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epilogue 









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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved






 さて、スバル達に遊びに誘われたわけだけども、結局僕は断った。いや、断ったというのは正確じゃないか。二人には先にサクラ町へと向かってカラオケボックスに入室しててもらって、僕は今抱えてる仕事が片付き次第――多分あと一時間後くらいだと思う――合流するって形にしてもらった。
もちろん一刻も早く僕と遊びたくて、そもそも僕の便利屋稼業に(金は稼いでないけれど)反対らしいスバルはグズったし、ユキヒロもまた快くは思ってないので渋い顔をしていた。その上でユキヒロは手伝いを申し出てきてくれたけれど、そっちは固辞させてもらった。
大した事ない仕事だけど、これは僕が副会長から直々に引き受けたものであってスバル達には関係が無い。せっかくの放課後の貴重な時間。それを僕が勝手に引き受けて僕が好きでやってる事の手伝いで浪費させてしまうなんてもったいない。それこそ冒涜。彼らはもっと自分の時間を大切にするべきで、僕なんかに構うべきじゃない。
もちろん僕はスバルとユキヒロ、それにタマキが友人と思ってくれるのはこの上なく嬉しくて僕は幸せだと思うし、手伝いを申し出てくれたことも飛び上がるほど嬉しかった。でも同時に僕に構ったせいで他のやりたいことが出来ない、なんて事になったらそれは僕にとっては非常に辛いことで、身を切り刻まれる様な想いに駆られてしまう。
自分勝手な思いだけれど、ここは僕としても譲れないところだ。頑固かもしれないけれど、でも二人はたぶん僕がこの点に関しては引かない事を理解してくれてるみたいで、残念そうな表情を浮かべていたけれど最後には快く僕の提案を了承してくれた。それはそれで二人をガッカリさせてしまったので胸が痛むのだけれど。なんというダイレンマ。
キリキリと痛む胸を我慢しつつ二人が居なくなった教室で一人黙々と作業を進めていく。一時間、と二人には告げたけれど、ここは彼らの期待に少しでも応えるために一刻も早く作業を終わらせてしまおう。
そうした決意の元、一心不乱に手を動かし頭を動かして最後の一枚をまとめ終わって僕はシャープペンを机の上に放り投げた。しかし、よくよく考えたらなんで僕は手書きでやってるのか。このご時世、パソコンを使えばもっと綺麗で早く出来上がるのに、と一人愚痴りたくもなるけれども仕方がない。そもそも生徒会はやる気が無いし、生徒会であるのに校内活動の予算管理はしていないのだから。ただでさえ学校全体が金を食うのだ。少しでも予算を削るべく大して仕事をしない生徒会の予算をケチるのは当たり前の話か。

「さて、と」

大きく背伸びをしてポケットから携帯を取り出す。時間は、スバル達と別れてから四十五分といったところ。急いだ甲斐があって結構時間を短縮できたみたいだ。
んじゃこれから急いでサクラ町に向かうとしようか。場所はそういえば知らされてないけれど、たぶん前に行ったカラオケボックスだろう。そこなら全力で急げばここから十五分くらいで到着できる。乱雑に散らばっていた議事録を机上でトントンと束ねてクリップで留める。それを紙で雑で書かれた「会長席」の札が張ってある机の上に置いて教室を出ようと携帯を手に取った時、着信を知らせるランプが点滅していたのに気づいた。
折りたたみ式のそれを開いて確認するとメールの着信だ。送信者はユキヒロで、タイトルは「体育館裏で待ってる」だった。もうすでにサクラ町に向かったと思ってたけど、何かあったんだろうか?僕の胸中に不安が過る。残念なことに僕ら四人は教師を始め、先輩に他コースの人間にと絡まれる事が多い。あまりに多いから大概のケースは対処法をすでに確立してしまっているけれど、丸く収まらない事も多々ある。何事もなければいいけれど、と思いながら返信を後にしてとりあえず指定された場所へと向かった。
何故かメールには体育館裏へのルートが書いてあって、素直にその通りに少し駆け足で進んでく。下駄箱で靴を履き替え、まっすぐに体育館へ向かうのとは逆の方向。ただでさえ人気の少ない陽の当たる場所から校舎の影に紛れる様にして体育館裏へ。何となく足音を消して気配を薄くする心持ちでそろそろと近づいていくと、果たして、壁の脇から何かを伺い見てるユキヒロの姿があった。

