Top

第0章(09/11/03)
第1-1〜1-2章(11/02/12)
第1-3〜1-4章(11/02/12)
第1-5〜1-6章(11/02/12)
第1-7〜1-8章(11/02/26)
第1-9〜1-11章(11/02/26)
第1-12〜1-13章(11/02/26)
第1-14〜1-15章(11/02/26)
第1-16〜1-17章(11/02/26)
第1-18章(11/02/26)
第1-19章(11/02/26)
第1-20章(11/02/26)
第1-21章(11/03/06)
第1-22章(11/03/06)
第2-1〜2-2章(11/03/06)
第2-3章(11/04/24)
第2-4〜2-5章(11/05/15)
第2-6章(11/06/12)
第2-7〜2-8章(11/07/21)
第2-9章(11/08/01)
第2-10章(11/08/29)
第2-11〜2-12章(11/09/14)
第2-13〜epilogue(11/11/06)









現在の閲覧者数:

(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved






-9-




一通りコード類をコンピュータに繋ぎ終えたリーナは、少し下がったメガネの位置を正すと、続いて新たなコードを男の頭へと伸ばしていった。

「すみませんが、抑えていてくれませんか? 眠っているはずですけど、念の為に」

言われた通りにハルは男の頭を抑えるが、そこからはリーナの持つコードの先端を見ることができた。
コードの先端には極細の針の様な物がついていて、テティの持つ照明の光を反射している。アンジェは、それがどういった用途に使われるか分からないのか、不思議そうに首を傾げていたが、ハルにはそれが何なのか凡そ検討がついているものの、それを口にはしなかった。
リーナは手にしたそれをためらいなく男に刺した。頭蓋に。
寝ていても違和感は感じるのか、男は刺されると同時に小さくうめき、身を震わせた。ハルは一瞬力を込めて男を拘束したが、程なくそれが単なる反射反応だと分かって力を抜く。
リーナは手に残っていた他のコードを次々と頭へと刺し込んでいった。覆面の上からでも一切ちゅうちょなく、どこに刺すべきかが分かっているかのように手馴れたものだった。

「何を……してるんですか?」
「んー、電極を頭に刺してるんですよ。人間の脳みそなんて所詮電気信号の入れ物にしか過ぎず、情報も信号のやり取りに過ぎませんからね。だからこの人が知ってることを、手っ取り早く直接頭の中から引き出してしまおうってわけです」
「こんなコンピュータなんてわざわざ持ちだして何をするのかと思ったけど、そういう事か。てっきり自白剤とかを使うのかと思ったよ」
「まさか、そんな非人道的な事しませんよ」

作業を続けながらも苦笑してリーナは応える。ハルは「人道的ねぇ……」とつぶやいて息を吐く。
やがて全ての取り付け作業が終わった。男の頭には数十本のコードが差し込まれ、それらは全てリーナの前のコンピュータに続いている。男は最初の一本が差し込まれた時こそ身動ぎしたものの、その後はまた死んだように動かなくなった。

「死んでないよな?」
「まだ生きてるはずですよ。
この通り脳波は観測できてますしね」

男から手を離させ、ハルをモニターの前に呼び寄せて電極からの信号を見せる。アンジェとテティも寄ってきて覗き込むと、モニター右下に小さく男からの信号が表示されている。反応は小さいものの、確かに男は生きていた。

「それでは始めます」

リーナは携帯型の記憶端末をコンピュータへ差し込んだ。途端、モニターにいくつものアプリケーションが表示され、画面を埋め尽くし、やがて収束して一つのソフトだけが開かれた状態になる。リーナはそれを確認し、アプリケーションをスタートさせた。始めに飾り気の無い黒い画面が開き、文字が高速で流れていく。
一通り流れ終えた後、また新たに画面が開き、今度は時にゆっくり、時に高速で断続的に流れ始める。リーナはその様子を見つめていたり、時折キーボードを操作したりしている。

「今度は何をしてるんだ?」
「もう脳から記憶を引き出し始めましたからね。ただ、コッチコンピュータに送られて来るのは信号ですから、コンピュータ上で処理をしてあげないといけないんです。基本的に自動で私たちが読み取れるよう変換はされるんですけど、ノイズが混ざったり、また特別な処理をしないといけないデータもあるんで、そういうのを取り除いたりとか別に除けておいて、後で処理したりするんです。私がやってるのはデータの判別と簡単な処理ですね」

ハルの質問にサラサラと応えながらもその手は止まらない。暗い部屋でメガネにモニターの画面を反射させながら、キーを叩き続ける。瞬きをしているのかすら怪しく、キーボードからはガタガタガタガタと激しく音が聞こえた。

