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第一話 街と酔っ払いとかしまし娘
第ニ話 ロスト・チャイルド
第三話 存在
第四話 デーモン&デーモン
第五話 妄想空想夢の跡
第六話 ほっぷ・すてっぷ・ほっぷ
第七話 とぅー・びー・うぃず・ゆー
第八話 スタートライン
第九話 いちについて
第十話 よーい・どん









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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved






−3 存在−




「死人の世界……? えっ、死人って僕がですか?」

電話の相手にヒサトは問い直した。話の流れから彼女がヒサトの事を指しているのだとは分かるが、その真意は図れない。ヒサトはまだ確かに生きているし、隣にいるレジナレフとも会話をしている。そしてこうして電話もしている。ヒサトは生きている。

「そうや。アンタも死人でウチも死人。死人は死人らしく夜中にブラブラしとったら新しい死人を見つけたもんやからつい口出ししてもうたんや」
「……意味が分かりません。僕は生きてますし、お姉さんだって生きてます。死人だとしたらこうやって話してる僕らは何だって言うんですか?」
「ま、そらそやな」
「ねえヒサト。さっきから誰と話してんの?」

怪訝な顔のレジナレフから声を掛けられ、ヒサトは肩を竦めてみせた。
レジナレフもヒサトがTelOnを使って会話しているのは分かるが、ヒサトたちのやり取りは当然レジナレフには伝わらない。しかし電話の相手は見知らぬ相手だ。レジナレフに伝えようにも相手は知らないし内容もイマイチ理解できない。

「ん? なんや、もしかしてアンタ以外にも誰かおるんか?」

女性にもヒサトの困惑が伝わったのか、そう尋ねられてヒサトは正直に頷く。

「んー、誰かおるんやったら分かっとったはずなんやけどなぁ……まあええわ。ほんならいちいち別に説明すんのも面倒やし、一緒に話そか? お兄やん、TelOnにスピーカーのアドオン入れとるか? 入れとったら機能をオンにし」
「あ、はい。……入れました」
「おおきに。あー、誰かは知らんけど、傍におる誰かさんは聞こえるか?」
「ええ、聞こえるわよ。どこかの誰かさん?」
「おー、こっちもそっちの声ちゃんと聞こえとるで。しかし何や、傍におんのは女かいな。お兄やんも隅におけんみたいやな」
「ふふん、まーね」
「いや、そんな事ないですよ。レジ姉は、その、家族みたいなものですから」
「照れんでええで。いい男っちゅうんはいい女に惚れさせとるもんやからな。ところでレジ姉っちゅうことはもしかしてガイジンさんか?」
「そうね。日本の出身じゃないわ。名前はレジナレフ・エルダよ」
「かーっ! んなら金髪のべっぴんさんっちゅーことやな。ホンマ羨ましいで。ウチはミサキや。よろしゅう頼むわ」
「えっと、上永ヒサトです。それで話を戻しますけど……」
「あ、ちょい待ち。今、自分ら変なロボットたちに追われとるやろ?」
「え? そうですけど、何で分かるんですか?」
「ふっふっふー、そこは企業秘密っちゅうやつや」

笑いながら得意気にミサキは語る。
気にはなるが今気にかけることじゃない。そう思い直してヒサトは再度続きを促した。

「ちょいと待っとってーな……うしっ、これでオーケーや。どや、ロボットたちは?」

話しながらもヒサトたちは屋根を伝って逃げていた。その最中に一度振り向く。
ロボットたちは依然としてヒサトたちを追っていた。しかしミサキの言葉と同時に追いかけていたそれらは一斉に方向を変え、ヒサトたちとは違う明後日の方向へと走っていった。

「凄い、ロボットがみんないなくなってく……何をしたんですか?」
「なに、大したことやあらへん。あんさんらを追うための信号をちっとばかし誤魔化したっただけや。今ンとこダミーの信号を送っとるだけやけどちっと待っとき。追われんように信号そのものの発信を止めたるから」
「信号? そんなものがヒサトが発してるの?」
「そや。そん作業にはちっと時間が掛かるから、それまでこれを頼りに逃げとき」