「ユキヒロ」

 ユキヒロを小声で呼ぶ。と、僕の方をメガネの奥の眼を見開いて見てきた。

「早かったな」
「二人を待たせるのも悪いと思って急いだから。それよりどうしたのさ?」

 尋ねるとユキヒロは黙って覗いてた方向を親指で指した。
それを受けて僕も少し身を乗り出して壁越しに指し示された方向を見て、なるほど、と納得した。
視線の先でスバルが一人の女の子と見つめ合っていた。いや、見つめ合っていたっていうのとはちょっと違うな。スバルは笑顔を浮かべてはいるけれど、あの表情はすごく不機嫌だ。もう随分と長い付き合いだから分かる。顔は女の子の方を向いてるけれどその実たぶんどっか別の方を見てる。熱っぽい瞳で見つめてるのは女の子だけだ。
繰り返しになるけれどスバルの見た目は抜群に良い。小柄な体躯や長めの髪と中性的な顔立ちのせいで女性っぽく見えるから男らしさを求める人の食指は動かないだろうけれど、可愛いから学校の女の子たちからの人気は高い。まして特任コースだから将来も有望。もしスバルの性癖を知らなかったら超優良物件という評価が最適だ。ま、もうすでに特任コースは元より学校中でスバルの趣味は知れ渡ってるからほとんどスバルに告白する人は居ないんだけど。
でもまだ時々こうしてスバルに惹かれて気持ちを伝えようとする人は完全には絶えない。それは現在のスバルの愛情の矛先が非生産的で意味が無いから自分に方向修正してあげようという、親切心と自尊心と過剰な自信に溢れた産物なのか、それともただ単純にスバルの事を知らないのか判別は僕には不可能だけれど、いずれにしても今スバルと向かい合ってる彼女はどちらだろうか。

「バカと無知のどっちと思う?」

 楽しげに頬を歪ませてそう聞いてくるユキヒロの頭の中にはきっと僕と同じ二択が浮かんでるんだろうけれど、僕には応えられない。彼女がどういうつもりかは分からなくてもスバルの向ける感情は確かに本物で負の感情は無くてスバルを想っているのだろうから、そこに例え僕が不満を持っていたとしても批判や悪意を向ける資格は無い。ただ見守るだけだ。

「えっと、それで何の様かな? 僕らはこれから遊びに行こうと思ってるんだけど?」

 風に乗って聞こえてきたスバルの声は木陰の風と同じ様に冷たい。女の子は告白対象を前にして緊張してるんだろうけど、どれだけああやって無言で向かい合ってたんだろ?
スバルの不機嫌さが伝わったんだろうか、女の子は進学コースに在籍してる事を示す緑色のリボンが結われた胸を一度大きく反らせて深呼吸して、ここまでハッキリ聞こえてくる程度の大きな声を発した。

「あのっ! えっと……私は小鳥くんの事が好きです! 付き合ってください!」
「却下」

 はやっ! 告白からゼロコンマ五秒。これまで幾度と無くスバルの被告白シーンを見てきたけれど最速記録更新かもしれない。でも断るにしてもせめてもう少し躊躇うなりなんなりしてほしいと思うのは僕だけか。僕だけだ。ユキヒロは声を殺して爆笑してるし。この悪人め。
 それでも女の子はめげないらしい。あまりの瞬殺に呆気に取られてるけれど、ブンブンと頭を振って気を取り直して、何とか糸口を見つけようと会話をつないでる。その必死な姿勢が見てるコッチにも伝わってきて、他人事ながらスバルに「付き合ってやれよ」と言いたくなってくる。もっとも、実際に口にはしないけれど。
だけどもスバルも面倒くさくなってきたのか、あからさまにため息を吐いて会話を途切れさせてしまった。

「申し訳ないけどさ、もういい加減諦めてくれないかな? ていうかさ、この前もボクは断らなかったよね?」
「うん、断られた。でも、やっぱりそれでも諦めきれなくて……前の時はボソボソっとしか話せなくてハッキリ気持ちを伝えられなかったから。だからもう一度気持ちを伝えたくて」
「それでまたボクを呼び出したってこと?」
「はい。何度も小鳥くんには脚を運んでもらって申し訳無いと思ってる。けど、やっぱり後悔だけはしたくないから……」

 女の子はスバルを見て自分の気持ちを伝えた。男としては小さい体躯のスバルよりもまだ小柄なんだけど、勝ち気な性格を思わせる彼女の眼からは何て言われても引かないっていう様な真っ直ぐな気持ちが遠目にもよく分かる。僕だったらその強い気持ちに折れて、例えその気が無くても彼女の気持ちを受け入れてしまいそうだ。
でもまあ。

