Top

1-1 
1-2 
1-3 
1-4 
1-5 
1-6 
1-7 
1-8 
1-9 
1-10 
1-11 
1-12 
1-13 
1-14 
1-15 
1-16 
1-17 
1-18 
1-19 
1-20 
epilogue 









現在の閲覧者数:

(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved







――同時刻、魔技総研、地下





「うっ…あ……」

 蹴り飛ばされて宙に舞ったタマキは、鉄板でできた床に背中を強かに打ち付けた。衝撃で一瞬だけ呼吸が止まり、暗い視界が殊更に真黒に染まった。全身に走った痛みにタマキはうめき、しかしそれでもすぐに体を起こして立ち上がって相手を鋭く見据えた。

弱ぇよえぇ

 荒い呼吸の最中に届く声。口調には僅かな落胆と、そして多分な愉悦が混じっていてそれを証明するかのようにトパーズの口元が緩く歪んでいた。

「弱い、弱すぎる。弱っちいなぁ、ペリドットぉ。テメェとまともに殺り合ったのは初めてだったけどよぉ、ンなに弱かったんだなぁ。道理で道理で。さすがは序列十三位ってところか。納得したよ」

 両手に纏った電撃が空気中に放電。パチバチと音を立てる中で、トパーズは嘲りを口にした。
対するタマキは口元を流れる血をグイと拭い、「ハッ!」と挑発するように鼻で嘲笑ってみせる。

「序列序列と殊更に口にするからどの程度のものかと思ってましたけれども、この程度ですか。豪語してる割にたいした事ないのですわね。こちらもがっかりですわ」
「ぬかすなよ、クソが」

 言葉と同時に雷撃。非常灯程度の光量しか無い実験室に眩い閃光が走る。
励起された大気中の魔素を介して高圧電流がタマキに向かって襲いかかるが、一瞬早くそれを察知したタマキは横っ飛で避けた。
だがトパーズの右腕からは次から次へと電撃がタマキへと放たれて反撃の糸口を中々掴めない。

「この連続攻撃は厄介ですわね……」

 必死になってかわしながらタマキは状況を分析する。
タマキは熱魔術を得意とするがオールラウンダーに近い。対するトパーズは電気魔術の一芸特化に近く、それ以上にタマキに反撃を困難にさせているのがその速射性だ。

「どうしたどうしたぁっ! 逃げてるばっかじゃ私は倒せねぇぞペリドットォっ!」

 時折掠りながらもかろうじて避け続けるタマキとは対照的にトパーズは戯れるように絶え間なく電撃を放つ。タマキを挑発する言葉を吐き続けるが、その言葉は別の言葉と入り混じってうまく聞き取れない。
トパーズの速射性を支えるのは生まれつき持つ特異な声帯と肺活量だ。激しい運動をしながらタマキに向かって叫び、全くの同時に詠唱をも行える。声帯を特異に動かすことで二つの言葉を同時に喋るトパーズは、通常一度の詠唱で一つの魔術を行使するのに対して二つの魔術を同時に使うことが可能だ。だがトパーズは敢えて時間差をつけて二つの魔術を交互に詠唱し、魔術行使の間隔のほとんど無い、絶え間ない魔術の連撃で以て敵に立ち向かい、そして葬ってきた。

「くっ……ワタクシを舐めると痛い目に遭いますわよっ!」

 攻撃をかわしながら、合間を縫って詠唱を完了させたタマキがファイアーウォールを展開。攻防一体のその魔術で自身とトパーズの間に真っ赤な炎の壁を展開して電撃を防ぐと同時に、接近するトパーズへとダメージを与えようとする。

甘ぇあめぇんだよっ!!」

 並の威力の電撃ならば防ぐタマキの熱魔術。しかしトパーズは電撃の威力を収束させて炎の壁を蹴散らし、その隙間に体を滑り込ませてタマキに肉薄する。

「オラァっ!!」

 振るわれる豪腕。電撃を纏った左ボディがタマキの体を捉える。

「くぅ……っ!!」

 それでもタマキは何とか自身の腕を割りこませて直撃を避ける。だが鍛えられたトパーズのパンチ力を吸収できず、ガードの上からタマキは大きく後ろに弾き飛ばされた。
左腕の電気は放撃に比べれば威力は弱い。しかし触れたタマキの全身の電流が流れ、痺れがタマキの動きを阻害する。

