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epilogue 









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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved







 ――ヒカリとユキヒロが夜の町で邂逅した同時刻。



「……よし、誰も居ませんわね」

 タマキは一人、魔技総研の中に居た。
忍び込んだダクトの蓋を外し、そこから逆さに顔を出して通路に人影が無い事を確認するとその身を躍らせた。
黒を貴重とした魔技高の戦闘訓練服に全身を包み込み、着地と同時に膝を折って物音を立てないように注意しながら床に降り立つ。が、その際にわずかにバランスを崩して尻もちを突いてしまい、尻から頭に抜けた衝撃にタマキは呻きながら顔をしかめて尻を撫でた。

「……誰も見てないですわよね?」

 降りる際に確認したため、誰も居ないことは分かっているがつい不安を口にしてしまう。自身の運動神経の無さは自覚しているが、だからといってわずか三メートル程度の高さから降りるだけで尻もちをついてしまうのは魔術師として恥ずかしい。だが幸いにも自身の呟きに応えるものはおらず、タマキは安堵のため息を吐いた。

「スバルお兄さんが言った通りなのです。これではタマキお姉さん一人だと不安になるのも分かるのです」

 しかしわずかに遅れて頭上から降ってくる声。聞いたことのある声にタマキはギクリ、と顔を引きつらせ、冷や汗を流しながら天井を見上げた。

「……どうしてリンシンがここに居ますの?」
「スバルお兄さんから聞き出したのです。ここにお父さんとお母さんがいるかもしれないと教えてくれたのです」

 建物内に反響しないように幾分声を抑えて答えながら、リンシンはダクトから飛び降りた。初めて出会った時と同じ黒いフード付きのパーカーとハーフパンツを着て、タマキとは違ってスマートに着地する。尻もちをついたままのタマキの目の前にリンシンの白くて細い足が現れて、無意識の内にタマキはそれを鼻息荒く凝視してしまい、しかしすぐにそれどころではないとブンブンと頭を振って邪念を引き払った。

「せっかくですけれども、たぶんこちらにはご両親は居ませんわよ? というかいつからワタクシの後ろに居たのですの?」
「タマキお姉さんがここに忍びこむ時からなのです。私はずっとお姉さんの後ろに居ましたなのです」
「全然気づきませんでしたわ……」
「気配を隠すのは得意なのです」

 嬉しそうにブイサインをしてくるリンシンだが、対照的にタマキは頭を抱えて呻いた。
魔技総研に来る前にタマキは一人で潜り込むと主張していたが、スバルはそれを認めず、他の誰かも寄越すと言って譲らなかった。結局はスバルの言葉を無視して勝手に一人で潜入したのだが、まさかスバルが寄越したのがリンシンだとはタマキも予想していなかった。

(こんな小さな子を寄越すなんて……あのバカ死んでしまえばいいのに!)

 安全な場所で愛でるべき存在を行かせるとはスバル許すまじ。タマキは内心で全力でスバルを八つ裂きにしてコンクリ詰めにして東京湾に放り捨てた。

「ともかく、ここは危険ですわよ。悪いことは言わないからリンシンはお帰りなさい」
「私を見て鼻血を流しながら言っても説得力無いのです」

 この状況においても体は欲望に正直なタマキ。慌てて鼻を抑えるも、視界にリンシンを納めている以上解決にはならない。ポケットからティッシュを取り出して鼻に詰め込む様を見て、リンシンは「シリアスが台無しなのです……」とため息を吐いた。

「お姉さんを見ていると私も心配なのです。タマキお姉さんはドジだから一人だときっと捕まって男の人達に○○な事や××な事をされて最後には肉奴隷にされてしまうのです」
「どこでそんな言葉を覚えたんですの!?」
「お父さんがお母さんに内緒でこっそりとそういうゲームをやってたのです」

