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epilogue 









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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved





 スバルは眠た気に眼を擦った。普段は掛けない縁無しのメガネを額の上にずらし、ずっしりと重みを感じる目元をさする様に揉みほぐす。そのまま回転椅子の背もたれに体を預けて眼をつむることしばし。凝り固まった肩を二、三度交互に揉むとパソコンのモニターに映るデジタル時計を見遣った。

「……もう三時か」

 今日は何日だっただろうか。キーボードに乗せた両手を忙しなく動かしながらスバルは思案する。が、すぐに答えは出てこず、またそこまで興味がないため早々に考えるのを辞めた。
電気も点けずにカーテンも締め切られた室内は真っ暗だ。スバルが向き合っているパソコンの電源と、本体と繋がれた二台のモニターの明かりだけが光源として煌々としている。決して明るいとは言えないその照明が照らすスバルの顔には濃い疲労の色が目元にくっきりと表れているが、スバルは手を休めようとしない。
二台のモニターの一方にはアプリケーションが立ち上げられ、スバルはその画面を睨みながらキーボードを叩く。時折片手をマウスへと伸ばして画面のGUIをクリックし、その後に幾度か文字を打ち込んでいくと黒いDOS画面が立ち上がってその中を猛烈な勢いで文字が流れていった。
スバルは開いたばかりのDOS画面をマウスを使ってもう一方のモニターに移動させる。そちらのモニターにはすでにいくつものDOS画面が開いていて、同じように文字が流れていて、いくつかはすでに動作を停止しているらしく白いカーソルが小刻みに点滅していた。更にその下には表計算ソフトが立ち上げられていて、綺麗に色分けされたセルの並びがスバルの性格を如実に表していた。

「首尾はどうですの?」

 モニターに向かうスバルの背後から声が掛けられた。だが集中しているからか、それとも疲労からかスバルはその声に気づかず、淀んだ瞳を画面に向けたままだ。
 無視された形になったタマキは、だが気分を害した様子も無く手にトレーを持ったままため息を吐くとスバルの背後に歩み寄って小さな手をスバルの頭に乗せた。

「たたたたたイタイタイタイ痛いっ!!」
「状・況・は・ど・う・で・す・の、スバル」

 小振りな掌の中でミシミシと骨が軋む痛みと恐怖にたまらずスバルは悲鳴を上げた。バタバタと手足をひと通り動かしたところでようやく開放されて、目元にうっすらと涙を浮かべたまま恨みがましい視線をタマキに向けた。

「痛いじゃないか、タマキ」
「すぐに返事をしないスバルが悪いんですのよ」悪びれる様子も無くそう返すと、タマキは手に持っていたトレーを机の上に置いた。「少し休憩した方がいいですの。ひどい顔ですわよ」
「こんな美少年にひどい言い草だね」
「そんな口叩けるならまだ大丈夫そうですわね」

 タマキはトレーに乗せていた紅茶の注がれたカップを手に取ると、モニターの画面を覗きこんだ。

「よくもまあ『こんぴゅうたぁ』なんて物を使いこなせますのね。ワタクシには信じられませんわ」
「ボクからしてみたらタマキのパソコンとの相性の悪さの方が信じられないけどね」

 どうやったらマウスを動かすだけでパソコンをフリーズできるんだろうか。スバルはズズ、と紅茶を口に含んで思案するが、当然答えが出るはずも無いしムダに思考を割く気も無い。考えをそこで切り上げて、息を吐き出した。

「人には得手不得手というものがありますの。そんなもの扱えなくったって生活には困りませんわ。携帯だって電話とメールさえできれば問題無いですもの」
「このご時世、少しくらいは扱えた方がいいと思うけどなぁ。使えると便利だし」

 とは言うものの、タマキという人間をそれなりに深く知るスバルとしては不安だ。もしタマキが情報技術に長けていたら、今頃彼女のパソコンのフォルダはどうなっているのやら。きっとちっちゃい女の子の画像やら何やらでパンパンになっているに違いない。というか絶対に今頃臭い飯を食ってるに違いない。

「……」

 無言のままスバルはトレーに乗せられた甘いクッキーを口に運んだ。そしてパソコンを前にして難しい顔をしているタマキの顔を見る。

「……なんですの、人の顔をマジマジと見て」
「いや、別に」

美少女で巨乳で頭脳明晰で料理上手なのに、どうしてこうなったんだろうか。ひどく残念な気持ちになりながらモグモグとクッキーの味をスバルは堪能した。

「……何か気になるところですけれどもいいですわ。それで、どうなんですの? 何か分かりましたの?」
「もう少し、かな? たぶんこの解析が終われば然るべきとこは絞り込めると思うよ」

