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epilogue 









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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved





 本日最後のチャイムが学校中に鳴り響いた。
それに伴ってあちこちの教室が俄に騒がしさを増して、それぞれのクラスの担任が教室を出てくるよりも早くせっかちな生徒が廊下へと飛び出していく。それから遅れること数秒、楽しげに話しながら教室から出てくる学生たちの姿でたちまち廊下は人集りを作り上げていく。
その様子を僕は向かいの校舎の一階から眺めていた。
僕が今こうして眺めている生徒はみんな進学コースと就技コースの生徒たちで、その中にはとっくに授業が終わっている僕ら特任コースの生徒の姿は当然ながら無い。すでにみんなめいめいに部活やら遊びやら鍛錬やらに行ってしまって自由気ままな時間を過ごしてることだと思う。
その一方で僕はといえば、落ち着きなく職員室の前を行ったり来たりしていた。時折出入りする教師からは訝しげな視線を向けられ、けれども僕には関わりたくないらしく特に声を掛けてくることも無くて、一人まんじりと、まるでパブロフの犬の如く同じ場所をただ歩き回るだけで位置も時間も一向に進まない時間を過ごしていた。
僕は顔を上げて、もう何度目か分からない視線を職員室へと向けた。
ユキヒロが教官に連行されていってすでに数時間。ユキヒロ不在のまま午後の授業は進んでいって、その合間に僕らを含めてクラスメートが別室に呼び出されて事情聴取を受けた。僕やタマキ、池田はもちろんユキヒロを擁護する説明をして、他のクラスメートの説明に関しても池田を経由して聞いたところ、どうやらみんなも概ねユキヒロ寄りの証言をしてくれたらしい。
一般的な魔術師たちの例に漏れずに大多数のクラスメートも傲慢で常日頃からユキヒロを見下す事が多いけれども、かと言って「白」を「黒」と言い張る様な腐った性根は持っていないようで、池田の話を聞いて僕も安心した。どれだけ相手が気に食わなかろうが、事実をねじ曲げてまで貶めたりはしない。

「常日頃からみんな清水たちアイツらの行動に思うところがあったからな。何とかしたのが染矢っていうのが受け入れづらいところだろうけど、何だかんだでアイツの知識に世話になったヤツもいる。元々染矢に対しては一目置いてるところもあったみたいだし、力を示したことで見る目も変わったんだろ」

池田の言葉どおり、元生徒会長の雪村さんもそうだけれども一般的な魔術師と違って魔技高の魔術師(のタマゴ)というのは力に忠実なところがある。相手が優れていると一度認めればその後は、もちろん嫉妬の感情はあるにしても敬意を表しはするし、相手の技術を取り入れて成長しようという意図が多かれ少なかれ見え隠れする。今回ユキヒロが清水たちに圧倒的な力を示したことでユキヒロを見る目が変わった事もプラスに働いたんだと思う。
けれども、特任コースの授業が終わってもユキヒロは解放されなかった。事実関係の調査に手間取ってるのか、それとも僕らとは違って頭が固い教師が多いからかは分からないけれども、一向にユキヒロが戻ってくる気配は無くて、だからこそ今もこうして僕は職員室の前でユキヒロの姿を待ちわびているわけで。
 ちなみにタマキの姿はここには無い。それは別にタマキが薄情だとかそういうわけじゃなくて、当然彼女も僕と一緒に残ろうとしたのだけれども、僕がタマキを帰した。正確には、タマキはこれからスバルのところに行くから「帰した」というのは語弊があるだろうけれど。
スバルは今も頑張ってる。まして、今日の昼休みに聞いた話だといよいよ僕らには時間が無い。一刻もムダにはできなくて、タマキは気が気じゃないだろう。例えコンピュータ関係でタマキがスバルの役には立てなくてもタマキがすべき事は今は他にもあるはずだ。
僕と一緒に残ってユキヒロを待とうとするタマキにそう僕が告げると、タマキはありありと迷いの表情を浮かべて職員室のプレートと僕の顔を見比べた後、深々とため息をついた。

