-0th Bad Dream Believer-
雨がひどく降っていた。
とても、とてもひどい雨で、そしてとても冷たい雨だった。
それが僕の頬を打つ。叩きつける様に撃ちつける。痛いくらいに激しいけれど、今の僕にはそれを感じることはできない。
空を見上げる。仰向けで見上げるそれはとても狭くて、とても黒かった。
遠くで雷が鳴った。一瞬だけ稲光が眩く光って、遅れて雷鳴が響く。
体が動かない。寒い。痛みは、無い。
湿った草と土の匂いがする。それは最近嗅ぐことが少なかった雨の匂いだ。雨の香りが鉄臭い匂いに混じって僕の中へと入っていく。
だけど、ダメだ。眠い。閉じていくまぶたと一緒に香りも去っていって、僕はもう何も感じなくなっていった。ただ聴覚だけは最後まで残っていた。段々と小さくなっていく周囲の音の中で、どこからか甲高い音が響いていた。その音さえ小さくなっていって、やがて消えた。
「おい、君! 大丈夫か!? おい!」
いい感じで眠ってしまいそうだったのに、誰かに体を叩かれる。何度も何度も耳元で叫んでどうにも眠れない。だから僕は閉じたまぶたをゆっくりと開いた。
「良かった、生きてる……! おい! こっちだ! こっちに担架を回してくれ!」
眼を覚ませば男の人がずぶ濡れでいた。レインコートを来て、よく見えないけど頭にはヘルメットをかぶっているらしい。男の人は膝をついて、僕に話しかけ続けた。でもよく分からない。何を言っているのだろうか、この人は。僕はただ眠ろうとしていただけなのに。
眠気に負けて再度まぶたが閉じようとする。だけど、男の人はそれを許してくれない。まぶたが下がりかけるその度に体を叩き、耳元で大声を叫ぶ。
「もう大丈夫だぞ、すぐ助けてやるからな……おい! 早くしろ!」
「待ってくれ、今行く!」
寝ている僕のすぐそばに真っ白な担架が運ばれてきた。雨が弾けてシーツがあっという間に濡れていく。僕は男の人に両脇を抱えられ、寝ていた場所から引きずりだされると、その冷たいベッドの上に寝かされた。
「君! どこか痛いところはあるか!?」
どこも痛いところなんて無い。だからもう僕を寝かせてくれないか。
そんな気持ちを込めて首を横に振った。すると僕に話しかけてきていた男の人の汚れた顔が少し緩んだのが分かった。
手で合図されて僕を乗せた担架が何処かへ運ばれていく。雨の音に混じってカタカタとキャスターが音を奏でる。
遠くでもう一度雷鳴が響いた。
白い、車に僕は向かっていく。真っ赤な赤色灯が夜に近い世界を染めあげていた。
「そっちはどうだ?」
「……ダメだ。心音も脈も確認できない。とにかくまずは車から外に出すぞ!」
その声に僕は少しだけ顔を動かした。うすぼやけた視界の中に、ひしゃげてひっくり返った車が入ってきた。そこから引き摺り出された一組の男女。だけど、二人共だらりとしていて、ちっとも動きやしない。
「だから……言ったのに」
今日は遊びに行くのは止めようって。きっと良くないことが起きるから家に居ようって言ったのに。なのに、父さんも母さんも頑固なんだから。
(せっかく久々に夜と一緒にいれるのに、遊びに行かなくてどうするんだ!?)
(いっつも夜ちゃんには寂しい想いさせちゃってるんだから、今日くらいは母親らしいことをさせて。ね?)
そんな事言うもんだから、僕も断りきれないで。きっと何も起きないだなんて、そんな有り得ない空想を信じてしまったんだ。
自分が犯してしまった罪。とても痛くてとても悲しくて、なのにため息も出ないし、涙も出ない。
担架が揺れて、扉が閉まってく。それに合わせて僕も眼を閉じた。救急を告げる音が何処か遠く聞こえる。
全ての感覚が消えて行く中で、僕は思った。
僕は、無力だ。
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