 生まれて四年の幼女が言うセリフでは無い。獏の精神年齢の成長の早さと娘の前で年齢制限のあるゲームをやっていた父親にタマキは戦慄を覚えた。子供の前で堂々と十八禁ゲームをやってのける親。オタク方面へ洗脳されていく娘。いつか自分もそのような家庭を築きたい――

「って違いますわ! リンシン、もう一度言いますわ。ここは危ないから帰りなさいな」
「嫌なのです。ここにお父さんとお母さんが居るのです。お父さんとお母さんを私が助けるのです」
「さっきも言いましたけれど、ここよりもノバルクス社の方に……」
「いいえ、居るのです」タマキの言葉を遮ってリンシンは断言する。「何となく分かるのです。ここに二人とも居るのです。だから帰らないのです。それに……」
「それに?」
「もし、私が危なくなってもタマキお姉さんが助けてくれるのですよ?」

 タマキと居れば大丈夫。純粋な瞳で信頼の眼差しを向けてくるリンシンにタマキは口ごもった。

「……そんな事言われると追い返せなくなってしまいますの」

 危ないとは分かっているが、そこまで信頼されると頑張ってみたくなるもの。
それにこうなれば、スバルもヒカリも居ない以上リンシンを今から一人で帰すのも逆に危険だと思い直し、タマキはやむなくリンシンを連れて行くことに決めた。

「その代わりワタクシからは離れないこと。それから万が一危険に遭遇したら私を置いてでもすぐに逃げること。いいですわね?」
「お姉さんを置いていくのですか?」
「ええ。何があっても自分の身を第一に考えることが条件ですわ。それが守れないなら今すぐに帰りなさいですの」
「……分かりましたのです」

 少し不服そうだがタマキが譲歩した事もあってリンシンはしっかりと頷き、タマキもまた「宜しい」とリンシンの頭を撫でてやる。

「それじゃ行きますわよ。しっかり付いてらっしゃい」

 そう声を掛けて駆け出すタマキ。すぐ後に嬉しそうに返事をしてリンシンが続く。
五分後には軽快に動きまわるリンシンの後ろを必死になって付いて行くタマキの姿があった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「んー……まあ分かってはいたのですけれども、見事に何も無いですわねぇ」

 懐中電灯で手元の地図を照らしながらタマキはぼやいた。
リンシンと二人で建物中を色々と探し回ったが、これまで成果は何一つ得られていない。事前にスバルがハッキングして建物全体の見取り図と、建てる際の詳細図面を入手して、それを元に作成されたスバル謹製の地図を頼りに一階から四階まで順に見て回ったものの、事件や獏に繋がる書類などは一切なかった。
 そもそも、建物全体はそこそこの大きさであるのに、受付以外にはコンピュータはおろか紙一枚無く、ただ無骨なスチール机が並んでいるだけで形だけを整えたペーパーカンパニーである事は明白であった。

「こっちも何も見つからないのです……」

 少し離れたところでリンシンが壁に耳をつけて、何か隠し部屋の一つでも無いかと探していたが、リンシンの発達した耳でも物音一つ拾えていない。建物全体が全くの無人で、昼間に人が出入りしているような痕跡さえ何も無く、到底ここで何かが行われているとは二人とも思えなかった。

「建物の作りと地図を照らし合わせても不自然なところは無さそうですし……」

 懐中電灯を口に咥え、両手で地図を広げてもう一度上層階から見直してみる。
四階はそもそも面積が狭く、会議室のような大きな部屋が二部屋あるだけであり、四方に窓ガラスがはめ込まれていて隠し部屋の様なものが存在する余地は無い。三階と二階については、各部屋のサイズを持参したメジャーで測って図面と比較してみたものの、全て図面通りで不自然なスペースは無く、そして今、一階についても調べ終わっておかしな箇所は何一つ無かった。

「やっぱりここにお父さんたちは居ないなのでしょうか……」

 しょんぼりと耳を垂らしてうつむくリンシンだが、一方でタマキはまだ諦めていなかった。そも、彼女がノバルクス社に来たのはある確信があったからだ。

(あの女が映っていたということは、ここにも何かが絶対にあるはず……)