「……分かりましたわ。今ワタクシがすべき事はユキヒロを待つ事ではなくてユズホを助けるために行動すべきですものね」どこか煮え切らない表情ながらも渋々自分を納得させるようにそう言って、その後で付け加えた。「その代わり、ヒカリ。ユキヒロを絶対にお咎め無しで連れて帰ってきなさいな」

 そう言い残してタマキが去って、僕が一人でユキヒロを待って早一時間。何度も腕時計の針を眺めて、その度にため息を吐いていたのだけれど、不意に職員室の扉がスライドした。

「ユキヒロ!」
「ん? ああ、ヒカリか」

 職員室から出てきたユキヒロの表情は仏頂面で、けれども僕の声が届くと厳しさは鳴りを潜めて小さく破顔してくれた。

「もしかして待ってくれてたのか? 悪いな」
「いや、僕が勝手に待ってただけだからさ。タマキも待つって言ってたけど、ユズホさんの事もあるから先にスバルのところに行かせたよ。
 それよりも……どうだった?」
「どうだったって、処分の話か?」

 ユキヒロの質問に頷く。
いくら僕らがユキヒロ側に立っても処分を下すのはあくまで学校側だ。僕らは教師連中からは嫌われてるし、清水たちに大部分の非があるとは言っても少々過剰防衛のきらいもあるのは事実だ。
常日頃の鬱憤もあるしユキヒロだって連日の犯人探しで疲れてる。だから僕としては殊更責めるつもりはないけれども学校側がどう判断するか。
ユキヒロは授業も真面目に聞いてるし、魔術関連の実力が低いからって諦めないで努力してる。だからこそこれまでも留年とか無く無事に進級できてるし、その努力は報われるべきで、だけれども今回の事件で停学とかなったらその努力で築き上げてきた経歴に傷がついてしまう。最悪、退学とかなったら全て水の泡だ。いくら魔技関連の業界が実力重視とは言っても、停学をするような生徒を気にせず雇うところは少ないだろうし、今後の将来にとってマイナスにしかならない。
そんな事は僕としては認められないし、タマキやスバルだって認められない。何より僕は、そんな事態に追い込んでしまった僕自身が認められない。ああなる前に、僕がもっと早く動いてユキヒロに協力すればもう少し穏便に済ませられた、というのは都合が良すぎるかもしれないけれど、少なくともユキヒロ一人に背負わせる事は無かった。僕はそれを怠ってしまった。
さぞかしユキヒロを見る僕の顔色は不安に染まってることだろう。責めは受け入れるべきだけれども、僕はそれが怖い。ユキヒロから見捨てられるのが怖い。たぶんユキヒロはそんなこと言わないって分かってるけれども、それでも不安は取れない。
僕を見てユキヒロは深い苦笑を浮かべた。

「そんなに心配そうな顔すんなって。ま、全くお咎め無しってわけにはいかなかったがとりあえず厳重注意だけで済んだよ」

 それを聞いて僕は思わず深い溜息を吐いてしまった。一気に脱力して項垂れたみたいな格好になってしまった。

「そっか……うん、良かったよ。ヘタしたら退学になってしまうんじゃないかって思ってたよ」
「本当の最悪ならそうなってたかもしれないがな、ヒカリとかタマキが擁護してくれたんだろ? ありがとな。それにクラスの連中も清水たちが悪いって言ってくれたみたいでな。不承不承ながらも注意だけで終わったんだ。俺を引っ張ってきたあの訓練教官脳筋からは『どうして今まで手を抜いてたんだっ!』っつって叱られたがな」

 そう言って苦笑するユキヒロ。だけれども僕は、僕が確認したかったもう一つの事実が不意打ち気味にもたらされた事で一瞬面食らってしまって返事ができなかった。
 ユキヒロを見遣れば、メガネの奥から覗く理知的な視線が僕を捉えていて、それはまるで僕が問いかけるのを待ち構えてるみたいで。
それに気づいてしまった僕は一度小さく息を吐き出して、そしてユキヒロの望み通りの問いかけを口にした。

