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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved







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「一、二、三……六五〇〇ジルか。うん、悪くないな」
「ですねー。思ったより多かったですよね」

賑やかなメインストリートを歩きながらハルは百ギル札を数え、ついつい頬をニンマリと緩めた。あまりの金欠に、特に金額も気にせずに受けた依頼だったがそれなりの額だ。ここ最近はずっと財布の中身が心許なかったが、これでしばらくは大丈夫だろう。数え終わった札束を大事そうに財布へと仕舞うと、ハルはそれを尻ポケットに突っ込んだ。

「倒したリーセンキャットの数が多かったらしい。その特別報奨だとさ」
「ふーん……なら私も頑張った甲斐がありましたね」

頭にヘルメットを乗せて隣でバイクを押していたアンジェは満足気にうなずいた。そしてニッコリと笑顔を浮かべると小さな掌をハルへと差し出す。

「何だ?」
「私の取り分です。やっぱり私も働いたんですから当然ありますよね?」

そう言うとハルは、ああ、と顎に手を当てると財布から札を取り出し、ハルの掌に置いてやった。

「ほい。百ギル」
「えええっ! 何でですか!? 少なすぎますよ!」
「今回結構費用も掛かったんだよ。燃料代だってバカにならないしな」
「それにしたってもう少しくらい……」
「子供の小遣いにしては多過ぎるくらいなんだがな」
「子供扱いしないでください。正当な報酬要求です」
「とは言ってもな……アタシだって銃のメンテとか弾薬の補充もしたいしな。お前だって必要だろ?」

ハルの言葉にアンジェは、まだ比較的新しい左腕を無意識に抑えた。シャツに隠れているが、この下には不自然な温もりを持った金属の塊が眠っている。顔や胸を流れる血液はそこには通っていないが、すっかり馴染んだ名工の一品はすでに自分の「新しい」腕として違和感なく、こうして抑えていると脈打っている気さえしてくる。例え、眠っている物が容易く命を奪いかねない武器だとしても。

「実弾を使う気は無いんだろ? 非殺傷用の弾頭は場所によっちゃ実弾より高いんだし、今の内からコツコツと貯めとかないと、いざという時に困るしな」
「……そう言われたらしょうがないですね」

ふう、とため息を多分に混ぜた息を吐き出すと、アンジェはハルの手から百ギル札を受け取り、ポケットから取り出した小さな茶色の財布にそれを折りたたんで入れた。口では納得した風だが、どよーん、と肩を落として歩く様は誰がどう見ても気落ちしているとしか見えない。
別段アンジェとて金に執着があるわけではない。が、今回はハルに告げてはいないが、初めてのギルトの依頼報酬であり、それなりに楽しみにしていたところがあった。依頼料を聞いてその額に、報酬料を期待して色々と妄想していたため、残念だという気持ちは隠せない。
テンションが百八十度変わって隣を歩くアンジェの様子に、ハルはどうにも胸が痛んで仕方ない。別に気に病む必要は無いのだが、どうにもアンジェの喜怒哀楽は自分にひどく影響を及ぼしてくる。何とも言いがたいモヤモヤした感情に、ハルはガシガシと自分の頭をかきむしるとアンジェの背中を勢い良く叩いた。

「そんなにしょぼくれんなって。当面の生活費をさっぴいた結果なんだから、メシ代は十分にある。
というわけで、だ。早速ウマイもん食いに行こうぜ?」

そう告げた瞬間、シュパッ!と音を立ててアンジェの顔が勢い良く振り向き、キラキラした視線がハルへと注がれる。泣いたカラスが、なんていう言葉を聞いた事があるが、これにも当てはまるのだろうか。ハルは、何だかなあ、と呆れた様に息を吐き出した。

「早く行きましょすぐ行きましょう! 何を置いてでもすぐにでも行きましょう!!」
「はいはい、分かったから焦んなって。店は逃げたりしねーから」
「知らないんですか? おいしい料理には足が生えててすぐに逃げちゃうんですよ?」
「何だそりゃ」

早く早く、と声と態度の両方でアンジェは急かす。そこには気落ちしたアンジェの姿は無い。
すっかりアンジェの保護者役としての立場が板についてきていた気がしていたが、甘いなぁ、とハルは自分を顧みて思わざるを得ない。

