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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved




――4. 


「やっと、お見つけ致しました」

 寝静まった暗い部屋の中で、私はその声を聞いた。
パッと眼が覚め、布団を跳ね除けて家の扉の方を見た。暗い部屋。カーテンの無い窓から低くなった月からの光が部屋を薄く照らしてるけれどまだ夜は深くて朝は遠いみたい。シンと静まり返った室内はついさっき眠りについた様子のままだ。
いや、違った。

「――っ!」

キッチンの傍に人影。暗闇に慣れた眼を凝らしてようやく見える程度だけれど、うっすら光る何かが暗い宙を泳いで、そこには誰かが居ることを確かに示してる。不気味。緊張に体が強張るのを自分でも自覚した。
顔は見えないが声の様子から若い男だと想像。微かに見える様から察するに、かなりの長身だ。あちらも私が眼を覚ましたのに気づいたようで、安心したようにため息を吐き、そして私とミーナが寝るベッドへと歩いてきた。
月光が窓から差し込んでて、ベッドとキッチンの間には少しだけ明るい場所がある。今夜が月夜。彼がそこに差し掛かり、そうして私は彼の姿の全容を確認することができた。
見上げる背丈は目測でだいたい一九〇センチくらい。月明かりだからちゃんとは確認できないけれど、色は随分と白くて髪もまた年寄りみたいに真っ白で第一印象は不健康そう。線の細い体は真っ黒な服に包まれてて、それが尚更彼の色白さを際立たせてる。その様はとても人間とは思えないほどにひどく儚い。首には、何かの紋様が刻まれた輪をつけていて、淡い光が暗闇に映え、それがますます儚さを助長していた。何とも浮世離れした存在。気味が悪くてなんだか彼を見ているだけで咎められてる気がして肌寒さを感じた。

「お探しするのが遅くなりまして申し訳ありませんでした、尊主」

 ベッドの傍に来た彼は突然膝を突いて私に向かって頭を垂れた。それはまるで家臣が主人に対して行う儀礼みたいで、事実彼は今「尊主」と呼んだ。この部屋は私とミーナしか居らず、起きているのは私だけ。詰まりは彼の敬意は私に向けられているのは明白な訳で。
でも当然ながら私はこの男を見たことも無いし頭を垂れられる身分でも無い。いきなり「尊主」と呼ばれても心当たりが無いこの状況。何をどうすればいいというのか。

「あ、え、えっと……尊主って私の事か?」
「はい。私にとっての尊主は貴女様以外おりませんし、頭をこうして垂れる事はございません」

 するすると淀みなく応える。記憶が無いから完全に否定出来ないけれど、男の口ぶりだと私を知ってるみたいだ。だとしたら?一度深呼吸して、混乱が始まりかけてる私の頭を振って思考を少しでもクリアにする。

「質問しても、いい? アナタは私の事を知っている? 違うな、私はアナタの事を知ってる? 私は記憶が無くなっとて、もしアナタと知り合いだったらゴメンナサイ」

 もしこの男が私の事を知ってるなら、記憶の欠損を埋める手立てになる。そうなればゴートの企みへの対抗手段にもなるし、私を探してるアテナ王国の情報も得られるかもしれない。というか、この男がその王国の人間なのか。見た目も何だか高貴そうな雰囲気だし。

「いえ、私と尊主が顔を会わせるのはこれが初めてです」

 だというのにこの男はあっさりと私の予想を裏切った。ならばどうしてコイツは私を知ってるような口を利く?

「ですが、私は尊主を存じ上げております。尊主は尊主でございますし、私が尊主の事を間違うことはありません。
 しかし記憶を、ですか……だからこんなにも……」

 何かを呟いて、そしてコウリは何かを振り払う様に頭を左右に振った。

「失礼しました。記憶をお無くしになられているとのことですが、そもそも尊主は私の事をご存知ではありませんのでお気に病む必要はありません」
「それならいい。それで、こんな夜中に女性の部屋に断りもなく入ってきた常識知らずのアナタは誰?」

 幾分棘のある言葉だけども、これくらいは許してほしい。寝付いたと思ったら即起こされて、暗闇の中に見知らぬ男が居たのだ。敵意は無さそうとはいえ、驚かされた意趣返しくらいはしてもバチは当たらないだろう。

「申し遅れました。私の名はコウリ。夜分お休みのところをお邪魔してしまい誠に申し訳なく、お叱りは謹んで享受致します。ですが、お時間が有りませぬので」
「時間?」

 頭を垂れたまま、コウリは答えた。
 時間が無いとはどういうことだろう?この高貴そうな男は、まさかお忍びで来ていて夜が明ける前に戻らなければならないとかそういう話だろうか。なんという逆シンデレラ。むしろ大昔の貴族の日本人か。
と、ここで異変に私は気づいた。