 その言葉にタマキはもう一度モニターを覗きこむが当然理解るはずもない。彼女からしてみれば気持ちの悪い速度で画面が文字で埋まっていき、文字自体は読めるものの意味はさっぱりだ。
 タマキはあっさりと理解の努力を放棄してスバルに尋ねた。

「今は何をしてるんですの?」
「情報収集兼、スクリーニング」
「……もう少し分り易くお願いしますの」
「簡単にいえばリストアップした組織のコンピュータに入り込んで、その中にあるファイルに対して片っ端から特定のワードの検索をかけてるのさ」
「あんまりワタクシ詳しくないのですけれども、そんなに簡単に他所様のパソコンに入り込めるものなんですの?」
「だとしたら世の中大変だよ。だからまずはアドミニのパスワードを取り出すためにコソッとホストコンピュータに入り込むんだよ。だいたいの組織は末端のコンピュータを管理してるコンピュータがあるはずだからね。それさえ手に入れてしまえば後はどうとでもなるからさ」
「……もしかしなくてもかなりマズイ事をしてまして?」
「うん。クラッキングだからね。れっきとした犯罪だよ」

 事も無げにあっさりとスバルは言ってのける。そこに悪びれる様子は無く、唖然としたタマキを他所にカップを口元に運んでタマキお手製の紅茶の香りと味を堪能した。

「そんな事して大丈夫ですの? イヤですわよ、友人が逮捕されて裁判で証人喚問されるのは」
「ああ、その心配は無いよ。ボクと一緒にいる時点でタマキも共犯だから」
「死んでしまえばいいですのに」

 心底嫌そうな顔をして罵声を浴びせるタマキにケタケタと楽しそうに笑い声を上げるスバル。一頻り笑って、そしてモニターに向き直ったスバルは、だが本当に心配ないと伝えた。

「コウジのお墨付きをもらってるからね。だから少なくともタイーホされることはないと思うよ」
「そうなんですの?」
「そうなんですの。っていうか、コウジがボクに仕事を頼む時は間違いなく犯罪だろうが何だろうが手段は問わないって意味だからさ」
「もしかしなくてもスバル。アナタ、以前からこういう仕事を……」
「さて、ね。どうだろうね」

 適当な相槌を打ってはぐらかそうとするスバル。タマキは更に追求して洗いざらいに吐かせてしまいたかったが、スバルの態度が言外にそれを拒んでいることを察し、続く言葉を探せないでいた。
友人としては、ヒカリではないが危ない橋を渡るような行動は容認し難く、しかし現状その危ない橋を渡らなければ先へ進むことはできない。加えて、スバルが先を口にしようとしないのは恐らくタマキの事を考えてのことだと感じとっていた。
スバルにとってはタマキは単なる友人だ。憎まれ口を叩くことも多いが、親友と言っていいとタマキ自身自負している。なれば、自分がスバルに危ない事をしてほしくないのと同様に、スバルも同じことを考えていると想像するのは難くない。気恥ずかしくて言葉にして表すことはできないため、タマキは内心で感謝を口にした。

(ですけれど……もう今更ですわ)

 スバルがこうしておおっぴらにできない仕事を裏でしているように、タマキ自身もすでに鉄火場・・・には慣れてしまっている。すでにその役から離れて久しいが、誰にも明かせない役割を今も受けて、それがキッカケで今こうして皆と友情を結ぶことができた。だからこそ尚更自分の事を明かすことができなく、それが心苦しくスバルの気遣いを無碍にするしか出来ないことが歯がゆい。

「ん、終わったみたい」

 タマキが一人煩悶としている間にしばし時が経過していた。スバルの声にタマキが顔を上げてみれば、モニターを埋め尽くしていたDOS画面は全て消えていた。そこからスバルはエクスプローラを開き、ファイルを移動させて別のアプリケーションを走らせ、だがそれは一瞬で終わって表計算ソフトに自動でデータが貼り付けられていく。

「もうちょっと待ってて」

 タマキにそう告げ、スバルは手早くキーボードを操作する。大部分は自動でスクリーニングを掛けたが、最終的には自分の眼で見ながら情報を取捨選択しなければならない。タマキの焼いたクッキーを頻繁につまみながら、タマキが黙って見守る中で十分ほど作業に集中し、やがてスバルは徐ろにメガネを外して眼を擦りながら再びタマキに向き直った。