ヒサトのVisi上にデータ受信中のランプが灯る。なんだろう、とヒサトが情報表示用のブラウザ「ファフニール」を開くとマップが自動展開された。恐らくはこの住宅街を示しているだろう簡単な地図上に、いくつもの赤いマーカーと一つの緑色のマーカーが点滅し、地図上を移動していた。

「赤いマーカーがロボットたちで緑のマーカーがヒサトたちの位置や。今ンとこ近くにはおらんみたいやけど、連中血眼になっておたくらを探しとるからな。せいぜい注意しときや」
「ありがとうございます。けどホントにどうやって……ってまさか! もしかして『H.U.S.H』をハッキングしてるんですか!?」
「ナハハハ! 平たく言ってしまえばそゆことや」

思い至った事実に驚愕し、ヒサトはミサキの高笑いを呆然とし、思わず立ち止まる。

「ちょっと。盛り上がってるところ悪いんだけど、私を仲間はずれにしないでくれる?」

ヒサトが横を向けば、話題について行けていないからかレジナレフが少し頬を膨らませて口を尖らせていた。ヒサトは苦笑いを浮かべてレジナレフをなだめ、わざわざ目立つ場所に立っている事もないだろうとレジナレフの手を取って地面に降りた。

「で、そのハッシュって何?」
「『H.U.S.H』っていうのは、えーっと、一言で言ってしまえば巨大なコンピュータ・システムの事、でいいのかな?」
「まあその認識で問題無いわな。今自分らが使うとる、世界中のありとあらゆる情報機器の演算が行われとる巨大なコンピュータ。これまでのコンピュータと違うのは世界中の人間の脳みそを演算装置にしてしまっとるっちゅうところやな。人間の脳みそには普段使うとらん領域があるっちゅうのは有名な話やからレジナレフはんも知っとると思うけど、どや?」
「まあ、それくらいなら聞いたことはあるわ」
「H.U.S.Hはその使うとらんとこをそんままにしとくのは非常にもったいない、ちゅうことでそこにコンピュータにあるような演算領域にしとるんや。もちろん演算領域だけやのうて世界中の膨大な記録データバンクとしても使うとる。そして重要なんはH.U.S.Hは世界中の誰でも使えるっちゅうことや。今こうして話しとるTelOnにしても演算自体はそのH.U.S.Hを使うとるんやで?」
「ふ〜ん、それで?」
「それで、や。こんコンピュータには記録だけやのうて記憶も保存されとる。世界中の記憶がやで? で、誰でも使えるっちゅうことは逆に言えばそのまんまやったら誰かの記憶も覗きたい放題や。それは困るわな? なもんやから尋常や無いほどのプロテクトが掛かっとる」
「今までに誰も、どんな凄腕のハッカーでさえもハッキングに成功した人はいないって噂なんだよ。開発グループの人たちでさえ不可能だって言われてる」

ヒサトが耳にしたのは単なる噂話だが、それは真実の一端を示していた。どれだけ強固なプロテクトを作ろうが人間が作った以上はどこかに綻びは生じる。後はその綻びを見つける労力をどれだけ費やすかにすぎない。
しかしH.U.S.Hは違った。世界中の様々なプロテクトを並行して走らせ、それぞれに担当させる領域を異ならせる。更には定期的に担当領域をランダムに交換し、表層のプロテクトを突破したとしてもそれをトラップとしたプロテクトが領域の重要度合いに応じて二重三重のセキュリティを張り巡らせていた。
それほどの超高難易度のハッキングを成功させたミサキの実力は現代の人間なら容易に想像がつく。だがレジナレフは、といえば――

