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epilogue 









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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved






「エゴ・ゲファレン・ベルトナ・エオ・カティオ……」

 学校の裏にある人気の無い小高い山の中、目の前の少年二人は、ニヤリと形容すべき何とも言えない気持ちの悪くて気色の悪い、思わずコチラが吐きそうになるか、人によっては殴り飛ばしたい衝動に駆られる様な笑い顔を僕に向けて意味不明な言葉をつぶやき始めた。同時に両手を大仰に左右に開いて、顔は見下した様に侮蔑に満ちている。そしてそれを僕は何をするでもなしにボンヤリとその様子を眺めていた。
 そんな僕を見て少年は――ただ少年と呼び続けるのも面白く無い。せっかくだから「少年A、B」と呼ぼう――僕が唖然としていると映ったんだろうか、笑みをいっそう濃くしていった。彼の名誉の為に敢えて言うとすれば、決して少年Aの容姿は悪くは無い。恐らくは十人並みの僕自身よりは整ってるだろうし、だらしなくシャツを着崩して頭の堅い大人が顔をしかめるだろうチャラチャラとピアスをつけた格好はきっと派手目の女の子にはモテるかもしれない。そしてそれは少年Bも同じだ。
僕が気持ちの悪い、と称したのは笑顔そのものだ。本来ならば笑顔は人をリラックスさせたりだとか安心させたりだとかポジティブな要素をこれでもかと詰め込んだものであるべきで、けれどもこの少年AとBは表情と言葉にいっぱいの悪意を載せて僕に投げかけてる。その中にボジティブな要素を無理やり読み取ろうとすれば出来ないことは無いけれど、この場に置いてそんなものを見出したからといって何の役に立つかと問えば、問われた人は何と応えてくれるだろうか。
そんな事を考えていると二人の詠唱は終わったらしい。
そう、これは詠唱だ。意味不明、とさっきは言ったけれども、それは何も知らない大多数の一般人であればの話であって、この少年たちの想像の中に居る身勝手な僕像とは違って、残念ながら僕は日本でも数少ない魔術を専門に教える魔技高専に通う生徒であるからこの言葉の羅列が意味する所を知っている。
木々の間を風が走ってく。でもそれは自然本来の物じゃない。空間が不自然に歪んでるのが僕には見える。僕等の周り一帯の空気が生暖かく温められて、なのにピリピリとした緊張感を否が応でも感じさせてくれる。
そしてうっすらと彼らの背後に現れる青白い影。少年A、Bと同じ顔でうっすらと笑みを浮かべてくるそれを見て、すでに確信を得ていた確信の度合いを更に強めることができた。
以前ならば空想上でしか存在せずに、男の子なら一度は妄想した事があるだろう架空存在である魔術が現実の技術として確立されてから何年経っただろうか。今日の昼ごはんでさえ何を食べたかすっかり忘れてしまう様なキリギリス程度にも当てにならない記憶力のせいで魔術の歴史を覚えてはいないけれども、さすがにこの、人とは到底呼称できない存在の事は僕であっても覚えている。
魔術を使うために必要なモノ。本来なら人間が成し得ないはずの超常現象を簡単に成し得るために不可欠な多重存在。通称「ドッペルゲンガー」。そいつらの世界に干渉して、普通なら有り得ないことにそこら中の空気が少年Aの手元に集まって行き、彼が叫ぶと同時に僕はその場を飛び退いた。

「エアロ・ハンマー!!」

 何だ、その名前は。あまりにも中学生辺りが罹患する病に満ち溢れた名称に思わず脱力してしまいそうになるのを全身全霊を以て耐え切って着地に失敗するのを何とか免れた。とは言ってもそんな名前を付けるのは魔術が大分身近になってきた今日、珍しくは無いのだけれども。そもそも正式名称からして「ベルトナム・カティオ」と言う、これまた叫ぶのが恥ずかしくなる名前なのだから僕らみたいな中高生くらいの年齢の少年が独自の名称を付けたくなる気持ちも分からなくはない。もっとも、別に術名を叫ばなくても魔術はキチンと発動するのだけれど。
名前はともかくとして、その威力は正直僕らみたいな子供が手にするには不釣り合いなものだ。今だって僕がつい数秒前まで立っていた場所は土が直径五〇センチ程度に渡って抉れているし、詠唱が少し間違っていたにしては十分な威力だ。直撃すれば骨折、頭ならヘタすれば死んでいたかもしれない。

