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0th Bad Dream Believer(11/12/03)
1st 浅い空、深い海(11/12/03)
2nd Who Can Understand Me?(12/01/04)
3rd 普遍、不変(12/01/04)
4th You Are Not Me(12/01/29)
5th 狂々、繰々(くるくる、くるくる)(12/01/29)
6th Do You Love Me?(12/03/04)
7th 僕らの手(12/03/04)
8th Terminal(Bad Dream is over)(12/04/03)
9th 僕はここにいる(12/04/03)
10th No One Knows Everything(12/04/03)









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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved






-7th 僕らの手-



高速道路を何時間走っただろうか。太陽は完全に沈んですでに真っ暗。街路灯と対向車のライトが僕らの眼を少しだけ焼いて遠ざかっていく。
高速を降りて下道へ。バイクを運転しながらも浅海は連絡を取り合っているらしく、その指示に従って国道から県道、市道と大小様々なサイズの道を通り抜け、そして目的の場所へと僕らは辿り着いた。

「ここからは歩きで行くわよ」

浅海に促されて、少し目的の場所から離れたところでバイクを降りる。
正確な地名とかは分からないけれど、新潟県のどこかの港だろう。やや高い位置にある僕らのいる道路から見下ろす形になるそこは、手前側に倉庫が林立し、奥の方で恐らく水揚げされるだろう仕分け場みたいなものが街路の灯りに照らされてかろうじて見える。
腕時計の時刻を見ればすでに九時近く。人の気配は無さそうで、それがこの場所の元来の姿なのか、それとも何らかしらの人払いが行われた結果なのかは分からない。けれど、不気味な程に静まり返っているのが僕にも分かる。
息を殺して浅海が静かに歩き、僕もそれをできるだけ真似て後ろに付いていく。素人の僕がどれだけ気配を消せているのかは疑問だけど、しないよりはマシだろう。手振りだけでこっちに指示を出してくる浅海だけど、足音と緊張して高鳴る心臓の音に警戒して、彼女についていくだけでもやっとだ。
それでも十分も歩けば、倉庫のそばへと到着する。腰を落としてたせいか、慣れない動きに悲鳴を上げる腰を叱咤しつつ動き続けると、倉庫の傍にいた先着の二人と合流した。

「ようやく王子様と騎士様の到着だね」

皮肉気にそう言って出迎えた女性の声には聞き覚えがあった。昨日、森川が連れ去られそうになった時に助けてくれた女性だ。ショートの黒髪にも見覚えがある。顔は丸顔で、少し大きめの眼が釣り上がって勝気なイメージだ。一方の男の人にも見覚えがある。金髪のロングでやや面長の顔。彫りの深い顔立ちで日本人じゃないっていうのは分かるけど、どこか親しみやすさも感じる。

「アンタが空深・夜か? 俺はアンディ・ガードナーだ。気軽にアンディって呼んでくれ」
流暢な日本語で男の人はそう名乗ると、歯が見えるほどに笑顔を浮かべて手を差し出してきて、その手を僕も握り返した。

「宜しくお願いします、アンディさん。あの、声を出しても大丈夫なんですか?」
「『さん』はナシだ。アンディだけでいい。俺も夜って呼ばせてもらうからな。声は大声でなきゃ大丈夫だ。敵さんはまだ二つ向こうの倉庫の反対側だからな」
「それで、アタシが榛名だ。今回の作戦の実行部隊のサブリーダーをしている。よろしく頼むぜ、王子様」
「その呼び方は止めて下さいよ。僕と森川はそんな関係じゃないんですから」
「ありゃ、違うのか? てっきり俺は二人はそういう関係だと思ってたんだが」

アンディと榛名さんの二人はそろって意外そうな表情を浮かべたけど、榛名さんはニヤ、とイヤラシい笑顔を浮かべて脇をつついてくる。

「またまたぁ。隠さなくたっていいんだよ? 囚われたお姫様とデートしてたじゃないか。それに、単なるクラスメートのためにこんな危ない所まで来るもんか」
「そうだぜ? 大人しそうで可愛い子じゃねえか。今時あんないい子なかなか見つけらんねーぜ?」
「森川がいい子だっていうのには同意しますけど、そんなんじゃないですって。浅海に協力してるのは僕なりの理由があるからですし」
「雑談をお楽しみのところ悪いんだけど」