 スバルと共に見た魔技総研の監視カメラに映っていた一つの人影。タマキは彼女を知っており、そして彼女は何も無いこんな場所に居るような女では無い。意味も無く日の当たる場所に居るような人間じゃなく、逆に言えば彼女がこの建物に出入りしている以上、何らかしらの物がここにあると言うことだ。
もっとも、それが獏に関わるものなのか、と問われれば確信は無いが。

(恐らくは……カメラに映ったのはわざとですわよね……)

 彼女の実力を知っているタマキからすれば、固定の監視カメラに姿を見せるというのは誘っているとしか思えない。であれば、向こうも探られているのは分かっているということであり、そしてここにある「何か」を守りぬく自信があると言うことだ。
いや。タマキは頭を振った。
もしかすると、彼女の目的は自分かもしれない。浅からぬ因縁がある自分と彼女だ。タマキの知る彼女の性格を考えれば、仕事などどうでも良くて、ただタマキに会うためにわざと姿を現したのかもしれない。

「とは言え、ワタクシとしても退くわけにはいきませんわね」
「何か言いましたなのですか?」
「いいえ、何も」

 それよりも、とタマキは地図を折りたたみ、リンシンを手招きして傍に引き寄せる。

「恐らくはこれ以上地上を探しても何も見つかりませんわ」
「じゃあやっぱりここにはお父さんたちは居ないのですか……」
「いえ、そうとも限りませんわ」

 リンシンは肩を落とすが、タマキは地図をもう一度見直し、一階部分を念入りに見ていく。そしてエレベーターを起動させてかご室を二階に移動させると扉の隙間に指を突っ込み、扉だけをこじ開けていく。

「ぐぎぎぎぎぎ……」

 重い鉄の扉を力任せに左右に引き裂いていく。タマキの口からはうめき声が漏れ、細い腕に盛り上がった筋肉がその重さを物語る。
扉は少しずつ開いていき、やがてガシン、と音を立てて開ききった。
 何をするのか、と不思議そうに小首を傾げるリンシンをよそにタマキは「ふぅ」と小さく息を吐いて額の汗を拭った。そして真っ暗なエレベーター通路の中に伸びているエレベーターを引っ張り上げるロープに捕まって飛び降り、床に着くと冷たい鉄のそれにそっと耳を当てた。

「ここに耳を当ててみなさいな」

 言われるがままにリンシンも飛び込む。膝を柔らかく使って着地し、息を潜めて白黒の毛に覆われた耳を床に押し当てる。そしてすぐにリンシンは顔を跳ね上げた。

「音が……音が聞こえてくるのです……!」
「当たりですわね」

 嬉しそうに笑顔を向けてくるリンシンを見て、タマキも微笑む。パシン、とハイタッチの音が狭いスペースに響いた。

「少し下がってくださいまし」

 リンシンを一度退かせ、しゃがみ込むとタマキは小声で詠唱を始める。
詠唱とともにタマキの指先には青々とした小さな火柱が出来上がり、その指先を床に当てて鉄を切り裂いていく。

「凄いのです……」
「ワタクシに掛かればこのくらい朝飯前ですわ」

 得意気に胸を張りながらも見る見るうちに床が切り裂かれていく。そうして一人分が通れる程度の穴を開けると頭を入れて中を覗き込む。そこには地上と同じくエレベーターの通路が続いていた。
それを確認した二人は顔を見合って頷き合うと揃って穴に飛び込んでいく。ロープを伝って何処までも続きそうな闇の中を降りていき、やがて、もう一つの地面に辿り着いた。
再びタマキが扉をこじ開け、だが少しだけに留めて隙間からそっと中を覗き込む。そして二人は息を飲んだ。