「……へー」

やる気のない返事だけだった。

「なんや、えらいうっすい反応やな」
「そんな事言ったって、どれだけ凄いのかイマイチピンと来ないんだから仕方ないじゃない」
「……まあこういう話に疎い人間っちゅうのはいるもんやからな。ま、それはええわ。ハッキングしたっちゅうたって記憶とか国家機密に関するとこ以外の領域はセキュリティレベルはそない高くないしな。
 んで、こっからが本題や」

ミサキは話を一度区切った。スゥ、と呼吸音がTelOnから聞こえ、何となくヒサトは姿勢を正した。何か作業をしているのだろうか、カタカタという昔ながらのキーボード音が聞こえた。

「ヒサトの質問の答えや」
「さっきの、僕やミサキさんが死人だっていう……」
「ミサキ。アンタヒサトに向かってそんな事言ったの?」
「まあな。それが真実やし、ヒサトん立場やったら誤魔化しとってもしゃーないしな。
 ヒサト、H.U.S.Hを使うのに必要なモンが何か知っとるか?」

ミサキの質問にヒサトはいや、首を横に降った。レジナレフを見ても当然知っているはずもなく、「知ってるわけ無いでしょ」と胸を張って否定された。

「L.I.N.C.Sって聞いたことあるか?」
「リンクス? 何ですか、それ?」
「L.I.N.C.S、『Linking INterface ChipS』の略でな、極小の、それこそ肉眼なら確認出来んくらいにちっさなコンピュータチップがあるんや。そいつは自分ら世界中の人間の脳内に埋め込まれとって、埋め込まれた人間の意志に従ってH.U.S.HにアクセスしたりVisiとかTelOnを起動したり、と無意識・意識的に関わらず思考操作したりするために使われとる。言うなら現代人の生活を送るんに必須のモンや。とまあ、ここまではちっとばかし情報工学に詳しい人間なら誰でも知っとる、公開情報や。
 せやけど一般には公開されとらん、それこそ世界でもホンの一握りの人間しか知らん情報があるんや」

ヒサトは確信した。今、ミサキは笑っている。最初に話しかけてきた時に感じたのとは違う笑みだ。
それは自嘲だ。自らを蔑むのと同時にヒサトという同類項を発見できた事に対する冥い喜びだ。加えて、無知な蒙い存在に対する優越に突き動かされた人としての根源的な歓びの嗤いだ。
ヒサトは咄嗟に耳を塞ぎたくなった。しかしそれは意味を成さない。耳を塞いでもTelOnを繋いでいるヒサト自身には脳内信号を通じて言葉が理解できてしまう。何より、ヒサトが現状を理解したいという欲求が勝った。

「……聞かせてください」
「ええ覚悟や。自分みたいな人間はウチ好きやで。
 L.I.N.C.Sはな、人を消せるんや・・・・・・・
「……は?」

その声を上げたのはヒサトとレジナレフのどちらなのか。ヒサトは自分の体を見下ろし、レジナレフもまたヒサトの体を下から上まで眼で舐める。
確かにヒサトは居る。消えてなどいない。
ミサキもまた二人が理解できているとは考えていないのだろう。愉しそうな声が続きを述べる。

「もちろん物理的にや無いで。人を殺すには色んな方法がある。ナイフとか銃で人の命を奪うのはもちろんその一つやけど、他にも社会的に殺したり精神的に殺したりとか色々あるんは分かるやろ? けどL.I.N.C.Sはウチが思うに一番えげつない。狙った人間だけをいなかった・・・・・事にできるんや」
「えっと、つまり?」
「言葉通りや。
 消したい人間に関する全ての情報をデリートする。H.U.S.Hにアクセスして記録されとる膨大なヒサトの行動記録や成長の記録、これまでにヒサトが接触した全ての人間の記録領域からヒサトに関する記録と記憶を全消去や。それプラスで、ヒサトに関して知っとる情報を知っとる人間の脳内にある記憶を全て消して、まるで『上永ヒサト』という人間は最初っから産まれへんかったのと同じ状態にしてまう」
「だから死人、というわけね」
「せや。今『上永ヒサト』っちゅう人間はどこにもおらんことになっとる。んな人間、死んだも同然やろ?」
「そんな……」