咎める声色で浅海が割って入る。

「榛名は最新の状況を。それと、アンディは空深くんにスーツを渡して」
「リョーカイ、浅海殿」

どこか小馬鹿にした口調で、わざとらしい敬礼を榛名さんは浅海に向けた。だけどそういう態度にも慣れてるのか、浅海は特に気分を害した様子も無く、でも感情を無くしてしまったかのように無表情で榛名さんから状況を聴き始めた。

「ほらよ、夜。向こうでさっさと着替えてきな」

アンディの声に顔を向けると、アンディはみんなが着ている物と同じ戦闘用の黒いスーツを僕に放り投げた。そして指さされた倉庫の影で言われた通り着替える。

「しっかしまあ、お前も災難だな」

倉庫の壁にもたれかかりながらアンディが話しかけてくる。

「災難?」
「だってよ、ついこの間までお前は普通の高校生だったわけだろ? それが突然あのお嬢さんが近づいてきてこんなドンパチに巻き込まれてるんだから災難以外なにもんでもねーだろ」
「そうでもないよ。浅海に近づいたのは僕の方からだし、巻き込まれたのも……まあ、僕は納得済みだしね。さすがにここまで危ない目に合うとは最初は思ってもなかったけどさ」
「まったく、心が広いねぇ……俺だったら断固拒否だね。あ、でも可愛い子の命が掛かってんなら喜んで行くけどな!」

キシシ、と押し殺した笑い声をアンディは上げた。未来視の通りだと、これから危険な場面が待ってるっていうのに緊張した様子は無くて、たぶん彼は慣れてるんだろう。思い返せば、森川が最初に誘拐されそうになった時も工作員たちを圧倒してたみたいだし。

「それに僕も未来が見えるからね」
「え? マジ?」
「大マジ。とは言っても、ろくでもない未来しか見えないんだけど。だから浅海としても、たぶん早めに僕をクロトの保護下に置きたかったんじゃない?」
「んー……だとしたら納得いかねーな」

スーツを着終わり、最後のプロテクターを装着しながら「なぜ?」と尋ねる。

「だってよ、それなら尚更お前をこんな場に連れてくる訳がねーよ。俺らが守るっつっても危ねーのには変わりねえんだからさ。むしろ俺らから遠ざけて、安全な場所に行かせるはずだ。
それに、お前が未来が見えるっという情報を俺らにまで黙ってるのも納得いかねぇ……」

舌を鳴らしながらアンディは難しい顔をして、腕組みをして考えこむ。
アンディの言う事ももっともで、未来視能力者を保護するのがクロトの役目であるなら僕がここにいるハズがない。死んでしまうかもしれないし、もしIHFL側にバレれば僕までさらわれてしまうだろう。運動神経には少々自信はあるけど、所詮素人の高校生だ。不意を突けば何とかなるかもしれないけど、それでも訓練された荒事専門の連中に敵う訳が無い。

「いつまでダラダラ着替えてるの? 私の時間を奪うほどに空深くんは偉いのかしら?」

着替え終わったけどそんな事を連々と考えてたら浅海に怒られた。とりあえずそこは後回しだ。浅海の言う通り、今はそれを考えてる場合じゃない。
浅海と榛名さんのところへ戻るや否や、浅海からポンと何気なく何かを渡された。それに視線を落とせば、手の中にはズッシリとした重みのある拳銃。

「持っておきなさい。使い方は分かる?」

テレビとかで見たのを見様見真似で弄ってみる。安全装置を外して弾を装填する。誰もいない場所に向かって構えてみると、何とかなりそうな錯覚に襲われる。

「大丈夫ね。それじゃまずは空深くん、アナタがさっき見た未来を教えてくれるかしら?」

浅海がそう促してきて、僕は眼を閉じて思い出す。正直に言えば、あまり思い出したくはない。これからの未来が暗いものを最認識しなければならず、けれど、この僕の知る未来を変えるのであれば避けては通れない。

「……まず、このままいけば間違いなく失敗します」

今回こそ、今回こそ失敗を回避する。そのために僕は僕が見た未来を三人に話し始めた。



この場で起こりうる全てを語り終え、次いで僕の、見た未来を外さないというこれまでの経験則を話し終えた。海辺に静かな時が流れる。遠く海からは船の警笛がかすかに聞こえ、海からの湿った風が倉庫のシャッターを揺らして音を立てる。誰もしゃべろうとしない。