(さすがにペルトラージュが寄越すだけの事はあるな)

リーナの仕事を見ながらハルは思う。ペルトラージュは人種によって差別をしないと言ったが、それはあくまで実力があれば、だ。求められた仕事ができなければ容赦無く切り捨てる。ましてこういった情報処理はロバーの方が得意なのは誰しもが知っている。それを天才ジェニアルとはいえメンシェロウトであるリーナが担当している事である程度予測はしていたが、間近で見て感心をせざるをえない。モニターには人でも読めるよう文字に変換されてはいるが、傍で見ていて何がノイズで、何が意味ある情報なのか判別はできない。それを何でも無いように判別しているリーナはやはり普通とは違うのだろう。
忙しなく指を動かし続けるリーナを見ていたが、ただその姿を見ていても面白いものでも無く、ハルはリーナのそばから離れて退屈そうに壁に寄りかかっていたテティの横に並ぶ。

「退屈そうだな」
「退屈だよ。街の中にいても暇だったからお姉ちゃんたちに付いてきたのにさ」

下唇を突き出し、期待はずれと言わんばかりに不貞腐れた表情をテティは浮かべる。ハルは苦笑しつつも小さいテティの頭にポン、と手を乗せてサラサラの髪を撫でる。

「アタシたちも遊びで来てるわけじゃないしな。我慢しろよ」
「分かってるよ。こんなところでワガママ言うほど私だって子供じゃないんだから」
「ああ、分かってるよ。エラいエラい」
「ブー。子供じゃないって言ってるでしょ?」

子供扱いするハルにテティは唇を尖らせて抗議する。しかしその様子が子供らしくて、ハルはついつい口元を綻ばせて頭を撫で回す。
アンジェは最後までリーナのそばで仕事を見ていたが、二人と同じように見飽きたか、テティを挟むようにして壁にもたれかかった。

「ハルは自分より小さい子を見るとすぐに子供扱いするんだよ。ひどいよねー」
「ねー。お姉ちゃんも女の人なのに、レディの扱い方が分かってないんだから」

ハルに子供扱いされる二人が意気投合してハルを責める。責められたハルは肩を竦めると、これ以上二人に口撃されないよう話題を転換した。

「そういえばテティ。お前あの食堂のおばさんを頼ってブルクセルまで来たんだろ? これからはあのおばさんと一緒に生活するのか?」
「いやいや、私はこれからもずっとガルトと一緒だよ? しばらくはおばさんと一緒に住むけど、またすぐに旅に出かけるんだ」
「そうなの? 別にあの街でずっと生活しても良いじゃない? もちろんガルトさんも一緒にね」

アンジェはテティに向かって言い聞かせる様に話し掛ける。「比較的平和な街だし」と最後付け加えて。

「うん、アンジェお姉ちゃんの言う通りおばさんと一緒に暮らすのも悪くないって思ってるよ。正直言うとね、私も少し迷ってるんだ」
「なら、そうした方がいいさ。やむを得なかったからずっと旅してきたんだろうけど、テティみたいに小さいうちは平和な所で暮らすべきだ。誰も傷つけない、誰からも傷つけられない、そんな所でな。
っと、悪い、また子供扱いしたな」
「ううん、別にいいよ。ハルお姉ちゃんの言ってることも分かるしね。私はまだ子供で、きっとお姉ちゃんたちは正しい事を言ってるんだよ」

そう言うと、テティは顔をわずかに伏せた。小さく吐息を漏らし、どことなく憂いを帯びた表情は、普段ハルが抱くテティの印象とは違って大人びている。これまで見てきた喜怒哀楽の顕著な、快活で見た目相応の表情とは違う。少なくとも十歳やそこらの子供が浮かべる様なものでは無く、ハルは口には出さないものの、テティに対する評価を改めた。

「でも私にはまだ目的があるからさ」
「目的?」
「そう、目的。会いたい人がいてね、その人をずっと探してるんだ」
「見つかりそうなのかな? 例えば、何か手がかりがあるとか」
「うーん……実はね、らしい人は見つかってるんだ。でもまだ本当にその人なのかよく分かんなくてさ」
「本人に直接聞いてみればいいじゃないか」
「うん、それはそうなんだけどさ……」

どこか歯切れ悪くテティは言葉を濁した。何事もハッキリ告げるイメージのある、テティらしく無い様子に、ハルは何らかしらの事情を察してそれ以上の追求を止める。代わりにさっきまでと同じようにテティの髪を撫でてやる。