「クソッ、なんで避けやがった!?」
「いや、なんでと言われても……」

 どうやら少年Aは僕が避けたのが大層ご不満らしい。でもそんな死ぬかもしれない攻撃が来ると分かっていて敢えて喰らうほど僕はまだ人生に絶望――していないと言えないけれども、今日この瞬間に初めて出会った全く見知らぬ赤の他人に殺される趣味は今のところ蚤の心臓ほども持ちあわせてはない。

「喰らえよっ! フレイムボール!」

続いて少年Bの詠唱も終わって、さっきまでの生暖かさとは違った空気になる。彼の手の中に真っ赤に燃える小さな火球が現れて、また見たまんまの術名を叫びながらそいつを放り投げてきた。それもまた本来の威力に比べるべくもなくて速度も特別速くはないのだけれど、首を横に倒して避ければ髪がチリチリと焼け焦げて、露出してる部分に当たればただの火傷じゃ済まないくらいには危ない。
そしてそんなものを木々生い茂る山の中で使えばどうなるかというのは自明なわけで。

「ちょっ、おまっ!? 何やってやがるっ!?」

 樹の幹に直撃した火の玉は、不幸中の幸いというべきか樹そのものを燃やすほどの威力は無くて、けれども不幸というべきか四散した火球の一部が地面に落ちていた木の葉に当たって小さく火の手を上げた。それを見て少年A&Bも顔を真っ青にして、慌ててその火の手を消しに走り、当然僕もまた大急ぎで脚で何度も踏みつけて火が大きくならない様に消火に勤しんだ。
高校生が三人、同じ場所で必死になって地団駄を踏んでる光景。第三者から見ればさぞかし間抜けだろうけれど、幸いにもこの場にはすでに僕らしかいなくて、しかも火を消すのに必死でそんなことを気にしてる余裕も無い。
本当に幸いと言うべきか、さして落ち葉が密集していなかったから火がアチコチに飛び火する事は無くて、けれども僕ら一同危うくの大惨事に肝を冷やしたことは事実であり、火が完全に消えたのを見た時は三人揃って大きく安堵のため息を吐き出した。

「テメェっ!! テメェが避けたからもう少しで山火事になるとこだったじゃねぇかっ!!」

 なんという理不尽。そもそも少年Bが考えなしにあんな魔術を使ったのが原因であって、僕はどうすれば良かったと言うのか。とは思うけれども、それを目の前で肩を怒らせて尚もやる気満々の彼らに問うたとしても「避けなければ良かった」という応えが返ってくるのは先ほどの発言からも明白で。
さてさて、どうして僕がこんな場所で「高校生三人の魔術が原因で山火事」なんて世の中の暇を持て余したマスコミが喜び勇んで飛んできそうなネタを提供しかけているかと言えば、別にたいしたことじゃない。ただ単にココで僕と一緒に火遊びをしているこの二人が中学生くらいの男の子をイジメているのを見ていたから。それだけに過ぎない。もっとも、イジメてる方は魔術師の卵で、決して一般人には向けてはいけないと厳しく指導されたはずなんだけれど、どうやら先生方の熱心な教育もこの二人の心には何の感銘も与えなかったらしい。別に僕も感銘を受けた覚えは無いのだけれども。
 「困っている人を助ける」事を座右の銘どころか犯すべからず信条としている僕は、常々「便利屋」として学内の面倒事を積極的に押し付けられる毎日を送っていて、今日もまた誰一人として取り掛かろうとしない生徒会の書類作成を一人寂しく押し付けられていたわけで。その中で黙々と作業していたところ、たまたま窓の外からこののどかな景色広がる裏山を見ていた時にイジメの現場を僕は目撃し、全ての書類をほっぽり出して三階の教室・・・・・から僕は外に飛び出してきたわけだ。
突然とんでもない所からやってきた僕に面食らって固まった彼ら少年A&Bの隙を突いて、無事にいじめられっ子を逃すのに成功した。つまり、僕の最大の目的は問題なく達成されたわけで。