「聞きたいんだけどさ」

口火を切ったのは榛名さん。ショートの黒髪に手をやりながら尋ねる。

「アンタが見た未来と全く別の行動を取った場合はどうなるんだ?」
「特に結果は変わりませんよ。たぶん、過程は重要じゃないんだと思います。シチュエーションとかの細部は変わりますけど、終わりは一緒です。例えば……誰かが亡くなる未来を見れば、場所や時間は変わっても死ぬという結果と死に方は同じなんです。交通事故死なら跳ねる車は違っても跳ねられて死にますし、転落死なら落ちる場所は違っても転落死になります。少なくともこれまではそうでした」
「そいつは厳しい話だね……」
「ただ……時間はそう大きく変わりませんでした。結果が起きる時間がズレても半日。それ以上には今までは僕が見た未来との差はありません」
「てことは、だ。お姫様を救い出して今晩一晩守りきるっていうのがアタシたちの勝利条件だね」
「確証はありませんけどね」
「それでどうするよ、姐さん」
「姐さんって呼ぶなっていつも言ってるだろ。空深、確認だけどアンタの手は届かなかったんだね? どうして届かなかったか、分かるか?」
「……分かりません。森川に触れるところまでは行ったんですけど。船が一瞬早く出港したか、それとも何かの妨害が入ったか……」
「肝心なところが分かんねえのか……」
「しかし、触れるところまでは行ったんだな? なら下手に行動を変えるのは危険か……あんまり未来と違う行動を取り過ぎると全く状況が読めなくなるな」
「基本は空深くんの見た未来の通りに動きましょう」

黙っていた浅海がここで初めて口を開いた。

「奴らを急襲後、榛名とアンディは予定通り私たちの後方支援。私は空深くんと一緒に森川さんを連れ戻しに行くわ。ただし、アンディは一発デカイのを奴らにぶちかました後に船を狙って。まずは出港を阻止するわ」
「未来の話を聞いてて思ったんだけどさ、危険過ぎないか? コイツは素人だし、アンタもまともに戦闘訓練を受けてないだろ?」

そうなのか。まさかの言葉に浅海を見る。浅海は何も言わない。榛名さんを見ているだけだ。

「未来が見える以上、夜もアタシたちの保護対象だ。本来ならこんな所に連れてくるべき人間じゃないのはアンタだって分かってるだろ? アンタが連れてきたんだから文句は言わない。けど浅海、アンタにコイツを守りきれるのか?」
「大丈夫、問題ないわ」

浅海は腰に刺さった拳銃を取り出して顔の前に持ってくる。祈るように眼を閉じて、黙って銃に額を付ける。
そして眼を開き、視線鋭く、自分に言い聞かせる様に浅海は僕らに宣言した。

「空深くんだけは、絶対に守るから」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




静かに船が岸に到着する。見た目は古びた、今にも壊れそうな漁船。エンジンは岸から離れた位置で止められたのか、音もなく僕らの待つ港へ接岸する。その様子を僕らは影に隠れて伺う。
船上の小さな灯りが点灯し、船から岸に渡し板が掛けられる。黒いスーツを来た男が降りてきて、倉庫の方からも同じ服装をした男が一人近寄ってくる。距離があるから当然内容は聞こえないけど、何か話しているみたいだ。でもそれもほんの少しの時間で、近寄ってきた男が倉庫の方に振り向くと手で合図らしき仕草をした。

「森川……」

森川の周囲にはやっぱり真っ黒なスーツを着た屈強な男が何人もいて、森川を守るように取り囲んでる。その後ろには周囲を警戒する、銃を持った男たちがいた。人数は全部で十人くらいだろうか。夜の闇に溶けこむようで、正確には分からない。
森川は遠目には何かをされていたようには見えない。けれどうつむいたまま男たちと一緒に船へと近づいていった。

「作戦、開始」

インカム越しに浅海の声がした。
瞬間、倉庫が爆発した。道路から眩い稲光に似た光線が伸びて、倉庫とその回りに止めてあった車が弾ける。まるで映画みたいだ。狙撃が得意、という事で道路上にはアンディが支援のために居たはずだけど、何がどうなってあんな事ができるというのか。確か、アンディは別れ際には何も持ってなかったはずだ。
予想以上の出来事にアンディの方を見つめて呆然としてたけど、浅海が僕の手を取った。