「これくらいでっ……!」

 思考を分割。これまで避けながら少しずつ重ねてきた詠唱により、タマキは同時に十六の魔法陣を展開した。
氷の弾丸が瞬く間に顕在化してマシンガンの様に幾千もの銃弾がトパーズに降り注ぐ。
 ――だが

「構成が甘ぇっ!!」

 轟音。二人だけの実験室に破裂音と衝突音が響き渡り、着弾した氷が砕けて圧縮から解放された水分が蒸発。気化した水分がトパーズの姿を瞬く間に隠していった。
やがて部屋が静まり返る。
タマキの荒い息だけが反響し、呼吸を整えながらトパーズの居た場所を注視。多重展開した魔術の影響で感じる頭部の疼痛と何かを失った喪失感を堪えて、油断なく蒸気に透けて見える影を見ながら小声で詠唱を継続した。
そして現れるトパーズの姿。それを確認してタマキは「やっぱりか」と吐き捨てて舌打ちした。

「魔術の多重展開。確かにテメェの得意技だったな」

 トパーズの前に立ち塞がる、いくつもの打撃痕がある鉄板。床材に使われていた足元の鉄板がせり上がって盾となり、タマキの弾丸はトパーズには届いていなかった。

「だが並行して魔術を行使すれば、一つ一つのコード生成に使われる魔素は少なくなるし、魔術の構成はどうしても甘くなっちまうよなぁ?」

 それは多重展開魔術の欠点の一つだった。一度に利用できる最大魔素量は個人個人で限られているが、タマキの多重展開魔術はその魔素量を展開数だけ分割している。自然、それぞれの魔法陣に注ぎ込まれる魔素量は少なく、魔術一つ一つの威力は展開数が多いほど落ちていく。

「テメェの詠唱速度はまあそこそこだが、感電してちゃあうまく詠唱もできねえしな」

 トパーズの指摘にタマキは再度舌打ち。楽しげに喋るトパーズに唾を吐きかけたかったがそれもムダな事、と言い聞かせて自分を落ち着けて睨みつけるだけに留める。

「ついでにもう一つ言やぁ、テメェ大きなミスを犯してるんだぜ?」
「色々と戦ってる最中のありがたいご高説に感謝致しますわ。せっかく楽しそうですので聞いて差し上げましょう。ミスとはなんですの?」
「それはな――」

 ミシミシと鉄板が震え始める。小刻みに動くそれに、何事か、とタマキはトパーズから視線を切らずに身構えた。パチ、と板から小さく放電音が鳴った。

「この部屋に入りこんだ事だよ」

 瞬間、鉄板が弾け飛んだ。
先端をタマキに向けて飛んでいき、不意をつかれたタマキは避ける事ができずに腹部で受け、くの字になって吹き飛ばされた。

「かはっ……!」

 息が詰まり、大きく口が開く。壁に叩きつけられた音が響き、一度膝を突くがタマキはすぐに立ち上がってトパーズを探した。
しかしトパーズの姿は無い。

「っ……どこにっ!」
「ミスって言やぁもう一つ」

 頭上からの、声。

「上っ!?」
「私と戦おうなんざ考えたことだ」

 跳び上がったトパーズの掌の中で細かく放電される、淡い光の弾。それが瞬きの間に巨大な火球へと姿を変えた。
発光するそれにトパーズの表情が鮮やかに照らしだされ、トパーズは歯をむき出しにしてタマキに嘲笑いかけた。