「さて、火も無事に消えたわけだし、それじゃ僕はこの辺で……」
「逃さねぇよ」

 今日もいい事したなーってクルリとお暇させてもらおうかと思ったんだけれども、さすがに見逃してはもらえないらしい。一人が素早く僕の行く手に回りこんで逃げ道を塞いで、それじゃ反対側へと振り返ってみれば、眉間にこれでもかというくらいに青筋を浮かべた少年Bが手ぐすね引いて待っていた。まあそりゃそうだよね。

「僕としてはこのまま穏便に済ませて帰りたいんだけど……」
「まあそう言うなよ。折角なんだからよ、魔技高特任コースのエリート様の魔術講義でもしてくれよ」
「そうそう。在学中は随分とバカにしてくれたよな」

 ブレザーの返り襟の位置に取り付けられた校章の刻まれた真紅のバッジを見ながら二人はそんな僕にぶつけられてもどうしようもない恨み言をぶつけてくる。なるほどなるほど、どうして魔術が使えるのかと思っていたけれども、この二人はウチの学校の卒業生か、あるいは中退した元生徒といったところだろうか。一般人に躊躇いなく魔術を使ったところをみるとたぶん後者だろうけれど。少なくとも魔技高の現役生徒であるならば、性格に難がある生徒が多いとは言え、こんなところで魔術なんて使うことはないはずだ。それくらいにはウチの学校の魔術に対する監視の眼と処分は厳しい。
 国立防衛魔素技術高等専門学校、通称「魔技高」。ある日を境に世界中に現れた魔獣・魔物といった魔術同様に空想上の存在だった生き物たちから自分たちを守るために発展した魔素技術を体系的・実践的に学び、国と国民を守るための人材を育成するというお題目の元、国を守る防衛省と文部科学省によって新規に設立され、内閣府直下の魔素エネルギー庁が管轄するという、政府関連省庁の駆け引きが有り有りと見て取れる我が高校。
設立当初は、誰でも魔術が使えるかもしれないと入学希望者が殺到したらしく、今でもそれなりの倍率となっているけれども、その門戸は非常に狭い。魔素技術は現代社会において最早不可欠な技術ではあるけど、その扱いの難しさから正確にかつ安全に運用されなければならない。だから入試は難関の一言で、ペーパーテストに加えてその才能を認められなければ入学はできない。
その中でも特任コースは選りすぐりのエリート呼べるほど優秀な人材ばかりだ。何せ最初から関連省庁の幹部候補生としての道が定められてるから、学力・身体能力・そして魔素関連技術で生半可な実力じゃここには入れないし、入学後の学習速度も他のコースとは比べ物にはならないらしい。他の進学コースとか就職技術コースの授業を受けたことが無いから分かんないけど。ただし、同時に自主性も重んじられてるから授業のコマ数は少なくて、早めに授業が終わった後の放課後の時間の過ごし方は各々に任せられてる。練習場での魔術練習するも良し、学習ルームで理論や数学とか普通の科目を自習するも良し、鍛錬場で体を鍛えたり武器の扱いを練習するも良し、だ。もちろん自由気ままに遊びまわっても社会勉強の一環としてバイトに勤しんでも問題ないし、部活に精を出しても成績さえ十分なら先生たちも何も言わない。もっとも、赤点でも取ろうものなら即座にコース降格や退学もあり得るのだけれど。
 そして僕こと紫藤ヒカリは非常に不本意・・・・・・ながらこの特任コースに所属している。とは言っても、学費免除であるから声高に不満を口にする事はないけれど。ちなみに名前は高専だけど、在学期間は三年で普通の高校と同じだ。
 繰り返しになるけれど、特任コースは他の進学コースや就職技術コースとは一線を画してる。どのくらい能力に違いがあるかと言えば、魔術なんかを使ってまともに喧嘩をすれば特任コース生にはほぼ絶対に勝てない。幼稚園児が大人に絶対に勝てない様に、蟻が象には絶対に勝てない様にそこには絶壁の高い壁が存在しているというのが学内での共通認識だ。もっと簡潔に言えば、「容易く相手を殺してしまいかねない」のだ。もちろん双方のやる気の問題だったり、魔術なしでガチ殴り合いとかだったらひっくり返る可能性はあるけれど、それにしたってなきにしもあらず、といった感じだろうか。少なくとも僕の認識はそうであり、今の今まで世間一般の共通認識だと思っていたんだけれど――