ヒサトはうつむき、震える拳を強く握りしめた。唇を噛み、にわかには信じがたい事実を受け入れられない。

「でも、そんな事があるわけ……」
「ヒサト、アンタ、逃げとる時に誰かと会わんかったか? 例えば」

言葉の区切りと共にキーボードの打鍵音が止まる。

「アンタのオカンとか」

見えない手に掴まれたように心臓が弾んだ。肺から呼気が弾き出され、喉が詰まる。

「顔は見えへんけど、その様子やと会ったみたいやな。どないやったか?」
「ヒサト? ヒヨリさんに会ったの?」
「……うん。母さんは」

思い出す。ヒヨリの、ヒサトを見る眼を。怯えた表情のヒヨリが脳裏に浮かび、足元がふらつく。だが脚に力を込め、ともすれば震えそうな声も堪える。

「忘れてた。僕を見て『知らない男の人』って言った」
「ヒサト……本当にヒヨリさんも忘れちゃったっていうのね……」
「まあ、なんや。辛いかもしれんけど、何ちゅーたらええんかウチには分からんけど、元気だし?」
「うん……ありがとうございます。母さんは……忘れちゃったかもしれないけど、でもまだレジ姉が覚えてくれてるから……」
「それやそれや! 自分ら元々知り合いなんやろ? 何でレジナレフはんはヒサトん事覚えとるんや?」
「あ……確かに」
「ん? ああ、そんなの簡単じゃない」

レジナレフはいたずらっぽく笑って見せる。

「この私が大好きな……」
「愛の力、なんてベタな事は言わへんよな?」
「え? あ、あははははは……」
「ホンマに言うつもりやったんかいな……今時何処ぞのお笑い芸人も言わへんで?」

恥ずかしそうに咳払い一つ。ミサキとレジナレフのやり取りに、沈んでいた気持ちが少しだけ上向き、そっとヒサトは感謝した。

「ま、ジョーダンはおいといてな。ホンマのトコはどうなん? ウチのソフトにヒサトは引っかかっとんのにアンタは引っかからへんし」
「そんなに悩むことは無いわ。単純な話よ。リンクスだっけ? 何かよく分かんないけどそのチップなんて私の頭の中に入ってないもの」
「はあああああああぁっ!?」

夜空にスピーカーからミサキの声が響き、レジナレフの耳に直撃した。
最もダメージを受けたのはヒサトだ。脳内を駆けまわるハウリングとスピーカーからのダブルパンチで一瞬だけ意識が飛んで眼を白黒させて今にも倒れてしまいそうだ。

「声でかいわよっ! 見なさいよ! ヒサトを殺す気!?」
「す、スマン。せやけどレジナレフはんも悪いんやで? いきなり突拍子も無い事言いはるんやから」
「そんな事言ったってしょうがないでしょ? ホントの事なんだから」
「せやけどなぁ……このご時世にそないな人間がおるっちゅうのは信じられへんで? どの国でも今はL.I.N.C.Sの埋め込みは義務付けられとるはずやし」
「そうだよね。僕も今までそんな人に会ったことないし……」

レジナレフは何者か。先ほどの剣技といい、人並み外れた身体能力といい、とても普通の人には思えない。普段は昼間から酒を飲み、ガサツで部屋の掃除もしない。ヒサトが見慣れた、ヒサトの中のレジナレフ像とはまるで違う。
そんな事を考えていると、不意に重みと共に首元に白い腕が伸びてくる。
そして包まれる温もり。

「ま、いい女には秘密がいっぱいあるものよ?
 それに、ヒサトは安心しなさい。何があっても私はヒサトの事を忘れてなんてあげないから」

ヒサトの背におぶさり、耳元でそうささやきながらレジナレフはヒサトの頭を撫でてやった。
それは昔よく感じていた温かさだ。記憶の中のそれと何ら変わりない、レジナレフの温かさだ。面倒を見てもらってて褒められた時に頭を撫でてもらっていた。その記憶を思い出し、たったそれだけの事でヒサトは涙が出そうだった。