(それでもまあ……)

しょぼくれた顔を見るよりは良いか。笑っているアンジェは可愛いのだから。いや、むくれてる顔も可愛いが。誰にともなくそう言い聞かせて、ハルは先を急ぐアンジェの背中を追いかけた。
それで自分が納得出来るほどにハルは姉バカだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「で、レストラン街に来たはいいんだが……」
「これだけ多いとさすがに悩みますね」

通りの左右を見渡しながら、二人は悩んだ。
ブルクセルには大きな通りが二つあり、一つはブルクセルの城門からまっすぐに伸びたメインストリート。そしてそことは別の第二のメインストリートとも言える、通称レストラン通りに脚を踏み入れた瞬間、二人は立ち尽くした。
ユーロピア地方最大の都市国家であり、それと同時に数少ない王国としての体を為しているベネルクス王国の首都、ブルクセル。そしてユーロピアの盟主としての一面をも持つこの街は交易の中心地であり、各地からの文化の流入地でもあった。
どこまでも続くかに思えるほどの長い通りの両端には、ベネルクスだけでなくユーロピア全土からあらゆるレストランが出店されていた。
まだ二人が立っているのは通りの入り口。だがあちこちから鼻孔をくすぐる、食欲をかき立てる香りが漂っていた。自然、口の中には唾液が溢れ、アンジェとハルはほぼ同時に喉を鳴らした。

「しっかし、すっげえなぁ……」

まさかここまでの規模とはな。ゆっくりと歩き出しながらハルは感嘆の声を上げた。有名なので知ってはいたが、こんなに大きな通りと店の数は予想外だった。やっぱ聞くのと見るのとじゃ大違いだな、と人々の喧騒を聞きながら胸の中に芳しい香りを吸い込んだ。

「お昼も過ぎてるはずなんですけどね。まさかこんなに人も多いとは思いませんでしたよ」
「この通りを目当てに来てる観光客や旅人も多いだろうしな。それに、サリーヴみたいな近代化を極端に推し進めた街と違って歴史ある建物も多い観光名所だからな。たぶん、一日中ここはこんな感じなんだろ」
「迷子にならないでくださいよ、ハル」
「それをお前が言うのかよ……
ともかく、お前が好き勝手歩き回っていなくなる前に、早いトコどっかに入ろうぜ。何せ有名なレストラン通りだ。どの店に入ってもハズレってことはないだろ」

とは言うものの、ただでさえ大食いの二人がここ数日間は十分な量を食べているとは言いがたい状況。いい香りを鼻先に漂わせた状態で、長々と料理が出てくるのを待つのは拷問とも言える。かと言って店内がすき過ぎているのも、味の面で疑わしい。黙っていても客が来る状況で手抜きをしている店も無いわけではない。そんな物を食うというのは食魔人グルメを自負するハルにとっても、アンジェにとっても許される事ではない。
行列のできている店では無く、かつ数席程度の空席を有している店。ハルの瞳の形が変化し、一時的に視力が強化され、遠くの店内までも鋭く見定める――

「そんな事に能力ラスティング使わないでください」
「食事に関してはできるだけ妥協しない様にしてるんだよ」

鮮明に映しだされていく数々の店の中で、ハルのややつり気味の眼が一つの店を捉えた。

「……見つけた。
行くぞ、アンジェ。あまり席に余裕が無い。一人出ようとしてるが、二人入りそうだ。そうすると残りテーブルは一つだけになる」

逸る気持ちを落ち着かせる様に、だが抑えきれないのか早足の勢いで第一歩をハルは踏み出した。

「待ってくださいよ……って、ハル!」

制止するアンジェの声に、ハルは何だよ、とばかりに眉をひそめてアンジェを見返した。と、同時にハルの足元から小さな悲鳴と、軽い衝撃がハルの体に伝わった。

「いたたたた……」

ハルがその衝撃に前を振り返ると、少女が尻餅をついて痛そうに腰の辺りを撫でていた。自分がぶつかってしまったせいだと気づき、ハルは慌ててしゃがみ込んで少女に謝った。

「す、すまない!」
「も〜、気をつけてよね!」
「まったくです! ほら、もう一度謝ってください!」

座り込んだまま、勝気そうな眼で睨みつけてくる少女と呆れた風に腰に手を当てて自分を非難してくる相方。二人に責められて、ハルは小さくなりながらもう一度謝罪の言葉を口にした。