「ちょうどいいじゃねぇか。いつも偉ぶってる特任コースの連中が本当はどれくらい強いのか試してみたかったんだ」
「二対一くらいじゃウォーミングアップにもならねーかもしれないけどよ、ちょっくら俺らに稽古の一つでもつけてくれねぇかな、『正義の味方』様よ?」

 どうやらこの二人はそんな話を信じてはいなかったらしい。「へっへっへっ」なんてどこかで聞いたことがあるような小悪党じみた笑い声を僕の方へと向けてにじり寄ってくる。
さてさて、これはどうしたものか。僕の目的はあの中学生を逃してやることでしかなくて、それはとっくに達成している。彼らを痛めつける気なんて毛頭どころか原子のサイズほどのつもりもないわけで、そもそもこうして彼らを威圧するのも単なるハッタリだ。おまけに大分時間も過ぎてしまった。急いで戻って仕事を片付けないといけないし、暴力事件なんてことに発展させてしまう気も無い。
何より、僕は魔術が使えない・・・・・・・のだから、それがバレるともっと厄介だ。
どうやって早急にこの場を逃げ出そうかと使えない脳みそをフル活動させてみるけれども、やっぱり使えない脳みそは別に妙案をタイミング良くひねり出してくれるわけでも無い。さすがは僕の脳みそだ。使えない。
もうこうなればミジンコ並みにしかないプライドをかなぐり捨てて一目散に逃走を図ろうか、とクラスメートに知られれば罵倒されかねない案を実行しようかと本気で考えていたその時。

「ウィンダム・ボム!」

 上空から甲高い叫び声。それと同時に僕と少年ズの間にある地面が爆発した。

「なっ!?」

 辺り一帯に爆音が響いて、それなりに踏み固められてるはずの土が天高くまで舞い上がっていった。
当然舞い上がった土は重力に引かれて地面に落下するわけで、そしてその下には僕らが居るわけで。

「くわっ! ペッ、ペッ!!」

 大量の土を浴びた僕らは全員地面から顔を出した土竜宜しく土塗れで、三人揃って口の中に入った土を吐き出す作業に勤しむ事になった。

「まったく、一体誰が……」
「ヒッカリーっ!!」
「ぐえっ!!」

 何処のどいつがこんな真似を、と今度は僕が恨み言を零そうとしたのとほぼ同時。甲高いけれどもちょっとハスキーな僕を呼ぶ声が耳に届いた時には背中から腹に衝撃が突き抜けていった。
息が詰まって思わず咳き込むけれども暴力的な勢いで僕に飛びかかってきたであろう人物は、悶絶して意識を飛ばしかけている僕の様子などお構いなしで薄い胸を背中に押し付けて首元に顔を押し付けてくる。おまけに抱きついた時に回してきた腕が見事に僕の頸動脈と気管と食道を致命的なまでに殺人的に完璧に締め付けてる。

