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epilogue 









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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved




 扉が閉じる。
 ヒカリたちが退出し、外のBGMが完全に遮断された事を確認すると、スバルは肩の力を抜くのに合わせて大きく息を吐き出した。

「そんなにヒカリと一緒に居るのが疲れるのかしらね」
「そういうワケじゃないよ。どっちかっていうとイチハのせいで走らされた事のほうが疲れたし」イチハの問い掛けにスバルは苦笑をにじませ、皮肉を軽く上乗せして軽口を返す。「少しだけどヒカリにべったりできたからむしろ逆に疲労は回復したよ。知らなかった? 普通は糖分とかが栄養源だけど、ボクの栄養源はヒカリ分なんだよ?」
「はいはい、分かったわよ。それでも気疲れしてるように見えるんだけど、それも気のせい? ユキちゃんもだいぶカリカリしてるみたいだし」
「お前と一緒に居るからにゃ。わちきも本当は頼りたくないけど、残念ながらイチハの力は認めざるを得ないからにゃ。別に好きで一緒の空気を吸ってるわけじゃニャい」
「もう、ユキちゃんったらホントにツンデレ! だから余計に好きになっちゃうじゃない」

 言いながらイチハはユキに手を伸ばす。が、黒い尻尾がしなやかにその手を打ち付けて拒んだ。

「触るのを許可した覚えはないにゃ」
「うーん、ダメか。ま、今日のところはいいわ。いつか絶対にユキちゃんを振り向かせてやるから。
 で、スバルの悩み事は何かしら? 『アイドル・イチハの何でも相談室』ならどんな些細なお悩み事も聞いてあげるわ。基本聞くだけだけどね」
「別に相談所に来たつもりは無いんだけどさ。まあ、ヒカリには聞かれたくない事が多過ぎるから、バレないようにするのに気疲れはするけどね」
「相変わらず二人ともヒカリに対しては過保護よね」
「イチハには言われたくないよ。というか、英雄たち全員ヒカリには過保護のくせに」
「ミサト姉なんて特にね。私はミサト姉に言われてヒカリを見てる・・・だけだもの。私なんて可愛いもんよ。それで、その過保護のスバルとユキちゃんは何を聞きたいのかしら?」
「そうだね……」

 冷めたココアでスバルは口を湿らせて、少し考えこむようにこめかみを掻いた。
そして名前を口にする。

「君代・ヤヨイについて」

 それと同時にイチハの眼が細まり、「へぇ……」と声を上げながら楽しそうに口端を歪ませた。

「どうしてその子の事を聞きたいの?」
「知っての通り、ボクには立場上いろんな人の情報が入ってくる。ミサト姉はもちろん、ミサト姉と関係がある多くの人からね。ヒカリと繋がりがある人間の家族構成やその背後関係、思想や政治信条、ありとあらゆる事を聞かされる。学校のクラスメートはもちろん、その教師まで。ヒカリを利用・・する人間がいないか監視しないといけない。それはイチハも知ってるよね?」
「ええ、知ってるわよ。前にミサト姉に手伝ってくれって言われたけど、面倒だったから断っちゃったもの。それで?」
「ミサト姉が準備してくれた人ってみんな優秀だからさ、ボクの知りたい事を不足なく教えてくれるんだ。町中ですれ違うだけでも、ホンの少しでも怪しい素振りをしたら徹底的に調べあげてくれる。今まで一人の例外もなくね」

 まあ、大概は本当に無関係なんだけど。
そう言って苦笑を数瞬だけ浮かべ、すぐにスバルは表情を引き締める。

「なのに」
「君代ヤヨイの情報は一切無い」

 スバルの言葉に被せるようにイチハが言葉を続けた。そのことに若干スバルは口を尖らせるものの、うっすらと笑みを浮かべるイチハに対して特にそれ以上の感情を見せることはない。

「イチハの言う通り、入学した時からのクラスメートである君代さんの情報は一切無いんだ。この一年間、人物関係に家族関係、普段の学校外での行動は何一つ入ってこない。何をして過ごしているのか、何処に住んでるのか。どういう趣味趣向をしてるのか。尾行しようとしたこともあるみたいだけど、全部途中で姿を見失ってるし、学校に登録されてる住所もデタラメだ。もっとも、今までは特にヒカリにも僕らにも関わって来ようとしなかったから放っておいたけどね」
「でもここ最近になって急に彼女が接近してきた、ということね?」
「全部知ってるくせに一々確認してこなくていいにゃ」

 ユキが前足で顔を掻きながら悪態を吐く。そんなユキを宥めるようにスバルは苦笑を浮かべ、優しく抱き上げて膝の上に置いて頭を撫でてやり、思わずユキの口から声が漏れてしまう。

「いーなー。スバルばっかずるいじゃない。私にも触らせてよ」
「イヤにゃ」
「話を続けていいかな?」

 幼子のように駄々をこねて不満を口にしながら再度ユキに頼むが、すげなく断られてイチハは大きく肩を落とした。その様子を見ながらスバルは、今度は大きくため息を吐き、「それで」と語気を強めて強引に話を元に戻す。

「君代さんの事を知ってるなら何でも良いから早く教えて欲しいんだ。ボクも暇じゃないからさ」
「そんなに怒らないでよ。ちょっとしたユキちゃんとのじゃれ合いじゃない。あーもう、分かったわよ、だからそんなに睨まなくていいから」
「睨みもするよ。せっかくヒカリと一緒にいる時間を割いてまでしてるのに話が進まないんだから。イチハの悪いとこだよ。すぐに話を脱線させるの」
「ハイハイ、ごめんなさい。悪かったわね。とは言うもののねぇ……」