「ここは……!」

 タマキは眼を疑った。
 まるで別世界。地上階とはうって変わって真白な壁が廊下を覆い、天井からは明々とした光が二人の顔を線状に照らし出す。見るからに作りはまだ明らかに新しく、しかし無機質な印象を与えてくるそれはどこかの研究所を想起させた。
もう少しだけ扉を開き、顔を覗かせて左右を見遣るが廊下には誰も居ない。これは幸いと二人は素早く身を廊下に躍らせ、耳をそばだてながらアテも無く歩いて行く。
一定の感覚で並ぶ非常ベルが時折赤く壁を照らし、また時々近代的な認証システムを備え付けた部屋の入口が二人の視界に入ってくる。

「さすがに……開きませんわよね」

 リンシンが耳を欹てて扉の近くに人が居ないことを確認した上でタマキは扉の前に立ってみるが、扉はウンとも言わず沈黙を保ったままだ。

「一旦戻りましょう。ここは危険ですわ」

 廊下の人通りは殆ど無いが、二人の前の扉以外にも長い廊下にはいくつも扉があり、そこからいつ人が出てくるか分からない。タマキは再びエレベータ通路に戻って扉を閉め、懐中電灯で壁を照らして何かを探し始めた。

「あった……!」

 か細い光が照らしたのは、人一人がやっと入れるかどうかという細い通気口。見つけるやいなや、タマキはエレベータロープを登り始めて通気口に手を伸ばすがロープとの距離が遠くとても届きそうにない。

「代わってくださいなのです」

 言われるがままにタマキが床に降り、今度はリンシンが上っていく。両手足を使ってスイスイと上って行き、通気口より少し高く登ると、タマキが下から見守る中、ヒョイと空中に飛び出した。
そして通気口の入り口に捕まるとあっという間にその身を通気口の中に滑り込ませてしまった。

「……ずいぶんと手慣れてますのね?」
「そんなこと無いのですよ? 何となく出来そうな気がしたのでやってみたのですけれども、結構簡単でしたですよ?」
「……さすがは魔物ですわね」

 魔術師としての優れた肉体を活かしきれていない自分を棚に上げてタマキは感心した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 見つけた通気口の中を二人は進む。タマキは懐中電灯を口にくわえて下を照らさないように注意しながら先頭を這っていき、そのすぐ後ろをリンシンが付いて行く。

「よろしければワタクシのお尻を撫でて頂けませんか?」
「相変わらずお姉さんはヘンタイさんなのですね」

 敵地故の緊張を解すためか、時折小声でそんなやり取りをしながら狭く暑苦しい通気口を通路に沿って進んでいく。暗いためか進みながらも距離感が分からず、地下がどのくらいの広さかも分からない。またスバルも地下の存在までは調べられなかったため、二人が居るのがどの場所にいるのかも把握できない。光がほとんど無いため互いに確認できないが、二人ともじっとりと冷たい汗を掻いていた。

「リンシン」

 不意にタマキが後ろのリンシンを呼び、体を壁に押し付けて行き先を見せる。リンシンが顔を上げて前を見れば、仄かな明かりがどこからか漏れてきていた。耳をすませば、人の話し声らしきものと機械の作動音の様な低い音が響いてきていた。
顔を見合わせてこれまでよりも慎重に進む。ゆっくりと脚を動かし、手を突く時もそっと床に下ろす。遅々とした進みによる焦燥に心が逸るが、それを抑えてタマキは光へ向かっていった。
やがて光源へと辿り着いた。そこはどうやらある部屋の天井に繋がっていたようで、光や話し声はその部屋の中から聞こえてきていた。
蓋はボーダー状になっており、二人は揃って柵の隙間から覗きこむ。
そして言葉を失った。

「……!」

 そこは広大な一つの空間だった。綺麗に清掃されている白いタイルが規則正しく敷き詰められ、床の景色に溶けこむように白い白衣を着た人たちが忙しなく歩き回っている。男性も女性も居り、皆ノートやタブレット型の端末を手に持ち、歩きながらも視線をそこから離そうとはしない。
時折黒っぽい服装の屈強な男たちが彼らの中に混じっており、威圧的な雰囲気を醸しながらゆっくりと左右を見回しながら研究者らしき人たちを観察している。恐らくは魔術師で、おかしな真似をさせないように監視と警備を兼ねているのだろうとタマキは推測した。