「やっぱり……僕らに力を隠してたんだ……」
「んと、まあ、なんだ。別にそういうわけでも無かったんだがな」

 けれども、僕はユキヒロの意図を読み違えたてしまったのか、ユキヒロは言葉を濁しながら周囲を見渡した。
僕らの周りには、人通りは少ないけれどもそれでも時折教師は職員室に出入りしてるし、職員室に用事があるらしい生徒の姿だってある。ユキヒロはそれを気にしてる様で、小さく息を吐き出すと天井を指差した。

「ちょっと屋上に行かないか?」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 人の姿の全くない階段を僕とユキヒロは黙って登る。
すでに放課後だからか、それとも普段から先生も生徒も通らないからか、屋上へ続く階段は薄暗くて灯りも点いてない。ただ、屋上の扉のガラス窓からだけ夕方の少しだけ傾いた西日が差し込んできて、僕の前を歩くユキヒロの影が僕を黒く染めていた。同時に逆光でユキヒロの姿は単なる影としか僕の目には映らない。
まるで別世界へ続いていくんじゃないかと一瞬よぎったバカらしい考えを無視して階段を登りきり、ユキヒロがドアを開けた。強い風が一気に吹き込んできて髪を揺らし、屋上へと脚を踏み入れればその風は一気に弱まった。
魔技高は町の中で少し小高い丘の上にある。僕らの学び舎のすぐ後ろにはもう一つの丘があって、今は掠めるようにして陽光を遮ってる。

「何から話せばいいか……」

 僕らの眼下には僕らの過ごす町が広がっていて、その景色は見渡す限りどこまでも続いてる。ユキヒロは屋上の手すりにもたれかかって、町を見下ろしながら隣に立つ僕に向かってそう零した。

「何でも。ユキヒロが話しやすい様に話せばいいから」
「そうか…そうだな……」

 ユキヒロは一度晴れとも曇りともつかない空を眺めて項垂れて、そして「信じられないかもしれないけど」って前置きして話し始めた。

「実は俺さ、昔は魔術が使えたんだ」

 唐突にユキヒロはそう告白した。

「それは……」

 どういう意味だろうか。ユキヒロは今だって、威力は弱いけれども魔術は使えるし、けれども今その事を改めて口にする必要は無い。昔はもっと強い魔術が使えたって事だろうか。
意図を掴みかねて僕は押し黙り、ユキヒロは苦笑しながら言葉を続けた。

「今俺たちがココで勉強してる現代の魔術じゃなくってさ、ずっと昔からこの世界には魔術があったんだ。今みたいに体系化もされてないし、本当に限られた一族だけに使える一子相伝的なもんでさ」
「そんなのが……」
「信じられないと思う。けど、本当だ。今の魔術とは詠唱も違うし、威力も発動の時間も全て異なるがたしかに魔術はあった。そしてウチの実家は紛れも無くすでに十何代も続く魔術師の家系で、俺はそこの跡取り息子だった」

 それは衝撃的な話だった。
僕らは今ある魔術しか知らない。英雄たちによって世に初めて魔術が出た時はとんでもなく驚愕的な話であって、最初はひどく眉唾的なものとして世間に受け止められていた。それでも多くの人によって使える事が実証されて、魔物との対立が深まる中でその有用性が認められて、あっという間に市民権を得た。それがまだ十年にも満たないくらいに最近の話だ。
魔術。魔法。剣と魔法のファンタジーの世界ではありふれた物で、今の魔術が現れるもっと前から日本人なら誰だって一度はその言葉を耳にしたことがあるはずだ。けれどそれはあくまで物語の中の話で、ユキヒロの話は冗談だって一笑に付される類の話だ。でも、ユキヒロの表情はそんな在り来りな冗談を言ってる風にはとても見えなくて。

