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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved






-7-




山間の道路を一台のバイクが走り抜ける。両脇には青々とした深緑の木々が生い茂り、光と影が交互にバイクを照らす。
ドライバーは短めの黒髪で、ゴーグルを着けていて、そのレンズに周囲の景色が反射していた。バイクの横にはサイドカーが取り付けられ、その中から長めの金髪が風になびき、その髪の持ち主は小柄でちょこんという形容が良く似合っている。

「退屈ですね……」
「そうだな」

だらりとシート上で脱力し、アンジェは空を見上げる。まばらな雲が複雑な模様を描き出すが興味は無い。そんなモンで退屈を紛らわす事は昨日に終わらせた。

「何も無いですね……」
「そうだな」

ガタガタのアスファルトから不規則な振動が二人に伝わる。町に近い所は比較的きちんと舗装はされていて振動は少ないが、少し人里から離れると途端に道路状況は悪くなる。人が居る場所から復興が進められるから当然なのだろうが、少しくらいは直してくれてもいいんじゃないかとアンジェは思う。もっとも、昨日一日中乗っていたおかげですっかり慣れてしまったが。
それでもまだ尻が痛い。隣で運転してるハルはどうなのだろうと思って昨日聞いてみたが「慣れてる」との事。慣れても痛いものは痛い。やっぱりハルの体はどっかおかしいんじゃなかろうかと心のゴミ箱に向かって吐き捨てる。

「景色も変わりませんね……」
「そうだな」
「何も変わり映えしませんね」
「そうだな」
「サリーヴって遠いんですね」
「そうだな」
「私って可愛いですよね」
「そうだな」
「そういうハルも可愛いですよ」
「そうだな」
「自分で言って恥ずかしくないですか?」
「……そうだな」

こんな会話が繰り返されるのも今日一日で何回目か。
二人がクラリエでニーナに別れを告げて早二日。骨董品とも言えるハルのバイクなのでスピードはあまり出ない。田舎道は舗装が不十分で、加えて途中立ち寄った町か村か分からない小さな集落で二人して大量の食事を取る為に一日掛けてようやく目的の半分といった感じであり、かなりのんびりとしたペースでサリーヴへと進んでいた。
出発した日はまだ良かった。バイクに乗るなんて事はアンジェの人生の中で一度もなく、だから全てが新鮮だった。上機嫌にバイクを楽しみ、矢継ぎ早に通り過ぎていく景色に感嘆の声を上げ、見える世界に一々眼を輝かせていた。
だが元々が田舎。小さな家々が立ち並ぶ家が消えて、代わりに青々とした畑が現れる。しかしそれも一時間もすれば緑豊かな森へと変化し、その森は深さを増して日の光さえ遮り始めてその後は全く変わらなくなる。自然、はしゃいでいたアンジェのテンションも次第に落ちていき、ただボーっと景色を眺めるだけになっていった。
が、そこはアンジェ。一人でも騒々しく旅する少女が黙っていられるはずが無い。
したがって先の様なくだらない会話が繰り返され、律儀にもハルが答えるという構図が自然と出来あがっていた。
だが、そうして退屈を紛らわすのにも限界は必ず訪れる。

「うぎーっ!!」

そしてその限界はやはりアンジェの方が早かった。奇声を突如上げて立ち上がるが、ちょうどその時大きく欠けた舗装に差し掛かってバイクが跳ね上がる。道路からの不意打ちにバランスを崩して、当然アンジェは座席に後頭部を強かに打ちつけた。

「……何をしとるんだ、お前は」
「うぅ……」

どう見ても危険極まりない状態だったがハルは冷淡だった。というのもこの愚行でさえすでに四度目であり、二度目まではバイクを止めて慰めていたものの、いい加減にそれにも飽きる。
四度目ともなれば涙目のアンジェを一瞥しただけでスルーし、意識の一パーセントだけをアンジェに割いて残りの九九パーセントで運転に集中する。

「見るだけってひどくないですか?」
「自業自得って言葉、知ってるか?」

ぐう、とうめいてアンジェは前に突っ伏した。

「あーうー暇いですぅー」

座りながら上半身だけ前に乗り出して顎をボンネットに乗せるという、何とも器用な真似をしつつアンジェはぼやく。ハルは軽くため息をつきながらもそれを無視してバイクを走らせていた。が、不意に口を開いた。