「間違いなくココで当たりですわね」

 タマキは確信し、ノバルクス社へ向かっているコウジたちへと連絡する事を決意する。しかしこの場で連絡すると声によって階下の人たちに気づかれる可能性は高い。そのため、一旦この場は退いて、地上に出た後に電話連絡するつもりだった。
だが――

「お父さん!? お母さん!?」

 リンシンの眼に飛び込んできたのは、円筒状の水槽の中で眼を閉じて浮かんでいる父親と母親の姿だった。シリンダからは無数のコードが繋がれ、その中では透明な液体に包まれた二人が漂っているが、死んでいるのか単に意識を失っているのかは判別できない。それでも、人間たちが自分の両親を使って何か実験を行っているのは明らかだった。
リンシンの心は千々に乱れんばかりだった。数週間に渡って探し続けた父親と母親。ずっと寂しくて、一人で居るのは怖くて、けれども勇気を出して夜の町を探し歩いた。そうしてヒカリやタマキと出会って、今、ようやく見つけた。
しかし、今の二人の姿はどうだ。怪しげな実験の被験体となって、生きているのか死んでいるのかも分からない状態。二人を見る人間たちの眼は、まるで物を見るかのように感情を宿していない。
今、初めてリンシンは人という種を憎み始めていた。
蓋を開けてリンシンは下へと飛び出そうとした。魔素が励起され、魔術を行使する準備がリンシンを中心に整っていく。しかしそれをタマキがかろうじて押しとどめた。

「落ち着きなさい!」
「離してくださいなのです! お父さんがっ! お母さんがっ!」
「誰だそこに居るのはっ!?」

 大声に魔素の励起。そして階下には魔術師。気づかれるのは自明の理。研究者の一人が上げた声に黒衣を着た警備員が続々と集まってくる。リンシンに聞こえない様にタマキは舌打ちした。
どうする。タマキは思考する。
自分が今居る場所はまともに身動きが取れない通気口の中。逃げるにしても移動速度は遅く、どこまで研究者や警備兵が建物の構造を把握しているかは分からないが、すぐにここを立ち去ったとしても出口で待ち伏せされれば不利。加えて半ば錯乱しているリンシンを抱えて果たして無事に脱出できるだろうか。
逃げるためには隙が必要。かつ自分の身体能力を鑑みれば、足止めする事も必要だ。
狭い隙間から見える足元の広大な空間。対して自分が居る狭い密閉空間。時間を掛ければそれだけ多くの敵が集まってくる。敵の戦力と自分の得意戦術。運動能力は魔術師としては著しく低いが、一方で強大な魔術についてはそれなりに自信がある。
一瞬で思考を巡らせ、タマキは決断した。

「――、―――、――」

 通路に響く高速詠唱。音を拾うのさえも困難な程に熟達したスバルには及ばずともタマキのそれは並の魔術師を遥かに上回る。
詠唱と同時に跳躍。魔素が励起して今にも発動しそうな気配を漂わせながら三メートル程の高さからリンシンを抱えて自由落下。同時、眼もくらまんばかりに光を発する灼熱の壁が二人を覆い隠した。

「ぎゃあああああっっ!」
「逃げますわよっ!」

 悲鳴と火災報知機がけたたましく鳴り響く。
 突如として立ち上った火炎。幾人かが業火に巻かれて一同が怯む。その隙にタマキは素早く距離を取った。
広い室内を手早く確認して出入口を探す。その時にリンシンの親以外の獏が同じようにシリンダプールの中に浮かんでいるのが見えたが、タマキは意識してそれらに気を取られ無いようにした。
あくまで炎の壁ファイヤーウォールは警備の眼を逸らすためのもの。建物や捉えられている獏たちへの被害を気にせずに大規模魔術を発動させれば全員を倒す事はできるかもしれないが、それでは本末転倒だ。今、全員を助け出す事は到底できないし、何よりココにはあの・・女が居る可能性が高い。リンシンから信頼を置かれるのは心地よいが、彼女と敵対した時に無事に守りきれる自信は到底なかった。
だからここは一旦逃げに徹する。

