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第2-11〜2-12章(11/09/14)
第2-13〜epilogue(11/11/06)









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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved






-4-






男は走った。帽子を目深に被り、向かい風に飛ばされそうになるそれを右手で抑えながら走る。
通りを歩く多くの人々の間を抜け、時折ぶつかってバランスを崩しながらもその脚を止めることは無い。ぶつかりはするものの、その際にも腕をうまく使い、体をひねりながら衝撃を吸収していた。まるで何かを壊してしまわないように、注意を払っているかのように。そっと右手を帽子から離し、脇腹の辺りを押さえる。大丈夫、これはそう簡単にイカれてしまうものじゃない。
また一人、婦人とぶつかって小さな悲鳴が上がる。それを男は無視した。今はとにかく逃げること。逃げて逃げて逃げて。さもなければ――自分の命は無い。
後ろから聞こえてくる悲鳴を聞きながら、男は人ごみをかき分けて行った。



◇◆◇◆◇◆



彼は走った。片手にハンドガンを携え、腰には電磁警棒を吊り下げて。走る度にガシャガシャと全身から鎧が擦れる音がする。彼の周りからも似た音が響いている。

「止まれーっ!」

彼の同僚であるギルツェント員の一人が、前を走る男に向かって声を張り上げる。が、当然止まりはしない。そもそも声を掛けただけで止まるようなら男も逃げたりしないだろうし、自分らもこんな大人数で男を追いかけたりはしない。
彼らは走る。ただ真っ直ぐに男だけを追いかける。その行く手に人がいようが物があろうが関係ない。避けることもせず、相手が避けるのを待つ。避けなければ押し退けて通るだけ。相手が善良な市民だろうが高価な物であろうが集団で蹴散らしていく。弾き飛ばされた男性が後ろから怒鳴り声を上げるも、聞く価値も無い。
大昔に海を割ったモーゼがしたように、彼らは人ごみを割って突き進んでいった。



◇◆◇◆◇◆



そしてここにも二人、男を追いかけている者がいた。

「逃がしませんよ〜……」

ウフフフ、となにやら怪しげな笑い声をアンジェは上げた。追いかけているのは男なのか、それとも男と同じ様に料理を台無しにしていったギルト員なのかは分からないが、どちらにしろやる事は変わらない。捕まえて謝らせる。自分と、料理を作った女主人に。美味しい料理をダメにした罪は重い。非常に重い。とにかく重い。食事というのはとても大切なものであり、争いのタネになるものだ。そう、だから今自分が追いかけているのは争いを止めるためだ。争いを未然に防ぐには仕方のないことなのだ。
そんな言い訳を自分にしながらアンジェは暴走していた。今まさに争いを引き起こそうとしているのが自分だというのが分からない程度には。
クケケケ、とすっかりキャラの崩れた笑い声を上げるアンジェの隣で、ハルは走りながらため息をついた。
アンジェに釣られて飛び出したはいいが、どうにも追いかけている相手が良くない。集団で店を荒らしていったのはこの街のギルト員であり、最初の男はそのギルト員に追われている。この街はギルトの本部があり、それと同時にベネルクス王国の首都でもある。故に軍としてのギルト、警察機構としてのギルトの両機能を十分に兼ね備えている。だから末端の、依頼受け付け窓口などまで含めるとギルト員は相当で、他の都市と比較にならない。
窃盗や暴行程度であれば一人の逮捕に多くて三人程度。殺人などの凶悪犯罪にしたって駆り出される人数はそう多くはならない。ここがブルクセルであることを加味しても、だ。
にもかかわらずあの男は二桁に届こうかというギルト員に追われていた。そして今も数人、目の前で合流した。それは取りも直さずあの男がそれだけの事をしでかした、と言う事。もしくは――

(何としても捕らえなければならない、何かを持っているか、ってところか……)

いずれにしろ、巻き込まれれば待っているのは厄介事。深々と再度ため息を吐き出し、未だにおかしな笑いを続けるアンジェを見下ろした。

(面倒はホントに御免なんだが……)

だが腹が立つことは立つ。
私は忘れない。あの、ぶちまけられた料理!踏みにじられたお肉!床に転がった、幸せにしてくれるスープを!あの味を!
面倒事に巻き込まれずに、このどうしようもないこの怒りを発散させる方法はただ一つ。