「行くわよ!」

返事も待たずに浅海は走りだす。拳銃を正面に構えて、僕を守るように前を走る。
突然の事に呆気に取られていたのは相手側も同じで、僕たちが踊りでても反応は少し鈍い。それでも向こうも荒事のプロだ。すぐに森川の周囲をこれまで以上に固め、船のエンジン音が港に響き渡り始める。
浅海が構えた銃を撃つ。銃声が響く。僕も渡された銃を構えて、狙いも付けずに、ただ森川には当たらない様にそれだけを気をつけて引き金を引いた。
きっと僕が撃った弾は明後日へと飛んでいっただろう。だけど榛名さんによれば訓練を受けていないはずの浅海の弾は森川を守っていた男の無防備な眉間を貫いて、夜空に何かを撒き散らす。
森川が息を飲むのが分かった。浅海は速度を落とさない、表情を変えない。僕も足を止めやしないし、死んだだろう男に対する慈悲の感情も持たない。後ろからは榛名さんの撃ったサブマシンガンの連続した発砲音が聞こえる。
怖い。足が震える。この前にも思ったけど、僕は死ぬのが怖い。どれだけ嘯いても死ぬのは怖いのだと、心臓の鼓動が伝えてくる。前と後ろから飛んでくるたった数十グラムしか無い塊が当たっただけで致命傷になりうるんだ。緊張で足がもつれる。それでも僕は足を止めない。
どうして僕は走るのを止めないんだろう?どうして僕はこんな場所にいるんだろう?どうして僕は、全てを諦めてしまわないでまだあがいてるんだろう?
そんな疑問に答えが出る前に僕の頬に暖かいモノがピシャリと音を立ててへばりつく。前を走る浅海のスーツが破けて、そこから後ろを走る僕に向かって血が流れる。
浅海は何も言わない。ただロボットの様に引き金を引き続ける。また一人相手が倒れて、森川を巻き込むように地面に伏していった。
船から降りてきた男が森川の腕を掴む。急に引っ張られてバランスを崩す森川を気にした風も無く、強引に引きずっていく。

「森川ぁっ!!」

泣きそうな森川の顔が船のランプに反射する。その顔を見てると、何だか僕の胸が切なく感じた。
男の足が渡し板に掛かった時、光が夜空を切り裂いて船の操舵室が爆ぜた。バチバチという音が光の軌跡から聞こえる様な気がする。一瞬で辺りが昼間のように明るくなって、そしてまた夜暗がその光を侵食する。
人が宙を舞う。船から弾きだされた誰かが海へと消えていった。
それでも彼我戦力は未だ八対四。相手が有利。調子を取り戻した相手から、こちらが一発撃てば二発どころか三発も四発も返ってきているみたい。浅海は体を小刻みに左右に動かしながら巧みに避けて、僕もそれに遅れまいと動きをなぞる。
だけど全てを避けきるなんて、神でも無い浅海ができる訳が無い。胴体部はプロテクターが守ってくれるけど、手足には何発も当たって、その度に浅海の血液が僕の脇をすり抜けていく。それすら奇跡に等しいのかもしれない。
ならば奇跡は続かないのも道理。浅海の頭が跳ね上がった。体が大きく仰け反って、後ろにいる僕からも浅海の顔が見えた。
浅海の額には大きな穴が穿たれていた。真っ黒な穴。ぽっかりと開いたそこからは最初は全部を飲み込むような闇が広がっていて、次いでそこから真っ赤な血が零れ始める。意識を失っているのか、眼は見開かれたまま僕を見て、なのに何も映していない。

「浅海!!」

僕は叫んだ。恐ろしくて叫んだ。
浅海は死なない。それを知っていたけれど、浅海の表情はその理解を覆してしまうようで、このまま僕に向かって倒れてきて、そのまま眼を覚まさないんじゃないか。そんな想像が一瞬の内に脳内を駆け巡って、その後にここまでの、浅海と一緒に過ごしてきた日々が走馬灯のようにグルグルと渦巻く。止めろ、縁起でも無い。
僕は皮肉気に笑っている浅海の姿を思い描く。見下すようにして僕を嘲笑っているように見えて、実はそれが浅海の笑顔だと知っている。一緒に暮らす中で見た浅海の笑い顔を僕は幻視した。
果たして、それは幻想じゃなかった。ダラダラと血を流しながら、浅海は笑った。皮肉気に笑った。僕をバカにするように、安心させるように笑った。

「眼を閉じて」

そう言って浅海はポケットに手を突っ込んでボール状の何かを取り出した。そして体を起こしながらそいつを相手に向かって投げつける。
眩しい、本当に眩しい閃光が一帯を包み込んだ。まぶたを焼く、という比喩が現実みたいで、眼を閉じてても昼間みたいだ。