「離してくださいなのです! お父さんとお母さんを助けるのです!」

 尚もリンシンは喚きながらシリンダの方へと向かおうとする。だがタマキは無言のままリンシンの手を引いて、天井からスプリンクラーの雨が降りしきる中、強引に出口へと向かっていった。

「邪魔ですわっ! どきなさいっ!!」

 恐らくは魔術師では無かったのだろう。火災の発生にうろたえて逃げ惑う研究員を蹴り飛ばして部屋を飛び出す二人。だがすでに通路には警報によって異常を察した研究員たちが避難しようして溢れ、その彼らの間を縫って方々から警備の魔術師たちが集まってきていた。

「先手必勝っ!」

 タマキは素早く決断した。
 威力を犠牲にして詠唱を短縮。連続して唄い上げられる詠唱が騒がしい通路に響き、瞬く間に構築された空間魔術のコードから不可視の塊が作り上げられていく。予想外の速度で構築された魔術に敵達は反応できず、まるでハンマーに殴られた様に魔術師たちが壁へと叩きつけられていく。

「ふん、他愛無いですわね!」

 そう吐き捨てながらタマキは倒れ伏す警備員の横を走り抜ける。だがそこに響く銃声。背後から放たれた弾丸はタマキの頬をかすめ、一筋の紅い痕がタマキの頬を流れ落ちていく。

「侵入者は捉えろっ! 最悪殺してしまっても構わん!」

 怒鳴り声にタマキが振り向けばもう一発銃声。正面からだけでは無く後方からも拳銃を構えた警備員たちが数えきれない程に集まってきていた。

「ああもうっ! こんなか弱い乙女を相手に大の男たちが何を必死になってますの!
 リンシン! そっちは任せましたわよっ!」

 今度は強く舌打ち。先ほどの攻撃で正面に居た魔術師は倒した。そして見える限り研究員だけになった正面をリンシンに任せてタマキは後方へと向き直った。
詠唱、開始。身体能力のせいに加えて、殺傷が固く禁じられているため人前で本気を出すことが無く学校ではあまり評価されていないが、タマキの魔術構築能力は魔技高どころか世界でも有数な程に優れている。構築速度はスバルに及ばない。情報魔術の分野でもスバルには及ばない。得意とする熱魔術の威力は一角であるが、彼女の真の優れた能力はそこではない。
詠唱短縮。一番から二三番までのリソースを熱魔術に、二四番から四六番までを空間魔術に分割。
ほぼ同時に四六個もの魔法陣が同時に・・・構築され、次から次へと空気中の水分が凝縮、圧縮されて相変化を促進。超高圧力で押しつぶされたH2O分子はその結合を強固にし、氷の弾丸を作り上げていく。
タマキの優秀性。それはすなわち、汎用性。純粋な魔術的威力を追求せず、魔術属性を選ばず状況に応じて適切な詠唱速度、攻撃能力をイメージし、そしてそれを実現する魔術的素養――!

「お返しですわっ!!」

 一瞬で構築された無数の弾丸が空間魔術によって押し出されて、さながら幾丁ものマシンガンから放出されたかのように警備兵たちへと降り注いでいく。
警報音に混じって通路に響く悲鳴。警備兵たちも予想だにしていなかった弾幕攻撃の前に為す術なく次々に倒れていく。
時間にしてわずか十数秒。手足や頭部から流れだした血液が、白い床に映えていた。