「本当に済まない。ケガは無いか?」
「うん、大丈夫だよ。お姉さんも謝ってくれたからさ、もう気にしなくていいよ」

ハルに手を引かれて立ち上がり、少女は砂の付いた短めのスカートを払いながらそう言って、快活に笑った。
立たせてみて分かったが、少女は小柄だった。ハルの胸に届くかどうか、といった程度の背丈しか無く、体つき全体にどこか幼さが残る。透き通る様な短めの金色の髪は太陽の光に透けるようで、前髪をピンで止めていて、言葉や仕草同様に快活さを表しているようだった。
笑った顔は、無邪気さとどこかませた子どもらしい皮肉さを持っているが、その笑顔で見つめられてハルは頬を赤らめた。
ガシッ、とハルの両手が少女の両肩に置かれる。へ?と少女の顔が驚きに変わるが、ハルは変わること無く両腕に力を込めた。

「お姉さんと一緒に……」

すぱぁん!

「ハイハイ、そこまでですよ」

言い終わる前に後頭部が盛大な音を立てた。

「……どっから出したんだよ?」
「どこでもいいじゃないですか。
それよりも、もしかしてハルって女の子を見かけると見境なく同じことを言ってるんですか?」

手に持っていたハリセンを放り捨てながらため息混じりに尋ねる。

「そんな訳ないだろう」

はたかれた頭を抑えながらハルは不満げに口を尖らせた。

「小さい子にしか声は掛けないさ」
「ヘンタイがいた!? 離れて! このいたいけな少女を汚さないで!」
「なんかよく分かんないけどさ……」

ハルの手を払って距離を取りつつ、少女は二人に向かって尋ねた。

「どっか行こうとしてたんじゃないの?」
「え?」
「あ」

ハルは本来の目的地に眼を向ける。が、時すでに遅し。目指していた店の中はすでに客で埋められていて、新しい行列ができていた。慌てて他の店に眼を向けるも同様。どの店も判で捺したように相似な光景を作り出していた。

「ああああ……」
「ハルのせいですよ……」

通りのど真ん中で地面に手を突き、うめき声をあげながら盛大にうなだれる。この腹の虫を刺激し続ける芳しい匂いの中で、料理が他のテーブルに流れていくのを眺めなければならないのか。この先、間もなく訪れるであろう拷問を前に、ハルの目の前は真っ暗になった。

「ふーん……ご飯食べるところを探してたわけね」
「そうなんです……その希望もたった今打ち砕かれたわけですけど……」
「アタシ、いいお店知ってるよ。安くて早くて美味しい、穴場的なお店」

ニヤ、と笑って少女はうなだれたままの二人を見下ろす。そんな少女が信じてもいない神様に見えたのは言うまでも無い。



◇◆◇◆◇◆◇◆



呆然と彼女は目の前の光景を眺めていた。眼前の、それもほんの少し手を伸ばせば届きそうにあったものが、ホンの一瞬の逡巡のせいで消えていった。そして呆気に取られている今、この瞬間にもまた一つ消えていった。彼女が欲していた物、それらが次々と正面に座る相手によって奪い取られていく。それがひどく悲しいような、そんな気がした。
だがここで諦めるわけにはいかない。気を取り直し、彼女は腹に力を込めて弱気になった自分を叱咤した。そう、諦めたらそこで終わりだ。試合終了だ。試合が終わってしまう前に、残された物を確保しなければ。
彼女は右手を高く振り上げた。そしてそれを、目の前に置かれた物に向かって全力で振り下ろした。鋭く尖った切先が肉を貫く感触。それを指先で感じ、アンジェは高らかに宣言した。

「このお肉は…私のです……!」

皿の上の、わずかに残った肉にフォークを突き刺したままニヤリと笑った。対する少女もまたニヤリと口元を歪め、アンジェのフォークが刺さった肉に同じくフォークを突き刺して対抗を顕わにする。