「何にせよ、早く見つかると良いな」
「うん……そうだね」

曖昧な笑顔を浮かべ、それでもハルに向かってテティは笑い返した。その笑い方がハルには気になったが、これ以上同じ話を蒸し返す必要も無いだろうと顔を再度リーナの方へと向けた。

「どうだ? 何も言わない所を見るとすこぶる順調そうだけど」
「すこぶる順調ですよ。このままいけば、後十分程度でしょうか? それで一通りの知識の抽出は終わりです」

もっとも、その後が大変なんですけどね、と手を休めずにリーナは笑う。相変わらず打鍵を続け、メガネの奥の瞳には雑多な情報が数多く取り込まれていた。
テティの相手をアンジェに任せ、ハルはリーナの斜め後ろに立つと、男の方を見た。男は眠っていた。それでも作業開始時には男からの何らかしらの反応があった。例えば、定期的に痙攣を起こす。例えば、微かに胸が上下する。
だが、今はそういったものが見て取れなかった。
ハルの脳裏に、ノイマンの特徴が思い浮かんだ。ノイマンという種はそれぞれが何かの、普通のメンシェロウトやアウトロバーが持ち得ない能力を有している。能力の強弱こそあれ、そこに例外は無い。
そして、それと同時に、能力の強弱に応じて何かを置き忘れてしまう。それは身体的なものであったり精神的なものであったりと様々だが、明確な欠陥を有してしまう。もっとも、それを欠陥と考えるかは個人の考えに依るが。
往々にして人並み外れた能力を持つ者はどこか欠落した部分を持っている。メンシェロウトでも、アウトロバーでも。まるで、ノイマンの様に。

「なあ、一つ聞いていいか?」
「何でしょうか?」
「作業が終わった後、男はどうなるんだ?」
「死にますよ」

何気無く放たれた、言葉。その意味がよく理解できずアンジェはテティからリーナへと視線を移した。

「まあ、脳みそを外からいじくり回すわけですし、影響は出ますよ。本当はいじくられたことすら分からない、完璧なシステムを作りたかったんですけどね」

まだまだ改良しないといけないですよね。作業を続けながら、どこか残念そうに言う。それは人の生死というより、不完全なシステムを惜しんでいた。
すると、突如としてリーナの手が掴まれる。

「なんですか?」

キョトン、としてリーナは覆いかぶさる影を見上げた。アンジェはリーナの腕をつかんでジッと見下ろした。

「すぐに止めて下さい」
「どうしてですか? もうすぐ作業も終わりますし、今のところ全て順調ですよ。止める必要はありませんけど」
「すぐに止めて下さい」

リーナは手を止めてアンジェを見上げた。軽く吐息を吐き出し、告げた。

「お断りします」
「どうしてですか!?」
「逆にお尋ねしますけど、アンジェさんはどうして止めろって言うんですか? その理由が見当たりません」
「なんでって……人が死ぬんですよ!?」
「だからどうしたんです?」

心底分からない。そう呟いたのはアンジェか、それともリーナか。

「この人は犯罪者です。死ぬのは、まあ、あまりいい事じゃないですけど、特にどうという事でもありません」
「犯罪者だって人間です」
「でも所詮犯罪者です。ましてユビキタスという、得体の知れない組織の人間です。社会の害になる人間が死んだからって何か問題があるんですか?」

ハルはリーナの眼を見る。メガネの奥にあるその瞳からは単純な疑問しか読み取れない。リーナは、リーナ自身の言葉を一切疑ってはいなかった。

「そんな不完全なシステムを使うのを、ペルトラージュは許可してるのか?」
「ええ、許可証が必要なら発行してもらえますけど?」
「いや、大丈夫だ。作業を続けてくれ」
「ハル!?」
「許可が出ている以上、アタシたちには止めることはできないよ」

言いながら、ハルは忌々し気に唇を歪めた。ハルはアンジェの背を押してリーナから離そうとするが、アンジェはその手を払って男の元へと走る。
アンジェは男の前に立った。男の呼吸はすでに浅く、注意して見なければ胸の鼓動も分からない。口をだらしなく開け、カサカサに乾いた唇の奥には虚空がポッカリと開いていた。
奥歯を噛み締め、アンジェは男の頭に刺さった電極を握る。感触は、軽い。