「……ミーナ?」

 これだけ私とコウリが会話しているというのに、ミーナはまるで時が止まってしまったかの様に反応がない。普通起きるか、眼を覚まさないまでも寝返りなり何なり何らかの反応を示すはずなのに微動だにせずに眠り続けてる。
まさか、と思って恐る恐る手を口元へ遣る。最悪の事が頭を過ぎって手が震えるけれど、想像したような事は何も無くて、静かに寝息が掌をくすぐって思わず大きく息を吐き出してしまった。

「ミーナ、というのですか、その少女は。騒がれると面倒ですので、少々深い眠りについて頂きました」
「……何をした?」

 自分ながらゾッとするほど冷たい声が出た。一瞬コウリの体が震えたが、そんなもの気にする必要はない。
コイツは、ミーナに手を掛けたのか。
ざわり、と肌がざわつく。頭に熱が昇って、握りしめたシーツに爪が食い込んだ。

「少々眠りの魔法を掛けさせて頂いただけです。特に健康に支障はありませんのでご安心を」
「……ミーナに今度何かしたら、絶対にお前を許さないから」

 コウリの言葉に少しだけ緊張を解く。でも、あくまで「少しだけ」だ。警戒は解かない。本当に何かがあってからだと遅いのだから。
 私は約束したばかりなんだ。ハルトと、ハルトが居ない間ミーナを私が守るって。なのに、なのにこんなにも早くミーナに手を出されてしまった。まさかこんなにも突然に何かが起こるとは想像しても居なかったけれどもそんなのは言い訳にならない。コイツの言葉が本当ならば、害は無いらしいから幸いだけれども。

「お叱りは後ほど。ですが、今は一刻も早くココを離れなければなりません」
「どうして?」
「危険だからです」

 コウリの言葉と同時に爆発音が響いた。

「な、何!?」

 月夜の淡い光は眩い閃光に塗り潰されて、昼間と紛うように室内が一瞬明るくなった。爆発音は一発だけじゃなくて、散発的に何度も続く。そしてその後には夕焼けみたいな真赤な光が室内にずっと差し込み続けてた。
この色は、炎だ。私は知っている。街が、村が燃える色だ。全てを焼き尽くす、そんな色だ。けれども理解が追いつかない。なぜ、どうして今この色が私のすぐ傍にある?

「始まってしまいましたか……急ぎましょう、尊主。最早一刻の猶予もありません」
「待って! 何が起きてる? どうして村が燃えてる?」

 言って私の頭を過るのは昼間の光景。

「まさか、魔族?」

 私が口にした単語を、けれどもコウリは否定する。

「魔族、というのが何を示してるのか私には理解が及びませんが、今この村は人間共に攻められております」
「どうして!?」
「それが人間という種だからです」

 答えになっていない。けれどもコウリはそれ以上答える気が無いらしく、私の手を取って引っ張った。

「お立ちください、尊主。こうして問答をしている時間すら惜しい」

 強引に私を抱え上げ、ベッドから下ろして床に立たせようとする。だけれども私は歩けない。だからコウリが手を私から離した瞬間、私の体は崩れ落ちて、とっさに手をつくこともできず、私は床に叩きつけられた。
さぞコウリも驚いたことだろう。頭上から焦りの色に染まった声が降り注いでくる。

「申し訳ありません、尊主! ……もしや、尊主。脚が不自由なので……?」

 私が肯定すると、コウリは長い白髪に手を遣って息を飲んで天を仰いだ。

「何てことだ……」

そして迷うように視線を彷徨わせ、膝を突いて顔の高さを私に合わせてきた。

「尊主、御前でこのような姿になることをお許し下さい」

 言葉と同時に、私の眼の前にいたコウリの姿が淡い光に包まれた。コウリの全身が白で塗り潰されて、でもそれはホンの瞬きくらいの時間。一度閉じたまぶたを開いた時には、そこには見慣れる獣がそこにいた。
見事な、惚れ惚れするような毛並みの肉体。コウリの姿からは想像も出来ないほど強靭さ感じさせる様はまるで白虎。けれども床に寝そべった体から伸びる四肢は細くしなやかでカモシカみたいだ。二つの特徴を合わせ持つ、こんな動物を私は知らない。

「背にお乗りください」

 虎らしい鋭い牙が飛び出した顔をコッチに向けて、コウリの声が聞こえた。けれどもそれは音では無くて、頭の中に響いてきた。事実、獣となったコウリの虎の口は動いていない。