「なあアンジェ?」
「なんですかぁ〜?」
「暇を潰せそうなんだがどうする?」

ふぇ?と間の抜けた声を上げたアンジェ。その耳に遠くから低く鈍い音が届き、次第に大きくなってくる。

「バイクの音だな。それも一つじゃない」

バイクを止め、ハルは脇の森の中に足を踏み入れてじっと耳を澄ます。アンジェもハルのまねをして耳を澄ましてみるが、ただエンジン音らしきものが聞こえてくるだけで何の情報も得られない。
だがハルは違った。

「……足音が二つ、いや、一人か。それとバイクが二つ…三台か」
「どういう耳してるんですか……」

ハルは耳の中を掻くと、被っていたヘルメットを外して髪を掻き上げた。そして胸元からシガーケースを取り出してタバコに火を点ける。
しばらくタバコを吹かしながら森を眺め、アンジェもその横でバイクに腰かけて木々の隙間を見ていた。
バイクのエンジン音が大きくなる。低い唸りを上げ、それに混じって男らしき低い声が聞こえてくる。何かを囃し立てるかの様に数人の声が入れ替わり上がり、冷やかす様な声色も混じっていた。

「おいおい、またかよ……」
「えっ?」

ハルがため息混じりに呟いた瞬間、一人の女性が二人の目の前を駆け抜けていった。駆け抜ける、と言うよりも飛び回る、と言った方が近いかもしれない。女性は土と木の根の敷き詰められた地面と木の枝を巧みに使い、平らな地面を駆けるのと違わない速度で木の間を走り抜けた。
その直後、三台のオフロードバイクが女性を追いかける様に通り過ぎる。バイクには不向きな場所のはずだが、乗っている男達は苦にしたようも無く、楽しそうにはしゃぎながら乗っていた。それぞれが剣を手にして。
その姿はアンジェの眼にも入った。彼らはあっという間に、眺めていた二人に気づく様子もなくまた森の奥へと消えていった。
アンジェの足がすぐに彼らが消えていった方に動き出す。膝が曲がり、加速を前に力がこもる。
だが数日前にハルに言われた事が頭によぎった。それがアンジェの足を止める。
すぐさま追いかけたい衝動を堪え、ハルの方を振り向いた。が、ハルはタバコを吸うばかりで動く様子は無い。アンジェは森の方とハルとを幾度も交互に見る。

焦燥がアンジェを襲う。落ち着かない。そわそわと体を揺らしてハルにアピールするが、相変わらず煙を楽しんでいるのか、それとも何かを考えてるのか分からないがアンジェの方を見向きもしなかった。
行くしかない。
アンジェは決意した。ハルにはまた怒られるだろうけど、争いを見過ごすよりはずっと良い。
内心でごめんなさい、とハルに謝りつつアンジェは駆け出そうとした。しかしその肩をハルがつかむ。
放して下さい。
睨むようにしてアンジェはその手を振り払おうとするが、それよりも早くハルが口を開いた。

「行くんだろ、どうせ」
「えっ?」

タバコをもみ消し、ぐるりと肩を回す。軽く屈伸運動をし、首の骨をポキポキと鳴らした。

「勝手に行って暴走されても面倒だからな。アタシも行くよ。やれやれ、保護者役はツライな、まったく」
「……」
「どうした? 早く行くぞ」

口元に小さく笑みを浮かべてアンジェを促す。
アンジェは呆けていたが、すぐに笑って大きく頷いた。
二人は同時に駆け出した。






-8-








オルレアは必死で逃げていた。
アウトロバーにしては軽量な体を生かし、生い茂る木々の間を右へ左へと小刻みに動き、追っ手をまこうと体を動かし続ける。

枝の上に乗り、幹を蹴り、張り出した根を千切り駆ける。その度に灰色のズボンがすり切れ、泥が服を汚していく。
だが背後から聞こえてくるバイクの音も止まらない。下品な笑い声を上げ、しかし巧みにバイクを操りながらオルレアの後ろを走り続けた。枝の多い場所を選んでオルレアも逃げるが、男たちは手にした剣で枝を切り落とし、時には巨木を切り倒しながら進む。さすがに森の中でスピードは出せないのか、オルレアと彼らの距離が縮まる事は無いが逆に広がることも無い。むしろなかなか追いつけない事を楽しんでいる節さえある。

(……違う!)

彼らは追いつけないのではない。わざと追いつかない。距離を保って追いかける事でこちらの逃げる様を嘲笑っている。必死で逃げる獲物の無様さを下卑た笑みと共に楽しんでいた。

(メンシェロウト如きに……!!)