「……まるでよくある創作物みたいな話だな」
「だろ? 振り返ってみれば俺もそう思うよ」

 ククッ、とユキヒロは笑った。それは、僕から見ればひどく歪で自嘲的なものに見えた。

「十年前、世界に特異点が現れて魔物が溢れた。それ以来、今じゃ当たり前みたいに魔物とかみんな知ってるが、実は昔から魔物って居たんだぜ? 知ってたか?」

 ユキヒロはそう尋ねてきて、僕は黙って首を横に振る。

「魔物が現れるのは大体山の中で、だからウチの実家も超の付くど田舎だった。数は多くなかったけどさ、定期的に魔物が現れてはそれこそファンタジー小説の中みたいにウチみたいな一族が人知れず倒してたんだ」
「マジか」
「ああ、マジだ。大マジな話。で、一族の跡取り息子だった俺はちっさい時から親父たちと一緒にそんな魔物たちと戦ってたんだ。自分で言うのも気が引けるけど才能があったみたいでな。幼稚園に上がるくらいの歳ですでに大人顔負けなくらいには魔術を使いこなせてたんだ」
「……話聞いてると本当にファンタジーな世界に生きてたんだな」
「まあな。ホントどこの小説の主人公だって話だよ。今のこの世界も大概にファンタジーだけどな」

 確かに。ちょっと前までは魔術も何もなくて科学技術が世界を支配してて、人類を害する存在なんて居なかった。今この世界に溢れてるものはどこまで行っても空想の世界のものでしか無くて、夢見る少年が大人になるまでの僅かな時間にだけ想い焦がれる、大人になる過程で消化されていくものでしか無かったはずなのに、創作は現実に置き換わってしまってる。事実は小説よりも奇なり、とは言うけれどもこれがファンタジーじゃなくてなんだというのだろう。

「だから、だろうな……」
「え?」
「なまじ才能があったから調子乗ってたんだろうな」

 言いながらユキヒロは自分の掌を見つめた。何も乗ってないそこに、ユキヒロは何を見てるんだろうか。

「あの日……十年前の夏の近い暑い日だった」悔いる様に、ユキヒロは掌を見続けた。「急に増えた魔物退治に親父たち大人連中は大忙しだった。際限なく次から次へとどっからともなく出てくるモンスターに対処するためにみんな寝る間も無いくらいで、誰も余裕が無かった。
 当時の俺はまだ幼かった。だからさすがに一人で魔物退治なんてさせてもらって無くて、けど俺は自分の実力が親父たちよりあるって自覚してた。一人で退治させてもらえないことに不満を持っててさ、だから俺は実力を認めさせるいい機会だって親父たちの眼を盗んで一人で魔物退治に行ったんだ」

 そこまで話してユキヒロは疲れた様に深々とため息を吐いた。
僕はそこから先は何となく察しがついていた。さっきからずっとユキヒロの話は過去形だ。ただの昔話ならそれも当然で、だけどもユキヒロは最初に言った。昔「は」魔術が使えたって。そして跡取り息子「だった」って。
きっとこれから語られるのは手垢の付いた様な在り来りなファンタジーで、主人公に襲いかかった困難だ。物語を盛り上げるために必要不可欠な手管で、それがユキヒロの身に降り掛かったんだ。
だけども物語と違ってこの世界は残酷で――

「そこで俺は重傷を負って、そして――魔術を扱う術を失った」

 ――ユキヒロは主人公の立場から引きずり降ろされてしまったんだ。

「……眼が覚めて気づいた時は衝撃だったよ。それまで当たり前の様に自分と一緒にあったモノが無くなったんだからな。喪失感はハンパなかった」
「……」
「かろうじて少しだけ使えたけれど、とても魔物退治には使えなかった。生活の役にも立たない、単なるムダ技能にまで落ち込んで、親父たちはそれでも見捨てたりはしなかったけど、でも跡取りの立場は捨てなきゃならなかったんだ。幸いにも分家はあったからな。今はそっちが本家に養子入りしてるし、ゆくゆくは親父の跡を継いでいくだろうと思う。
 けど……俺は諦めたくなかった」

 掌から顔を上げて視線を上に。斜陽に暗く照らされた町を眺めながら、ユキヒロはメガネを取って、眉間に皺を寄せながら薄ぼやけてるだろう景色に眼を細めてる。

「何とか力を取り戻す方法は無いか。必死になってその方法を探した。古い家だったし、魔術関連の書物は腐るほどあったからな。難しい言葉とか分からなかったから辞書片手に読み漁って、何年も何年も探したよ」
「どうしてそこまで……」