「アンジェ、止めろ。今度こそ本当に逮捕されるぞ」
「止めて下さい、アンジェさん。私は貴女をお尋ね者にはしたくありません」

アンジェの手が止まる。電極を握りしめたまま、硬直して動かない。逡巡し、思考する。この手を、どうすべきか。しかし、それも一瞬。握りしめた腕に力を込め、そして――

「きゃあああっ!!」

突如として建物が激しく揺れる。爆発音が響き、天井から塵と埃が一同を汚す。リーナは悲鳴を上げて頭を抱え、ハルはリーナを庇うように覆い被さる。

「一体何だ!?」
「分かりません!」

ハルの問いにアンジェが叫ぶが、それと同時に再度爆発が地下まで揺らした。鳴り響く銃声。待機していたであろう兵士たちの怒声。次いで悲鳴。この部屋に至るまでにあった牢屋の列からも叫び声と悲鳴が部屋まで入り込んでくる。

「とにかくココから出るぞ!」
「待って下さい! まだ記憶データの抽出が!」
「後どれくらいだ!?」
「三分くらい……」
「そんなに待ってられるか!! 行くぞ!」

リーナの手を強引に引っ張り、ハルはドアへと向かう。アンジェがテティの背を押し、ドアを慎重に開けて外を伺う。囚人の怒声は近く、やや遠くから銃声が聞こえてはくるが、まだここまで異変が迫っている様子は無い。
不安気な眼差しを向けるリーナにハルは小さく頷いてみせる。

「よし、行くぞ」
「待ってください。あの男の人も連れて行きます」
「ダメだ。何が起こっているか分からないし、そんな余裕も無い」
「じゃあハルが二人を連れて逃げて下さい。私が彼を抱えていきますから」

頑なに譲らず、ドアを背にしてアンジェはハルを見る。その瞳は絶対に譲らない、と語っていて、アンジェの頑固さを再認識する。
ハルは、深々とため息をついた。

「……アタシが連れてくる。お前は二人を連れて先に行ってろ」

そう言ってハルは三人の元を離れた。それを見てリーナもハルの後ろを付いていく。

「わ、私もデータを……せめてここまでのデータを」

足を震わせながらアンジェとテティの二人から離れた。
途端。
爆破と共に天井が崩れ、部屋が爆炎と埃に完全に包まれた。突然の事態に驚いてリーナは腰を付き、呆然として見上げる。照明が消え、薄暗い瓦礫によってコンピュータが押しつぶされ、埃のベール越しにはモニターの光は見えなくなった。
ハルは緊張した。腰をやや低めに落とし、いつもの戦闘態勢へと速やかに移行していた。爆発の衝撃と轟音で隠れていたが、ハルは何者かの存在を感じ取っていた。

「任務完了」

声が聞こえると同時に、煙が収まっていく。そこには男が一人立っていた。

「テメェ……」

ハルが声を絞り出す。男は一人でその場に立っていた。それまで同じ場所にいたはずの、ハルが連れていこうとした男の姿は無い。だが少し視線を下に向けると、男が倒れていた。頭部に剣を刺された状態で。

「ユビキタスの人間だな?」

ハルが問い掛けるが、男は応えない。ハルは怒りを抑え、冷静に男を観察する。身長はやや長身。一八○cm程度か。金髪は短めで体躯としては細身。マントを被っていて武装の方は分からないが、所々不自然に膨れた箇所があることから複数所持しているとハルは予想した。
一通りの観察を終え、ハルは対処を頭の中に巡らせる。腰のナイフに手を掛け、相手がどう動くか、様子見をとりあえずは選択する。

(どういう手で来るか……)

武器は銃か、剣か、それとも素手か。はたまた何かしらの特殊な武器を持っているのか。能力はラスティングの様な身体系パワータイプか、外界系コントローラーなのか。
男がマントの下に手を伸ばす。両刃の剣を引き抜き、下段に構えたままの体勢で無言で地面を蹴った。

(特段速さは無い。能力を使われる前にケリをつけるか)

ハルに向かって剣を左下方より振り上げる。ハルは瞬時にラスティングを発動し、難なくその斬撃を受け流した。そしてそのまま蹴りを男の脇に向かって突き立てる。
鈍い音が部屋にこだまする。ハルの脚は確かに男にヒットした。だが、男の体はピクリとも動かない。
男は横腹に残るハルの脚を片手で掴む。そして、そのままハルの体全体を持ち上げた。
脚を持った腕を横薙ぎに振るう。腕は風切り音を奏で、次いで破壊音。ハルの体は壁を突き破り足先だけを残して壁の中へ消えた。