「そうは……させないよ……!」

カキンッ!
二人の手の中にあるナイフが皿の上で交差する。次いで逆の手にあった、肉に刺さっていたはずの少女のフォークが鋭くアンジェの皿にある、別の肉に伸びた。が、それもアンジェのフォークで防がれる。皿の上のチキンは宙を舞い、二人の両手に握られた銀食器によって皿の上に着地することを許されない。地に着く直前に跳ね上げられ、別の皿に争いの中心が移っている間にのみ落下を許される。
眼にも止まらぬ攻防を二人の少女が繰り広げ、狭い店内のうず高く積み重ねられた皿で囲まれたテーブル上で、一掴みのお肉をめぐる争いが全力で本気と書いてマジと読む勢いで行われていた。

「何やってんだか……」

二人とは対照的なまでに落ち着いて食事を進めていたハルは、そんな様子を眺めて一つため息をつき、丁寧に切り取られた肉を口に運ぶと幸せそうに顔をほころばせた。皿の山に囲まれて。そして残りの二人から気づかれない様にそっと皿を手元に手繰り寄せると、またナイフを肉で綺麗に切り分けていく。

「いくらノイマンとは言え、あそこまで本気で取り合ってくれるなんて料理人冥利につきるってモンさ。まったく、テティには感謝だね」

少女――テティ・アイナに案内されたのは、レストラン通りとは別の、人気の比較的少ない通りに面した店だった。活気こそ大通りには及ばないが、どちらかと言えば落ち着いた、と形容するのが適した通りの端に位置した小さな店。中には円形のテーブルが二つだけ。客はいなかった。
アンジェの手を引くようにしてテティに中へと通されたが、中の様子を見てハルは当初落胆した。静まり返った店内に客の姿は無し。案内されて出てきたのは店主らしき女性だけ。とても味の方は期待できそうに無かったが、空腹のままでいるよりは良いか、とばかりにいつもよりかなり控え目に注文して黙って待つことにした。が、テティの方はそんなハルの様子に気づいたらしく、女主人が奥へと引っ込んだ後にハルの耳元で囁いた。「大丈夫、嘘はつかないから」
果たして出てきた料理は――予想以上だった。想像外と言ってもいい。一皿一皿の分量は全てが皿から溢れそうなくらいに盛られていて、それでいて味の方も思わずアンジェと二人して顔を見合わせるくらいに美味しかった。シンプルな味付けながら丁寧に作られたであろう料理はアンジェを、そして食事にうるさいと自負するハルを満足させるのに十分過ぎる出来だった。
「こちらこそ彼女には感謝しないといけないな。コッチからぶつかったにもかかわらず許してくれて、その上こんないい店まで紹介してくれて。ホント、人生何が幸いするか分かったもんじゃないな」
「ハハハ、ありがとさん。そこまで褒められると逆にこそばゆくなっちゃうからよしておくれ。その代わりにまたウチに食べに来ておくれよ」
「ああ、ぜひひいきにさせてもらうよ」

しかし、とハルは店内を見回し、未だ争奪戦を繰り広げているアンジェとテティを意図的に無視して言った。

「こんだけボリュームがあってうまくて安い店なら、もっと客がいてもいいだろうに。やっぱり皆有名なレストラン通りで飯を食おうとするのかな?」
「ああ、違うんだよ。ウチの店は有名だからね、別の意味で」
「別の意味で?」
「ああ、ウチは客を選ぶからね。――ノイマンしか店に入れないんだよ」

少しだけ声を落とし、アンジェとテティに聞こえない様に彼女はそう話した。

「個人としてはメンシェロウトだろうがアウトロバーだろうが関係ないけどね。でもこの店はノイマンしか相手にしてないのさ」
「だから一皿の量がこんなに多かったのか……」
「ノイマンって奴はみんな大食いだからね。しょうがない事なんだろうけど、食費もバカにならないだろうし、ウチでは良心的な値段で出させてもらってんのさ」
「……理由を聞いても?」

料理を空にし、静かにナイフとフォークをハルは並べて皿の上に置いた。皿の上には何も無いが、ハルはそこを見続ける。
主人は、「面白い話じゃないよ」と前置いて再度話し始める。