 失った物を惜しむ気持ちは理解できる。それがずっと身近にあったものだったなら尚更だ。
だけど、人生なんてそんなもの。いずれ大切なものは失っていくし、時と一緒に想いは摩耗していく。失ったものは無いものとして受け入れられていって、それが当たり前に変わってく。そんな風に思ってる僕だから、失った物をいつまでも追い求め続けるユキヒロの情熱がうまく理解できない。

「さあ、何でだろうな……。色々と思い当たるものはある。親父の役に立ちたいだとか、認められなかったままでいるのが嫌だったとかな。だけど結局は、単にいつまでも失ったことを受け入れられなくて、子供の時のまんま俺の時は止まってるのかもな。図体ばっかりこんなに成長してしまったのに」
「そっか……
 それでウチの高校に?」
「ああ。理由は何にしろ、俺は力を取り戻したい。昔みたいに魔物を倒したいし、誰かに守られるばっかりでいたくない。力の種類はなんだっていいんだ。ウチの実家と異なる理であっても俺は力が欲しいんだ。失ってしまった半身を取り戻せたらそれでいい。魔技高なら新しい力が手に入るかもしれないし、もしかしたら昔の力を取り戻すキッカケがあるかもしれない。もしくはこの魔技理論の中に昔の力を取り戻すヒントが転がってるかもしれない。そう思って藁にもすがる思いでこの高校の門を叩いたんだ。まあ、結果はお前も知っての通りだがな」
「でもさっきは……」

 明らかにこれまでのユキヒロの力とは違った。弱くてクラスメートに見下されてたユキヒロじゃなくて、クラスの誰よりも強かったと思う。それは魔術だけじゃなくて身体能力の方もで、もしかしたら全力の僕より強いかもしれない。
そんな僕の疑問に応える時、ユキヒロはこっちを向いて小さく苦笑した。

「十年。十年掛けて、やっと最近なんだ。最近になってやっと俺でも魔術を使う方法を見つける事ができたんだ。この学校に入る前からずっと探してきて、入ってからもずっと探してやっと見つけたんだ。疑問に思うだろうけど、俺は本当に最近までまともにこの新しい魔術を使えなかったんだ。それでもずっと練習して練習して、それでも上手く使えなかったけどさ、最近やっと、やっと上手く制御できるようになったんだ」

 そう僕を見て語るユキヒロの表情はとても嬉しそうで、少し笑みを浮かべながら何度も自分の拳を握ったり開いたりしてた。
 察するに、ずっと辛かっただろうと思う。叶うか分からない願いを胸に抱き続けるのは、どんな想いだったろうか。バカにされてもめげずに努力を続けるその姿勢は僕には無いもので、だから僕からは素直に言葉が出てきた。

「おめでとう。やっと努力が実を結んだんだな」
「ああ……ありがとな」

 鼻を掻きながらユキヒロは恥ずかしそうに顔を伏せた。

「まだ不安定で、上手く魔術を使えない時もあるんだけどな。さっきは上手く使えてくれたし、これからもたぶんもっと俺は強くなれる。もう周りに見下させないし、お前らに対してもそうさせない」
「そうだね。ただでさえ今は戦力が必要な時だし、期待してるよ、ユキヒロ」
「ああ、任せとけ。――もうお前らばっかりに負担は掛けさせないさ」

 ――ああ、ずっと歯がゆかったんだな
ユキヒロの言葉に、ユキヒロが僕らに対して抱いてきた想いが透けて見えて、けれども僕はそこには触れずに黙って拳を突き出した。
 僕の拳に、ユキヒロが軽くぶつける。何気なくやってみた仕草だったけれど、何だか少年漫画の一シーンみたいで何だかおかしくなって、それはユキヒロも同じみたいでどちらともなく笑い始めた。

「あー……何だか恥ずかしいな、俺ら」
「言わないでよ」

 一頻り笑って、僕らは並んで屋上から町並みを眺めた。傾いた太陽を遮ってた雲は今は離れていって仄かに赤く照らしてた。
鐘が鳴って、それをキッカケにユキヒロは手すりから体を離した。