「何度言われてもボクはユズホちゃんの気持ちに応えるつもりは無いから」

 現実は甘くは無いわけで、傍目に見てる僕もユキヒロもスバルがそう応える事は分かってる。僕が誰かの頼まれ事を頑固にも断らないのと同じようにスバルもまた頑固で、同情とか情けとかそういった事に流されるのを極端に嫌う。
女の子――ユズホさんも何度アタックしてもダメな事はきっと最初から分かってたんだろう。少しの間顔を伏せていて、ようやく上げた顔には涙が光ってたけれども、どこか晴れ晴れとした表情だった。

「うん、分かった。ゴメンね、時間取らせてしまって。でも、未練がましいって思うかもしれないけど、私は諦めたわけじゃないからね? まだほとんど話もしたことないけど、でも本当に私は小鳥くんの事が好きなんだから。だから、いつか絶対に小鳥くんを振り向かせてみせるから」
「……謝罪は受け入れるよ。そしてユズホちゃんの気持ちを受け入れる事はできないけど、気持ちまでは否定しないから」
「……ありがとう。けど同情はしないで。惨めになるから」
「そんな失礼な事しないよ。これは……同情というよりも共感かな。ボクも叶わぬ恋をしてるからね」
「えっ!? そ、そうなの?」

 ん? 何だか話が妙な方向に進んでる気がするのは僕の気のせいだろうか。ユキヒロの顔をそっと伺ってみれば、面白がる様に口端を歪めてスバルたちじゃなくて僕の方を見てるし。

「そうなんだよ。もうずっと何年もボクの気持ちを伝え続けてるんだけどね、頑なに受け入れてくれないんだ」
「ひど……ううん、そうなんだ。小鳥くんもずっと片思いをしてるんだ……」
「ホント、ひどいよね。こんなにボクは魅力に溢れてるっていうのにさ」
「ふふ、すごい自信だね? でも小鳥くんが言うと嫌味に聞こえないから不思議」
「そりゃもう! これでも振り向いてもらえるようにずっとずぅーっと自分を磨いてきてるからね。その結果ユズホちゃんみたいに色んな可愛い女の子ばっかが魅力に気づいてくれてるのに当の本人は全然だからね。やんなっちゃうよ」
「へえぇ……その人は相当鈍いんだね。でもそんな小鳥くんが惹かれるくらいだから物凄い美人なんでしょ? 会ってみたいなぁ」
「フフフ、会ってみる?」
「え?」

 うん、マズイ。この話の流れはマズイ。
身の危険をビンビンと感じて面倒事に巻き込まれる警報がウィンウィンと鳴り続けてて、だから僕はその警報音に素直に従ってそろそろと後ろに退がっていく。

「おっと、逃がすわけにはいかないな」

 けれども僕の動きを察知してたユキヒロに後ろから羽交い絞めにされて動けない。

「は、図ったな、ユキヒロ!?」
「いっつもヒカリはスバルには迷惑かけてるんだから、たまにはアイツの役に立ってくればいいさ」
「それじゃ紹介しまーすっ!! この人が僕の大好きな彼でーす!!」

 どう聞いても紹介出来て嬉しくて仕方がないって声色でスバルが叫ぶと同時に僕の体がフワフワと持ち上がっていく。僕がどれだけジタバタと手足を動かそうとも空気を蹴って体が前に進むわけも無くて。

「クソッタレ! 覚えてろよ、ユキヒロっ!!」
「はいはーい、いってらっしゃい」

ドナドナを楽しそうに歌いながら手を振って見送るユキヒロにこの恨みをどう晴らさでおくべきか頭を悩ましながら、かつ更に尻の穴の心配してただゆったりと揺られて僕はスバルの元屠殺場へと送られていった。何気にこの「レヴィテト」を無詠唱で行使するのって凄いはずなんだけど、もう少しスバルは魔術の使い所を考えるべきだ。

「はい! この人が僕の好きな紫藤ヒカリでーすっ!」

 スバルが魔術を解除してストン、とユズホさんに向き合う形で強制的に紹介される。もちろんユズホさんはまさかスバルの好きな人が僕みたいな冴えない「男」だとは想像していなかったに違いなく、現に今も口端を引き攣らせて僕とスバルの顔を交互に見比べてる。

「ど、どうも……紫藤です」
「あ、ハイ、ど、どうも……」

 告白して振られた女性と、尻の穴を常に一方的に狙われてるノンケ男が今、出会った。
 これから一体どうしろと?
恐らくは目の前のユズホさんと初対面にして完全なる意見の一致をみせた瞬間だと思う。