オルレアは激怒した。悔しさに歯を食いしばり、走りながら腕を自らの足に叩きつける事で怒りを紛らわせる。
腕に伝わるのは固い自らの足を構成する金属。この足で奴らを蹴散らせたらどれだけスッキリとするだろうか。
足を止めて奴らと向き合う。そんな考えがオルレアの頭に過る。だが沸騰した頭でもすぐにそれを却下した。そもそもそれが出来る相手ならばこの様な状況に陥ってなど居ない。
泣きそうになる。だがそれは出来ない。泣くのは全てが終わってからでいい。
唇を噛みしめて彼女は逃げ続けた。


ビシェの街にあるギルツェントに要請が来たのはちょうど一週間前だった。
曰く、ソコラの近くに山賊が出ると。
またか、というのがオルレアの話を聞いた第一印象だった。つい一ヶ月前にも別の町に出向いて殲滅作戦に参加したばかりで、武装のオーバーホールも十分に出来ていない。そんなモノはソコラのギルツェントに任せておけ、と言いたかったが、どうもソコラの町のギルツェントでは歯がたたず、田舎町過ぎて報奨金目当てに討伐に繰り出すハンターも居ないとの事だった。
それならばサリーヴに行け、と思ったがそれは無理か、とすぐに思い直す。
サリーヴのギルツェントは腰が重い事で有名だった。
大都市故に犯罪も多く、その取締で大変なことも理由として挙げられるが、何よりも他のギルツェントと協力する事に否定的だった。自分の町は自分の手で守れ、という事なのかもしれないが、これまで一切他の町に出ていく事はなかった。

(だとしたら、もうここしか近くにギルトは無いしな……)

正直、面倒だというのがオルレアの感想だった。ハンターでは無く職員としてギルトに所属している以上、こういった警察活動も仕事の一つだ。そして自分は荒事に従事する戦闘用ロバーとして所属している。とは言っても、彼ら山賊を捕まえたからといって何かボーナスが出るわけではない。オマケに彼らはそれなりの武装をしている場合がほとんどだ。関わりたくないと思うのは自然だろう。
だが、ここに話が来た時点で自分たちが出ていくのはほぼ確定である事をオルレアは知っていた。困っている話が来たらまず断らない、掛け値なしのお人好しの上司がここには居るから。

「ふむ……なら仕方が無いね」

椅子に座って話を聞いていたオルレア。その後ろからの声を聞き、そっとため息をついた。

「どうしたんだ、バーチェス? ため息なんかついてたら幸せが逃げていくよ」
「いえ、何でもありません。ちょっとひどい疲れを感じただけです」

主に精神的に、とは口にしない。
そうか、と特に気にした風もなく現れたお人好し――アグニスは話を促す。

「報告された山賊たちは4名程度で、いずれも剣で武装しています。バイクで村を襲撃しては強奪したり、また山道を通った旅人を襲ったりしているみたいです」
「またメンシェロウトの傭兵崩れでしょうか?」

オルレアは何の気なしにそうアグニスに尋ねた。だがアグニスは軽く息を吐き出すと、諭す様にオルレアに答える。

「何でもメンシェロウトの仕業と決め付けるのは君の悪い癖だ、バーチェス」
「しかし前回も前々回も奴らの仕業でした」
「それでも、だよ」
「特に最近はこちらの方に流れてくる人間が増えてきてます。秩序を維持する為にも国に入国を規制するよう要請すべきだと思いますが?」
「バーチェス」

今度こそアグニスは深いため息をついて、そしてオルレアの正面に立った。
オルレアに比べ、アグニスは頭ひとつ近く大きい。女性ゆえに細身の体と比べ、縦も横もずっしりとした男性戦闘タイプのアグニスが立つと自然と見下ろす様な形になり、重厚感を与える。
しかしアグニスは軽く微笑み、オルレアの肩に手を掛ける。

「何事も一面だけを見てはいけないよ。偏った考えは時として君を間違った方向に導かねない」
「分かっています」
「そうかな?今の君を見てるとそうは思えないよ」

そんな事はない、とオルレアは否定しようとするが、アグニスは背を向け、全員に向き直って一度咳払いをした。

「さて、相手の実力については何か情報は?」
「そこについては何も伝えてきては居ません。何せ目撃情報が少ないらしくて……」

正確な人数もまだ把握できていません。
事務を担当するジェニフの返答にアグニスは一度頷き、顎に手を当てて考える。そして考えが固まったのか、改めてジェニフに訪ねる。

「そうだな……何人くらい今余裕がある?」
「ヴィッツェ、クラーフ、トリエラの三人が派遣出来ます。後、二、三人なら町の警ら人数を圧縮すれば何とか」
「ならバーチェスも合わせて六人で行ってくれ。出発は二日後で宜しく頼む」
「私もですか?」
「嫌かい?」
「嫌ではありませんが……」