「……邪魔だな。
アンジェ」

小さくつぶやくとハルはアンジェに声を掛けた。そしてハルの方に振り向いたアンジェに向かって問い掛ける。

「あの男を殴り飛ばしたいか?」
「一発くらいは許される気がします」
「ギルトの奴らに一泡吹かせてやりたいか?」
「あの人達は自分の犯した罪の深さを思い知るべきなのです」
「なら……いくぞ!!」

語気を強めると同時にハルの体が一段と低く沈む。ギアが変わり、走っていた脚の回転速度が明確に変化した。
地面を踏みしめる音が増加し、前を走っていたギルト員との距離がみるみる縮まっていく。そして手を伸ばせば届く距離に達した時、ハルは跳躍した。

「が!」
「よっと」
「へぶっ!?」
「おっと」
「ぶべらっ!?」
「悪い」

男たちの背中を蹴り、肩に乗り、頭を踏みつけると、そのままハルは脇に立ち並ぶ民家の屋根を走った。

「貴様!!」
「悪いな、先に行かせてもらうぞ」
「誰だ! 名前を……」
「ハイ、失礼しますね〜」

一人がハルに向かって怒鳴り声を上げるが、今度は男の足元をアンジェが走り抜けた。密集した男たちの足元を縫うように、だがぶつかること無く狭い隙間を駆け抜ける。

「お、おいっ!」
「お先に失礼しま〜す」

静止の声が掛かるが、アンジェは後ろ手に掌をヒラヒラと振ってそのまま走り続けた。
ギルト員たちは、その闖入者を呆然と見送りながら惰性で脚を動かし続けた。



◇◆◇◆◇◆



「……ふぅ」

いくつもの細かい路地の角を曲がり、人気の無いところまで到達したところで男は一息ついた。深々と被っていた帽子を取り、そして慌てて辺りを見回した。周りには誰もいない。人影は無く、通りの喧騒は遙か遠く。追いかけてきていたギルトの連中は完全にまいたらしく、近づいてくる気配も無い。

「……クソッ! あのクソババアが!」

追っ手が来ないことに安心したか、男の口からはそんな罵倒の言葉が漏れる。
最近、「狩り」が行われているのは知っていた。この街に限らず、周辺の都市でも密やかに、だが大胆にメンバーが逮捕されている。つい先日、この街にやってきた男もそんな事を言っていた。どうやら、ロッテリシアのババアが本腰入れて調査・殲滅を始めたらしい。
まったく、どこから漏れたのか。男は呼吸を整えながらこの街に来てからの自分の行動を思い返してみたが、心当たりは無い。一度も組織の名前を口にしていないし、ただ近々どこそこの街でこういう作戦が行われたらしい、という話を聞いただけだ。となれば、この街に来る前の行動から漏れたのか。どこから漏れたのかは分からないが、人の口に戸は立てられないと言うことなのだろう。もしくは、隠しきれない程に自分らの組織の規模が大きくなったということか。

「にしても、末端の人間にあの人数はやり過ぎだろう……」

自分は単なる構成員の一人に過ぎない。実際の規模がどの程度の組織なのかも知らないし、どこに本部があるのかも分からない。ギルト側はそんな事は分からないのだろうが、そうだとすると、ギルトはまだ何も知らないのだろうし、だからこそ自分の様な人間にもあれ程の人員を割いているのか。どんな些細な情報でも手に入れる為に。

「何にせよ、はええトコこっから……」
「逃さねーよ」

頭上から掛けられた声に、男はハッとして見上げる。
ハルはヨッ、と声を上げると屋根の上から地面に着地し、それと同じくしてアンジェも脇の路地から姿を現した。
小さく舌打ちをすると、男は帽子を被り直して周囲を探る。どこか脱出する場所は無いか、二人から眼を極力離さずに逃亡ルートをシミュレートする。

「ムダだよ。逃げ場なんてねーよ。観念しな」

そんな男を制する様にハルは声を掛ける。男はハルから眼を逸らし、アンジェを見遣った。自身が逃げてきた通路はアンジェにすでに封鎖されていて通行不可。今いる場所が袋小路であることに気づき、冷や汗が眉間を伝った。
背中の金網が音を立てる。ここを登って逃げるか。いや、無理だ。登ってる間に捕まってしまう。