「殺しは致しませんわ。そんな事したら後で面倒ですもの」

 腰に手を当て、うめき声を上げて苦しむ彼らにタマキはそう言い捨てた。そしてリンシンに任せた正面を向けば、混乱の最中にあった研究員たちは皆穏やかな寝息を立てていた。

「見事な手際ですわね、リンシン。それじゃ行きますわよ」
「でも、でもまだお父さんたちが……」
「リンシン」

 危機が去っても、否、当面の危機が去ったからこそ強く両親の事に未練をリンシンは残している。今も耳だけはタマキの方へと向いているが、視線はずっと獏たちが居た先ほどの部屋から離れていない。
タマキはそんな彼女の両頬を掴んで無理やり自分の方へ向けた。

「聞きなさい。あなたは、ご両親を助けたいのですわよね?」
「はい、なのです……」
「なら今あなたがしなければならない事は何ですの? ワタクシたち二人だけでもご両親だけなら助けることはできるかもしれないですわね。でも、他の獏たちはどうですの? 見捨てていいですの? 二人だけで、みんなを助けられますの?」
「それは……」
「到底ムリですわよね? だったら今はノバルクス社に行ってるコウジに連絡を取って味方を増やすことでは無くて? 連絡せずにワタクシたちがもし捕まったら、今日この眼で見たことは誰にも伝わらなくて、本当にご両親を助けられなくなりますわよ」

 だからしっかりしなさいな。
最後にそう付け足し、タマキはリンシンの頭を撫でて胸の中で抱きしめた。
家族の居ないタマキにとってリンシンは友であると同時に妹でもある。それは彼女の親はタマキにとっても親である事を意味し、だからこそ何としても二人とも助けたい。そして姉であるならば妹よりも冷静であり、かつ妹を守らなければ。リンシンの熱を感じながらタマキは今為すべき事を確認する。

「……分かったのです。本当はお母さんたちにすぐに会いたいですけれど我慢するのです」
「ん。よろしいですわ」

 リンシンの頭を一撫で。くすぐったそうに眼をつむるリンシンを見てタマキはずっとそうして居たい気分になったが、遠くから次の敵部隊がやってくる足音が聞こえ始める。

「行きますわよ。ここに居続けるとまた面倒な事になりますわ」

 さっきまでと同じようにタマキはリンシンの手を引いて駆け出す。今度はリンシンも抵抗すること無く、素直にタマキの後ろを追いかける。
狭い通路には絶え間なく警報が鳴り続け、バタバタとした足音と怒鳴り声を背中に受けながら二人は逃げる。
やがて数分ほど人気を避けて走り続けた二人は広めの部屋の中に辿り着いた。そこは薄暗く、非常灯が点灯しているが人の気配が無い。仄暗いためハッキリ確認はできないが、大型の機械などがあちこちに置かれていて、何かの実験室のような印象をタマキは受けた。

「……ひとまずは追手はまいたようですわね」

 安堵のため息を吐くタマキ。人気のない方へない方へと逃げ続けた結果、いつの間にか追跡者の姿も消え、同時に音も消えていた。
リンシンも立ち止まってじっと耳を澄まし、足音も何も聞こえない事を確認して、走り続けたことで昂った心音を落ち着けるように深く息を吐き出した。
額に手をやればじっとりと汗がまとわりついた。普段のリンシンの身体能力からしてみればたいした運動量では無かったが、それだけ緊張していた事の現れか。
タマキはポケットから携帯を取り出した。地下故に電波が通じているか不安だったが、モニタには電波が立っている事を確認し、恐らく今まさにノバルクス社に乗り込んでいるであろうコウジとサユリへと連絡を取るため、電話帳からサユリの番号を探しだしてダイヤルした。
携帯電話を耳に押し当てる。自動的にプッシュ音が鳴り、次いでプルルルル、とコール音が鳴り始めた。いつまた追手が現れるか。焦燥が、電話が繋がるまでの僅かな時間でさえもじれったさを冗長し、まだかまだかとタマキは無意識に脚を踏み鳴らしていた。
その時。