言いよどむオルレアにアグニスはゆっくりと近づく。オルレアは顔を上げるがアグニスはその横を通り過ぎる。だがその通り過ぎざまに手をオルレアの肩に乗せる。

「しっかり頼むよ。相手は山に慣れている。くれぐれも慎重にね」

それだけを告げてアグニスはギルツェントの建物を出て行った。


それから一週間後、オルレアたちはソコラの町近くの森の中に居た。
町に着いてからの五日間、六人は徹底的に情報を収集に掛かった。ソコラのギルツェントの人員も数人借りて、付近の町まで範囲を広げて聞き込みを行う。
最年長のヴィッツェの指示だったが、山賊たちに情報が漏れるのも覚悟の上だった。無論出来るだけ慎重に行っていたが、田舎の小さな町ゆえに外部のロバーであるオルレアたちが来たことはすぐに伝わる。
だがそれを考慮しても情報が少な過ぎた。大まかな人数さえ分からず、何処からやってくるのか、武装はどの程度なのか。ギルト側が知っている事は極わずかに過ぎない。山賊たちが襲撃した時に退けるのは、簡単では無いだろうが不可能では無い。ギルトの戦闘要員として皆その程度の自負は持っている。しかし自分たちの目的は対処療法ではなく、問題の根本からの解決。その為の情報との天秤に掛けての判断だった。

「本当にこの先に小屋があるんだろうな?」
「小屋があるのは間違いない。ただそこに目的の奴らが居るかは知らないがな」

数日間の捜査の結果、有力な情報を一行は手に入れていた。
町の南東の森の奥に数軒、山小屋があってそこに不審な連中がまれに出入している、と。
念の為に複数方面から確認を取ってみたところ、小屋がある事はほぼ確定したがそこに出入している人物については結局はっきりとした事は分からなかった。
そうクラーフが告げるが、カールは眉を寄せて怪訝な表情を浮かべた。

「何だそりゃ?」
「仕方ないでしょ? 曖昧な情報しか無かったんだから」
「それで、分かんねえから実際に行って確かめてみようって話になった訳か」
「そうだって今朝言ったばっかじゃん。まったく、相変わらずカールは話聞いてないよね」
「うっせえよ、トリエラ。今朝は寝不足だったんだよ」
「今朝も、だろ」

トリエラがフォーローし、カールが納得したところでジャンが冷たく突っ込む。付き合いの長い三人が集まるといつも騒がしくなる。任務中だ、とオルレアは生来の真面目な性格ゆえに叱責したい衝動に駆られるが、グッと我慢する。三人の方がオルレアよりも年上であり、戦闘能力も高い。
オルレアは未だ騒がしい集団を離れてスッとヴィッツェの横に並ぶ。

「いいんでしょうか?」
「構わんさ。大方向こうにはもうバレてる。森に入る前に妙な奴が入っていくのを見たからな。もしかしたら今俺達がこうしてここにいるのも敵さんの罠かもしれん」
「っ! ならば……」
「危険ではあるが、あまり解決に時間を掛けるわけにもいくまい。それに、罠だとしたら向こうから招待してくれたんだ。なら期待に応えてやるべきだろう。ロバーとして、な」
「罠ならば力尽くで食い破る、ですか」
「そういう事だ。それい、ああ見えてあいつらも警戒は怠ってない。少々騒ぎ過ぎではあるがな」

そう言いながらオルレアの少し前をヴィッツェは歩く。だが、その足が不意に止まった。それと同時にオルレアを除く全員が立ち止まる。
オルレアだけは数歩歩き、ヴィッツェを追い抜いた所で止まった。

「どうしたんですか?」
「……避けろっ!!」

ヴィッツェの元へオルレアは歩み寄る。が、その瞬間ヴィッツェが叫び、オルレアを突き飛ばした。
咄嗟の事にオルレアは対応出来ず、数メートルに渡って転がる。地面を滑るその最中、立っていたはずの地面が弾け、土が舞い上がり全員の視界を塞いだ。
直後、一斉に咆哮にも似た雄叫びが四方から上がる。次々と影から現れる人影。怒号のようなバイクのエンジン音。怒りと憎しみを多分に威嚇と同時に牙を六人に向けた。
崖の上から断続的に襲い来る砲弾。貫通力よりも打撃力に重点を置いたそれは山肌を砕き、粉塵を巻き上げていく。それと同時に一行を分断し、強襲する。