「えへへ、かっこいいでしょ? でしょ? もうね、ヒカリとは十年以上の付き合いになるんだけどね、昔からずっと困ってる人を助ける正義の味方みたいな人でさ、かく言う僕もヒカリに随分と助けられたんだ。困ってる人の所に颯爽と現れてはあっという間に皆を笑顔にしてしまうその姿はもーうカッコよくてさ!」
「えっと、小鳥くん?」
「ん? 何かな? あ、たぶん大丈夫だと思うけどヒカリはユズホちゃんにはあげないからね!」
「小鳥くんは、その、男の人だよね?」
「そーだよ? だからユズホちゃんも僕に告白してきたんじゃないの? あ、もしかして僕があまりにも美少女っぽいから女の子だと勘違いした?」
「え、いや、勘違いはしてないけどまあその、可愛いから惚れたのはそうだけど……コホン、えっと、この、紫藤くん? も男の人に見えるんだけど……」
「うん、そだよ?」

 スバルは「何言ってんの?」とでも言いたげに首を傾げてるけど、ユズホさんの反応は断じて間違ってない。初見の人の反応はほぼ百パーセントこの反応するからな、スバル。あと、百歩譲って嬉しそうに僕の腕にしがみつくのはいいとして、右手でサワサワと僕の尻を触るのはやめてくれ。

「だってヒカリのお尻とかって何か触り心地がいいんだもん。あ、でもボクだけ触るのは不公平だよね? さあ、どうぞ」

 断固たる決意を以て遠慮させてもらう。ナチュラルに人が自分と同じ趣味だと誤解させるんじゃない。
そんなやりとりを他所に、ユズホさんは「なんてこと……」って呟きながらこの世の終わりかはたまた冒涜的な何かを目撃してしまったかのように絶望を全面に押し出した表情でヨロヨロと後ずさると、跪いて全身で項垂れた。

「そんな……小鳥くんがソッチ系の人だったなんて……これじゃ私が二人の間に割って入る余地なんてないじゃない……」
「出来れば真っ二つに割って入って欲しいんですが」
「ううん、私から見ても二人はお似合いだもの……諦めるのよ、ユズホ。こうなったら二人の幸せをそっと草場の影から見守るのがいい女ってものよ」
「さっき絶対に諦めないって言ってませんでしたっけ?」

 しかも勝手に死なないでください。

「それに美少年二人……コレはコレでいいかも」
「おいちょっとマテ」

 ホロホロと涙を流しながらも何を想像してるのか頬を赤らめてイヤンイヤンと頭を振るユズホさん。何だかんだで実はこの人余裕あるんじゃないだろうか?
 人の話を全く聞かない二人バカに囲まれて僕は一体どうすればいいんだと頭を抱えていたけれど、不意に微かな大気中の魔素の変化を感じた。
さてさて。魔術とは簡単にいえば世界への干渉だ。科学技術は物理法則に則って様々な現象を引き起こすけれども、魔素技術は魔素という、かつては人類が認識していなかった要素を介して物理法則そのものに干渉すると言えばいいだろうか。魔素は基本的には「ドッペルゲンガー」と呼ばれる魔術師の二重存在のみが干渉できて、魔術を行使すれば魔素はいわゆる「励起」状態という、微かに熱を帯びた様な、まるで空気が粘っこくなった様子に変化する。
それは本当に微かな変化みたいで、普通の人は感じ取ることはできないらしいんだけれども、僕はどうやらそこら辺の感覚が人より優れてるみたいで、もちろん近くでという制限はあるけれども誰かが魔術を使おうとすれば感じ取ることができる。
僕は上空を見上げた。さっきみたいに学外ならいざ知らず、まさか学校内で許可無く魔術を使うなんて人が居るとは思えないけれども楽観はできない。逃げ帰った彼らがお仲間をわんさか引き連れてお礼参りにやってきた、なんて可能性も無きにしもあらずなのだから。
突然警戒を顕にしだした僕に触発されてか、スバルも僕の腕から体を離して空を見上げる。ユズホさんはどうやらまだ自分の世界から帰ってきてない様子。思ったよりこの人は幸せな人生を送るのかもしれない。