「コウリ、なのか……?」
「お急ぎください。急がねば。こちらまで火の手が迫ってきています」

 頭の中に響くコウリの声は落ち着いていて、でもその奥底には焦りが見え隠れしていて、その声色に急かされてつい私も獣となったコウリの背に手を掛ける。だけども――

「ミーナ」

 そう、ミーナだ。ミーナを置いていくわけにはいかない。したばかりの約束を、また破るわけにはいかない。

「危ない、尊主っ!」

 体を起こしてミーナの方に向かいかけたと同時にコウリの体が突然動きだして、バランスを崩した私は床に投げ出されてた。そしてその上に二メートルを超える巨大なコウリの体が私に覆いかぶさる。
直後。
窓にはめこまれていたガラスが割れる音を聞いた。そして室内が明るい光に包まれた。次々と家の中に飛び込んでくる火の矢。パチパチと音がして、それが家が燃えている音だと気づくのに時間が掛かった。

「これ以上は……尊主、失礼致します」

 呆然と燃え始めた家を私は眺めるしかできない。そんな私をコウリは大きな口でくわえた。尖った歯が私の腕に少し食い込んで血が滲み、痛みに顔をしかめるけれども、コウリは強引に私を持ち上げて背に放り投げた。
背に乗った瞬間、何かが私の体を縛り付ける。眼に見えないそれは腰の辺りを腕ごとコウリの背に拘束して動けないようにした。

「コウリ!?」
「しっかりお掴まりください!」

 私は気づいた。コウリは、このまま何処かに逃げるつもりだ。この家を、ミーナを置いて逃げるつもりなのだ。
危険を避けるために逃げるのは別に構わない。私だって自分が何も出来ないことくらいは知ってる。どれだけの価値がこの身にあるのかは知らないけれど、助けてくれるというのならどこにだって行こう。

「ミーナを! コウリ、ミーナも一緒に連れてって! ハルトもだ! ハルトを探して来てよ!」

けれどもミーナを置いてなんか行けるもんか。コイツはミーナに魔法を掛けて眠らせた。深い眠りだ。なら、このままじゃミーナまで家ごと炎に包まれる。ミーナが死んでしまう。家族が、手に入れた私の家族が「また」失われてしまう。だから、コウリに懇願した。

「それはできません。二人を背に乗せては、逃げ切れません」

 なのに、私の想いを無視するかのように冷徹にコイツは言った。明言した。ミーナを、ハルトを見捨てると。
そんなものは私は許容できない。私はミーナを守る。守らなければならない。見捨ててくなんてもっての外だ。ならば。

「私はココに残る」

 両腕に力を込める。不可視のベルトに皮膚が、肉が食い込んでいく。皮膚が破れて血が滲み、垂れたそれが白いコウリの体毛を汚す。けれどもそんな事は知ったことか。例え私がどれだけ傷つこうと構わない。気にする必要は無い。そんな事は些事。今、大切なことはただ一つだけだ。

「尊主! お止めください!」
「ならミーナも助けろっ! お前にはそれくらいできるんだろっ!? これは命令だっ!!」

 尊主。つまりは、私はコイツの主だ。つまりは私はコイツに命令する権利がある。
私にはコウリが何者かなんて知らない。でもコイツがミーナを助けられるなら、なんだって、どんな力だって使ってやる。
こうしてる間にも火は少しずつ広がっていく。たぶん流矢だろう魔法の矢が刺さる音が天井からも聞こえてきて、燃え落ちようとする火焚音が私を急かしてくる。
でも、それはコイツも同じだ。

「……已むを得ません。ショウリ!」

 コウリの声と同時にコウリの脚元の影が一際濃くなった。それは影、と呼ぶには暗すぎて、さながらブラックホール。でも円形のそれは吸い込むのでは無くて、そこから蛇の様な、しかしそう呼ぶには太すぎる何かが出てきてミーナの体に巻き付いていく。

「何があってもその少女を守れ」
「御意」
「尊主、今から少女を起こします!」

 コウリの声が私の頭の中に、そして部屋の中に直接響く。その音はハッキリ聞き取れなくて意味も分からない。でもどこか聞き覚えがあるようなそんなフレーズだった。

「ふぇ?」
「ミーナ!」

 コウリの声が途絶える代わりにミーナのふやけた声が響いた。寝ぼけ眼をゴシゴシ擦って、でも私の声と家を襲う異変に気づいて「ふぇ? ふぇ?」とキョロキョロと見渡してる。