「終わりましたの?」
「うん、二つまで何とか絞れたよ」

 「疲れたー」と伸びをすると凝り固まったスバルの体が音を立てる。首や肩の緊張を一頻り解したスバルはモニターの画面を動かし、タマキの顔を薄く照らしだした。

「魔素技術産業活用総合開発研究機構とノバルクス・スター化学……この二つですのね? 当たり前ですけれども、どちらも聞いたことが無い名前ですわね」
「魔技総研の方は魔素エネルギー庁傘下の魔技産業振興センター傘下のその下部の傘下の傘下の傘下の……まあ言ってしまえば超末端の組織だね。組織自体も人数は十人にも満たないし、常駐の職員は年配の人間が二人だけ。魔素エネルギー庁の関連組織表にも掲載されてない、たぶんこの世の九九.九九九九パーセントの人間は存在さえ知らない組織だと思うよ」
「活動実態も不明……存在するだけで税金の無駄遣いだって声が上がっても仕方ないような組織ですのね」
「それも『在る』ことを知ってれば、の話だけどね。けど、ここの出納帳とか収支報告書とかに記載されてない非公式なお金が膨大な額流れ込んでる」
「年間二八億円……なるほど、組織の規模にしては明らかにおかしいですわね」
「けど、たぶんこっちは単なるダミーカンパニーで実際に何かをしてるって訳じゃなさそうだよ」
「……そうなんですの?」
「うん、こっちはお金が流れてるだけで人の流れが全然ないんだ。所持してる建物も一つだけで、監視カメラの映像とかも見てみたけれど出入りも全く無いし、日がな一日お爺ちゃんが受付に座って寝てるだけ。たぶん資金のプールとか横領とかそういうのに使われてるんだろうね」

スバルがマウスを使って動画ファイルを再生し、画像の荒いムービーが流れ始める。建物の玄関付近と廊下の様子を映しているらしいが、タマキの眼には静止画が貼り付けられているんじゃないかと思えるくらいに映像に変化が無い。

「知るだけで胸糞悪くなる情報ですわね」
「ま、僕らも犯罪者だから五十歩百歩だけどね」

 タマキがそう吐き捨て、スバルは軽く肩を竦めた。

「で、本命はもう一つの方というわけ、と」
「ノバルクス・スター化学薬品。こっちは書類上は製薬大手の第一菱住製薬ホールディングスの二次傘下企業で、企業規模はさほど大きくないけれど活動実績はあるし、コンプライアンスとか社会活動の面でもそれなりに高い評価を受けてる。一応親会社と繋がりはあるけれど、結構独立性の強い経営をしてるみたいで、魔技産業の振興に合わせて積極的な研究投資を行ってグループ内の立場を上げてきてる会社だよ。だけど」

 ここでスバルはモニターの表示を切り替えて、同じ表計算ソフトの別シートに切り替えた。

「ここ二、三年で不自然な程急激に政府の援助金の額が増えてる。ちなみに左側が公表されてる額で右側の列がかき集めた情報から推定した金額」
「ずいぶんと開きがあるみたいですけれども、もう一つの組織みたいに資金のプールに使われてるって可能性は無いですの?」
「ゼロ、とは言わないけれどたぶん可能性は低いと思う。メールサーバのメールを片っ端から検索かけたけれど、こっちは非公式に何年にも渡って少しずつ政府系の組織から人間が移籍していってるし、特定の社員のメールには隠語らしいキーワードが頻繁に出てきてる。それに表向きは退職してるはずの元社員が未だに関連施設に出入りしてたりしてるんだ。それも頻繁にね」
「なら十中八九当たりですわね。
 それで、これからどうしますの? こっちにだけ絞ってすぐにでも襲撃致しますの?」
「いや……」

 顎に手を当て、スバルは一度否定を口にしてから思案。軽く眼をつむり、だがそれもホンのわずかな時間でスバルは決断した。

「二手に別れよう。ボクが調べられるのはあくまで記録上のものでしか無いからさ。記録にさえ残してないような超極秘事項はさすがに調べられないから念のため魔技総研の方も調べときたい」
「なら誰が本命に仕掛けますの? それに、状況を考えると今すぐにでも動いた方がいいと思うのですけれども」
「同意したいところだけど急には無理だよ。準備してたら夜が明けちゃうしね。グループ分けはこれから考えるけど、少なくともノバルクス社の方はコウジに行ってもらおうかと思ってる」