 スバルのダメ出しを受けて謝りながらイチハはソファに座り直し、だがどこかバツが悪そうに金色に染めたツインテールの髪を指先で弄ぶ。

「彼女の事はほとんど分かんないのよね」
「なんだって?」

 スバルは耳を疑った。
 情報の魔法使い紅葉・イチハ。「世界」にアクセスし、世界が蓄えた情報を引き出す事ができる彼女に知らない、知ることができない情報は存在しない。どれだけ隠したくてもその痕跡を世界は記録する。そこに誰一人として例外は無く、誰一人として逃れられない。加えて卓越した精神魔法を行使すれば、その気になれば本人が知らない記憶や感情、想いを引き出し、意思を操作する事さえも容易く、人の尊厳をイチハの意思一つで簡単に踏みにじれる。なのでユキはイチハの能力を嫌悪するのだが、むしろだからこそ客観的事実だけでなく主観的事実まで含めて知ることができるイチハは「全知」に近しい存在だ。少なくともそういう認識を持っていたスバルは、目の前に胡座のまま座る少女の言葉が信じられなかった。

「私も最初は信じられなかったわよ。今まで誰一人だって例外なく知ることができたのに彼女だけ何一つ読み取れないんだもの。もしかして自分の力が失われちゃったんじゃないかって思って、思わず自殺してしまいそうになってしまったじゃない」

 軽い調子で冗談でも言うかのような口調で急に「自殺」という言葉が出てきて、一瞬スバルは虚を突かれた。反応できずに言葉に詰まり、かといって笑い流すことも出来なくて、それを悟ったイチハが「冗談よ」と何でもない事の様に流そうとして、そこでようやくスバルも表面上を取り繕う事ができた。しかし、それは表情を装うだけで、心中でスバルは魔法使いの持つ「業」を改めて思い起こさせられていた。
イチハの何気なく放った自殺という言葉は決して単なる冗談の類では無い。事実、スバルの知りうるだけでイチハは過去に三度も自殺未遂を起こしている。未遂、とまでは行かなくとも行動に起こしかけたものも含めれば両手の指で数えられるかどうかスバルは自信が無い。
一命を取り留め、意識を取り戻した彼女にスバルはかつて尋ねた。なぜ、死のうとしたのか、と。そしてイチハは一言、呟いた。寂しかったから、と。
その時にスバルは悟った。「魔法使い」の不安定な精神状態を。そしてそれは「魔法使い」である以上避けられない事だと。
英雄、魔法使い。繰り返しスバルは頭の中でその二つの単語を反芻する。世間では称賛と憧れの代名詞とも言えるそれらだが、実体は世界からの拒絶と孤独を意味している。
何にも属せず、誰にも理解されない、そんな存在。
例えばスバル自身を振り返れば、自分の性癖はマイノリティではあるがヒカリもタマキもユキヒロもそんな自分を理解してくれている。魔術の威力は乏しいが、その技術自体は常識的・・・に優れていて、周囲はやっかみもあるものの少なからず認めている。
また所属に眼を向ければ日本という国に属していて、神奈川県に属していて、小鳥家という血族を有し、魔技高専特任コース二年一組というコミュニティに属している。何より、今立っているこの世界に「属している」。
だが魔法使いたちは違う。誰一人として彼らの使う魔法について理解できず行使もできない。彼らの功績を知り、実績を学び、人となりを知っても「理解できない」。どれだけ近寄ろうとも親しくなれない。誰もが無意識の内に「自分とは違う」とだけ理解し、一方的に劣等感に押し潰され、異なる「世界」に生きる存在だと線引し、理解を放棄する。
そして魔法使いである彼ら自身もこの世界に生きていると理解できない。
人が生きていけるのは、自分自身が「一人ではない」と無意識で理解しているからだ、とスバルは考えている。どれだけ一人で過ごそうとも、どれだけ周りと関係を絶とうとも絶つことのできない繋がりがあるから生を放棄しない。
例えば家族。例えば友人。例えば恋人。例えば所属している学校。例えば働いている会社。
誰もが何かしらに属しており、そこではどれだけ希薄であっても誰かがいる。生きている以上は決して絶てない繋がりがそこにはある。その繋がりが絶たれた、もしくは感じられなくなった時に人は自ら死を選ぶ。そしてその根幹にして最たるものが「世界」だ。人との繋がりが絶たれようとも、生きている限り世界は自分を手放さない。世捨て人であろうと、世界は時に厳しく、時に優しく人に触れ続けてくれる。
だがしかし、魔法使いはその繋がりを持てない。何故ならば「世界」そのものから拒絶されているから。
どれだけ足元を踏みしめようとも、どれだけ世界に手を伸ばそうとも、どれだけ世界に触れようとも世界が魔法使いに手を差し出してくれることは無い。
それは深い孤独だ。外から覗きこんでも底の見えない、光の差し込まない深淵の中に彼らは囚われている。つまりは根幹が崩れ、ゆえに常に常人には理解できない「深い孤独」に苛まれ続ける。それは彼らが魔法を行使する度に耐え難いほどの苦痛を与え、強力な魔法を使うほど強烈になっていく。だからこそイチハはタマキの要望に応えず、スバルもまたそれを特には咎めなかった。幾度と無く孤独に苦しみ狂う魔法使いの姿を、最も魔法使いにちかしい友人として眼にしてきたから。

(ヒヤッとするからあまりそういう言葉は使わないで欲しいけど、ムリだよね)