「お待たせっ! 寂しくなかった!? 寂しくなかった!? ボク無しで孤独な時間を過ごして何とも無かった!? ボクはとっても寂しかったよっ! 今すぐにでもヒカリの髪に顔を埋めてペロペロして慰めてあげたくて慰めて欲しいくらいには寂しくて孤独な兎みたく死んでしまいそうなくらい寂しかったよ!」
「わ、分かったから……だから首を締め……」
「ハァハァクンカクンカ! クンカクンカ! クンカクンカ! スーハー! スーハー! スーハースーハー! タマラナイたまらないよヒカリ! ヒカリのこの髪の匂いタマラナイよ! 汗の匂いも最高だよ! ペロペロペロペロペロペロ! 今すぐ食べてしまいたいくらいだ! ハムハム! ハムハム! ああ美味しいよ! もう全部ヒカリをボクの物にしてしまいたい衝動に抗えなくてむしろ抗わなくても構わないよね!? ね!? うんそうしよう! 今すぐヒカリをお持ち帰りィィィィィィ!!」

 何故か平和なはずの学校なのに遠のく意識。ああ、死んだはずの父さんと母さんが満面の笑みで手招きしてきてるよ。

「もう、ゴールしても、いいよね……?」
「いや、ゴールするのはまだ早いからちょっとマテ。スバル、たった二時間ぶりの再会を全身で喜ぶのは構わないが、このままだとヒカリが帰ってこれないからちょっと離れろ」

 もうすぐで楽になれるっていう時になってようやく救いの神が舞い降りたみたいで、千切られそうな勢いで締められた首がようやく自由になる。救いの神はいつだってギリギリのところでしか助けてくれなくて、そこに全力で文句を言いたくはなるけれどそれは在りもしない偶像を愛でるくらいには愚かな行為であることは明白であるから心の中にそっと仕舞っておく。
全力で新鮮な空気を吸い込んでようやく白くなってチカチカしてた視界が元に戻る。そして後ろを振り返って助けてくれた長身のクラスメートに礼を言い、反対に僕を哀れな窒息死体に変化させかけていた、今はネコよろしく首を掴まれてダランと宙に吊るされてるもう一人のクラスメートに非難がましい視線を送ってやる。

「サンキュ、ユキヒロ。いつものことながら助かったよ」
「別に構わないさ。お前が居ない時にコイツの面倒を見るのはオレの役割だしな」
「あっははー! メンゴメンゴ! もうヒカリの事が大好き過ぎて大好き過ぎて愛情が溢れてしまった結果なんだよ。許してよ」

 少しズレた黒縁のメガネの位置を直しながら長身のクラスメート――染矢・ユキヒロが冷静に、どこか皮肉っぽく返事をしてくる。痩せぎすで「ゴハンちゃんと食べてる?」って疑問を呈したくなるくらいに細いんだけど、それが落ち着いた雰囲気とよくマッチしてると思う。そしてその雰囲気の示す通りユキヒロは僕の周囲で数少ない常識人である(と思うので)から、今も当たり前の様にスバルを細い腕で吊るしあげてるけど、非常識人たちの振る舞いに苦労してるんじゃないかと考えると涙を禁じ得ない。
そしてこの問題児はと言えば――

「なあ、一つ聞いていいかな?」
「んー、何かな?」
「どうして服を脱ごうとしてるんだ?」
「ボクの深いふかーい反省の意を身を以て示そうかと思って」
「おいバカやめろ」