「……ぉぉぉぉぉぉぉのぉぉぉぉぉぉっ!!」

 校舎の窓から飛び出した影。小さなそれは姿を次第に大きくしていって、それに伴って微かだった叫び声みたいなのが徐々に大きくなっていくと同時に、僕はその影が何であるのか悟ってしまった。
非常に残念だけれど。
 警戒を解いて緊張した空気を肺から吐き出してしまう。そしてこの後起こるであろう出来事に巻き込まれないようにASAPで可及的速やかにスバルから離れる様に一歩だけ後ろに下がった。

「ばぁぁぁかちんがぁぁぁぁぁっ!!」
「ごるばちょふっ!!??」

 そして飛来物タマキは着弾した。校舎の四階から颯爽と飛び立つと、自由落下に等しい速度で制服のスカートが小学生が遊んだ後の雨傘みたいな状態になっているのも気にかけずにそれはもう見事なまでに綺麗で思わず惚れ惚れするようなドロップキックをスバルの顎に食らわして、一方不意打ちにも等しい殺人的な威力を持った攻撃を人体の急所に食らったスバルは、かつての大統領みたいな悲鳴を上げて物凄い勢いで地面を転がっていった。

「ふるしちょふっ!?」

 タマキも一緒に。

「な、なに今の?」
「あー、気にしないでください。バカ二人のいつものスキンシップみたいなものなんで」

 スキンシップと表現するには些か、いや、かなり激烈に過激すぎるとは思うけれど。なにせ一発かましたタマキ本人も地面に頭から突っ込んでるし。

「タマキ。別にスバル相手にぶちかますのはいいけど、運動音痴なんだからもうちょっと自分の体の事も考えたら? 黙ってたら美人なんだし」

 工事用なのか、たまたま積まれてあった土の山に頭を埋めてパンツ丸出しで脚をジタバタさせてたタマキの脚を引っ張りあげて助け出しながらそう聞いてみる。パンツの柄は本人の名誉の為に僕の心のアルバムにそっと保管しておくことにする。

「……っ! ……っ! ぷはっ!! 助かりましたわ、ヒカリ。しかし、今の問いかけは愚問ですわ。
 可愛らしい小さな女性が泣いている! その事実の前にはワタクシのこの体など二の次どころか三の次にも劣る無価値なものに成り下がるのですのよ!」体格に反比例して豊かな胸を思いっきり張って、土塗れの顔でドヤ顔。「それに、今更黙ってお淑やかなお嬢様然としたところでワタクシの評価が変わる事など無いとは思いますけれども」
「それもそうだね」

 まあ今更か。むしろ急にタマキが見た目通りの行動をし始めたらそれこそ逆に小等部・中等部両方が大パニックになるかもしれない。

「ところで」スカートについた泥を払いながらタマキが聞いてくる。「こちらの女性はどなたですの? 泣いていたのでとりあえずスバルが泣かせた犯人だと決めつけて蹴り飛ばしてみたのですけれども」

 犯人決めつけかよ。

「まさかとは思いますけれども、ヒカリ、貴方が泣かせたのでは無いですわよね?」
「いや、スバルが思いっきり振って泣かせた」

 あっさりと真実を告げた僕の隣でユズホさんが「ちょっとっ!」と顔を真赤にして抗議の声を上げてきて、女性の告白失敗を告げるのも僕自身もデリカシーが無いとは思うけれどもこれくらいは勘弁してほしい。じゃないと今度は僕が早とちりしたタマキに蹴り殺されてしまう。主に金的な意味で。
僕が告げた真実を聞くとタマキは「なんてことっ!」と大仰な仕草で天を仰いで鮮やかな金色に染めたツインテールの髪を振り回して、ユズホさんの肩にソッと手を置いた。

「それはそれは。とても辛かったですわよね。正直、ワタクシとしてはあのド変態エセ美少女詐欺師のどこに魅力があるのか一切合切全く理解できないどころか理解する努力さえも放棄したいところではありますけれども、人の好みは千差万別、蓼食う虫も好き好き。気持ちが受け入れられない辛さは良く理解できますわ」

 ひどい貶され様だ。主にユズホさんが。

「え、えっとあの……?」
「でもワタクシが来たからには心配ないですわ。
 時に貴女、お名前は何と?」
「あ、えと、ユズホ――四之宮・ユズホですけど……?」
「そう、ユズホ。素敵なお名前ね。それでユズホ、貴女――可愛らしい顔立ちですわね」
「……はえ?」