「とりあえず今のでなんでヒサトが追いかけられてたかは分かったわ。データ上はヒサトは存在しない。けど実際にヒサトの肉体は存在してる。要は存在していないはずのヒサトが居続けるのが都合が悪いから、肉体的にも殺してしまおうってわけね」
「でも、どうして僕が選ばれたんですか? 自分で言うのもなんですけど、僕は何か特別に凄いわけじゃないですし、眼を付けられる様な事もした覚えは無いんですけど……」
「ん? 別にヒサトが特別やったわけやないで」
「そうなの?」
「せや。たぶん今もどっかで同じ様に存在を消されとる人間がおるはずや」

ミサキの言葉を聞き、何かに思い至ったのか、レジナレフはヒサトの背中から降りると硬い口調でミサキに尋ねる。

「……単刀直入に聞くわ。ヒサトをこんな目に合わせたのは何?」
「『誰』やのうて『何』か……レジナレフはんも随分頭が回るみたいやな。ええで、ヒサトもやけどレジナレフはんみたいな賢い奴も大好きや」
「それはどうも。それで、答えは?」
「国や」
「く、国、ですか? 国ってアジア経済協力会議や欧米連合、中南米合衆機構みたいな? そんなまさか。何で国がわざわざ僕らみたいな人間を消そうとするんですか!」
「知らんわ、んな事。政治屋のお偉いさんの考える事なんか分かるかい!」

意外な返答に幾分声の大きくなってしまったヒサトだったが、ミサキはそれを上回る大声で叫んだ。ドスの聞いた声にヒサトは怯み、レジナレフいささか面食らった様に眼を見張った。
声を荒げてしまったことが自身でも意外だったのか、電話口から小さく舌打ちの音がヒサトの耳に届く。

「……スマンな。つい、な。ウチもヒサトと同じやからな。勝手に人ん人生奪われたんはウチもやし、んなことしくさったお偉いさん連中を殺したいくらいやけどな、ヒサトには関係あらへんのに当たってしもた。堪忍な」
「いえ……僕も質問ばっかりでミサキさんの事を気にかけるのを忘れてました。スミマセン」
「……うしっ! んならコレで終いや! 続けるで?」

殊更に明るい声を出してミサキは話の続きを述べ始める。もちろんヒサトには異論はなく、ミサキの気遣いに乗る形で気持ちを切り替える。

「理由は知らへんけど、大方口減らしとかそんなトコやろ。人口問題は世界共通の問題やしな。んな訳でお上は今もこうしてウチらみたいな人間を量産し続けとる」
「でも、それならいつかは問題になりそうなものだけど? さっきみたいな大立ち回りを毎回してたらいくら何でも周りも気づくでしょう?」
「いや、実は今回みたいなケースは稀なんや。存在を消された人間はな、同時に自我も消されるんや。だからあんロボット――マリオネットて呼ばれとるけどな――あれがあんなに出張ってくることはあらへん。言うても向こうもプロや。言うとくけど、あいつら公安の所属やで? しかも表沙汰にできへん事件を扱う部署ん中でも殊更にヤバイこの事件の処理を担当しとる。その名もスイーパーや。動かへん人間を誰にも気づかれんように処分するんなんかお茶の子さいさいや」
「それにしても……随分と物々しいロボットを使ってましたけど。装備もとてもただの人間を相手にするには強すぎませんでした? それに、明らかに『捕まえる』というよりも『殺す』ということに主眼を置いてる気がしました。いくらその、処分するのが目的とは言ってもどこかに連れて行って処分する方が楽だと思うんです。なのに痕跡を残すのも厭わずに攻撃を仕掛けてきて、実際に……駆けつけたお巡りさんが一人亡くなりました。たまたま僕の時がそうだったのかもしれませんけど」
「レーザーガンとかやろ? ウチんときもあんなんやったわ。ただの人間をあんな鉄の塊に殴られるなんか明らかにオーバーキルやで。せやけど……」
「せやけど?」