 最早何を言っているのかが理解できない事をさぞ当たり前の様に口走ってるのは小鳥・スバル。コイツもまた僕のクラスメートであり、そして同時に付き合いが十年以上になるいわゆる幼なじみと言う奴だ。耳が隠れる程度の長さの髪の毛を茶色に染めて、パッチリとした二重の眼に何故か疑問の色を浮かべて見つめてくる。小柄だし、元気な奴でもあるので特任コース以外の生徒には男女問わず人気が高くて、よく頻繁に告白されてる姿を見かける。実際付き合いの長い僕もスバルの容姿についてはつい見惚れてしまう瞬間が全くないかといえば嘘になる。そのくらいには十分すぎるほど可愛いとは思うし、まして些か、という言葉では不足するくらい、時々今のように生命の危機を感じてしまうくらいにはまっすぐに好意を向けてきてくれるのは素直に嬉しいと思う。
けれど。

「あ、もしかしてついに僕の想いを受け入れてくれる気になった? いやー嬉しいよ! ヒカリと出会って十余年! やっとヒカリのお尻の穴をボクの物に」
「それ以上はいけない」

 コイツは男だ。
どれだけ見た目が可愛らしいとしても男であり、例えどう贔屓目に見ても女性にしか見えなくても何処まで行ってもスバルは生物学上男でありそして僕もまた男である。
誤解無いように述べておくと、僕はスバルがどういう性癖であろうとも軽蔑する気は一切無いし、スバルから向けられる気持ちは嬉しいし僕の励みにもなっている。けれどもスバルには申し訳ないけれども僕自身はノンケであり、スバルは昔からの親友としか見れない。だから僕は僕のケツを差し出すつもりは毛頭ないのだ。

「な、何なんだよテメーらは!?」
「あ、ゴメン、忘れてた」

 すっかりスバルの奇行に気を取られてこの二人の事が頭の中から消去されてしまっていた。やっぱり普段から頭を使うように心がけないとダメだ。記憶力が日毎に低下していってしまう。

「ねーねー、ヒカリ。この二人は誰? 放課後にこんな人気の無い山の中で密会なんて……ハッ! まさか浮気!?」

 ちげぇよ。

「そんな嬉し恥ずかしい関係じゃないし。ていうかお前ともそんな関係でもないし」
「えー、ボクとヒカリの仲だよ? こんなにも身も心も捧げてるっていうのに否定しないでよ」
「心はともかく身は捧げてもらってないから」
「じゃあ今からでも……」
「それはもーいい。ていうか、今そんなバカやってる状況じゃ……」
「コッチを無視してんじゃねぇっ!」

 ああ、ほら。置いてけぼりを喰らってる彼らがお怒りになっちゃったじゃないか。

「まーまー、そんなに怒んないでさ。ほら、僕らはこんな文明を築き上げた人間同士なんだし話せば分かる……」
「ざけんじゃねぇっ! 散々舐めた真似しやがって! ぶっ殺……」
「――、――」

 少年Aがいきり立って何やら物騒な事を口走りかけたけれど、彼ら二人の間を一瞬で何かが通り過ぎていった。そして僕らの正面、つまりは彼らの後ろ側でメキメキと音がして、僕ら二、三人分もあろうかっていうくらいの太い木が倒れていった。

「で、何だって?」

一瞬で詠唱を終わらせたスバルが掌を少年ズに向けて朗らかに笑いかけた。顔はまさに満面の笑みと例えるのがきっと正しいのだろうけれど、僕からしてみればあまり凝視したくはない笑顔だ。端的に言えばキレてる。普段はのほほんとしてマイペースなスバルだけど、時々こんな風に一瞬で機嫌が豹変する。たちの悪いことにそんな時ほど笑顔満点だから、少々鈍感な相手だとスバルの状態に気づかずに状況はますます悪化してしまう。
もっとも、彼ら二人は不幸中の幸いにして空気は読めたみたいで。

「いや……ナンデモナイッス」
「そう? じゃあもう良いかな? この後スバルと大切な時間を過ごすからさ?」
「そういう言い方は止めろ。誤解を招きかねない……」
「失礼しやしたーっ!!」