「戦争で一番ワリを食ったのは誰だい?」
「誰って……」
「メンシェロウトかい? それともアウトロバー?」
「それは……」

ハルは返事に窮した。女主人が求めている回答は分かる。が、それを口にするのははばかられた。

「アタシはね、ノイマン自分たちだと思ってるんだ」

しかし、彼女ははっきりと口にした。

「戦争の道具として生み出されて、自由を求めてアタシらの先祖は戦いを起こした。その結果、今こうしてアウトロバーの街であるブルクセルで飯屋なんて開けるくらいに好きに生きることができるようになったさ。でも、基本アタシたちはどこに行っても嫌われもんだ」
「戦場で一番相手を殺したのがノイマンだ。メンシェロウト、ロバーにかかわらず……嫌われるのも仕方ない……」

テーブルの下でハルはギュッと拳を握りしめた。
そう、ノイマンは数多くの人を殺してきた。元々戦う者として生み出された自分らは、戦場でしか生きられない者が多数であり、そして戦場で短い生涯を閉じていく。多くの人間と機械を道連れにして。そして自分もまた、この手を、力を駆使して殺める人生を送ってきた。
だから思うのだ。仕方ない、と。
納得はできない。だが理解はできる。メンシェロウトとアウトロバーの双方から嫌われ、それでも尚その現実を受け入れざるを得ない事を。

「分かってるさ。戦争にどっちが良いも悪いも無い。アタシらの身内が殺されたのと同じ様に、アタシらの身内も人様を殺して回ってるんだろうしね。
ただね、お互い様の現実にノイマンだけが責められている様な気がして仕方ないんだよ。
こんなに活気がある街でさえ、ノイマンが就ける職業なんて殆ど無い。ノイマンだってピンキリなのにさ、皆が皆化物みたいな力を持ってると思ってる。だから武器を捨てて堅気な仕事に就こうとしても仕事が無くて、結局力の大して無い、普通のメンシェロウトと何ら変わりのないノイマンさえギルトの依頼を受けて体を張らなきゃいけない。そして命を落とすんだ。何か間違ってると思わないかい?」

もっともな話だ。ハルは心の中でのみ同意しておき、手慰みに皿の上のナイフをいじくる。
それでも、間違っていると断じていいのかハルには判断がつかなかった。職にあぶれたノイマンが生きるためにギルトの依頼を受けるというのもよく聞く話で、そして強盗やモンスターに殺されるという話も同じくらいにありふれている。生きるために、向かない仕事についたのが間違いだったのか、それとも、そうせざるを得ない状況に陥った時点で間違っていたのか。だとすればその原因となるのは、ノイマンと他の種族の関係か、それとも戦争が誤りだったか。
しかし、戦争が無ければ自分らノイマンは生まれなかった。だとすれば戦争否定は自らの否定にもつながりかねない。ならば力なきノイマンとして生まれてきたのが過ちか。
例え、メンシェロウトやロバーとして生まれたら。意味もない仮定をしてまで想像してみる。ノイマンとして生まれなければ、幸せとなれるのか。そんな保証はどこにもない。メンシェロウトとして生まれても死ぬ時は死ぬ。ロバーであっても職を無くし途方に暮れている者もいるだろう。力に恵まれたノイマンだって幸せとは限らない。戦場で散った友や、サリーヴの街で自分が殺した敵の様に。
目の前にあるのは誰にでも平等で不平等な現実で、誰であれその中を生きて行くしか無い。少しでも幸せだと死に際に誇るために。

「まったく、戦争なんて嫌なもんだね。少なくともアタシが生きてる間は起きないで欲しいもんだよ」
「それが自己否定に繋がるとしてもか?」
「自分を認めなくったって生きていくだけならできるのさ。自己を正当化しなきゃ生きられないなんて、そんなくだらない考えはそこらの犬に食わしちまいな。
争いは人をいっぱい殺していっぱい不幸にする。しかも、誰かが死んで一番不幸になるのは本人じゃなくて残されたモンだよ」