「な、何? 何が起きてるの? なんで体が動かないの? へ、蛇? ていうか、この虎は何? なんで家が燃えてて虎が家にいるの?」
「ミーナ、聞いて!」

 だけどもミーナは混乱してて、動かない体を必死に動かそうとそればかりに気がいってる。
だめだ。
私は息を吸い込んだ。

「聞けっ!!」

 ミーナの声が止んだ。今だ。私は畳み掛ける様に声を張り上げた。

「時間が無い! 今、村が襲われてる! 一刻も早く逃げないといけない!」
「ミサト!」
「その蛇がミーナを守ってくれるから! だから抵抗しないんで一緒に逃げて!」
「ミサトは!? ミサトはどこに行くの!?」
「分からない! けど、絶対ミーナを助けに戻ってくるから!」

 ショウリ、とコウリが呼んだ蛇がミーナごと影の中へ潜っていく。ミーナの体が強ばってくのがわかるけど、でも今はショウリに任せるしか無い。
消えていくミーナの姿を見送っていると、ミーナはこんな状況なのに一呼吸すると私に向かって笑いかけた。

「ミサト! 何だかよく分かんないけど私、信じてるからっ! だから帰ってきてねっ!」
「ミーナっ!」
「待ってるから!」

 ミーナの姿が影の中に消えて、その直後に天井がベッドの上に焼け落ちた。私の顔に破片と熱風が押し寄せて、瓦礫についた炎がベッドのシーツに引火してあっという間にベッドは火に包まれた。それを私は、消失感とともに見ていた。
そして家のドアが破られた。

「ここにも居たぞっ!」

 鎧を着込んだ人間の兵士だ。熱に浮かされたひどい形相で私を見て歓喜に満ちたひどく腹立たしい声を挙げた。だけど、次の瞬間にはコウリの体当たりで家の外まで弾き飛ばされていった。

「飛びますのでお掴まりください!」

 言うが早いか、瞬く間に私を背に拘束したコウリは空へと舞い上がった。翔ける様に脚を動かしながらどんどん高度を上げていく。

「待って! まだもう一人いる! ハルトが!」
「申し訳ありません、尊主。これ以上は本当に無理です」
「でも!」
「尊主!!」

 叱責。決してコウリの声は大きくはないけれども、響く様な声にそれ以上言葉を重ねる事を躊躇ってしまった。
紅い夜空を走りながらコウリの白い頭が項垂れた。

「申し訳ありません、尊主。ですが、今の尊主は無力なのです」
「無力……」
「お知り合いを助けたいという尊主のお気持ちは分かります。尊主にお力がありましたら私も止めは致しません。しかし今の尊主ではそれは適わず、私も力が及びません」
「……」
「誠に申し訳なく思います。ですが、今は御身をまず第一にお考えください」

 何も、言い返せなかった。
コウリの言う通り私は無力で、ただ逃げるだけでもこうしてコウリの世話になってる。自分一人じゃ何もできやしないんだ。今の私はただの無能者。それだけならまだしも、背中に乗って駄々をこねて、これじゃ単なるガキじゃないか。ミーナを助ける力をひねり出してくれた、それだけでもコウリには感謝しなきゃいけないというのに。
悔しくて悔しくて。
情けなくて情けなくて。
この怒りを何処にぶつければ良いのか。何かに当たりたいけれども今は空の上で、周りには夜空だけ。拳を握りしめて堪えるしか無い。

「ゴメンなさい、コウリ」
「いえ、過ぎたことを申し上げました」

 力が、欲しい。切にそう願うけれど、願うだけでは何も叶わない。
 首を捻って村を見下ろす。どこもかしこも炎に包まれて、まさに戦場。夜空は黄昏れの様に明るくて、けれど夜明けはまだ遠くて、村にとっては悪夢そのものだと思う。男たちの怒声や雄叫びが、女性たちの悲鳴が耳を劈いて、それが一人逃げ延びようとしてる私を責める。でも耳は、塞がない。
ミーナを疎外した皆がどうなろうと気にはしない。そこまで私は善人では無いし、まともに会話したことすら無いのだ。愛着など湧くはずもない。けれども確かにあの村には、ミーナに優しくしてくれた人がいた。気まぐれかもしれないけれど、そんな人は確実にいたんだ。
ハルト。ミーナに想いを寄せる鼠人。気の利く、気の良い人物。ミーナに、そして私に優しくしてくれた人物。私の、兄。
 今はもう所在を確認する事はできない。あの火の中に包まれてしまったのか、もしくは人間たちの放つ魔法に貫かれてしまったのかもしれない。けれど、どこかに私と同じように逃げ延びてるかもしれない。なら、私はその可能性をただ信じるだけだ。
村が遠くなる。燃える村が、燃える私たちの家が小さくなる。過ごした時間は短いけれども、確かに私はあの場所にいて思い出があった。それらが燃えて無くなっていく。それがどうにも悲しくて辛くて、胸が張り裂けそうで涙が零れた。