 僕の抗議を振りきって少年ズは一目散に走って逃げてった。どうしてくれる。これで噂が学校中に広まったら……まあ、別に気にする必要ないか。どうせ僕の評判なんてゴキブリみたいなもんだし。
学校における自分の現在地点を再認識して若干ブルーな気持ちになるけれど、そこを今更気にしても仕方ない。ため息を一つ盛大に吐き出して気持ちを切り替えて、スバルとユキヒロに向き直った。

「それで、こんなトコまでやってきて何か用でも?」

 そう尋ねると、ユキヒロは「ああ」と今更用件を思い出したように頭を掻いた。

「これからちょっとサクラ町の方に遊びに行くって話になってな」
「今晩はボクらが見回り当番じゃない? だからそれまでカラオケでも行こっかと思ってさ。でさ、そこにヒカリを誘わないなんて選択肢なんて無いわけだよ、ボクにとっては」
「……カラオケ以外の選択肢は?」
「ふっふー、無いよ? あ、でもホテルに連れてってくれるん」
「行かせて頂きます」

 ザ・土下座。大切なものはまだ失いたくない。
正直僕の歌は上手くないけれども「いや、上手くないってレベルじゃないだろ」訂正、どうやら僕は歌が絶望的にヘタらしいんだけど、何故かスバルは僕の歌をやたら聞きたがる。純粋に歌を楽しんでくれてるならばまだ僕としても救いようがあるんだけれど、歌を聞いてる時のスバルの嬉しそうな禍々しい笑顔を見てるとそうは思えない。だから出来ればカラオケは遠慮しておきたいんだけれど、それでもまあ皆が楽しんでくれるのであればまあ良いかとも思うけど。
で、僕らはこうして大体いつも一緒に行動してるわけだけれども、ここには居ないもう一人が僕らのグループには居て。

「そういえばタマキは?」
「アイツは授業が終わった途端小等部校舎の方に消えてったよ」
「小等部? なんでまた?」
「さあね。可愛い転校生でもやってきたんじゃないか? いつものように情熱を撒き散らしながら走ってったからね」
「鼻から?」
「鼻から」

 とりあえず念の為にユキヒロに確認してみたけれども予想通りの回答。僕とユキヒロは二人揃って顔を見合わせて、思わず揃って大きなため息をついてしまった。ただ一人、スバルだけは分かってないように可愛い顔で首を傾げてるけれど、コイツはわざとそういう顔をしてるから除外だ。
朝霧・タマキ。僕ら魔技高専の顔である特任コースの生徒、つまりはユキヒロ、スバルと同じく僕のクラスメートであるわけで、スバル同様に見目麗しい、スバルの似非美少女とは違って見た目だけは・・・・・・正真正銘美少女だ。
アイドル顔負けの容姿だけあって彼女は入学当初から学校中の注目の場所で、冷やかしやら一目惚れやらで早々に告白の嵐だったんだけれど、まあ当然の如く振られていったらしい。でも告白に失敗したにも関わらず誰もが安堵のため息を吐いていたり妙に逆上してたりあるいは髪の毛が焦げて爆発コントみたいな髪型になってる人と様々だった。それに一部やたら興奮して悶絶しながら「もっと、もっと……」とうわ言のようにつぶやき続けてる人もいたし。
 まあそれでもクラスメートだから僕らは自然と付き合いができてくるわけで、それで彼女の人となりを知っていって何となく告白失敗者集団の真相を理解できたわけで。
 とりあえずここでは彼女は色々と残念な人間だったと言っておこう。見た目が図抜けて良い分なおさら性質が悪いというか。