レジナレフが問い返すが、ミサキは口を噤む。
何に戸惑っているのだろうか。何でもハキハキという印象のミサキにしては珍しく、言い辛い事があるのは察することができたが、それを促しても良いものか。躊躇いながらもヒサトが口を開きかけた時、ミサキの方から遠慮がちに尋ねてきた。

「……なあ、こっからはちっとばかし胡散臭い話になるんやけど、ええか?」
「え、別に構いませんけど……」
「さっきはヒサトみたいなんケースは稀や言うたけどな、キチンと言い直すとL.I.N.C.Sで存在を消された人間は3パターンに別れるんや」
「えっと、一つは僕みたいにデータ上の存在が消えても自我を保ったままだとして、もう一つは自我が無くなってしまった人でしょうけど、他は?」
「順番にいくで? まず一つは今ヒサトが言うたみたいに自我が無くなって処分が簡単な連中や。正確な数字は分からへんけど、たぶん9割くらいがこれに当てはまっとる。
 んで、ヒサトみたいに不幸にも・・・・自我を保ってしもた人間や。これが二つに別れる。一つ目はスイーパーのマリオネットに抵抗したんやけどすぐに処分された人間。そして最後がウチらみたいに特別な力を使えるようになった人間や」

特別な、力。そのフレーズを聞いてヒサトは自分の体を見下ろす。屋根から屋根へ飛び移れる程の人間離れした脚力。どれだけ走っても息切れしないスタミナ。

「特別な力って言うのは、例えば身体能力が上がったりとかそういう感じですか?」
「ん? ヒサトはそんな力やったんか?」
「ええ、まあ」
「んー、なら人それぞれなんやろうなぁ。ウチとヒサトしか特別な力使える人間なんて知らんからな」
「それで、ミサキの力って何よ?」
「あー……言うてもええんやけど、笑わへんか? 指さして『厨二病乙』とか言わへん?」
「チュウニビョーっていうのが何か知らないけど笑わないから早く言いなさいよ」

疑問符を頭に浮かべるレジナレフに促されるが、「あー……」とどこか嫌そうにしているのがヒサトにも分かる。

「ウチな、何ちゅうかその、魔法使いになってんねん」
「……あー……」
「ほらな! そないな反応になんねん! 『いい歳こいて何恥ずかしいこと言うてんねん』とか思うてんやろ!? 言うとくけどな、ウチはまだ三十にはなってへんで!」
「誰もそんな事思ってないわよ」

女の人も三十歳超えると魔法使いになれるのかな、とか考えてるヒサトの隣でレジナレフが電話口で被害妄想を垂れ流してるミサキを宥める。

「なるほどね。マリオネットとかいうあのロボットたちからミサキがどうやって逃げたのか疑問だったけど、ミサキの場合は魔法使いか」
「なんや、バカにせーへんのか?」
「しないわよ。魔女なんて昔はいくらでもいたんだし、現代でも魔術を使う人間はそれなりにいるのに」
「へ?」
「そうなんか?」

ヒサトとミサキが口々に驚きを吐き出す。確かに大昔の神話には魔女はいくらでも出てくるし、ゲームなんかでも定番だ。だがそれはあくまで伝承や空想の世界だけで存在するものだとヒサトは信じて疑っていなかったし、スプーン曲げとかで知られる超能力の方がまだ存在すると信じられる。

「かなり数は少ないけどね。秘匿されてるけど、今じゃ魔術は立派に技術の一つとして確立されてるわ」
「何や、そうやったんか。心配して損したわ」
「それで、教えてミサキ。今は誰が・・ミサキを補ってるの?」
「どういう事、レジ姉?」
「存在とは自我であり、自我は存在。存在を失ったミサキが自我を保ち続けるためにはそれを補う存在が必要なはずよ。半身となる誰かがいてこそミサキは今こうして私たちと会話できてる。そしてそれをミサキは知ってるはず」
「……敵わんなぁ、レジナレフはんには。ホンマ何者やねん」