「これくらいで死んでくれるなよ?」

 そう言って光球がタマキに向かって放たれ、タマキの視界が溢れる光で覆い尽くされていく。
 着弾。それと同時にタマキを中心として強烈な閃光。そして爆発。
猛烈な爆風が広大な実験室内を駆け巡る。備え付けていた付近の実験設備が融け、消し飛ばされていく。建物全体が大きく揺れ、放射される熱量で直接爆発の範囲に入っていない設備やダクト管が融けてただれ、脱落していく。
その威力にトパーズ自身も吹き飛ばされて宙を舞う。しかし彼女自身は空中で姿勢を上手く制御するとそのまま何事も無かった様に着地。乱れた髪を掻き上げながら着弾点を見た。
強烈な熱量を検知した、無事だったセンサーから送られた信号を受けて天井に備え付けられていたスプリンクラーが作動する。土砂降りの雨の様にトパーズの長い髪を濡らしていった。
室内に降り注ぐ雨は、一瞬で解き放たれた数万度に及ぶ熱を冷ましていく。光球に熱せられて融けた鉄パイプや床に触れると蒸発し、水蒸気となって室内を満たしていった。

「さて、と」

 顔にまとわりついた髪を鬱陶しそうに掻きあげて、トパーズは未だ蒸気の晴れない着弾点へ向かって歩き出した。小さな池の様に水浸しになった床に脚が着く度に、電子が水中を駆け巡って発光していく。
 幾分晴れ始めた蒸気の中に身をうずめ、トパーズは足元に当たった何かに気づく。そして、大きく右足を振り上げると、足元のそれに向かって振り下ろして踏みつけた。

「う、あ……」
「おら、起きろよ、ペリドット。いつまで私を放って寝てやがる。とっさに氷のカーテンで致命傷を避けるくらいなんだ。さっさと元気な声で哭けよ」

蒸気が晴れて顕になったタマキの体には幾つもの傷が走っていた。かなり丈夫な作りになっているはずの魔技高の訓練服はあちこちが破れたり生地が焼けただれたりしている。端正な顔のアチコチに火傷の痕があり、そして破れた腹部、つまりトパーズの足の下には十センチに及ぼうかという細長い鉄片が刺さっていた。
その鉄片に足を乗せたままトパーズは差しこむように力を込め、だが一息に行かずにジワジワとタマキに苦痛を与えていく。

「ああああぁぁぁっ……!」
「どうだ、体の中に異物がめり込んでいく間隔は? 気持ちいいだろぉ?」

 愉悦と歓喜。他者を痛めつけることで自身の存在価値を見出す彼女は、湧き上がる衝動に逆らわずに力を込める。その度に耳を打つ苦悶の声が大嫌いなタマキのものだ。苦しむ様は見ているだけで気持ちがいい。トパーズの表情には快楽が伴っていた。

「そ、の汚らしい脚を、どけなさい……! この変態、がっ……!」

 踏みつけられたタマキは、激痛に呻きながらトパーズの脚をつかんだ。だが、苦痛に加えてダメージで消耗した腕には力が入らず、トパーズの全身に纏わせた電撃によって弾かれ、腕には感電による火傷だけが増えた。
だがそれがトパーズには気に入らなかった。

「テメェの方こそ誰の許可を得て私に触れてんだ、よッ!!」

 腹の上にあった脚を、今度はトパーズはタマキの顔面へと振り下ろした。タマキは両腕を交差させて防御するが、トパーズは変わらず踏み続ける。
ガード越しにも伝わる衝撃にタマキは頭を揺さぶられ、意識が飛びかける。トパーズをどかそうにも体を動かせば、踏み外したトパーズの脚から迸る電流が水溜りを伝って全身を耐え難い苦痛が襲う。鉄片の刺さった腹部からの激痛も相まってタマキの意識は限界に近づきつつあった。

「イェ・スペラ……」
「させるかよ!」

 何とか魔術で現状を脱しようとタマキは高速詠唱を試みる。だが、トパーズはそれを許さない。
タマキの魔術よりも早く電撃が迸る。意識が飛ばない程度に、しかし可能な限り苦痛を与える程度に絶妙に威力が調整されたそれを受け、タマキが再度苦痛に叫び声を上げる。
だが、不意にトパーズは視線をタマキの腕へと向けた。

