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epilogue 









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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved





 僕の前方で大きな火の手が上がった。夜空を焦がすような鮮やかな橙の炎は相も変わらず術師の力量を如実に表していて見事で、けれどもさすがにタマキもこの前と同じ失敗を繰り返す気は無いんだろう、アスファルトや民家の家には配慮して魔術を使ってるみたいだ。適切にコントロールされた魔術の炎が夜の帳に紛れてやってきた魔物を跡形もなく焼き消していく。
かくいう僕もまた発現した特異点から現れた困った客の相手をしている。

「ふっ!!」

 肺に取り込んだ空気を一息に吐き出しながらプログレッシブソードを横に一薙。首から両断された熊にも似た招かれざる客は、瞬く間に光の粒子になって消えていく。僕はそれを視界の端でだけ捉えながら、別の個体が振り下ろす鋭い爪の攻撃を身を捻って避けて、そしてすれ違いざまにまた敵を切り捨てていく。
僕の周りに居た魔物が全て消え去ったのを確認して、そして後ろを振り向けばスバルもまた敵を翻弄してるところだった。

「エゴ・レスクリ・インディシウム……」

 ハスキーな女の子みたいに、男にしては高い声で呪文を口にして、光の線で明るい夜空に一際明るい陣を描いていく。
スバルの戦い方は結構特徴的だと思う。もちろん他の魔術師や特任コースの同級生と一緒に戦った事が無いからそこは断言できないんだけれど、おおよそ三つに分けられるんじゃないかと思う。
一つは最も魔術師らしい戦い方。遠方から魔術を行使して炎や風の刃、氷の弾丸で直接的に攻撃を加えていくタイプ。僕らの中で挙げるならタマキが該当する。
二つ目は身体的な強化を得意として、剣で接近戦を挑んだり、あるいは魔銃で敵を牽制しつつ接近して至近距離から小型のナイフとかで戦う、云わば前衛タイプ。正確には違うだろうけれど、僕が属すると思う。
三つ目が指揮官タイプ。もちろん自分も攻撃するけれど、どちらかと言えばグループに指示して適切な行動を以て敵を追い詰めていくタイプ。戦略や戦術の知識に加えてモンスターの知識も豊富であることが要求される。ただし、我が強くて自分こそが一番と思ってる人が多い魔術師にはほとんど居ないんじゃないだろうか。ともかく、これはユキヒロが該当するだろう。
けれどスバルはそのどれにも該当しない。

「ほらほら、どこを見てるのかな? ボクはコッチだよ?」

 スバルの嘲りが向かう先は大型犬の様な魔物だ。口元のはみ出した牙は体躯に似合わないほどに凶悪に大きくて、スバルに飛びかかろうと地面を蹴った脚は不自然に太く靭やかだ。あんな脚で蹴り飛ばされたら、並みの人間なら一撃で死は免れない。
でもスバルは慌てた様子も無くて、挑発する様に口元を歪ませるだけだ。それは大型犬の牙が間近に迫っても変わらない。けれども僕もタマキも焦る必要は無い。
犬がスバルに牙を突き立てると同時に、スバルの姿は蜃気楼の様に消え失せた。そして戸惑った犬の魔物がスバルの姿を見失っている隙に背後から忍び寄ったスバルのナイフが首に突き刺さった。
魔物も生物だ。その理は、僕らが居るこの世界とは幾分異なるけれども、それでも首を切り裂かれれば死ぬし、頭を潰されれば即死する。生物の急所を一突きしたスバルは、無駄な動きも無くあっさりと魔物を光へと返してしまった。
僕が知っている限りスバルは運動があまり得意じゃない。タマキよりはよっぽど動けるし、一般人よりは遥かに能力は高いけれど、魔術師みたいに一般から逸脱した逸般人の中では下から数えた方が早いだろう。おまけにスバルが使う攻撃的な魔術は、発現したドッペルゲンガーの特性なのか威力が弱い。
けれどもスバルはそれを努力と自分の力を適切に把握することで補った。魔素方程式を解析する速度、魔法陣コードを速く正確に描く技術。そして極めつけは凶悪なまでに強力な精神魔術。
特化型魔術師とも言えるスバルの精神魔術は、その気になれば誰にも気付かれずに相手に幻覚を見せるし、世界の情報を書き換えてしまう。そんな事は起きはしないだろうけれど、間違いなく戦いたく無い相手だ。

「あーもうっ! まったくキリが無いですわっ!!」

 僕が相変わらずの鮮やかなスバルの戦い方に感心してると、こっちに近づいてきたタマキが癇癪を起こしたみたいに叫びながら地団駄を踏んだ。

「まー落ち着きなよ。そうやって叫んだって何も解決しないんだからさ」
「そうは言っても遭遇する魔物の数が多すぎますわっ! 何なんですの一体! 見回り員は何をしてるんですのっ!」
「間違いなく今回の事件の影響だろうねぇ」