 ソッとため息をスバルは吐く。スバル自身、魔法使いたちを完全に理解できてはいないが、それでも長い付き合いだ。彼らがどれだけもがいているか、息苦しい、生き苦しい生を必死で生きているか知っている。だから、魔法使いを除いて最も彼ら自身を理解している人間としてただ一つの事を願うばかりだ。

(みんな報われて欲しい)

 いつの日か、また昔みたいに皆が揃って笑い合える日が来て欲しい。楽しく無邪気に遊んでいた幼いあの日を。期待するには可能性は低くて、けれども願ってやまないそんな日。スバルはそんな想いに呪いの様に縛られている自分に気づいていなかった。

「でも別に魔法が使えなくなったワケじゃないんだよね? じゃないと今こうして話なんてしてないだろうし」
「まね。他の人に試してみたけど全然普通に使えたし。ついでにちょっち実験もしてみたのよ」
「どんな?」
「気になる事があって、ミサト姉に私が意識を読み取ろうとした時にちょっち抵抗してもらったの。でそしたら案の定」

 イチハの言葉をユキが引き継ぐ。

「読み取れなかったってわけにゃ」
「そゆこと。ミサト姉一人じゃ信頼性として欠けるからコウジにもちょっち協力してもらって確かめてみたけど、結果は同じ。やっぱり本気で抵抗されたら何も読み取れない。ちなみに一般人相手だとそんな事は無かったから」
「っていうことは……いや、でもまさかそんな……」

 有り得ない。スバルは頭の中に浮かんだ推測を即座に否定した。
だがイチハの力を本人と同じくらい理解しているのはスバル自身だ。魔法使いの魔法が及ばないなどということは普通では有り得なくて、しかしイチハ自身がミサトたちを対象にして実験を試みて結論を出してしまっている。
スバルは否定して欲しいと願いながら頭を抱えてイチハを仰ぎ見て、イチハは軽くため息を吐くことで応えた。

「気持ちは分かるけどね、十中八九正しいと思うわ。
 ――君代・ヤヨイは魔法使いよ。私の魔法に対抗できる程の抗魔力を有するなんてそれくらいしか考えられないわ」
「だけど!」

 スバルは声を荒げて立ち上がった。だが落ちそうになったユキが膝の上で太ももに向かって爪を立て、その痛みにスバルはすぐに冷静さを取り戻すことができた。小さく「ゴメン」と謝って座り、しかしグルグルと頭の中では、有り得ない、と何度も繰り返してイチハの考えを否定し続けた。

「だけどさ、ボクが駆けつけたあの日――十年前のあの時、あの場所に君代さんは居なかった」
「それは肯定するわ。私たち五人の他には誰にも居なかったはずよ。けれどそれだって古い記憶だし、私たちが気づいて無かっただけで彼女が居た可能性もゼロでは無いわ」
「……世界にアクセスして調べられない?」

 口にしてスバルは後悔した。イチハにとって世界へのアクセスは最上級の魔法に位置し、行使すれば、今この場で発狂しかねない程の負荷を掛けてしまう。
つい先程魔法使いに掛かる負担に想いを馳せたばかりなのに、どの口がそんな事を吐き出したのか。嫌悪と苛立ちにスバルは下唇を噛み締め、しかしイチハは気にした様子も無く応えを口にした。

「ムリね。スバルもまだ認識が不足してるみたいだけど、世界へのアクセスも万能じゃないの。私たちが記憶を忘れていってしまうように世界の記憶も積み重なっていくそれに摩耗するわ。よしんばアクセスが出来たとしても、そこから何年も前の情報を探し当てるためには深くダイブしないといけないし、ヘタすれば私自身が戻ってこれなくなるわ」
「……ゴメン、無茶を言ったね。忘れてよ」
「気にしてないわよ。
 それに可能性だけを論ずるなら他にも可能性はあるもの。例えば、私が知り得ない特殊な魔技製品を誰かが開発した。生まれつき抗魔法能力が強い、とかね。もっとも、その可能性は限りなく低いでしょうけど」

 テーブルの上に肘を突き、掌を合わせてスバルは俯いた。
スバルの至上命題は、ヒカリを利用しようとする組織や国からヒカリを守ることだ。ヒカリと最も親しく、付き合いの長い友人としてミサトからその任を託され、ヒカリを守れなかったその罪悪感と、ヒカリから受けた恩を返したい想いから任を受け取った。
もちろんスバルは高校生でしかなく、だからこそ本当に重要な事や日々の雑事はミサトを始めとする大人たちが担っていて、スバル自身が担っているのはヒカリの傍に居ることだけだ。そしてヒカリに直接振りかかる火の粉を払うべく、全力を尽くす事。ただそれだけ。
だがそれは魔術師とはいえ、まだヒカリと同じ年の十七歳の少年でしか無いスバルにとっては非常な重荷だ。知識も経験も足りない。魔術の才能が無い中で技術だけは何とか努力で習得してきて武器と成り得たが、「必殺の」武器とはとても呼べない。それでも、これまでは何とかヒカリを守り果せてきた。
しかし今回はまさかの魔法使いの出現だ。
魔法使いの前ではどんな優れた魔術師でも敵とは成り得ず、どんな戦略も戦術も彼らの前では灰塵と帰してしまう。例え、世界で最高の魔術師であっても、敵う希望は持つことさえ難しい。
――もし、君代・ヤヨイがヒカリに仇なす敵だったなら。そんな考えが思考を占めて絶望に似た衝動がスバルに諦めを強要する。
考えろ。思考を止めるな。思考を止めることは即ち「小鳥・スバル」の敗北を意味する。逆に言えば思考を止めない限り、魔術師スバルは最強の盾に成り得る。
だから考えろ。思考を、思索を、歩みを決して止めるな。
呪いにも似た強迫的な思考を自らに課して黙考を続けるスバル。だが、頭上からのイチハの声でそれも中断させられる。