「――っ!!」

 背筋が凍るような感覚がタマキの中を走り抜ける。咄嗟に手に持っていた携帯を手放し、床の上に身を投げ出した。
同時、視界の端に眩い閃光が走り抜ける。放り出した携帯が突如として爆発。破裂音が静かな部屋に響いて、細かくなった破片が転がったタマキの上に降り注いだ。

「タマキお姉さんっ!」
「だい、じょうぶですわ……」

 耳鳴りを覚えながらも、心配の声を上げたリンシンを制し、小さく頭を振りながら上半身を起こした。
そのタマキに、どこからともなく声が降りてくる。

「へえ、よくかわしたな。安全なところで生きてきて腑抜けちまったかと思ったが、そいつはアタシの思い違いだったみてぇだな」

 闇の中から姿を表す一つの影。片足分が切り取られたジーンズのポケットに両手を突っ込んだまま歩いてくる、タマキが予想していた女性の姿を認め、タマキは親の仇の様に睨みつけた。

「それはお生憎様でしたわね。会いたかったですわよ――黄玉トパーズ……!」

 かつての仲間と、タマキは今、久方ぶりの邂逅を果たした。



夜中、誰もいない魔技総研に忍び込んだタマキ。 目的は獏たちを捉えた施設が無いか。またその他、獏に繋がる情報が無いか。 もし何かあればノバルティス社組にも連絡して、一気に告発。 口に懐中電灯を加えて、スバルが作成した地図をダクト内で眺める。 と、そこにヒョッコリ顔を出すリンシン。 「何でリンシンが居ますの?」 「お父さんとお母さんが居るかもしれないのです」 「居るとしたらたぶんノバルティス社の方よ?」 「何となく、こっちにお父さんたちが居る気がするのです」 「危ないわよ?」 「バカにしないでください。これでも自分の身は守れるくらいには普通の人間よりは強いのです」 リンシンを説得するのを諦めるタマキ。 その代わり自分から離れないように伝える。 スバルの地図に従って探して回るが、当初の予想通り特に何も無い。 人っ子一人居ない。あるとすれば地下。タマキは床に耳に当ててみる。 すると、微かに音がする気がする。 地下があれば必ず通路があるはず。エレベータをこじ開け、下へと潜るがすぐに底に行き当たる。 詠唱して床を焼き切る。すると更に下の階層が存在していた。 二人は下に降りていく。そこにはやがて人の気配がし始める。 ダクトを通って奥へと進んでいくと、やがて広大な空間と人の数。 「これはまさかのこっちが当たりですの?」 多くの研究者と警備員が居るが、ひとまず獏たちを探そうとするが、 被験体となっている獏を発見。 「お母さん!?」 リンシンが声を上げてしまい、慌てて口を塞ぐ。が、時既に遅し。 感付かれて二人は逃走。 ノバルティス社組に走りながら連絡しようとするが、トパーズ(かつての同僚)に攻撃されて携帯が壊れてしまう。 リンシンだけを逃して、ノバルティス組に連絡を取るよう伝える。 タマキとトパーズの戦い。 警備員の魔術師たちから逃げながら、リンシンは出口を探す。 急がないと両親だけでなくタマキも危ないと焦るが、追われながらなので出口を中々探せない。 途中、銃撃で脚を負傷。それでも何とか逃げるが、目の前に女性が現れ、挟まれて絶体絶命。 とおもいきや、 「しゃがめ」 指示に従ってしゃがんだリンシンの上を色々な建材が飛んでいき、追ってきた警備員をなぎ倒していく。 「無事か?」 リンシンを保護するミサト。 タマキとトパーズの戦いその二。 苦戦しつつも何とかトパーズを倒す。 そこでミサトとリンシンと合流。意識を失う直前、「後は任せとけ」とミサトが全てを終わらせる。 ヒカリがスバルに連絡。協力を求める。 →タマキが魔技総研に行く。(ミサトに協力を要請) ユキヒロ:ヒカリ、スバル 魔技総研:タマキ、リンシン、ミサト ノバルクス:コウジ、サユリ
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