「走りなさい!!」

眼を開けて僕は走り始めた。今度は僕だけ。浅海の横を抜け、光が収まった夜の中を走る。森川も含め、男たちは今の光に眼が眩んだのか、みんな眼を押さえて呻いている。
浅海と榛名さんの放った銃弾がまた男たちを削る。立っている人数が減っていく。減る度に森川の姿が大きくなっていく。
多少視力が回復したのだろう。残ってる男が銃を構える。その矛先は、まだ僕は見えていないのか、全て浅海の方に向いている。乾いた発砲音が浅海に向かって飛んでいって、その残滓が僕の耳に届く。僕は振り向いた。
浅海の体に穴が増える。端正な顔が汚れ、頬が穿たれ、眼に穴が開き、喉が潰される。その光景は痛々しくて、悲しくて、呼吸が詰まる。足が止まりそうになる。
なのに浅海はまだ倒れない。死なないと痛くないは等号で結べない。表情は変わらないけど気が狂いそうな程に痛いだろうに、彼女は僕の背中を押してくれる。

「  」

声は聞こえない。唇を読むなんて高等な技術なんて僕は持っていない。けれど、僕には浅海が何を言ったのか分かった気がして、止まってしまいそうな脚に力を込めた。
また全てを焼き尽くすような、けれども熱を持たない閃光が辺りを染める。それはまだ視力が回復しきっていない奴らには強烈なものだっただろう。半分開きかけたまぶたがまた閉じて、近づいてるはずの僕の姿を見失う。
未だ立っているのは森川と、彼女の手を握ったままの男の二人だった。二人は二度目の閃光弾を見なかったのか、もう眼が開き始めていた。

「おおおおっ!!!」

男が銃を僕に向かって構えた。真っ黒な銃身のその先端から更に黒い穴が今にも弾を弾き出そうとしている。僕を殺してしまおうと牙を研いで待っている。
僕は手の中の拳銃を男に向かって投げた。狙い通り撃てる自信は無くても、投げるコントロールには自信がある。
男が驚いた表情で僕の投げた銃を弾く。でもそれで十分。僕は走った勢いそのままに男に体当たりをした。
弾き飛ばされた男が海へ落ちる。生贄を待つ黒いマグマの様にうねる海に向かって男が落ちて行く。その直前、男は森川の腕を一瞬だけ掴んだ。
引っ張られてバランスを崩す森川。男はそのまま海へ落ちていったけれど、森川もまた『たたら』を踏んで落ちようとしていた。そして――

「くっ……!」

間に合った。手のひらからの森川の体温と重さを感じて、ホッと胸を撫で下ろす。

「良かった……」

そんなつぶやきが口から漏れた。高さのある岸壁から海に向かって腕を伸ばし、そこからは森川の姿。下には海が波打っているけれど、それでも森川は僕の左手の中にいた。

「空深くん……」
「待ってろ。今引き上げるから」

そう言うと、森川は瞬きをして、嬉しそうに笑ってくれた。

「ありがとう」

照れくさい気持ちと、湧き上がる喜びに僕の顔も綻ぶ。
今度こそ、だ。今度こそ助けられたんだ。今まで助けられなかったのは僕の思い込みで、ただ僕の努力が足りなかっただけだったんだ。もしくは、浅海が最初に言った通り一人じゃ無理だった話か。一人じゃできなくても二人なら、三人なら、四人なら。
救われた様だった。救ったんじゃない、僕が森川に救われたんだ。浅海に救われたんだ。手が、脚が、体が震える。それは緊張や恐怖じゃなくて、何年かぶりに心の奥底から発露した、歓喜の震えだった。
腕に力を込めて森川を引っ張り上げる。掴んでいた左手に、まだ前の痛みが残る右腕を添えた。遠くからヘリコプターのローター音が聞こえてきた。敵が異変に気づいたのだろうか。別の船の低く鳴り響くエンジン音も聞こえる。ともかく、早く森川を引き上げよう。

「え――?」

その声は僕と森川、どちらのものだったのだろう。左の腕から急速に力が抜ける。ヌルリ、と音を立てて僕の左手と森川の右手が離れる。
僕らの手には穴が穿たれていた。そこから流れて落ちた血が海水と混ざる。
撃たれた。そう理解して、直感的に撃たれた方向を見た。
暗い夜に紛れて誰かがいた。シルエットは細い。女だろうか。分かったのはそれだけ。その間に右手から森川がすり抜けていく。そして、僕らは離れた。

「……森川?」

森川が僕に向かって手を伸ばす。海へ落下しながら必死に手を伸ばす。けれど、その距離はもう届かない。僕には届かない。
飛沫を残して、森川は海の中に消えた。










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