「まあアイツの事はどうでもいいさ。どうせ先生たち警備隊に放り出されて戻ってくるだろうしな。それより、ヒカリの方こそ何してたんだ?」

 ユキヒロに聞かれて、僕は先程の少年ズとの止むに止まれぬ事情をありのままに話して、そこでようやく本来の僕の仕事の事を思い出してしまった。しまった、まだ書類作りが終わってない。腕時計を見てみればすでに本来立てていた予定時刻よりもだいぶ遅くなってしまってるし、かと言ってカラオケにも行くって言ってしまった。
さて、どうしたものかと頭を抱えてみるものの、今更頼まれたものを放り出してしまうわけにもいくまい。信頼……はたぶんされてないだろうけれど、これまで頼まれ事はずっと責任を以てやり遂げてきたつもりだ。なにより途中で投げ出してしまうのは僕の流儀に反する。
さりとてスバルとの約束を果たしつつ元々の仕事をこなすなんてスーパーマンな能力は僕にも無いわけで、仕方ないからこの後のスバルの反応を脳内で予想しつつも事情を話してみた。

「えーっ! そんなぁー!」

 案の定ゴネられた。

「そんなもん生徒会の仕事じゃん! なんで生徒会でも委員会の役員でも無いヒカリがやってるのさ!」
「そりゃぁ……頼まれたから」

 そこ。何でそんな「ああ、また……」みたいな顔をするかな?

「だってヒカリいっつも誰かの頼まれごと引き受けてるじゃん」
「いつもって、別にいいじゃないか」
「ヒカリの場合は引受ける数が度を過ぎてるからな。お前、この前もサッカー部の練習試合に駆り出されてたろ?」
「体動かすの好きだし」
「朝に横断歩道の交通整理員もやってたよね?」
「いつもの権田さんが腰を痛めたらしいから」
「そういえば一年生のテストの採点とかも昨日してなかったか?」
担任ユカリちゃんから死にそうな顔して頼まれたから」

 淡々と答えたつもりなんだけど、そしたら二人共揃って深々とため息を吐かれた。何故だ。

「人の趣味にケチをつけるつもりは無いんだがな……」
「もうっ! ヒカリは頼まれたらなんでもかんでも引き受け過ぎっ! そんなだから皆に『便利屋』なんて呼ばれるんだよ」
「結構気に入ってるんだけどな、その呼ばれ方……」

 というか、スバルもユキヒロも何にそんなに思うところがあるのかが良く理解できない。

「皆忙しくて他の事をしたいのにできなくて、でも特にやることの無い暇な僕が肩代わりすることでしたいことができるならそれでいいだろ?」

 どうせ僕は特にやりたいことがあるわけじゃないし。むしろ挙げるなら僕は人助けがしたい。
 困っている人が居て、それを助けるが居て。
僕が頑張れば助かる人が居る。僕が代わりに引き受ければやりたいことが皆できる。やりたくないことから解放されて、嫌な時間、辛い時間を少しでも短く出来る。例えやりたいことが単に遊びたいだけでも、それで楽しい時間を過ごせれば、それはそれでいい。僕一人が少しだけ大変な時間を過ごせば他のみんなが助かるんだ。
そもそも、僕自身大変だとか辛いだとかそんな事は思っていない。逆に皆の手助けが出来て、「便利屋」なんて呼ばれてるけどそれはその名前が定着するほど皆が僕の事を頼りにしてくれてるんだと思う。だとしたら、僕にとってこんなに嬉しい事は無い。

「困ってる人は助かって嬉しいし、僕も手助けができて嬉しい。いわばWin-Winの関係だからさ、二人が僕の心配をしてくれるのは嬉しいけど気にしなくていいから」

 議事録から顔を上げて二人に向かって安心させるつもりで笑ってみせる。でも二人はさっきよりもいっそう深いため息を吐いて頭を抱えた。

「これは重症だな……」
「今更だけどね……処置なしかぁ」

 ひどい言われようだ。まあどう言われようとも僕は僕であることを辞めないけど。

「でないと僕は……」

 何気なく口にしてしまいそうなその先をかろうじて飲み込む。つまらない話なんて友達に、むしろ友達だからこそ聞かせるべきでないし、負担も掛けたくない。掛けてしまえば、それはきっと僕の身を滅ぼしてしまう。
二人に向かって苦笑いを浮かべながら、僕は残りの作業に集中すべく意識を紙面へと向けた。











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