 あ、始まった。

「その大きすぎず小さすぎない絶妙な大きさのスッとしたお鼻に絶妙な位置に配置されたプックリした唇! 大きくパッチリした眼なのにその少し釣り上がり気味の、ともすれば勝ち気で男勝りともとれる眦が何ともワタクシの嗜虐心と庇護欲をソソりますわっ!! ただ一言で表すならばカ・ワ・イ・イ! 可愛すぎますわ!」
「は、はい!?」
「しかも! そんなに可愛い顔しているにも関わらずその胸! 大き過ぎずでも決して小さくないのに体は小さいというなんというアンバランスっ! ユズホ! 貴女は何歳ですのっ!?」
「じゅ、十七ですけど……」
「十七っ!? 十七ですって!? 何ということでしょう! ワタクシは小学生をこの上なく愛していますが非常に悔しい事に手でちょっと触れただけでも犯罪者として扱われる故に遠くから眺めるしかできないというのに! イエス・ロリータ! ノー・タッチ! しかしユズホであればちょっとオマセで成長が早い小学生に見えなくもない見た目なのにお触りオーケーなんて! ああっ! こんなにも素晴らしい逸材をワタクシとしたことが見逃していた事が何よりも腹立たしいですわっ!」

 一応自分がやってることが犯罪ギリギリって自覚はあったのか。

「でも大丈夫ですわっ! ハァハァ、変態常時発情漢女おとめから受けた心の傷をっ! ワタクシがっ! 今すぐに癒して差し上げましょうっ!」

 癒やすどころかユズホさんに更なるトラウマを植え付けそうではあるけれど。とりあえず溢れる鼻血情熱を止めるところから始めた方がいいんじゃないかと思う今日この頃です。

「ハァハァペロペロしたい……じゃなくてさあ行きますわよっ! ワタクシが真実の愛というものをベッドの中でじっくりねっとりと教えて――めんでるすっ!!??」

 モザイク規制をかけるのが妥当だと誰が見ても思うような危ない顔でユズホさんに迫っていってそろそろ止めようかと考えてた矢先に、タマキが突然真横に吹っ飛んでいった。
 まるで不可視の何かに殴られたみたいで、タマキとは逆の方向に視線を向ければついさっき盛大にドロップキックを食らってたスバルがコメカミに分かり易い青筋を浮かべて全身を土で汚した格好で立ってた。

「……ずいぶんな事やってくれるじゃないか、タマキ。前々から気に食わないと思ってたけど、今日こそはいい加減決着を着けないといけないみたいだね」
「……ふん、ワタクシはただ可愛らしい女性を泣かせる様な男としても女としても風上におけない不届き者に天誅を加えただけですわ。でも、そろそろ決着を着けるという提案にだけは同意してあげてもよろしくてよ」

 ふふふ、あははと気持ち悪い笑い声を上げながら睨み合う二人。二人を中心に魔素が励起されていって、まさに一触即発って雰囲気だ。無詠唱魔術が使えるけど威力がイマイチなスバルと高速詠唱ができて魔術の威力も高いけれどウンチなタマキ。どっちが勝つか予想しようにもこれまで三十五戦三十五引き分けだから今日も決着は着かないだろうな。

「行くよっ、タマキ!! ファイアー・ボール!!」
「望むところですわっ!! イェ・スペラ・ベルトナム・ファーレ・ワンド・イル・メトルム……ウインドブレスっ!!」

 無詠唱のくせにわざわざ術名を叫んでスバルの火球がタマキへと飛んでいって、高速詠唱の後で構築された空気の壁が火球を受け止めて消滅する。二人揃って中二の時から病気に罹患しっぱなしだし、ご丁寧に術名を叫んで相手に知らせてるから剣幕ほど本気じゃないんだろう。見た目は派手だし、その余波は傍で見てる僕らの方まで届いてるけれども。

とりあえず僕ができる事は、と言えば。

「恋、冷めない?」
「……少しだけ」
「少しだけで済むんだ……」
「……ゴメン、嘘吐きました」
「正直で良いと思います」

 そんな会話をしつつも、学校の敷地内で使用を禁止されてる魔術をバンバン使ってる二人から、特任コースでは無いユズホさんが巻き込まれない様に守ることくらいしか無いんだけど、しっかし、これだとたぶんすぐ先生にバレるよな。
となれば。

「ユキヒロー」
「あぁっ!? 何だ!? ヒカリ、お前も黙って見てないでこのバカ二人を止めろよっ! じゃないと先公にバレちゃうぞ!?」

 さすがにマズいと思ったのか、派手なケンカを繰り広げるスバルとタマキバカ二人の間に割って入って仲裁しようとしてるユキヒロを他所に、僕はユキヒロ哀れな犠牲者に向かって敬礼した。