「彼女が敵だった場合を想定して頭を悩ませてるんでしょうけど、あまり気にしなくて良いと思うわよ」
「……そういうわけにはいかないよ。ここに来て急に絡みが増えたって事は彼女が動くべき時が来たって事だし、目的が見えない以上は対策は講じておかないと」
「そうじゃなくてさ」ため息混じりにイチハはスバルに告げる。「君代・ヤヨイはどうも私たちに近い考えを持ってるみたいよ」

 胡座をかいた膝の上に肘をついて、頬杖の姿勢でそう告げるイチハに、スバルは怪訝な表情を浮かべた。何を根拠に、と詰め寄ろうとするがその前にイチハが話を続けた。

「まったく相手の事が分かんないのも癪だからさ、何とか情報を得られないかなって思って何回かチャレンジしてみたのよ。ま、結局ほとんど何も分かんなかったけどね。でも、おかげで少しだけ、ホントに薄ぼんやりとだけど彼女の思考が読めたの」

 得意気に口端を釣り上げるイチハ。それを見てスバルは幾度かまばたきをし、目の前の少女に目を見張った。

「それで、彼女は何て……?」
「ヒカリを守る」

 短く端的な言葉。たった一言イチハは伝え、けれどもその口調は強く、実際にイチハ自身がヤヨイから読み取った思念もそれだけ強い想いなのだとスバルは理解した。

「そっか……」

 だからスバルもそれ以上はイチハに追求しなかった。他に言葉を続けない事から、彼女が読み取れた思念はそれだけだったのだと察し、何よりスバルにとってもその言葉が聞ければ十分だった。
ヤヨイが本当に魔法使いだとすれば、当然イチハが想いを正確に読み取れていない可能性もある。もしかすれば仮初めの思いや嘘の思念を読み取らせるような細工をしている可能性もある。でもイチハの知能はスバルよりも遥かに高いはずで、だからその懸念は彼女も考えているに違いない。
だけれども敢えてイチハはそれを口にせず、君代・ヤヨイが信用に足る人物だと判断した。ならばスバルとしても信用しても良いと思えたし、彼女の想いを信じたいとも思った。

「スバルの話は終わったかにゃ?」

 頃合いを見計らっていたのだろうユキがスバルのひざ上で伸びをしながら、細い瞳を頭上のスバルに向けてくる。その視線を受けてスバルが「うん」と頷くと、ユキは膝の上に姿勢を変えて座りなおして、睨むような目線をイチハに向けた。

「わちきも聞きたいことがあるにゃ」
「いいわよー。この際だから何でも聞いてちょうだい。ユキちゃんなら何でも応えてあげちゃう!」

 重い雰囲気を一変させて満面の笑みを浮かべてユキを覗きこむイチハ。それまでの頬杖を外して両手をワキワキさせて近づけるが、ユキは素早く爪で引っ掻いてその手を威嚇した。
 鈍重で粘り気のあった空気が一変し、「なんだかなぁ……」とスバルがボヤくが、しかしユキが発した質問に弛緩した空気が凍りついた。

「イチハは、犯人を知ってるにゃね」

 その質問と同時にスバルは弾かれたようにイチハを見た。
 ユキの問いはイチハの虚を突いたらしく、一瞬動きを止めて、次にはわずかに顔をしかめてみせた。
それでもすぐに表情にアルカイク・スマイルを貼り付けて、ソファに大儀そうに背を預けてユキを見下ろす体勢へと変える。聞かずとも、今の間が雄弁に物語っていたが。

「……どうしてそう思うのかしら?」
「単純な話にゃ。わちきが知るイチハ・・・・・・・・・が知らにゃいはずがにゃいからにゃ。半分はカマかけだったけど、その反応を見るとどうやら当たりだったみたいだにゃ」

 言いながらユキが鼻を小さく鳴らすと、イチハはやれやれと軽く瞑目して肩を竦めてみせる。

「しくったわね。久々にユキちゃんに会えたから気が抜けちゃったかしら?」
「昔からイチハは嘘を吐くのがヘタクソにゃ。嘘を吐いてる時のイチハは声が少し低くなって、口調が荒っぽくなるにゃ」
「ボクは全然気づかなかったんだけど……」

自分の方が付き合いが長いはずなんだけど。そう小さくぼやきながらスバルは頬を掻いた。
幼馴染のスバルよりもイチハの癖を知ってるなんて、ユキはどれだけイチハを観察してるんだろうか。言葉ではイチハを嫌っている雰囲気を醸しているが、実はイチハの事が好きなんじゃないか。

「それは無いにゃ。あんまりふざけた事言ってると、スバルとは言えども噛みちぎるにゃ」
「まだ何も言ってないんだけどな……」

 何を噛みちぎるのかは怖くてスバルは聞けなかった。口にしてないスバルの思考を読む力と言い、男の大切なモノを大切だとも思わないその姿勢と言い、げに女は恐ろしい。人知れずスバルは戦慄に体を震わせた。
それよりも、とスバルは居住まいを正す。

「犯人を知ってるならぜひとも教えて欲しいんだけどさ。イチハだって、口ではああ言ってたけど、本当はずっと僕らの事を観察してたんだろうからどれだけ苦労してるか判ってるくせに」