「観念して、おとなしく殴られろ」
「……は?」
「は、じゃないです。あんなにおいしい料理を台無しにしちゃって……」

何やら物騒な事を突然言い出すハルと、訳の分からない事をブツブツと呟くアンジェ。よく理解はできないが、男はやはり逃げた方が良さそうだ、と金網に手を掛けた。
が、金網の向こうから聞こえてくるいくつもの足音が男の耳へと届いた。程なくして男が逃げてきた方からも足音が響き、遠くから「見つけたぞ!」という声も聞こえてきた。
最早これまでか。男の歯がきしんだ。
もう一度舌打ちすると、男は上着の裾をつかんだ。その行動に、やや緊張に欠けていたハルとアンジェも身構える。

「お前ら! さっきの……!」
「そんなのは後だ」

ハルは駆けつけたギルト員の声を制した。その声色に、ギルト員たちも男の様子が異なる事に気づいて体を強ばらせる。
男はスッ、と上着の裾をめくった。そこにはぎっしりと体中に巻きつけられた爆弾があった。
「……!」

瞬間、これまでにない緊張が辺りに走った。微かなどよめきがハルの耳にも入る。
一発がどの程度の威力を持つか、全てが爆発すればここら一帯は間違いなく壊滅するだろう。そうなれば自分たちはもちろん、付近に済んでいる住人たちもただでは済まない。
いや、それだけではない。ギルトの本部があり、ベネルクス王国の首都であるこの街で起きる爆発事件。その事実だけで多大な影響を及ぼしかねない。

「……どうしますか?」
「……我々の扱える範疇を越えている。上に判断を仰ぐしかないだろう」

息苦しい緊張の中で尋ねてくる部下に、上司に当たるギルトの男は応える。そう、自分らに扱える事態を越えている。下手に刺激して、爆破でもされたら目も当てられない。もっとも、爆発したら当てる眼も無くなるだろうが。

「動くなよ、動いたらすぐに爆破させるからな……」

そう言って男はポケットからスイッチらしき物を取り出すと、この場にいる全員に見えるよう高々と見せびらかせる。
上司の合図を受けたギルト員の一人が、そっと場を抜け出そうとジリジリ後ろへさがる。

「そこっ! 動くなっつったろーがぁっ!!」

だがその動きも男にバレ、怒声によって牽制される。大声を出した後に、フー、フー、と荒く息を吐き、目の前にスイッチを掲げながら周囲を睨みつけた。

「もう一度言うぞ……次動いた瞬間、爆破させるからな」

にもかかわらず、ハルはアンジェの隣まで歩いて行く。

「おいっ! お前……」
「なあ、アンジェ。左腕のバッテリーって十分か?」

男の怒鳴り声を無視し、ハルは控え目な声で尋ねた。

「突然ですね。十分ですけど、どうかしましたか?」
「どうしましたかって……鈍いな、お前。状況考えればそういう事だよ」
「分かりませんよ。だからどういう事ですか?」
「あぁもう、メンドクセーな……お前の左手には何が付いてる? そういう事だよ」
「左手……ああ、スタンガンが付いてますけど?」

普通にアンジェの口から出てきた言葉に、ギルト員からはざわめきが、男は警戒を強め、ハルは頭を抱えて天を仰いだ。

「えっ? 私何か変な事言いました?」
「もういい……もういいから黙っててくれ……」

深いため息を、状況がよくつかめていないアンジェに吐きかけると、ハルはヤケクソ気味に大事そうにスイッチを胸の前で抱えている男へと話しかけた。

「というわけで、今からコイツがお前をスタンガンで気絶させるから」
「宣言していいんですか?」
「いいんだよ。お前はタイミングだけ図ってろ」
「ち、近寄るなよ? 一歩でも近づいてみろ、そうすればお、俺は迷わずスイッチを押すからな?」
「あ? 何を押すって?」
「爆破スイッチだ!」
「んなモン、どこに持ってんだよ? 良く見えねーな」
「だから!! ココに……!!」

明らかにおちょくった言い方をするハルに、男はついにキレて、怒鳴りながら右手の中にあったスイッチをハルに見せつける様に前へと突き出した。その瞬間、小さな破裂音を立ててスイッチが粉々に崩れ去った。