「さて、んじゃ俺はそろそろバイトに行くよ」
「ああ、うん。分かった。悪いね、貴重な時間をわざわざ取ってもらって」
「いや、いいさ。絶対に聞かれるだろうと思ってたし、お前らにまで内緒にしてた俺も悪かったからな」
「夜はスバルのところ?」
「そのつもりだ。ただでさえアイツには今回の件で負担を掛けてるのに、俺だけバイトに行かせてもらってるからな。たいして力になれてる気はしないけど、できる事はしたいからさ」
「それを言われると僕の立つ瀬が無いな」

 僕だけが別行動を認めてもらってて何の力になれてないのに、ユキヒロにそう言われたらねえ。申し訳無さで、僕からは苦笑い以外示せない。

「気にすんなって。お前はお前ができる事をやればいいんだ。誰もお前を責めやしないさ」

 だからこそ僕としては尚更心苦しいんだけどな。とはいえ、それをユキヒロに言っても詮無い事だし、ユキヒロの言う通り僕は僕がやるべきだと思うことをやるだけだ。

「うん、ありがとう。ユキヒロも無理だけはするなよ?」
「ああ、分かってるさ」

 これまでのユキヒロの表情にはいつだってどこか憂いというか、陰みたいなものが見え隠れしてた。だけど、後ろ手に手を振りながら屋上から去り際に振り返って見せた笑顔には、そんなのはどこにも見当たらなかった。
やがてユキヒロの姿が消えて、僕だけが一人屋上に残された。ユキヒロの過去を知ることができた充足感とユキヒロの辿ってきた苦労が何だか身に染みて、とても身につまされる想いだ。

「……何としても今晩中に手掛かりを見つけてやる」

 こうしちゃいられない。
パンッと自分で頬を叩いて気合を入れる。そして決意を新たにして階段に向かって歩き出した。
途中、空をもう一度見上げた。さっきまで出ていた太陽は、今はもう分厚い雲に覆い隠されていて、町は暗くなっていた。
夜が近づいていた。



放課後、ヒカリはユキヒロを待って職員室の前に。 タマキはスバルの手伝いのために先に帰らせた。 ユキヒロが教師たちから開放される。 事情を聞いて不承不承ながらも、清水たちが悪いと認め、ユキヒロにはお咎め無し。 だがそれとは別に「どうして今まで手を抜いていたんだ」と叱られたとのこと。 「やっぱり力を隠してたのか?」 「そういうワケじゃないんだがな……」 言葉を濁すユキヒロ。 「ちょっと、屋上に行かないか?」 屋上。 「昔は、実は魔術が使えてたんだ、俺」 過去について語りだすユキヒロ。 幼い頃、自分は魔術を使えた。 「知ってたか? 昔から魔物は居て、魔術も存在してたんだぜ? 今ほど数は多くなかったけどな」 代々魔術を使える家系で、体も強く、父と共に時折現れる魔物を討伐していた。 「けど、ある日の事件で重傷を負ってな、それ以来俺は力を失ってしまったんだ」 わずかには魔術を行使できるが、とても実践的な力では無くなってしまった。 何とか力を取り戻す方法は無いか。 必死で方法を探し、努力を惜しまず知識を求めた。 「この高校に入ったのも、その方法があるんじゃないかって思ってな」 もしくは昔使っていた方式の魔術じゃなくてもまた力を手に入れないか。 僅かな希望をもって入学し、昔の杵柄で入学時の実力は中の下。プラス知識で特任コースに入れた。 今も諦めていない。 「それが最近実を結んだんだ?」 「そういうことだ。まだまだ不安定だけどな」 話は終わりとユキヒロは立ち上がる。 「俺はこの後少しバイトに行って、その後スバルの手伝いをしようと思ってるんだがお前はどうすんだ」 「僕は……」 迷うヒカリ。 その姿を優しく見るユキヒロ。 「いいさ。お前がやりたいようにやればいい。後悔の無いようにな」 「ああ、ありがとう」
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