 ふてくされた様にスバルは口を尖らせた。
 毎日毎晩、寝る間も惜しんで四人で犯人を探し求めた。事件が起きた場所を探し歩き、犯人の手がかりを探し、しかし犯人はそんなスバルたちをあざ笑うかのごとく別の場所で事件を起こしていく。
スバルたちとて魔術師の端くれだ。車の様な移動手段は持っていないが、自前の身体能力を活かしてかなり広範囲を探索しているにも関わらず足取りさえ掴めない。ネットも駆使して、やっと手に入れた情報でさえもデマだった可能性が高く、まるで犯人はスバルたちが探しているのを知った上で掌の上で転がしている。そんな感想さえ抱いてしまう。
いかなイチハが一方的な利益供与を嫌ってるとはいっても、知っているなら教えて欲しい、というのは偽らざるスバルの本音だった。

「わちきも同感にゃ。だから改めて聞くにゃ。どうして教えないにゃ?」
「……ほんっとに二人とも過保護よねぇ」

 ユキが尋ね、だがイチハはそれには応えずめんどくさいと言わんばかりにため息を吐く。
その言い草にユキはピクリと口端を釣り上げ、スバルも小さな口を更に尖らせる。だが事実二人共ヒカリに対しては過保護である自覚も多少あるので反論は口にせず、代わりに鼻を鳴らして抗議の意を示した。

「教えなかった理由は二つ。一つは私のポリシーとして一方的に手を貸すのが嫌いだから。そしてもう一つ」

 二人の抗議の素振りも意に介せず、イチハは右手の人差指を一本立てた。

「これはヒカリ自身で解決すべき問題だと思ったからよ」
「一つ目は理解するよ。これまでずっと言ってきた事だし、これまでの事を思えばね。
 けど二つ目はよく分かんないな。しかも『僕ら』じゃなくて『ヒカリ』が解決すべきだって言うんでしょ?」
「そうよ。まあ、四之宮・ユズホに関してはヒカリだけじゃなくてスバルたち全員の問題だと思ったから少し手は貸したけど、少なくとも犯人はヒカリが中心となって解決するべきね。私はそう確信してるわ。ああ、別にヒカリ一人にやらせろってワケじゃないから。ただ犯人を捕まえるのはヒカリにさせてあげなさいよ」
「理由を聞かせるにゃ。イチハが何をどこまで知ってるかは知らにゃいけど、何もわちきたちに教えずにただそうしろっていうのなら、それは昔イチハたちをこき使ってきた人間たちと何も変わらないにゃ」
「……そうね」

 尻尾を真上に立てて、一定のリズムで左右に振りながらユキはそうイチハに投げかける。それに対してイチハも同意し、口を湿らせようとジョッキを手に取ろうとするがすでにジョッキの中身は空で、小さく舌打ちしてわずかに残った温くなったビールを喉の奥へと流し込んだ。

「平たく言えば、いい加減ヒカリも現実を直視する時が来たって事」
「全然平たく言えて無いにゃ。わちきたちはイチハたち魔法使いと違って頭が悪いからにゃ。バカでも分かるくらい噛み砕いて言うことをオススメするにゃ、魔法使い『様』?」
「もう、わがままなんだからユキちゃんは。でもそこが可愛いんだけどね」

 皮肉を込めてユキはイチハを様付けで呼ぶが、イチハは軽く聞き流す。そのことにユキは不満げに眉根を寄せるが、イチハはそれに気づかないふりをして、そして逆に二人に対して問いかける。

「ねえ、スバルもユキちゃんも、いつまでヒカリの面倒を傍で見続けるつもり?」
「いつまでって……」

 答えようとしてスバルは口ごもった。
ずっとスバルはヒカリを守ることばかりを考えて生きてきた。ヒカリと共に生活し、ずっとヒカリを支えて生きていくのだと信じて疑わなかった。自分は男でヒカリもまた男であるから残念ながら伴侶としてはムリだと諦めてもいるが、それでもパートナーとしてヒカリの傍に居続けたいと願っている。

「何事にも『永遠』は無いのよ。何にだって終わりは、いつかはやってくるの」

 だがその願いが適う保証はどこにも無い。ヒカリがいつまでもスバルと一緒に居ることを望まないかもしれない。疎ましく思われるかもしれないし、何らかの要因で傍にいれなくなる日がくる事だってある。その可能性をスバルは考えてこなかった。

(――いや……)

 考えてこなかったのでは無い。意図的に眼を逸し続けてきたのだと、イチハの諭す声に揺り動かされながら自嘲した。
ヒカリの隣に自分が居ない。それはスバルにとってはひどい恐怖であり、受け入れ難い未来であった。だからこそ考えないようにと逃げ続けてきた。ただ考える、それだけでそんな未来がいつか来てしまうのが怖くて。

「スバルたち魔術師も私たち魔法使いも不死じゃない。世間一般よりも頑丈に出来てるけれども頭を撃ち抜かれれば死ぬし、不治の病に掛かれば死ぬ。スバルだってユキちゃんだって、私だってミサト姉も皆ヒカリより早く死んでしまう可能性だってある。さて、そうなってしまった時、ずっと守られて生きてきたヒカリはその先もちゃんと生きていけるんでしょうね?」
「詭弁にゃ。可能性としてはあるけれど、そんなの……」
「待って、ユキちゃん」