 苛立ちをぶつけるタマキをとりあえず宥める言葉だけを掛けて、スバルは他人事みたいに感想を口にする。そしてその言葉は真実なんだろうなと僕も思う。
 基本的に一連の事件の被害者は魔術師だ。そして夜な夜な見回りして、特異点が発生して現れる魔物を倒す仕事もまた魔術師の仕事だ。自衛隊に所属してる魔術師の数にも限りはあるだろうし、魔術師の数が減れば屠れる魔物の数も減るのは至極当然の事で。

自衛隊向こうも大変だろうしさ、仕方ないよ」
「だとしても、ですわ! しかもこれで何か手がかりが掴めたならのならともかくも、出てくるのは小物ばっかり! 嫌になりますわっ!」

 僕も宥めようとするけれど、タマキは苛立ちを紛らわすように塀に、握られた小さな拳を叩きつけて、ドンと音と共に塀がぐらついた。人様の建物を壊さんばかりの勢いで、とても褒められた行為では無いけれども、僕もスバルもその行動を咎める気はしない。タマキの様に叫びはしないけれど、僕もスバルも気持ちは同じだから。
 ユズホさんの病室を見舞い榛名さんと面識を持って、つまりは夜に自主的な見回りという犯人探しを始めてすでに三日が経ってしまった。
まだ十分に情報が揃ったわけでもないし、何かしらの手がかりを持って始めたわけではないから当然といえば当然だけれど、この三日間全てが空振りに終わってる。もちろん、すぐに犯人が捕まるとは始めから考えてはいなかったけれど、こうして歩き回って何も手がかりを得られないっていうのは何気に堪える。病室で別れ際に榛名さんは「何か進展があったら連絡するからそっちも手がかりを掴んだらすぐに連絡しろ」って言って電話番号を教えてくれたけれど、それもまだ今のところ一度も掛けも掛かってもきていないというお寒い状況だ。おまけに、僕らが見回りを始めたその初日にも被害者がまた一人増えたというのだから空元気のために笑うことさえできやしない。
恐らくは高位に位置する魔物が犯人だろう、というのはユキヒロを始めとして僕らの中での共通認識ではある。無論、今回の犯人がたまたまドッペルゲンガーを奪う力のある低位の魔物、という可能性は無くはないけれども、こうしてまだ犯人が見つかっていなくて、しかも目撃情報も無いとなれば、周囲の眼に気を配る程度には頭が回る相手だろうし、となるとやっぱり人と同程度以上の思考能力がある高位の魔物が犯人だろう。けれど、残念ながら三日間で遭遇したのはタマキが言った様に全て小物だった。意思疎通でさえも出来ない低位の魔物とはただ戦って倒すしか出来ず、今しがたの戦闘みたいにさして時間は取られないけれども、それでも一歩間違えば致命傷を負いかねないギリギリの戦いであることには変わりない。
疲労も伴うし、余計な些事には関わりたくない。そんな時に限ってお呼びでない人々がやってくるのがこの世の常であるとは思うけれど、頭で解ってるからって感情論は別。リミットは刻一刻と迫ってきてるのに、問題解決に対しては遅々として進まない。ジリジリと頭の中と心の中を焦がしてくる焦燥は冷静さも奪っていきやすいから、ストレスを発散して冷静に考えるためにもガス抜きは必要だ。

「まあ、嫌になるのも分かるけど。スバル、ユキヒロからは何か連絡は来た?」
「んー……メールは来るけど、あんまり目星そうな情報はまだないみたい」

 僕らはいつも四人がセットみたいに一緒に行動してると周りから思われがちだけれど、必ずしも四人で動いてるわけじゃない。確かに四人で居ることは多いけれど、誰かが欠ける事もそれなりにあって、そしてその頻度はユキヒロが多い。それは何故かと言えば、今日もまたそうなんだけれど、ユキヒロがバイトに行くことが多いからで、それは取りも直さず彼が苦学生であることも意味してる。

