして問いかけた。
「最後、ミレイさんの姿って誰に見えた?」
一瞬だけノゾミは答えに詰まった。そしてそれを誤魔化すように、逆にアユムに尋ね返す。
「そういうアユムは?」
「私? 私は…自分自身だよ? 自分を刺すなんて何かヤな気分だったけどね」
で?と改めてアユムはノゾミに問い直し、今度はノゾミも淀みなく、少しだけ笑いながら応えてみせた。
「俺も同じだよ」
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