 イチハの話にユキは反論しようとする。だがそれをスバルが制止して、下唇を噛んだ。
まさか、と思いながらも左手で頭を抱える仕草をして恐る恐る口を開く。

「……そんな、そんな恐ろしい事態が生じる可能性があるってイチハは思ってる……?」

 ユキは黄色い眼を剥いてイチハを見上げた。イチハが口にしていたのは単なる可能性。有り得なくは無い、けれどもその確率は恐ろしく低い――まるで杞の国の人間が空が落ちてくる心配をしていたくらい――事態の話だ。ユキもスバルも、他の人間が口にすれば「杞憂だ」と笑い飛ばしていただろう。
だがイチハが口にすればそれは情報の重みが違ってくる。預言者が口にする確定された未来であるかのような錯覚さえ覚える。情報の魔法使いイチハがする言葉は時にそれほどの意味を持つ。
スバルも縋るような視線をイチハに送る。対して、イチハは曖昧に微笑んだ。

「深読みしてるみたいだけど、私はあくまで可能性の話をしてるだけよ?」

 そう嘯くが、スバルにはその発言が真実であるのか、イチハの本心が何処にあるのか判別できなかった。
だが――

(起こり得る、って考えておくべきなんだろうね……)

 スバルはオプティミストに見られる事が多いが、その実ペシミストだ。望んでいる事態には百パーセントならず、必ずどこか意に沿わない事が起きる。なのに何処までも意に沿わない事態には成り得る。世の中はそんな理不尽さで満ちていて、だからこそいかなる事態になろうとも失望に押し潰されないようスバルはあらゆるパターンを考えるのが習慣であった。
であるならば。

「……だからイチハは、ヒカリが一人になっても一人で乗り越えていける様にすべきだって言うんだね」

 イチハの意図をキチンと確かめなければならない。有り得ないと切って捨てるのでは無く、来る未来をより良い物にするために、スバル自身が適切な行動を取るために情報の魔法使いの考えを理解しようとする必要がある。――理解が及ぶかは別として。

「……スバルはイチハの話を信じるのかにゃ?」
「可能性として考慮しておくべきだとは思う。別にイチハが言ったからじゃなくて、未来はいつだって不確定だからさ。だって」

 僕らがこんな風になるなんて、誰も予想できなかったでしょ?
そうスバルから言われてユキは顔を逸らして俯き、そして空になったジョッキのガラスに自らの黒猫姿を認めて項垂れた。

「イチハの言いたい事は分かったよ。だけど、それと今回の犯人がどう結びつくのかがよく分かんない」
「直接は関係無いわよ。でも、そうね……今回の事件でヒカリの意識改革を促すっていうのが適切かしらね」
「意識改革……?」

 オウム返しにスバルが問い返したちょうどその時、部屋の扉がノックされた。

「失礼します。お飲み物をお持ち致しました」

 入ってきたのはマコトで、両手で抱えられたトレーの上には先程までそれぞれが飲んでいたものと同じ飲み物が置かれていた。

「そろそろお代わりが必要になる頃合いかと思いまして」
「ありがとう。さっすがマコト。気が利くわね」

 イチハが賛辞の言葉を述べて褒め称えるが、マコトはわずかに微笑んだだけで恭しく一礼し、すぐに部屋を辞していく。
パタリ、と扉が閉じると同時にイチハは冷えたジョッキを嬉しそうに持ち上げて一気にあおっていき、スバルとユキも一息入れようとカップに手を伸ばした。
 甘くて温かいココアが胃の中に流れ込んでいき、スバルはそっと息を吐き出した。

「それで、意識改革って?」
「自分で決断する意思を持つ事。私はね、いい加減ヒカリも孤独に向き合っていくべきだと思うの」イチハはジョッキをテーブルに置く。「私がヒカリの記憶を閉じ込めて以来、ヒカリは変わってしまったわ。
 十年前、ヒカリは私たちを引っ張っていってくれた。一人ぼっちで閉じこもっていた私を外の世界に連れ出してくれたし、たくさんの優しさをくれた。冷たい孤独から救ってくれた。他ならぬヒカリ自身の意思で。周りからどう思われようとも関係なく、『ヒカリがそうすべきだと思って』私たちの手を握ってくれたわ」
「うん。だからこそボクらはこうして今も友達として話していられる」

 そう言って少しだけスバルは過去に思いを馳せた。誰一人として友達もおらず、作り方も分からず、誰かからいじめられるだけの毎日。今思えば責任の一端も自分にあったと思うが、当時は全てから眼を閉じて、ひたすらに耐える辛く苦しかった日々だった。
そこを救ってくれたのがヒカリだった。「友達になりたいから」という理由で、ヒカリはスバルにとって最初の友達になってくれた。たったそれだけの事。だが、それはスバルにとって名前の通り「ヒカリ」だった。

「ええ、そうよ。ヒカリに出会ってから私の世界は大きく変わったわ。大げさでも何でもなくて、本当にそれくらいの影響を与えた。あの時のヒカリは輝いて見えた。けれど、今のヒカリは違う。いつだって『誰かの為』だって言葉を言い訳にして周りに流されてる。常に誰かの機嫌を伺って、顔色を見て、お人好しを装って、自分を殺してる。誰かに嫌われる事を怖がって、見返りはいつだって望まない。ただ『嫌われない』ことだけを願ってるだけ。正直見てられないの」
「なら見なければいいにゃ。見たくもないものをわざわざ無理して見て嫌な思いをする必要は無いにゃ」
「相手がヒカリじゃなかったらそうしてたわよ。それでソイツがどんな人生歩んでどんな死に方をしようが私には関係ないもの。でも、私は昔の恩をまだ十分に返せてない。この世界みたいな『恩知らず』には他ならぬ『私自身』がなりたくないの」