「う……」
「コウリ?」

 うめき声。その声は私のすぐ下、つまりはコウリから聞こえた。私の頭の中に語りかけていたものとは違って、コウリの喉から漏れ出てきた声はとても辛そうで、それは明らかな異変。
目の前に視線を移せばコウリの首が光を放ってて、その周りを見覚えのある文字がクルクルと踊っていた。
首輪だ。人間の形をとっていた時には気づかなかったけれど、これは首輪だ。首輪に描かれていた漢字が宙に浮かび上がってて、それがコウリに何かを及ぼしてるのは想像に難くない。

「コウリ!」

 私を縛り付けてた見えない拘束が緩む。私は腕をコウリの腕に伸ばして文字を取り除こうとするけれども、でも、私の腕は虚しく文字を通り抜けるだけ。コウリの苦しげな声は度を増していって、気づけば空高くを舞っていたはずの私たちは随分と低い位置にまで降りてきてしまっていた。

「尊…主……」
「待ってて! 今なんとかするから!」

 そう話しかけるも、どうすれば良いというのか。
恐らくこれは魔法。コウリの首輪には魔法が掛けられていて、それを誰かが発動させたか、もしくは何らかの条件で発動するように仕向けていたのか。
ミーナやハルトに言葉や文字は教わったけれども、魔法については無知。
いや、知らないはずは無い。昼間に浮かび上がった数々の知識。魔素、という言葉からあれは魔法に関する知識だ。だから私は知っているはずなのだ。
思い出せ、思い出せ。
必死に記憶の中を探るけれども、昼間浮かび上がってきた知識の中には現状をどうにかするようなものは何処にもない。
何か、何か方法は無いのかこのポンコツの頭は!昼間は別に望んでも無いのに変な知識を思い出しておいて、肝心な時に役に立ちやしない。

「申し…わけござい……ません……尊主だけ……でもお逃げく……ださい」
「勝手に連れ出しといて勝手に諦めるなっ! もうちょっと我慢し……」

 続きは言葉にならない。ガサガサという音と同時に顔に覆いかぶさってくる何か。そして衝撃。いつの間にか私を縛っていた拘束は完全に解かれていて、気づけば私の体は宙に投げ出されていて背中から落ちた弾みで息が一瞬詰まって呼吸ができない。

「う…あ……」

 視界が、周る。縁が歪んで歪な視界で捉えたのは、深く生い茂った新緑の木々。どれくらいの高さから放り出されたのかは分からないけれど、どうにも私たちは近くの森に落ちてしまったらしい。木々の枝葉がクッションになって、何とか大怪我だけは避けたみたいだけど、少し頭を打ってしまったのか気分が悪くて吐いてしまいそうだ。

「コウ、リ……? どこ?」

 夜目が効かないから周りが真暗で何も見えない。私は腕だけで何とか体を起こして辺りを見渡すと、コウリの首輪が発する淡い光を何とか見つけ出せた。
木に体をぶつけたからか、コウリの白い体毛には血みたいな汚れがアチコチについていて、コウリ自身も土の上に横たわったまま動かない。僅かに腹が上下してるから生きてはいるみたいだけど、墜落直前の様子からして一刻も争う状況かもしれない。
力の抜けそうになる腕を何とか奮い起こしてコウリの元へ這っていく。まだ村は近い。私たちが村から飛び出したのを見た兵もいるだろうし、ミーナやハルトと再会するためにもまずは私が逃げ延びて生き残らないと。その為にも、今私には得体が知れなくてもコウリが必要だ。
けれど――

「うぐっ!?」
「おんやぁ〜? こぉんな夜更けにどこに行こうとしてるぅのかなぁ〜?」

 突如としてやってきた、背中を踏みつけられる衝撃。背骨が軋む音と一緒に、粘着質な男の声が降ってきた。

「お嬢ぉちゃんを捕まえる為にわぁざわざやってきたんだァからさぁ、逃げられちゃァおじさん困ぁっちゃうんだよねぇ」

 声の方へ顔を向けた。そこで見えたのは、暗闇の中でもハッキリ見えた三日月形の双眸と、私に向かって振り下ろされる棒。
ビュン、という風切り音が私に向かって迫ってくる。
激痛。そして、衝撃。
私の意識はそこで途絶えてしまった。









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