「あと、よろしく」
「はぁっ!! ふざけんなっ! また俺がとばっちりかよぉぉぉぉっ!」
「あーあー聞こえません」

 三十六計逃げるに如かず。
 必死の形相でコッチに向かってユキヒロが叫んでくるけど僕は何も聞いてないし何も見てません。うん、僕の前では何も無かった。そういうことにしておこう。そもそも、この二人の管理は僕の管轄では無いと声を大にして言いたいところだし、僕をスバルに売った罰だと思って諦めてほしい。
チラリと横目で見てみれば、二人の魔術に巻き込まれてユキヒロのメガネが宙を舞っていた。その後ユキヒロが地面に倒れて動かなくなった気がするけれど、まあそれもきっと気のせいだ。
強制的に目の前の光景を記憶から抹消して、隣で呆れ顔をしてるユズホさんの手を引いて走りだす。

「逃げますよっ」
「あ、ちょ、ちょっとっ!?」

 僕らが怒られるのはいいけれども、進学コースのユズホさんに対する教師の心象が悪くなるのは避けてあげたいし、二人に巻き込まれて防御する手段が無いままケガとかするのは僕としても許容できない。あの二人は周りに気なんて遣って自重とか一切する気無いし。
 走りながら斜め後ろから聞こえてくる抗議の声も途中から途切れて、代わりというわけでは無いけれど、遠くから「お前ら何やっとるんだっ!!」という教師の怒声が聞こえてきて、僕の判断は間違ってなかったかなってホッと胸を撫で下ろした。
走ったのは数分くらいだろうか。薄暗い校舎裏から斜陽が差し込んで瞼を焼く。微かに聞こえてた部活動の声も今は殆ど聞こえなくなってて、代わりに下校してる部活生の談笑が静かに響いてる。

「あの……」
「何?」
「手、離してもらってもいいかな?」

 言われて自分の手を見ると、僕の手はしっかりとユズホさんの手を握ったままだ。

「あ、ご、ゴメン」
「いえ……大丈夫だから」

 すぐに彼女から手を離して謝る。確かについさっき初めて会った、自分で言うのも何だけれど恋敵(?)と手を繋ぐなんて有り得ないよね。そこは配慮が足りなかった、って反省。
申し訳ないって頭を掻く僕を他所にユズホさんは前を歩き始めた。

「びっくりしたでしょ?」
「うん。まさか小鳥くんが、その、そういう趣味だとは思ってもみなかった」
「一応言っておくと、僕とスバルは変な関係じゃ無くてただの幼馴染だから」
「……そうなの?」
「なんで間が空いた?」

 そして何故残念そうな顔をする。

「いや、そんな他意はないよ? ただまあ、お似合いなカップルだとはちょっと思っちゃったけど……」
「カップルじゃないんで」

 そこは声を大にして主張しておきたい。でないとあらぬ誤解が広まってしまう。もう遅いかもしれないけれど。

「でも、小鳥くんは紫藤くんの事を大好きみたいだけど? 受け入れてあげないの?」
「僕も男だから。そりゃスバルの見た目は女の子だし、ちっさい頃からずっと一緒だから友達としては信頼もしてるし好きではあるけど、恋人はどう考えても無理」
「ま、それもそっかぁ」
「アイツもいい加減諦めればいいのにな。だから僕は四之宮さんを応援するよ。むしろスバルを無理矢理でもいいから引っ張ってってください。じゃないと僕の貞操が危うい」

 最近特にアイツの手つきと目つきが危ない。

「それ小鳥くんが聞いたら泣いちゃうんじゃない?」
「アイツがこれくらいで泣く位ならとっくに僕の事を諦めてるって」
「確かになぁ……小鳥くん、紫藤くんの事しか見えてない感じだもん。紫藤くんが普通の男の子だっていうのは分かってても……やっぱりちょっと嫉妬しちゃうな」