 ユキの反論にイチハは少しだけ憤慨した様子で、だが一口ビールを喉に流し込むとわずかに顔を俯かせてしかめ面を浮かべる。

「本当の孤独は怖い。人に嫌われればそれだけ孤独が蝕んでくる。それがどのくらい恐ろしいものかはきっとスバルもユキちゃんも理解できない。だけど私は理解る。アレは恐ろしいものよ。私という存在を塗りつぶしてくる絶望的な何かよ。できるなら二度と体感したくないわ。でも私もヒカリも絶対に逃れられない。ヒカリがヒカリである限り絶対的な孤独は逃してくれないの。なら、向き合って一緒に付き合っていくしか無いじゃない」
「イチハみたいに?」
「……私だって怖いわ。今だって孤独感から逃げまわってる。逃げるためにアイドルこんな事やってるんだもの。だけど、少なくとも一度はキチンと寂しさと向き合ったし、それは私だけじゃない。ミサト姉だってコウジだってカイ君だって孤独に向き合いながら、それでも何とか対処方法を見つけて折り合いをつけて生き延びてる。前進してるわ。例え、カメみたいな歩みでもね。
 でもそんな中でヒカリだけがまだ同じ場所に立ってるわ。無意識に後ろばっかり振り向いて、前に進もうとして、だけど進む勇気が無くて、パブロフの犬みたいに同じ場所をグルグルと回り続けてる」
「……ヒカリはヒカリなりに頑張ってるにゃ」
「まだ足りないわ」

 項垂れたままユキが言葉を絞りだすが、それをイチハは容易く一蹴した。

「まだ、頑張ってない。いつまでも『誰かの為』以外に動けないところがその証拠よ。
 いい? 誰かの為だなんて耳障りは良いけど、人間は所詮自分の為でしか動けないの。勉強を頑張るのは自分がいい生活をしたいから。偉くなりたいのは自分が他人より優位に立ちたいから。人に優しくするのは自分が、他人が傷ついてるのを見たくないから。自分が悲しい思いをしたくないから。そして、その事をヒカリ本人が昔は理解してた」

 イチハの脳裏に不意に思い浮かぶ昔。周りの眼を気にしてヒカリを遠ざけようとして、それでも手を差し伸べてくるヒカリに対して「どうして私に構ってくるの?」と聞いた時の言葉。

(「周りなんて関係ないよ。僕がそうしたいからしてるだけ」か……)

 幼い口調と温かい笑顔を克明に思い出すことができ、イチハは軽く眼を閉じる。

「今回の事件、犯人を追っていく中でほぼ間違いなくヒカリは決断に直面するわ。大切な何かを失う事態になった時に周りの顔色を伺わず、周囲に流されずに自分が正しいと思える行動を取ること。その先にある、失った後に襲ってくる絶対なる孤独の一端に正面から向き合うこと。それを乗り越えられたら、そこでようやくヒカリは自分のしでかしてしまった過ちに向き合う準備ができるんだと、私は思うわ」

 そう言い切って、イチハは話は終わったとばかりにビールを一気に飲み干す。
流れる沈黙。隔離された部屋には店内のBGMが漏れ聞こえてくることもなく、静寂だけが場を支配した。
やがて、ユキがその沈黙を破った。

「……時が来た、という事にゃね」
「ユキちゃん……」

 静かに呟くユキに、スバルは苦渋に満ちた表情を向けた。

「つい数日前にも言ったにゃ。今のヒカリにはかつて程の抵抗力は無いにゃ。にも関わらずイチハの魔法が解ける間隔が短くなってるのは、ヒカリ自身が記憶を取り戻す事を無意識に望んでる証にゃって。スバルも納得したはずにゃ?」
「うん……」

 ヒカリの寝顔を見ながら二人で話した、ヒカリが進むべき道。あの夜、スバルはヒカリが記憶を取り戻す事を認めたが、それでも不安は残る。強く噛み締めた唇が腫れて、破けた箇所からわずかに血が滲んだ。

「怖い?」
「……うん、怖いよ。いつかは来る時だとは思ったけど、その時が近づいてきてるかと思うと怖くてたまらない」

 想像するだけで怖気が走り、スバルは左腕を掻き抱く。それに、と俯いたままでスバルは感情を吐露する。

「ボク自身の感情だけを優先させるなら、ヒカリにはこのままで居てほしい。ボクにとってはどんなヒカリでもヒカリだし、今のヒカリも、嫌だなって思うことはあるけど、それでも好きだし」
「でもそれはスバルにとっても、ヒカリにとっても不幸なことよ?」
「うん、それも分かってる。いつかは変わらないといけない時は来るし、世界はそんなモラトリアムを許容してくれるほどに優しくないから」

 だから、ヒカリが記憶を取り戻してもボクはそれを受け入れる。そう告げ、しかし予想できる最悪の事態を想像して、声が震えるのを必死で堪えながらイチハに尋ねる。

「もし、もしだよ? 何の準備もなくヒカリが思い出したら、どうなるかな?」
「予想でしか無いけど、罪悪と孤独に溺れて死ぬでしょうね。傍に私が居れば何とかなるでしょうけど、結局同じことの繰り返しになるわ」
「……確認だけど、イチハは居なくならないよね?」