「この腕が邪魔なんだよなぁ」
「くっ……離しなさいなっ!」

 トパーズが脚でタマキの顔を踏みつけたまま、タマキの右腕を持ち上げた。抵抗するタマキだが、身体能力の違いは大きく、掴まれた腕はびくともしない。
持ち上げたタマキの腕を、トパーズは自身の膝に押し当てる。
そして。
その腕をへし折った。

「ああああああああああっっ!!」
「ついでにこっちも折っとくか」

 タマキが泣き叫ぶがトパーズは気にした風も無く、世間話でもするかのような気楽さで左腕も掴みあげ、そして何の躊躇いもなく左腕の骨も砕いた。

「があああああぁぁぁぁっっ!!」
「さて、それじゃそのやかましい口、をっとぉ!」

 腕の痛みに気を取られて露わになったタマキの顔をトパーズは蹴りつける。それでタマキの叫び声が途切れると、無防備になった顔を踏みつける。

「おらっ! どうしたっ! さっきみたいに泣き叫んでみろよ!」

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も踏みつける。
その度にタマキの顔が歪み、歯が折れ、血飛沫が飛び散る。
やがて。

「よっ! おらっ! ふんっ! ……と、何だ、もう気を失ったか」

 グッタリとして動かなくなったタマキを見て、トパーズはつまらなさそうに呟いた。事実、彼女は興味をすでに失っていた。
トパーズは自分の口に無意識に手を当てた。醜く愉悦に歪んでいた口元は今は、三日月とは逆のへの字型に曲がっていた。
ポケットからガムを取り出して包み紙を剥がす。いつの間にか飲み込んでしまっていたガムを惜しく思いながら新しいそれを口に含んで味わうように噛みしめる。
嫌いな女の顔を踏みつけてその整った顔を潰してやった過程はとても爽快だった。血に塗れていく様は痛快だった。だが何の反応もしなくなれば面白く無い。おもちゃだって動くから面白いのであって、壊れてしまえばそこには何の価値も無い。
足元に転がる、動かなくなったペリドットをトパーズは眺め、見下ろした。そしてそのままクチャクチャとガムを噛み続け、やがてまだ味の薄くなったガムをタマキの顔目掛けて吐き捨てた。
唾液に塗れたガムが、鼻が潰れたタマキの顔の上を滑り、少し赤みが混じった水溜りに落ちた。タマキは動かなかった。

「……つくづくムカツクやつだ」

 人は、おもちゃだ。トパーズは思う。自分以外の人間は利用すべき存在であり、自分を楽しませる存在でなければならない。
人に使われるのはうんざりだ。これまでの自分を思い返し、そう内心で吐き捨てた。
何処の誰だか分からない親の股から産まれ、そして何処の誰かも分からない人間に育てられて、欲望のはけ口になり、暴力を受け、そいつの都合の良い様に捨てられた自分。気がつけば世界は混乱の最中。肥溜めの様なクソッタレな場所で生きるために何だってやった。盗みだってやった。自分が生きるために仲間と組まされて裕福な人間を殺したりもした。殺されそうになったりもしたし、仲間同士で僅かな飯のタネを奪うために逆に殺したりもした。
ヴァイスに無理やり入れられてからも殺しを命令されて実行した。訓練で暴行されて死にそうにもなった。
振り返って蘇る記憶の中に人の温もりと呼ばれる様なモノは何も無い。ただ自分は組織の人間に一方的に使われるだけの存在で、使われる者同士の間でも信頼も信用も無かった。
全てが敵だった。隣人も組織も街も国も世界も、何一つ信用できず、何一つ信頼できない。唯一自分が信頼できるもの。それは、己の力のみ。それさえ極めてしまえば、誰にも指図されない程に強くなれば、そうすれば使われる立場から使う立場へ変われる。誰からも思い通りにされず、自分がやりたいように、自分の感情が赴くままに生きていくことができる。それだけを信じて、信じてきたからこそ自分は今ここにこうして立っている。
だから、この女が気に入らない。