女性は未だにアンジェと料理を奪い合ってるテティを見て眼を細める。

「戦争が無けりゃあの娘ももっと幸せだっただろうね」
「テティの親も犠牲に?」
「あの娘の父親がアタシの歳の離れた弟でね、ここよりもずっと北の国で暮らしてたんだ。アタシと弟は母親が別で、弟と言っても数回しか会ったことも無いけどさ、気が弱くてね。戦争に向かないからと言って田舎でひっそりと暮らしてたのさ。それが戦争で死んだ、なんて手紙が終戦間際に来てね。娘がいたのは知ってたし、だからあの娘を引き取りたかったけど行方不明で探す当てもなくて諦めてたんだ。そしたら昨日になって、ボロボロの身なりでひょっこりアタシの前に現れたもんだから、喜ぶよりも先に驚いちまったよ」
「あの小さい子が一人でここまで来たのか?」

北の国というのが具体的にどの程度離れているのかは分からない。だが子供が一人で旅できる様な距離ではないはずだ。そう思ってハルは女性の顔を見上げたが、女性は違う違う、と首を横に振った。

「そりゃいくらなんでも無理な距離さ。
弟の知り合いがテティを助けてくれたみたいでね、彼と一緒に街を巡り歩いてたってあの娘は言ってたね」
「知り合い?」
「そうさね……と、噂をすれば何とやら、だね」

女性の言葉に振り返ると、一つのシルエットが店に入り込む光を遮っていた。人がかろうじてすれ違える程度の狭い入り口だが、そこを一人でほぼ丸々塞いでいる。上端も決して低くはないが、そこを彼は体を少しかがめて中へと入ってきた。
彼の姿が逆光から解放され、その容姿がはっきりと見て取れた。それと同時にアンジェとテティの喧騒も静かになった。
男の顔を見た瞬間ハルは意図せずして立ち上がりそうになった。そうしなかったのは、男の興味がさして自分に向いていなかったからだ。
二メートルは越すだろう身長に、素人目にも分かる鍛えあげられた肉体。盛り上がった筋肉を使えばどんなものでも容易く持ち上げられてしまいそうだ。両手の甲には篭手が装着され、半袖のシャツの上からは旅人用の真新しい防刃・防弾性能を持ったローブをまとっている。堅気な生き方をしている様には見えない、いかにも戦いを生業をしていると分かる体と装備だった。
ハルの眼を引いたのは体つきでは無く、彼の眼と持っている武器だった。
太い眉の下にある、細くも鋭さを合わせ持つ双眸。そこからはどんな感情も読み取れない。それが今だけのものか、それとも何に対してもそうであるのか判別はつかない。だがハルの中の「勘」は彼から危険な香りを感じとっていた。
それと、彼の持つ剣。腰にはローブが揺れるたびに見える剣が備わっていた。だがそれとは別に彼の背には、巨大な何かがあった。彼の巨躯に引けを取らないほどの大きな何か。幾重にも布に覆われてその具体的な何かまではうかがい知ることができない。が、彼の後頭部に位置する十字架にも見える鍔だけは隠しようも無く、十中八九中身が剣であろうとハルは当りをつけた。もっとも、ハルはその鍔部の巨大さに見合った剣など見たことも無いが。

「まさか、な……」

ハルの記憶に新しい、街の入口の惨状を思い出す。鋭利な切り口の中に混じっていた、一つだけグチャグチャの屍体。もし彼の背中にあるのが予想通り大剣であるなら、ああいった芸当もできるのでは無いか。

「ガルトー、おっそいよー」

ハルの警戒をよそに、テティは男に文句をつけると、不満そうに口を尖らせた。

「突然いなくなるから……」
「そこを見つけ出すのがガルトの仕事じゃない?」

中々に無茶な事を言う。そう思ってハルがガルトと呼ばれた男を見るが、ガルトの方はそういう要求に慣れているのか、特に表情を変える事はなかったが、威圧感を醸し出している太い眉が心無し垂れ下がったようにも見えた。

「すまない」
「ま、ちゃんと見つけてくれたから良いけどね」

そう言ってテティはガルトの腰に抱きついた。不貞腐れていた表情はそこには無く、幸せそうに笑みを浮かべている。ハルから見ても二人の仲が悪くないのが分かった。

「次はもうちょぉっっとだけ早く見つけてよ」
「善処する」

その風貌通り、元々多弁なタイプでは無いのだろう。ガルトは短くテティにそう告げると、サラサラのテティの髪を撫でてやり、テティもまた嬉しそうに顔をほころばせた。
そんなやりとりを一通り済ませると、ガルトは視線をテティからアンジェとハルの二人に移して、感情に乏しい声色で尋ねる。