「ちっ!なめんなぁっ!!」

カールも負けじと叫ぶ。斬りかかってきた一人を力任せに弾き飛ばすと、そのままの勢いで蹴り飛ばした。
追い打ちを掛けようと走り寄るが、バックアップに入ってきた男が斬りかかり、かろうじてカールは地面を転がって避ける。
形勢逆転。だがそれも一瞬だけで、トリエラが右腕に装着したガトリングで牽制する。
身を翻してその場を離れる山賊たち。一人は避け切れずそのまま血飛沫を上げてその場に倒れ伏すが、ほとんどは胸当てや篭手などの防具をつけているにもかかわらず、敏捷な動きで森へと一度退散する。ガトリングの弾が木々を穿ち、枝を喰いちぎっていく。
が、次の瞬間には背後からの集団がバイクのまま突っ込んでくる。

「そこだっ!」
「甘いわっ!!」

クラーフが前に出て手に装備していた両刃剣を一閃。鋭利な剣先はバイクを、ハムをスライスする様に容易く切り裂く。
だがそこにライダーは居ない。刃はハンドルだけを二つに別け、空中から低い叫びが降りてくる。
空から振り下ろされる刃。クラーフの頭上に迷いなく迫っていた。

「そっちがな」

しかしそれも妨げられる。
冷徹な声でジャンの蹴りが男を空中で捉える。奇妙なうめき声を上げ、弾き飛ばされた男は森の木々をへし折りながら消えていった。

「体勢を立て直すぞ!
バーチェスは遊撃、クラーフとトリエラはジャンとカールのバックアップに回れ!」

ヴィッツェは大声で指示を出した。皆、大声でそれに答えて体勢を整える。
だがそれも男たちは許さない。
オルレアが動き出そうと、両足のふくらはぎからジェット装置がせり出すが、それを狙いすましたかの如く、空中にロケット弾が打ち上げられる。降下してきた弾頭は空中で弾け、弾幕が降ってくる。
小口径のそれが与えるダメージは生身のメンシェロウトならともかく、皮膚の下に金属をまとうアウトロバーには少ない。それでも足止めには十二分。舞い上げられた砂ぼこりは両目のメインカメラからも相手の姿をかき消す。
バーニアを吹かして砂ぼこりを吹き飛ばした。オルレアたちを覆っていた幕が消え去り、それと同時にオルレア自身も飛び出していく。だが弾幕で抉られた地面の小石の類がオルレアのジェットの中に無数に紛れ込んでいた。野戦用に、ゴミが入っても問題ない作りにはなっていたが、オルレアにとっては不幸な事に、ここ最近で酷使されていたその装置は、一部が動作不良を起こして出力が一気に低下してしまった。
バランスが崩れ、体勢を崩したまま中途半端に飛び出してしまったオルレアに凶刃が一斉に襲いかかった。

「くっ!」

まずい。オルレアは咄嗟に判断してバーニアを全力で噴射する。

(メンシェロウトならば……!)

このまま全力で押し込む。
出力のあるアウトロバー相手なら無理でも、格闘用ではない自分でも、所詮メンシェロウトならば――

「バッカやろうっ!!」

ヴィッツェが叫ぶ。だがオルレアは止まらない。発揮出来る限りの出力を出して加速し、数人の山賊を蹴散らしながら包囲網を打開しようと滑空する。襲いかかる数本の刃をくぐり抜け、正面に立ちふさがる男に向かって備え付けの小さなナイフを突き出した。

「なにっ!?」

正確ではないにしろ、照準はつけていた。狙うは男の腹部左側方。胸当ての下の、防具のない箇所。
だが刃が突き刺さることは無かった。甲高い音を立てて小さな刃が宙を舞う。

「残念でした」

バーニアが切れてもオルレアは男の腕の中に居た。男の脚部からは火花が飛び、焦げ臭い匂いがわずかに立ち込める。ナイフで切り裂かれた服の下からは無数の細いパイプが顔をのぞかせていた。

「アンタら、相当メンシェロウトに恨まれてるらしいな。まったく、人種間の対立ってぇのは根深いモンだね。
ま、ロバーのアンタらを殺すのに、俺みたいなはぐれモンのロバーを雇うコイツらも相当なタマだがね」