「ふん……」

 鼻を鳴らしてトパーズはタマキに背を向けた。無言のまま水溜りに足音を立てながらリンシンが走っていった方向へと歩き出す。

「まあいいや。それよりもあのガキをいい加減追いかけねぇとな……」

 気持ちを切り替え、トパーズは敢えて見逃したリンシンの事を考えた。そして建物の構造を思い返す。
リンシンに手を出さなかったのは、タマキが言った通りタマキの目の前でリンシンを殺すためだが、見逃したのはリンシンの逃げた先に出口など無いと知っていたからだ。この先は奥の部屋へと続く通路があるだけで、天井を這う換気用のダクトも全て一旦この部屋を経由する構造になっている。後は時間さえ掛けてじっくりと追い詰めていけば捕らえるのは確実だ。
リンシンを追いかける算段を立てながら原型を留めていない実験室を立ち去ろうとした。

「お待ち、な、さい……」

 だが、立ち去ろうとしたトパーズの背に途切れ途切れの声が届いた。驚きに眼を見開いて振り向く。
ヨロヨロとして立つことさえ覚束ないタマキ。折られた両腕はダラリと床に向かって動かない。いつもは鮮やかな金髪のツインテールも解け、俯いた顔からはポタポタと血が流れ落ちていた。

「あの子のところには行かせませんわ」

 全体が腫れ上がった顔を上げて、タマキは言った。口の中が切れてしまったせいか、それとも鼻血で詰まっているせいかくぐもった声になってしまっているが、タマキは腹に力を込めて言葉を絞り出した。
立ち上がった事に驚いていたトパーズだったがその顔からすぐに表情が消え、能面の様に冷たく顔を強ばらせて再びタマキに近づいていく。

「何でだよ」

 ポケットに手を突っ込んだトパーズが蹴り飛ばす。特別強烈なものでは無かったが、タマキはガードもできず、それどころか受け身さえ取ることができずに弾き飛ばされて、水しぶきを上げながら床を転がっていった。

「が……ゲホッ……」
「何なんだよ、テメェは」

 それでも尚もタマキは立ち上がる。折れた腕の痛みに耐え、今にも崩れ落ちそうな頼りない支えに両腕を使って、歯を食いしばってタマキは立ち上がる。そんなタマキに、トパーズは気味悪そうに見下しながら胸ぐらを掴んで顔を寄せる。

「テメェ、もう限界だろ? なのに何で立ち上がれんだよ? そんなにあのガキが大事か?」
「ええ、大事ですわ。大事な、家族ですもの」
「家族だぁ? 血も繋がってねぇんだろ? それどころか人間ですらネェじゃねぇか」
「そんなこと、ワタクシにとっては些事でしかありませんわ。血が繋がっていないからどうだっていうのですの? 人じゃないから何だっていうのですの? 大切なのはワタクシがあの子を誰よりも大好きで妹だと思っている事であって、人種だとかそんなのは家族であることに何ら影響を及ぼすものではありませんわ」
「……私には分かんねぇな。まぁったく理解できねぇ。誰をどう思おうとテメェの勝手だが、それがテメェの命賭けてまで守るようなもんか? 所詮他人じゃねぇか。自分テメェの命以上に大事なもんなんてあるわけがねぇ」
「ええ、トパーズ。あの人を殺してヴァイスの外に出てしまったアナタにはもう一生掛けても理解出来でしょうね。
 ワタクシはあの子の姉。自分で勝手に思っているだけですけれども、家族と決めたのならそれを貫き通すのがワタクシの矜持ですの。姉が妹を助けようとするのに姉であるということ、それ以上の理由なんて要りませんわ」

 言いながら腫れた口で笑ってみせるタマキに、トパーズは言い知れない不快感を覚えた。タマキは劣勢で、今も自分の腕に掴まれている。トパーズがその気になればすぐにでも命は絶たれるというのに、自分がタマキの人生を握っているというのに、その事をまるで悔やむことも無く、逆にタマキの方が上位に立っているかのような余裕。見下しているはずがいつの間にか心中を見透かされ、見下されているみたいな感覚。気づけばトパーズはタマキを床に叩きつけていた。
背中から衝撃にタマキは息を詰まらせ、咳き込んで血の混じった痰を吐き出した。