「……本当に申し訳ないですの。自分の事だけでも大変ですのに、手伝ってくれて頭が上がらないですわ」

 魔技高専は次代の魔素技術発展を目指してその人材を育成する場、というのが公の設立目的で、実際に経済的な障害で才能を見落としてしまわないように僕ら学生は、特に特任コースは優遇されてる。入学金も授業料も支払いは卒業後まで猶予されるし、公的魔素技術機関に就職すればその支払は免除。加えて寮費や学内の食費もタダ同然だ。
だけれども人は、特に学生は教師の話とテストだけで生きているにあらず。ノートや鉛筆といった文房具は言わずもがな、このご時世になれば連絡ツールとして携帯やパソコンの存在は必須だし、一人で生きているワケじゃない以上交際費や出かける際の交通費も当然必要になってくるし、さすがに国だってそんなところまで手を差し伸べる様な優しくて甘い存在じゃない。となれば、その不足分はある所から補わなきゃいけない。
大多数の生徒はそこを実家からの仕送りで賄ってるし、もう少しお金が欲しければバイトをする。ただし、ユキヒロの場合は実家からの仕送りがゼロらしくて(家族との意見の相違から反対を押し切って入学したって言っていた)、日々の必需品なんかを自分の手で稼がなきゃいけない。その為に週の半分は家庭教師やコンビニでバイトに勤しんでるって本人は言ってた。二日前は小学生向け塾の講師で、今日は確かコンビニの日だっただろうか。
ただそれでもユキヒロは手を貸してくれてるからこそタマキも申し訳無さに頭が下がるんだろう。バイトの合間や終わってからも過去の魔物の情報や事件の詳細を調べてメールで送ってくれたり、犯人が現れそうな場所に当たりをつけてくれたりしてる。けれども、ユキヒロでもまだ十分な情報を得られてないみたいで、これまでのところ全部空振りになってる。

「別にタマキは気にしなくて良いと思うけど。ユキヒロだって首を突っ込みたいたいから自分から首を突っ込んでるだけだし。僕だってスバルだって同じだし」
「そういうスタンスを取ってくださるのは美徳だとは思うのですけれども、だからこそ余計にワタクシとしては心苦しいですわ」
「ならこれが片付いたら、ユズホちゃん含めてどっかに遊びに行こうよ。もちろんタマキの奢りでさ」
「そうですわね、そう致しますわ。ああ、もちろんスバルは自費で来てよろしくてよ?」
「自費ならヒカリと二人で婚前旅行にでも行ってくるよ」
「もうすでに目的変わってるじゃねえか」

 あと、スバルとは結婚できないししないし。

「そこら辺は後でヒカリと相談するとして」
「話聞けよ」
「それよりもさ、二人ともちょっとこれを見て」

 僕のツッコミを華麗にスルーしたスバルが、手にしていた携帯を僕らに見せてくる。どうやらネット上の掲示板を開いてるみたいで、僕はあんまりそういうところを覗いたことが無いからイマイチ見方がわかんないけれど、とりあえず名前のとこに「もう名無しも怖くない」っていう文字が並んでるのは分かった。

「なんですの、これ?」
「ネット上の匿名掲示板。魔技板って呼ばれてるところなんだけどね、まあ、魔素技術に関して色々適当に書き込まれてる場所だよ。そしてこの一連の事件の考察とか情報とかが思いつくままに書き込まれてる場所でもある。で、ここを見て欲しいんだけど」

 言いながらスバルは画面をスクロールさせて、ゴチャゴチャしてて読みづらい文字列の中の一つを指差した。

「『夜中に窓の外を見たら大変な事が起きていたんだが』?」
「っていうタイトルのスレね? まあそれは別にいいんだけどさ、このレスを読んでよ」

 もう一度画面をスクロールさせてスバルが見せたかったらしい箇所を表示させた。

「これは……」
「たぶん、犯人の目撃情報だと思う。どこまで信憑性があるかは精査が必要だろうけど」

 思いつくままに書き込まれたらしい適当な情報とかが短文でずーっと何百レスも続いていたけれど、スバルが見せてくれてるそのレスだけは随分と詳細に書き込まれていた。

「こういった掲示板の書き込みは信憑性が薄いイメージがあるのですけれど……」
「まあスレ自体が釣りだったり脊髄反射的な反応に妄想垂れ流しのレスが多いからね。でも中には真に迫った考察とかもあるんだよ? それを探すのが難しいだけどさ。
 それで、この書き込みだけど目撃場所と事件の場所、それに時間帯はこれまでの情報と一致してるし、他の適当なガセ情報に比べると犯人の容姿とか状況とかもかなり詳しいから結構信憑性は高いんじゃないかと思うんだ」

 話を聞きながら画面の文字を読んでいく。なるほど、確かにスバルの言う通りこれまで僕らが手に入れた情報と大体が一致してる。けれどそこに目新しさは無い。と思ってボタンを押して画面を動かすと、更に追加の情報が書き込まれてた。

「人型?」
「みたいだよ。信じるならさ」

 書き込まれていた目撃情報には犯人の体格について記されていた。
身長は一七〇センチくらいで細身の肉体。真黒なフード付きの服を着ていたらしくて容姿については詳しく書かれてない。これだけだとまだ幅広いけれど――