「……誰だ?」
「アンジェと言います。テティちゃんにこのお店を紹介してもらったんです。ね、ハル?」
「ああ、こんないい店を教えてもらって幸運だったよ」

二人からのそんな返答を受け、ガルトは本当か、と問うように腰に抱きついているテティを見ると、テティは本当だよ、とうなずいてみせた。

「感謝する」
「それはこっちのセリフだよ。テティ、案内してくれてアリガトな」

苦笑いを浮かべながらハルが礼を口にすると、テティはガルトから離れて鼻高々に胸を張った。

「ふっふーん。もっと感謝しなさい」
「ああ、感謝してもしきれないな。テティ様、心より感謝しております」
「じゃあさ、じゃあさ。その感謝を形で見せて」
「別にいいけど、どうすりゃいいんだ?」
「ガルトー、ここ座って」

言われるがままにガルトはテティが座っていた席に座る。それまで小さなテティが座っていた所にガルトの様な大男が座ると、その威圧感と違和感はハンパない。正面に座るアンジェの顔はひくついた。
テティはポン、とガルトの膝の上に飛び乗り、そして皿の上に放り出されていたナイフとフォークを握る。

「四人でご飯食べよ?」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「これは単なる興味だから聞き流してくれても構わないんだが」

テティが席を外したタイミングを見計らってハルはガルトに話しかけた。手元には新しく運ばれてきた皿があり、手は変わらず料理を切り分け、魚の切り身をフォークで口へと運び続ける。

「あんな小さい子を連れて旅をするなんて大変じゃなかったか?」
「そうでもない」

尋ねられたガルトは、手のサイズに合わないナイフとフォークを使って丁寧に料理を食べながら短く答えた。

「でも、途中で野盗やモンスターの相手をしなきゃいけなかっただろ? まあ、アンタ強そうだからあんまり寄ってこなかったかもしれないけどさ」
「いや……それは結構あった」
「でもきちんとここまで辿りつけて良かったです。この街にずっと住むんですか?」

アンジェのその問いに、ガルトは一度ナイフの動きを止めると少し考え、首を横に振った。

「分からない……だが、俺は旅を続けるつもりだ」
「テティちゃんを置いていくんですか? あんなにガルトさんに懐いてるのに」
「テティは……強いから」

表情を変えずにガルトは続ける。

「一緒に行くと言えば一緒に行く。……残ると言えば一人で行く」

変わらず表情も声色も淡々としているが、後半を話す時にわずかにトーンが落ちたのをアンジェは感じた。それに対してアンジェは口を開きかけたが、結局それを止めた。テティの様な子に旅をさせるのは良くない様な気がしたし、かと言ってガルトに旅を止めてテティのそばに居ろ、と言うのも違う気がした。アンジェ自身も旅をしている身だ。目的あっての旅だ。ガルトも何か目的があって旅をしてるのかもしれないし、そこに第三者が、まして同じ様に旅をしている自分が口を出すべきでは無い。

「戦争もいつ起こるか分からない世の中だし、まあ安全な場所にいるのが一番だよな。
いつ街の外みたいな惨状に出くわすかも分からないしな」

話しながらハルはガルトを具に観察した。表情、動き、まとう雰囲気。もし街の外で見たバラバラのモンスターの死体を目の前の大男が作り出したとしたら、何かしらの変化を伴うはず。そして、ガルトがあの光景を作り出せる人間であるなら、彼は危険だ。必ず何らかしらの争いに巻き込まれる。その相手はギルトかもしれないし盗賊かもしれないし、はたまた国かもしれない。もしかしたら、アブドラたちみたいな危険な組織を相手にするかもしれない。そして、あの子がその事を理解しているのか――