「テメェもヴァイスに居た以上孤児だろうが! 親に捨てられたクチだろうが! ヴァイスの中でクソッタレどもに良いように使われてきたんだろうが! なのになんでそこまで他人を好きになれるんだよ!? なんで家族なんかになろうとしやがるんだよっ!?」
「孤児だからこそ、ですわ」

 トパーズの激情に対して、だがタマキは即答した。

「孤児で、親の温もりもまともに感じることも無かったワタクシですけれども、幸いな事に人の温もりまでは奪われませんでしたもの。人の、暖かさを、誰かを思うことの大切さをワタクシは教わりましたわ。アナタが……殺してしまったあの人から」

 ヴァイスでの生活は過酷だった。今振り返ってみてもタマキはそれを否定出来ない。トパーズの言う通りヴァイスでは訓練の毎日で、失敗すれば教官に容赦なく怒鳴られ殴られた。訓練生同士の訓練でもいかに効率よく相手を殺すか。いかに効率よく逃げ切るか。いかに効率よく要人を誘拐するか。まるで機械になってしまっていたようだ、とタマキは回顧した。
同じ訓練生でもトパーズが大好きな「序列」が幅を利かせ、失敗すれば蔑まされ、イジメられた。身体能力の低いタマキは、その悪意を多く受けて生きてきた。人らしい感情は介在する余裕は無く、互いを思い遣る心は悪徳とされた。タマキ自身も何度も死にかけた。生き延びることに必死で、心は黒い何かで塗り潰され、気がつけば冷徹なマシーンと化していた。
それでも彼は優しかった。訓練では厳しく、容赦はしない。失敗すれば厳しく叱責されて、夜遅くまで訓練させられた。だが、訓練が終わればタマキの事を労り、成功すれば抱きしめて全身で喜びを示してくれる。次第にタマキの凍てついていた心は融けていっていた。
かつてタマキは彼に問うた。他の教官と違い、なぜ自分たちに優しく接する時があるのか、と。すると彼は困ったように太い眉を八の字に歪めた。

(私はこれからもずっと訓練では君らには厳しく接するだろう。だけどそれは君らを死なせたくないからだ。いつか、いつかきっと世界が落ち着きを取り戻し、君らが今と違った生き方を求められる時が来ると思う。生きるか死ぬか、そんなシビアな世界じゃなくて、誰かを愛し、誰かから愛されて穏やかな毎日を当たり前の様に生きる、そんな世界。その時が来た時にその愛を当たり前に受け止められるようになってほしい。だから私は君らに愛を注いでおきたいんだ。君らは愛されることを許されているんだと信じられるように)

 彼がそう言った時、タマキは理解できなかった。トパーズと同じように全てが敵だと信じ、一人心を凍らせていたから。だが今なら理解る。魔技高に潜入し、ヒカリやスバル、ユキヒロと日々を過ごした今ならば。

「あの人が蒔いてくれた種のおかげでワタクシは『今』を楽しく享受できてますわ。きっとあの人がワタクシたちを愛してくださらなければ、ワタクシは毎日を楽しいと思えなかったですの。
 ワタクシは独りじゃない。それに気づかせてくれたからワタクシは怖がること無く誰かを求めますの。求めることができますの。他人を好きになれますの。
あの方が愛を示してくれなかったら……アナタのように誰でもない誰かを恨んで、世界を妬んで……そうやって生きていたに違いないですの」
「テメェに俺の何が理解る……!」
「……失礼しましたわ。ワタクシはアナタじゃありませんから、アナタ自身がどう思っているのかは全て想像でしかないですものね。
 けれど、だからワタクシは他人を愛するのですわ。世界を蔑んで、世界から蔑まされて生きるよりはよっぽど素晴らしいですもの」
「テメェ……!」
「そして――」