 みんな、居なくなってしまう。
 その未来予想図に堪え切れずにわずかに震える声でスバルは確認し、イチハは立ち上がってポンとスバルの頭を軽く叩いた。

「安心して。少なくとも私は居なくなるつもりは無いわ」
「……年下のクセに」

 安心させるための仕草に、スバルは憎まれ口を叩き、だがイチハの手を払うこと無く受け入れ続ける。

「ユキちゃんが私の物になったら逃避行しちゃう居なくなっちゃうかもしれないけど」
「……イチハの物になるくらいにゃら、意地でも噛み殺して逃げてやるにゃ」

 鋭い歯をむき出しにしてユキは威嚇してみせ、イチハはそれを見て「怖い怖い」と戯けてみせる。そんな二人を見て、スバルはそこでやっと笑みを浮かべることができた。

「最初にも言ったけど、別にヒカリ一人で背負わせる必要は無いわ。いきなりはキツイでしょうし、自力でヒカリが気づいた後はむしろサポートしてあげてよ」
「十分イチハも過保護にゃ」

 そう言って笑いながらユキはテーブルの上からスバルの膝に飛び乗り、前足で軽くタッチすると膝上から飛び降りた。

「そろそろ時間にゃ。早く帰らないとまたタマキに怒られるけど、それでもいいのにゃ?」
「もうそんな時間か」

 壁に掛けられた時計の針はすでに夕刻。カップの中に残っていた、少し冷めたココアを飲み干してスバルは立ち上がった。

「とりあえずヒカリは今晩私の方で処置しておくから。しばらくは精神が安定するはずよ」
「いつも悪いね。ボクがもう少し魔術を使えたら良いんだけど……」
「これも私の特権よ。そこは譲る気は無いの。
 それじゃ私の方もそろそろ行くから。リンシンを拾って四之宮・ユズホを何とかしてくるから後は宜しくね」

 そう言うと、スバルの視界からイチハの姿が掻き消えた。姿は見えないが確かにそこに居るだろうイチハは、これみよがしにビールのジョッキを持ち上げて名残惜しそうに逆さまに傾け、気づいた時にはスバルの後ろのドアが閉まる音がしていた。

「これから何が起こるのか分かんないけどさ……」

 ユキを肩に乗せながらスバルは独りごちた。

「勝手に居なくなったりしないでよね、イチハ」

 イチハが出て行った扉に向かってスバルは言葉を投げかけた。
だが当然、スバルのその願いに答えを返してくれる人は誰もおらず、スバルの声だけが虚しく反射して静寂に吸い込まれていった。




翌日。 コウジから連絡。 上司を問い詰めたが、あまり情報は引き出せなかった。 (強行手段に出ると、上司側も強行手段を取らざるを得ないと回答) 何か隠していると感じている(普段上司は気弱でコウジが脅せば折れるが今回は折れなかった)が、それをスバルに調査をさせるため、スバルはコウジと行動を共にする。 魔素エネルギー庁は直属の研究組織を持つが、同時に民間の研究施設に援助して研究をさせている。 そこの資金の流れから裏の事情を辿ろうとする。 タマキも他に手立てが無いことからそちらへ。 ヒカリはイチハに言われた事が気になって、一人情報を見直そうとする。 ヒカリが持つ情報・・・犯行の時間、場所。犯人が獏じゃないか、という噂。 そもそも魔物が犯人だと思い込んでいたのはなぜか。 犯人が獏、という噂の出処はどこからか。 ふと思い立って自分たちの見回り場所を地図に書き込んでみる。 →犯行場所と見回り場所が全て見当違いの場所。 これまでは町内。(寮を中心に半径十キロ以内だったが、最近は東京都の方でも発生していた。それもこれまで深夜も深夜だったが、最近は日付変更前に発生) そこにヒカリは、まるで制御が効かなくなってきている印象を受ける。 そこへスバルから電話。 事件を公表することになったとのこと。 理由としては昨日、魔術師と犯人の大規模な戦闘が発生した模様。 多数の魔術師がドッペルゲンガーを奪われたとのこと。 その際に多数の魔術を高レベルで行使され、付近の住宅や住人に大きな被害が発生した模様。 その時に、スバルに噂の出処の調査を依頼する。 翌日、学校の授業。 戦闘訓練での風景。潰した剣と防具をつけての訓練で、魔術の使用無しの訓練。 ヒカリはいつも通り力をセーブして、目立たないように戦っていた。 その時、ユキヒロがクラスの人間に絡まれているのを見た。 助けに行こうとしたが、ユキヒロは軽くそいつらをあしらった。 (普段はユキヒロは身体能力も低いとみなされていた) 激昂したクラスメートは、禁止された魔術を使ってユキヒロを急襲。 だがユキヒロはそれを容易く受け止め、思いっきり魔術を叩きつけてしまう。 (普段は魔術も威力は中途半端なはずだった) 教師がやってきてユキヒロ含め全員連行。 魔術を受け止めた時にできたらしい傷をヒカリは目撃(その傷は実は昨夜の戦闘での傷) 組織: 魔術師に対抗する存在を作り上げるのが目的。 魔術師に支配された世の中を人間の手に取り戻す。 国会にもコネがあり、息の掛かった人間を続々議員として送り出している。 同時に、政治献金によって発言力を強めている。 全貌は不明。獏を攫っている組織は下部組織であるが、つながりは不透明。 下部組織は研究組織の一つ。多数のドッペルゲンガーを一人の人間に憑依させることで 多様な能力を手にするとともに、才能の無い人間にも魔術師としての能力を顕現させようとした。 (つまり、全員を魔術師にすることで魔術師の特別性を無くす) またドッペルゲンガーには不明点が多く、その研究素材としてもドッペルゲンガーを欲していて、 ドッペルゲンガーに干渉する能力がある獏を研究していた。
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