男はオルレアの首を鷲掴みにする。そして軽々と持ち上げ、ニヤリと口元を歪めた。そして銃口に変化した右腕をオルレアの口の中に突っ込む。

「あばよ」
「トリエラ!!」
「させないよっ!」

ヴィッツェの叫びに間髪入れずトリエラが応える。背中に抱えていた一際巨大な大砲を力任せに地面に叩きつけると、そのまま手のひら大もある引き金を引いた。
瞬間、轟音が響いて地面が砕け始める。亀裂は広がり、やがて山肌一面を覆っていく。

「もう一丁!!」
「ま、まさか……くそ!やめろォ!!」

自身の足元にも亀裂は広がっているにもかかわらず、トリエラは躊躇いなくもう一度引き金を引いた。
爆音。それとほぼ同時に辺り一面が砕けた。
巨大な地鳴り音と共にポッカリと開いた暗闇。
オルレアたちも山賊たちも、肥大化した亀裂に飲み込まれて行った。




「…うぅ……」

自身を覆っていた瓦礫を押しのけてオルレアは立ち上がる。土埃が彼女の頭から落ち、小さな溜りを形作る。
辺りを注意深く見渡しながら、オルレアは自身の各部にチェックプログラムを走らせる。むき出しだった箇所の表皮が削れ、金属が姿を表しているが稼働に問題は無い。関節部も異常なしとはいかないが、動く分には支障はなさそうだった。
次いで現在地と仲間の位置を確認するべく、衛星に信号を送ってみるがこちらは反応が無かった。森の中にいるので信号が上手く届かないのかもしれない、と少し移動して開けた場所に行ってみるがやはり何の情報も入ってこない。

「壊れたか……」

何度か繰り返してみて、オルレアはそう結論づけた。

「参ったな」

そう呟いてオルレアは手頃な岩の上に腰掛けると、深くため息をついた。
GPSの故障もだが、先の戦闘がひどくオルレアの心に影を落としていた。

「あれだけアグニス部長に言われていたのにな……」

相手を決めつけて見下してしまった結果がアレだ。まさかメンシェロウトの山賊がロバーを雇い入れるとは思ってもみなかった。再度深いため息をつく。
泣きそうな気分だった。ヴィッツェやトリエラたちは無事だろうか。彼らの安否と自身への不甲斐なさが交互にオルレアを揺さぶる。
空を見上げれば遠くから雲の切れ端が見える。冷たい風が吹いて木々が泣いた。
頭を垂れ、うなだれていたオルレアだったが、その耳にエンジン音が聞こえてきた。

「お?一人見っけ〜」

崩れた山肌に響く、場違いに陽気な声。オルレアが振り向くと、三人の男たちがバイクで急な坂を駆け下りてきていた。地滑りを起こした地面を苦も無く走り降りる。それだけでも相当の技術を持っている事がわかる。

「しっかし、アンタらも無茶するね。まさか山肌ごと吹っ飛ばすとは思わなかったよ」
「安心しろ。こっちとしても予想外だった」
「だよね〜。おかげで俺らも巻き込まれるトコだったよ。いや〜アブナイアブナイ」

ま、ボスとかは巻き込まれちゃったけどね。
言いながらケタケタと三人は笑う。

「しかしどうだ? アンタらが見下してる人間に一杯食わされた気分は? 立場が逆転しちまった気分は?」

冷たい汗がオルレアの背中を伝う。相手は皆笑ってはいるが、その眼はタイミングを伺っていて、どうやってオルレアを狩ろうかと思案しているのがオルレア自身にも感じ取れた。
オルレアの方も思考を巡らせる。前へ出るか、それとも退くか。
感情は戦えと叫ぶ。悪は滅せられるべきで、自分はそれが許される立場に居るのだと。何より、ノイマンならいざ知らず、メンシェロウト如きに背中を見せるなどプライドが許さない。
一方で理性は逃げるべきだと諭す。体の各部に不具合があり、加えて自分は直接的な戦闘タイプでは無い。相手がメンシェロウトだが、武装はビーム式マシンガン一つ。こちらを待ち構えていたのだ。ロバーに有効な武器も持っていることだろう。それなりに手練であるだろう三人を相手にして勝ち目は残念ながらほぼ無いと言っていい。
オルレアは三人に背を向けて走り出した。その際にちらりと大量の土砂の山を見る。あの中にヴィッツェたちが居るのかもしれない。気を失って助けを待っているかもしれない。
そう思うと心苦しかった。噛み締めた奥歯が鳴る。それでもオルレアは気持ちをグッと抑えて不安定なバーニアに再度火を入れた。









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