 タマキは残る力を振り絞ってトパーズにしがみついた。折れた両腕を必死に動かし、両脚をトパーズの体に絡ませた。
同時に高まっていくタマキの魔力と、辺りで励起していく尋常では無い魔素。空気が明らかな重さを持ってタマキとトパーズの二人にのしかかり始めた。
トパーズはもがく。トパーズとタマキの身体能力は、今の二人のダメージを見れば明らかで、だがしかし、トパーズが必死にタマキの体を引き剥がそうとしてもタマキもまた必死に食らいついて離れなかった。
もがくトパーズの顔をタマキは見上げた。そして笑った。

「誰かを本気で愛した時、自分の命さえ惜しくは無くなりますわ」
「一体何を――」
「さよなら、ですわ」

 溢れる暴力的なまでの魔力。目も眩む様な光がタマキを中心として溢れだし、タマキとトパーズ二人を飲み込んでいく。

「ペリドットォォォォッ!!」

 歯をむき出しにしてトパーズが叫び声を上げる。タマキはニヤ、と笑ってみせて眼を閉じた。
荒れ狂う熱量。自分の体の感覚が消えていくのを知覚しながらタマキは脳裏に過る在りし日の自らと「あの人」の姿。

(愛していました――)

 そして浮かび上がるリンシン、ユキヒロ、スバルそしてヒカリの姿。まざまざと浮かんだその姿が閃光の中で幻視して、タマキは自らが涙していることにやっと気づいた。
二人の姿は鮮やかな光の中へ消えていった。



タマキパート。 タマキは一方的にトパーズにやられていた。 すでにボロボロで、なぶるようにトパーズは遊んでいた。 「弱っちいなぁ、ペリドット」 高速で詠唱させてもソレより早くトパーズの電撃が放たれる。 ファイアーウォールを構築しても収束した電撃が撃ちぬいてくる。 室内は磁場が構築されていて、氷の弾丸も実験室の金属を盾にして防がれる。 一方的な戦いが続く。 だがなぶるのが好きなトパーズはトドメを刺さない。 やがて動かなくなったタマキを見て、舌打ちしてリンシンを探しに行こうとする。 だがタマキは立ち上がる。肩で息をして、服は熱で焼けて溶けたり 「情けない事にワタクシではアナタには勝てませんもの」 「でも、リンシンが逃げ延びるくらいの時間は稼いで見せますわ」 「てめぇ、そんなにあのガキが大事か?」 「ええ。大事ですとも。ワタクシは情が深い女ですから。一度仲間と認めた人は全て大事な家族ですわ。そんな家族を……三度も失うわけにはいきませんもの。あんな想いは一度で十分ですわ」 蹴り飛ばされるタマキ。首を掴まれて持ち上げられて電撃を流される。 「テメェも孤児だろうが。親に捨てられたクチだろうが。なんでそこまで家族を求めるんだよ」 「孤児だからこそ、ですわ。幸いにもワタクシは人の暖かさを知ることができましたもの。仲間なしの人生なんて考えられませんわ」 鉄パイプを磁力で取り寄せてトパーズはタマキを壁に縫い付けて、今度こそリンシンの元へ行こうとする。 警備員の魔術師たちから逃げながら、リンシンは出口を探す。 急がないと両親だけでなくタマキも危ないと焦るが、追われながらなので出口を中々探せない。 おまけに基本一本道で、実は出口はこちら側には無かった。 途中、銃撃で脚を負傷。それでも何とか逃げるが、天井を破って目の前に女性が現れ、挟まれて絶体絶命。 とおもいきや、 「しゃがめ」 指示に従ってしゃがんだリンシンの上を色々な建材が飛んでいき、追ってきた警備員をなぎ倒していく。 「無事か?」 リンシンを保護するミサト。 タマキとトパーズの戦いその二。 苦戦しつつも何とかトパーズを倒す。 そこでミサトとリンシンと合流。意識を失う直前、「後は任せとけ」とミサトが全てを終わらせる。 ヒカリがスバルに連絡。協力を求める。 →タマキが魔技総研に行く。(ミサトに協力を要請) ユキヒロ:ヒカリ、スバル 魔技総研:タマキ、リンシン、ミサト ノバルクス:コウジ、サユリ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送