 タマキはその案に同意した。ノバルクス社の方が明らかに怪しく、また規模も大きい。非常時に備えて人を雇っている可能性もあり、最悪の場合は戦闘にだって成り得る。であればこちらの最大戦力であるコウジをそちらに遣るのは理に適っており、また英雄である以上荒事を回避できるのではないかという目論見もある。

「今回はヒカリも参加するのですわよね?」
「残念。今回もヒカリは別用だよ。あとユキヒロもね」
「……また別行動ですの」

 不服そうに眉根を寄せるタマキ。普段からヒカリに対しても結構辛辣な事を言ってのけるが、基本的にヒカリと別々に行動しようとするとこうして幼い子がするみたいに不満を露わにしている。下らない事で度々ドツキ合いをするが、こういうのを見るとスバルとしても憎めない。

(何だかんだ言ってタマキもヒカリの事が好きなんだよね。本人は否定するだろうけど)

 スバルは苦笑いを浮かべ、自分としてもヒカリと一緒に居たいと思うが、自分が我慢するのだ。タマキにだけいい想いをさせるわけにはいかない。
ヒカリには大事な役割があるのだから。

「まあ我慢しなよ。これが終わったらタマキに付き合ってあげるようヒカリに頼んであげるからさ」
「あ、どうせなら幼女リンシンをお願いしますわ」
「……タマキってそこはホントにブレないよね。そこは『べ、別にヒカリの事なんて何とも思ってないんだからね!』とかって顔を赤らめながら言うところじゃない?」
「なんでワタクシがヒカリに対してツンデレにならないといけないですのよ」

 それはともかく、と一度咳払いをしてスバルは再び思考をシリアス方面へと戻し、タマキも気持ちを切り替えるように髪をかき上げた。

「残りはワタクシとスバルと、それとサユリちゃんですわね」
「できればコウジとサユリちゃんは分けたいんだよね。いざっていう時に公権力が使える様に。あとノバルクス社の方は、戦力的にはコウジ一人でも十分なんだけど……」
「一人だと、いくら英雄とはいえ万が一の時が困りますわね」
「いや、コウジ一人だと『メンドクセェ』とか言って証拠ごと全部燃やしつくしちゃいそうで……」
「……」
「だからキチンとストッパーの役割ができる人と組ませたいんだけど、だとするとやっぱりサユリちゃんにこっちに行ってもらった方がいいのかな。いや、でも……」

 回転椅子に座ったままクルクルと回り、真っ暗な天井を眺めながらスバルは頭を悩ませ始める。

「ふぅ……」

こうなるとスバルは長い。タマキとしても特に案があるわけでもないため、スバル一人に考えることを任せることにした。
しかし、こうなるとタマキとしては手持ちぶたさだ。何かしたいわけでもなく、とりあえずもういっぱい紅茶でも入れてこようかとカップを手に取って立ち上がった時、何気なくモニターに映った監視カメラの映像が眼に入った。
そこでタマキの手が止まった。

「スバル」
「ん? なんか案がある?」
「魔技総研の方にワタクシが行ってもいいかしら?」
「う〜ん、そうだねぇ……ま、別にいいけど、何かあった?」
「ええ」

 タマキはカップを手に取り、キッチンに向かって歩いて行き、途中でスバルに答えるために首だけをひねって振り向いた。

「どうやらワタクシもしなければならない事ができたようですの」

 だがその眼はスバルでは無く、モニターの方だけを捉えていた。




スバルサイド。 暗い部屋の中でスバルはパソコンを扱っている。 表計算ソフトでデータの処理をしている傍らで、別のモニターではDOS画面が開いていてログが次々と流れている。 「首尾はどうですの?」 作ったクッキーと紅茶を持ってタマキがやってくる。 「うん……」 画面に集中しているらしいスバルは生返事を返すだけ。 ため息をつきながらタマキはトレーをスバルの傍らに置いて、自分は空いている椅子に腰掛けて優雅な仕草で紅茶を飲む。 やがて一息吐いたスバルも紅茶を飲む。 「首尾はどうですの?」 「怪しいところは絞れたよ。たぶん、この解析が終わればもっと絞れると思う」 タマキはモニターを覗きこむが、何をやってるのかさっぱり。 「クラッキングだよ」 ことも無さ気に言ってのけるスバル。 タマキは唖然。 「手段は問わないってコウジのお墨付きをもらったからね」 会話してる内に解析終了。候補は二箇所に絞れた。 「時間が無い。明日の夜、二手に別れて仕掛けるよ」 そう言ってスバルはコウジへの電話を掛けるために携帯を開いた。
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