「惨状……?」

そんなハルの懸念にガルトは顔を上げて疑問符を浮かべた。ハルと眼が合うが、そこに何の変化も感じられない。何かあったのか。ただ単純にそんな疑問を持っている様だった。

「ハル」

呼ばれて隣を見れば、アンジェが咎める様にこちらを見ていた。ガルトを再度見れば、変化には乏しいものの、眉をひそめてハルを見つめていた。

「いや、何でも無い。忘れてくれ」

微妙な空気になった事を悟ってハルは緊張を緩めた。どうやらガルトが犯人では無いだろうし、これ以上この場で追求するのも意味の無いことだ。
すまない、ともう一度謝罪を口にすると、ハルは食事を再開した。

「何が起きたのかは知らないが……」

ガルトもまたフォークを動かし始め、肉を口に運びながら話す。

「俺はあの子ほど強くは無い」

それはどういう事だ、とハルは尋ねようとしたが、トイレからテティが帰ってきた事で遮られた、

「? どうしたの?」
「いや、何でもないですよー。さ、早く冷めない内に食べてしまいましょう。美味しい時に食べないのは料理と料理人さんに対する冒涜です」
「お、たまにはアンジェも良い事言うじゃないか」
「たまに、は余分です」
「そうか?」
「そうですよ」
「よく分かんないけど、二人って仲が良いよね」
「うーん、そうなんですかねぇ?」
「テティとガルトには負けると思うけどな」

テティの話の興味がずれたことに少し安堵しつつ、新しい話題に乗る。見た目は完全に吊り合わない二人。女主人の弟の知り合い、とガルトの事を言っていたので血の繋がりは無いのだろうが、それにしても仲は良いと思う。二メートルを越す大男と百二、三十センチしか無いテティ。美女と野獣という言葉がつい頭に浮かんでしまう。いや、幼女と野獣か。どちらにしろ保護者と被保護者の間柄を表すには相応しくないが。

「だってガルトってばアタシがいないと何にもできないんだもん。世話焼いてれば自然と仲も良くなるって」
「あははは。テティちゃんがガルトさんの面倒を見てるんですね」
「見た目と真逆なんだな」
「口も下手だからさ。見た目がこんななんだから勘違いされやすいのに、弁解一つもきちんとできないし」
「……誤解されるのには慣れている」
「コレだもん。世話も焼きたくなるっての」

肩を竦めてテティは呆れてみせた。その様子はしっかり者の娘がダメな父親の面倒を見てるみたいであり、どこか微笑ましい。
そんな感想を抱いていると、にわかに店の外が騒がしくなってきた。

「なんだ?」
「お祭りですか?」
「そんな話は無かったと思うけど……」

と、一人の男が店内に駆けこんできた。慌てた様子で息を切らせ、必死に何かから逃げてる様。

「待てっ!!」

続いて押し寄せてくる武装した兵士たち。擦れる金属音をまき散らしながら邪魔だと言わんばかりに、行く手を遮っていたテーブルをなぎ倒して店に入り込んできた。

「きゃっ!!」

男はアンジェたちのいたテーブルを押し倒し、テティを突き飛ばした。そして店の窓を突き破ってまたどこかへと走っていく。ギルトの兵士はテーブルを蹴り飛ばし、粉々に割れたガラスを物ともせずに、男と同じ様に窓枠を乗り越えて外へと消えていった。

「……何だったんだ、一体?」
「さあ?」

嵐が通り抜けていき、呆然と全員が出ていった窓をハルは見送った。後に残されたのは静寂と――

「ハル」
「何だ?」
「下を見てください」

踏みにじられた料理の数々があった。

「ハル……止めたりなんかしませんよね?」
「当然だ。この手で自覚させてやらなきゃ気が済まん。自分が何をしでかしたのか、な」
「ふふ……初めて自分から人を傷つけたくなりましたよ」
「アタシも久々に全力で戦いたくなったよ……今なら許されるとは思わないか?」

ふふふふ、と不穏な話をしながら二人は笑い合うと、先を争うように裏口から外へと飛び出していった。ドアを破壊しながら。

「やれやれ。今日は賑やかな一日だねぇ」

店が破壊されたというのにどこかのんびりとした感想を主人は口にして、壊されたドアと窓を見遣る。
その後ろではテティが険しい表情をして、小さくなっていった二人を見つめていた。









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