「ハルっ!!」

アンジェの呼びかけに反応せず、崩れた壁から破片がパラパラと降るだけ。男は興味なさ気に倒れたハルから視線を外すと、リーナを冷たく見下ろす。

「リーナさん! 逃げて下さい!」

アンジェが呼びかけるも、リーナは震えたまま動けない。カチカチと歯が鳴り、涙で視界が滲む。かろうじて支えている腕も、今にも肘が折れてしまいそう。リーナはこれまで生きてきて、最も強く死を意識した。
剣を握りなおした音がリーナの耳に届く。コツコツと、ブーツが石床を鳴らす。
危険だ。アンジェがテティの元を離れてリーナを助けに行こうと決意したその時、聞きなれたものよりも幾分低い声がアンジェたちの耳に届いた。

「……待てよ」

崩れた壁に手が伸び、ハルの姿が顕わになる。頭部から一筋、赤い血が流れ落ちた。

「生きていたか」
「テメェ程度に殺される程、ヤワじゃねえよ」

首を抑えてハルはコキコキと鳴らす。わずかに歪んだ口は、苛立っているようにアンジェには見えた。

「ここんとこずっと相手がノイマンだったからな。すっかり油断してたよ。テメェ、ロバーだな?」
「さて、な。それを知った所でどうする?」
「確かに。テメェを倒すのにそんな事は関係ねぇしな」

そう言うとハルは左手にナイフ、右手に銃を持ち、そして視線を男から離さずにアンジェへ呼びかけた。

「アンジェ。テティを連れて早く外へ逃げろ」
「でも……」
「早くしろ」

躊躇するアンジェに、ハルは平坦な声で言い放つ。その声色は、アンジェがこれまで共にいて、一度も聞いたことが無いほど感情に色が無くて、どこか恐ろしい。
これまでどんな敵と戦った時よりも。
これまでどんな危機に陥った時よりも。
これまで、どんなに怒った時よりも、恐ろしい。
アンジェは震えた。それは、隣にいるテティにも伝わって、アンジェの腕を強く握った。

「アンジェお姉ちゃん……」
「うん、行こう。他の人も助けなきゃ」

アンジェはテティの手を取り、優しく握り締める。そして、銃声と爆音が飛び交う廊下へと飛び出していった。
男は特に何の動きも見せず二人を見送る。

「あの二人は見逃しても問題無いのか? 問題無いんだろうな。どうせお前の目的は組織の情報漏えい防止と、リーナの殺害だろうからな」
「わ、私の殺害、ですか?」
「ああ、未だ謎が多いユビキタス。だが構成員を一人でも捕まえれば、そこからリーナの技術で情報が奪われる。例え末端でも片っ端から人間捕まえていけば、その内組織の上へ上へと繋がっていくからな。そんな、組織崩壊に繋がりかねない技術を今の段階でまともに扱えるリーナの存在はコイツらに取ってこの上なく邪魔だって事だな」

ま、アタシでもアンタが敵だったらそうするよ。平坦に、ハルはリーナに告げる。
聞かされたリーナは、そんな事考えもしなかった、と今更ながらに自分の持つ技術の危険性に戦く。自分はただ、技術の開発を依頼されただけで、たまたまそれだけの実力があっただけ。自分の創りだしたものがどういう影響を及ぼすかなんて考えていなかった。まさか、こんな事態になるなんて予想もしなかった。ペルトラージュギルト長が自分に護衛を付けたのだって、単なる保険程度にしか思っていなかった。
呆然と、リーナは男とハルを見る。男は無表情に、ハルの方は苛立たし気は鳴りを潜め、いつもよりも視線鋭く互いを見る。

「安心しろよ、リーナ。依頼を受けた以上ちゃんとアンタは守るし、傷一つ付けさせやしないさ」
「大した自信だが、それは不可能だ。ノイマンごときが俺に敵う訳が無いだろう?」
「ごとき、か。そう呼ぶ割には、サリーヴの事件といい、ずいぶんとノイマンの手を借りてるみてーじゃないか」
「アレは我々の同士では無い」
「てことはアンタらに協力してる組織が存在するって事だな?」
「……しゃべり過ぎたようだな」
「女を前にして口説けない男なんて今時流行らないぞ」
「問題無い。ノイマンの女など所詮雌に過ぎないからな」
「言ってくれる。なら――」

瞬間、ハルの姿が掻き消える。男がそれに気づいたのは、すでに自分が壁に叩きつけられた後だった。
蹴り飛ばした脚を下ろしながら、ハルはゆっくり男に近づき、見下ろした。

「考え方を矯正してやらないとな。
テメェが所詮スクラップに過ぎない事を、な?」

ハルは笑顔を浮かべて宣告した。










無料アクセス解析





前へ戻る

次へ進む








カテゴリ別オンライン小説ランキング

面白ければクリックお願いします







SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送