 そう言うユズホさんの方から鼻をすする音が聞こえた。それを僕は黙ったまま、言葉に詰まった。
彼女は、僕が憎くないのだろうか。女の子らしい、自分の感覚よりずっと小さい背中を見ながら思う。
言ってみれば僕という存在は、幸というよりは不幸だと言う方が正しいと思うけれどユズホさんからすれば恋敵であって、文字通り敵だ。世の中悲しいことに痴情のもつれの結果相手を殺してしまうなんて事件は跡を絶たないし、愛する人を奪われた人が奪った人を殺害するなんてことも現実でもフィクションの世界でもありふれてる。
もちろんユズホさんが短絡的にそういう人だとは思わないけれど、でも決して僕に良い感情は抱いてないはずだ。少なくとも僕は、それを表に出すかどうかは別として好きになれなんてしない。
つまり、僕は恐れているのだ。今、僕に向かって背を向けている彼女がいつ僕に刃を向けてくるのだろうかと。
それは言葉の刃かもしれないし物理的な刃かもしれない。もしかしたらどちらでも無く、ただ黙って感情を視線に乗せてぶつけてくるかもしれない。いずれにしてもそれは、人の悪意というものにひどく弱い僕をきっとズタズタに切り裂いてしまうだろう。ましてそれが、多少なりとも言葉を交わした身近な存在であれば尚更だ。
僕は、誰からも嫌われたくない。到底それは無理な話で無茶な欲求だと理解してる。人は生きているだけで誰かから好意を寄せられ、知らないうちに悪意を抱かれる生き物だと知っている。けれど僕はそれでも尚それを求めざるを得ない。なぜそうなのか、それは僕自身にだって分からない。でも僕にとって人に嫌われることはひどい恐怖であり、何気ない一言でも僕は僕の生を考えなおす程には衝撃を受けてしまう。でもまあ、流石にここまで生きてきている以上多少なりとも耐性はついてはいるけれども。
でも、どれだけ待ってもユズホさんは僕に何も言わないし、どんな感情もぶつけてこない。時折空を見上げるだけだ。
それは彼女の為人を如実に表していると思う。そしてそんな彼女だから僕は、何とかしてあげたいと思う。所詮僕は僕でしか無くて、僕にできる事以上の事なんて何一つできない。そしてその僕の行為の裏側にあるのは彼女に嫌われたくないというとても強い感情であり、ここでフォローをしておけば少なくとも嫌われないだろうというひどく打算に満ちた浅ましい考えが根底にはあって、そんな僕がひどく嫌いだ。吐きそうで、死にたくなる。
けれど、僕は信じたい。できる事があれば、余計なお世話と言われようとも背中を押すくらいはしてあげたいと思うこの気持ちは確かに僕の中にあるということを。

「ねえ、四之宮さん」
「ん? 何?」
「まだ……スバルの事は好き?」

 僕の問いかけにユズホさんは振り向いて少し考えて、そして「うん」と小さく頷いた。

「ならこれからもスバルの所においでよ」
「え?」
「まだスバルの事、そんなに知らないでしょ? だからまずは友達から、スバルの事知ることから始めたらどうかな? 振られた人と一緒に居るのがイヤじゃなければ、だけど」
「ううん、私はイヤじゃないけれど、でも小鳥くんが……」
「友達としてならスバルは嫌がらないと思うよ。アイツ、そこら辺の線引は結構サバサバしてるし。それに、誤解してると思うけど別にアイツは男が好きってわけじゃないからね」
「……? でも紫藤くんの事が好きなんでしょ?」
「まあ、それはそうなんだけどね。でもアイツ、小学校高学年の時は普通に女の子と付き合ってたし。ただその、今は僕が好き過ぎてるだけで」
「そうなんだ」
「うん。だからまだ諦めてしまうのは早いよ。そのうち僕に構うのを飽きるかもしれないしね」

 しかし、本当にいつからスバルはこんなに僕なんかを好きになってしまったんだろうな。昔は普通で気弱だったのに、いつの間にかあんなにぶっ飛んだ性格になってしまったんだろうか。

「他の、ユキヒロとかタマキも別に気にしないだろうしね。むしろタマキは毎日鼻血出しながら四之宮さんに言い寄ってきそうだけど」
「それはちょっと遠慮したいな……でも、そうね。まずはそこから始めてみよっかな? うん、頑張ってみる。あと一つ訂正」
「ん?」
「私は最初っからまだ諦めてないから。そこんとこヨロシクね」
「そういえばスバルを前にしても同じこと言ってたね」
「そ。私はしつこいからね。でも、ま、少しの間、恋愛はお休みかな」
「なら四之宮さん」
「ユズホ」
「ん?」
「ユズホでいいから。名字で呼ばれるの他人行儀で嫌いなの」
「分かった。なら僕もヒカリで良いから。それじゃこれから僕の対スバル防波堤として宜しく」
「はい。不肖、四之宮ユズホ! その任務謹んでお受け致します!」

 ピシッと擬音が聞こえてきそうなくらいに綺麗な敬礼をして、そして僕らは二人顔を見合わせて笑った。
僕らのグループにこうしてまた一人、仲間が増えた。










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