感嘆の声をミサキは上げ、レジナレフはそれに応えず微笑むだけだ。ヒサトは今のやり取りがイマイチ理解できないが、自分なりに消化しようと必死に頭を働かせる。

「つまり、ミサキさんは存在が奪われたから本来なら自我も失ってるはずだけど失わずに済んだのは、他の誰かがミサキさんの中にいるからだって事?」
「そや。我思う、故に我有り。思考ができとるんは存在の証明に繋がるけど、今の自分は昔ん自分とはちゃう、別の存在のおかげや。
 ウチん中を占めとる存在はキルケっちゅう女や」
「キルケ、ね……古代ギリシャ神話に出てくる魔女であり女神でもある存在、か。
 マズいヤツに存在を共有されたわね、ミサキ。この事は絶対に誰にも言わないで」
「へ? そりゃこんなオカルトな話なんぞ他の誰かに言えへんし、今ンとこ自分ら以外には話とらんで?」
「それでいいわ。そして今後私みたいに魔法の知識がある人間が現れても絶対に言っちゃダメよ。いい、絶対よ?」

繰り返しそう主張するレジナレフ。その表情は険しく、口調も強い。

「……なんぞヤバイ話なんやな?」
「ええ、とびっきりヤバイ話よ。スイーパーだかマリオネットだか知らないけど、それよりももっとヤバイ奴らがいるわ。そいつらの耳に入ったら――ミサキ、アナタは今度こそ存在を消されるでしょうね」

冗談でも誇張でも無い。ヒサトは直感でそれを悟った。
レジナレフの言う「ヤバイ奴ら」を当然ヒサトは知るわけもなく、知られたら何が起こるのかも分からない。けれどもとびきりの、それこそレジナレフの手にも負えない「何か」が起きる。それは予測でもなければ推論でもない。根拠の無い、しかし外れる事は無い確信だ。ヒサトは意図せず後ずさった。
ミサキにもそれは伝わったようで、続く声は硬い。

スイーパーあいつらよりもヤバイ相手かいな……レジナレフはん、差し支えなかったらそいつらの事教えてもらえんやろか? 逃げるにしても何するにしてもまずは情報が無かったら話にならへんからな。どんな奴らでどういった組織とか、具体的に何をしてくるとか何でもええ。レジナレフはんが知っとる事やったらとにかく教えてくれへんやろか?」
「ええ、いいわよ。とは言っても私もあまり詳しくは知らないんだけど、まずは――」

だがレジナレフの言葉は続けられなかった。TelOnの音声は途切れ、通話終了を示す不通音が聞こえてきた。

「あ、あれ?」

突然の断通に、ヒサトは戸惑いながらもリダイアルを掛ける。しかしコール音どころか何も音がしない。ヒサトのVisiには「通信相手無し」の文字が踊る。

「……まさか」

何かを察したレジナレフが周囲を見渡して気配を探る。釣られてヒサトもまた見回すが深夜ゆえに誰もおらず、何かがいる気配も無い。
電信柱に取り付けられた白色灯が街の眠りを妨げない程度に淡く光っている。その下で黒猫が小さく鳴いた。

「しくじったわね……」
「レジ姉、一体何が……」
「囲まれてるわ」

レジナレフの表情は苦渋に満ちていた。ヒサトを庇うように前に出て、暗闇に閉ざされた道の先を睨みつける。

「街の騒がしさと懐かしい腐った匂いに惹かれて来てみれば」

そして彼らは現れた。

「やはり貴様だったか、レジナレフ・エルダ。いや――」

先頭に立って歩く背の高い男は低い声でレジナレフの名前を呼んだ。
だがすぐにその名を否定し、頭を横に振る。
そしてもう一度名前を呼んだ。見下す様な、まるで汚物を見る様な冷たい視線と共に。

「レギンレイヴ」

レジナレフ――レギンレイヴは苦しそうに顔をしかめて唇を噛み締めた。








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