「っ……!」
「アタシには見えねーな」

銃口から硝煙を漂わせ、ハルはそう言い放った。
そしてそれとほぼ同時。男の手からスイッチが壊れ落ちるのを見届けるまでもなく、アンジェがハルの隣から飛び出す。ハルの放った弾丸がスイッチと男の掌を撃ち抜き、その血が滴り落ちるよりもずっと速く、アンジェは懐へと潜り込んだ。
左腕が上腕半ばから折れ曲がり、そこから二本の電極が顔をのぞかせる。撃ち抜かれた右手を抑える男の、無防備になった首筋に狙いをつけ、電極を押し当てると電圧を調整した。

「がっ……!」

男は一瞬だけ体を震わせ、だがすぐに力無く膝を折るとそのまま意識を失った。

「お疲れー」
「お疲れ様ですー」

意識を失った男をそっと地面に寝かせると、二人はハイタッチをして労う。

「こういう時は空気読めるのにな、お前」
「その言い方だと私がいつも読めてないみたいじゃないですか」
「少なくともさっきは読めてなかったけどな」

まあいいか。いつも通りむくれるアンジェの頭を二、三度ポンポン、と叩くと銃をマント下のホルスターに仕舞って踵を返した。

「んじゃ、ま、スッキリしたところで飯でも食い直すか?」
「そうですねー。あ、そういえばテティちゃんたちを置いてけぼりでした!」
「もうすぐ日も暮れるし、別の店を探してみるのもいいかもな。テティとガルトに相談してみるか
あ、お勤めゴクローさん」

二人とも会話しながら、何事もなかったかの様にその場を立ち去ろうとする。
が――

「おとなしくしてもらおうか」
「ハイ?」

取り囲まれたギルト員たちに銃を向けられて、うなずくしか選択肢は残されてなかった。





-5-





ユーロピアと呼ばれる地方は基本的にアウトロバーの国々である。国によって程度の差はあれ、アウトロバーを中心とし、一、二割程度のメンシェロウトとノイマンで人口は分布している。大小多くの国がこの地方に形成されているが、それぞれの国は多くの都市国家の集合であり、緩やかな連合国とも言える。したがってそのほとんどが共和制を取っており、各都市国家から選出された議員たちで国の方針が決定される。が、都市国家の権力は強く、国としての権限は都市にまで及んでいない。それがアウトロバーの国々の一般的な状況であって、その状況は建国以来大きな変化は無い。
そんな中でベネルクス王国は数少ない王制を取っている国だ。国土こそさほど大きくないものの、都市化を推し進めての高成長と高い軍事力、そして最も古くからあるアウトロバーの国であるためユーロピア連合の盟主として存在している。自然、各国からの人や文化の流入が多く、都市としての発展を未だに続けていた。
ブルクセルはそのベネルクス王国の首都であり、最大の都市でもある。巨大な城門をくぐってブルクセルに入り、まっすぐに続く幅広のメインストリートを突き進めば国王の住まう城が街を見下ろしている。およそ300年前に建築されたそれは見た目にも古く、だが確かな威厳を持って街に存在していた。
だがその隣。王城と遜色ない歴史を持った建物。造りも城と変りなく、しかし王城よりも遙かに巨大で豪華な城がそこにはあった。
ギルツェント本部。それがこの建物の名称である。

「あ、ハル! こっちです!」

石造りの本部内の廊下でアンジェは高い天井をマジマジと見上げていたが、向かいのドアからハルが出てきたのを認めると声を張り上げた。ハルは軽く手を上げてアンジェに応えると、ドアを開けたギルト員を睨みながらアンジェにぼやく。

「クソッ、アイツ思いっきり手錠を引っ張りやがって。まだヒリヒリしてる」

手錠の痕が残る手首をさすり、アンジェに向かってそれを見せてくる。ハルがぼやくとおり、くっきりと痕が残っている。

「抵抗するからですよ。おとなしくしてれば手錠も掛けられなかったのに」
「まさかこの街でギルトに捕まるとはなぁ……」

余計なことをするんじゃなかった、とハルは肩を落とす。が、アンジェは胸を張って誇らしげに主張した。

「料理を大切にしない人は成敗すべきです!」
「お前は気楽でいいな……」

そう言って深々とため息を吐き出す。ああ、また幸せが一つ逃げていった。

「こっちだ」

二人を拘置室から出したギルト員が二人の会話を遮った。付いて来るよう居丈高に告げると、二人に背を向けて豪華な廊下を奥に向かって歩き始め、アンジェたちもまたその後ろに従う。

「ギルト本部って初めてですけど、すごい大きいんですね。いつも依頼受けるところをイメージしてましたよ。それよりも少しだけおっきいくらいの」
「大きすぎるとは思うけどな」
「造りもお城みたいですよね? やっぱり隣の本当のお城に合わせたんですかね?」

尋ねてきたアンジェにハルは首を横に振る。

「違うな。お城みたい、じゃなくて本当に城なんだよ、ココは」
「元々こっちに王様が住んでたって事ですか?」
「いや、できたのはコッチの方が後だ。わざと作ったんだよ、王の住む城の隣に。それも王の城よりも巨大で豪華な物を。まったく、いい根性してるよ」

装飾が施された天井や柱を見ながらハルは吐き捨てる。

「建てた時のギルトのトップが誰かなんて知らないけど、よっぽど周りに主張したかったんだろう。この国のトップは誰か、ってな」
「見栄っ張りだったんですね」
「さて、ね。ま、実際ギルトの方がこの国よりも力を持ってたのは間違いないな。じゃなきゃ王宮の隣に王宮より大きな建造物を作るなんて認められるわけがない。そしてそのまま今も残ってるって事は、今もその力関係は変わってないんだろ。ユーロピア最大の強国であるベネルクスよりも強いって事だ」
「へえ……じゃあギルトの偉い人って王様よりも偉いって事ですよね? そんな人が私たちに何の用なんでしょう?」
「さあね。メンツを潰された苦情でも言いたいんだろ」

アンジェは疑問を口にしてハルの顔を見るが、ハルは適当に応えて肩を竦めてみせた。
組織が力を持てばそれだけ組織としての体面も意味を持つことになる。ギルトの面々を妨害し、先んじて犯人を捕獲という事はギルトのメンツを潰した事になり、例えちょっとした冗談のつもりであっても許されない。さすがに特別な処罰はないだろうが、灸を据える意味でも数日間は拘束される。
それがたった一晩で拘束が解かれ、あまつさえ自分らに会いたい、ときた。アンジェはあまり気にしていないようだが、おそらくまともな用件ではないだろう。最初以来まったく口を開かない、案内役の男の背中を見ながら密かに警戒をハルは強めた。
どれほど歩いただろうか。アンジェたちを連れて一言も言葉を発しなかった男が立ち止まり、二人に道を譲った。

「くれぐれも粗相の無いように」

それだけ言って再び男は黙した。
アンジェたちの目の前にあったのは、城のサイズに見合った大きな扉だった。天井の高さと相違無い程度の重厚な扉。厳かな装飾が二人を見下す。

「まるで王様だな」

事実、そうなのだろう。アンジェに伝えた様に、ギルトのトップは国のトップの力を容易く上回る。ならば王様という呼び方も強ち間違いでは無いか。
手を伸ばしてドアを押し開ける。ギギギ、と音を立て、ずっしりとした重さを持ったそれが少しずつ開いていった。
開いて入ったその部屋はまさに王の間に相応しい部屋だった。ドアから一直線に赤い絨毯が敷かれ広い部屋の両側の壁には名画であろう大きい油絵が掛けられている。その絵を辿っていくと、やがて歴代のギルトのトップの肖像画に行き着く。窓にはステンドグラスが嵌めこまれ、太陽の光がそこを通過して色とりどりの明かりを部屋に届けていた。

「ほえ〜……」

まるで昔の大聖堂みたいだ。どこかの街で見た観光名所の教会をアンジェは思い出して感嘆の声を漏らす。築年数はすでに数百年。綺麗に磨かれた壁は年月を感じさせず、だが染み付いた汚れが逆に重々しさを醸していた。
アンジェが見とれる様に部屋の中を見回しているその隣を、ハルが通り過ぎる。アンジェを隠すように前に出ると同時に正面から楽しそうな声がアンジェの耳に届いた。

「おやおやぁ、誰かと思えば懐かしい顔をした人間がいるじゃないか」
「……風の噂では聞いてたんだけどな。やっぱアンタだったか、ロッテリシア・ペルトラージュ」

対照的にハルは声に忌々しげな色を多分に込めて応えてみせる。表情は見えないが、きっとまた眉間にシワを寄せてるんだろう。アンジェは不安に眉尻を下げる。

「なんだ、嬉しく無さそうだな。せっかくの再会だ。もっと喜べよ。
なあ、『魅入られし兵隊』アフィールド・リーパー












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