「少なくともかなり人間に近い人型タイプと分かっただけでもかなり絞り込めそうですわね」

 低位の魔物だと基本的に姿は獣タイプがほとんどだけど、高位の魔物になると人型も増えてくる。それでもあくまで人みたいに背中を伸ばして二足で歩くってだけで、体毛とかが獣並みに濃かったり、耳が大きかったりと人とは明らかに違う特徴を持つし、体格的にも大柄か極端に小さい子供みたいな個体が多い。だからパッと見で人かどうかはすぐ分かる。とてもフードとかで隠せるレベルじゃない。

「それに、ここも読んでみてよ」

 言われて更に画面をスクロールさせる。そして、僕の隣から画面を覗きこんでたタマキが驚きの声を上げた。

「これは……新種と考えた方が宜しいということですの?」

 タマキが目を見張った情報。それは、フードを被った魔物は空間魔術みたいな不可視な攻撃で相手を吹き飛ばして、電撃で敵を麻痺させた上でドッペルゲンガーを奪ったらしいということだ。
通常、魔物は大別して一種類の魔術しか使えない。精神感応系なら精神感応系だけ、熱系統なら熱系統のみ。まれに複数使える種類もいるけれど、それだって二種類目は静電気を飛ばしたりマッチくらいの火を灯すとかその程度だ。それは高位魔物だって変わらない。

「どうだろう。まだ高位の魔物に関しては不明なところが多いし……」

 特異点が世界に初めて現れて十年。数の多い低位の種類はだいぶ生態が明らかになってきてる。でも高位はといえば個体数も少ないし、大体が対話によって僕ら人類と対等に近い立場の存在だ。正面切って戦って捕獲された種類は少ないから、高位の魔物についてはまだまだ未知の部分が多いから新種とは断言できないけれども、それでも少なくとも実践的な威力で複数の魔術を使う例はまだ確認されていないはずだ。

「ともかく、ボクが後で榛名のお兄さんに連絡しておくよ。ユズホちゃんたちの治療の役には立たないかもしれないけれど、もし新種だとしたら大変な事だからね」
「分かった。悪いけど宜しく頼むよ」

 新種にしろ既存の魔物にしろ、どっちにしたって複数の強力な魔術を行使する高位の魔物なら対峙するだけでも危険だ。話が通じる相手ならいいけれど、こうして無差別に狙われてる以上その可能性も低い。

「という事は僕らにとっても危険な相手になるわけだけど……」

 もしかしなくても一旦手を引いた方がいいのかもしれない。だけども、危険な事は端から承知済みだ。ここでどれだけ危険性を訴えてもタマキは絶対に退かないだろうし、すでに三日目だ。少しの遅れが手遅れになってしまうかもしれない。

「やるしか無いよな」
「ん? 何か言いまして?」
「いや、別に」
「そう。ならそろそろ行きますわよ。少なくとも今日中には何かしら手がかりを掴まないと……」

 嫌な想像がきっと頭を過ぎったんだろう、タマキは眉間に皺を寄せてギリっと自分の爪に噛み付いた。
だとしてもこのまま闇雲に歩き回るだけで良いのか。ユキヒロやスバルを信頼してないワケじゃないけれど、一回みんなで集まって情報を整理して手がかりを探した方が良いかもしれない。
もし、このまま何の対策も無く敵に遭遇したら、スバルやタマキは――
イヤな考えが浮かんで、けれども頭を振ってそれを打ち消す。けれど、どちらにしろ一旦対策を考えた方が良い。
そう思って二人に提案しようとした時、僕のポケットから電子音が控えめに鳴り響いた。
折畳式のそれを広げれば、画面にはユキヒロの文字が。

「もしもし、ヒカリか?」
「お、うん。どうしたの? バイトは終わった?」
「ああ、もう寮に帰り着いてまた色々と調べてたんだけどな、今度は当たりかもしれない情報を見つけた」

 口調から珍しく軽く興奮してるらしいユキヒロ。そんなに重大な情報なのか、と僕は慌てて携帯をスピーカーモードにしてスバルとタマキを呼び寄せる。
全員揃った事を確認して「早く」と眼で促してくるタマキに頷き返すと、電話の向こう側に居るユキヒロに全員揃った事を伝えた。
もったいぶった様に間を置いて、そして大きく息を吸い込んだらしい呼吸音が聞こえて、ユキヒロは言った。

「敵は――獏、だ」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 獏。
 名前だけは僕も聞いた事がある。もちろん動物としてのバクではなくて、確か、夢を喰らうという伝説上の生物。
記憶が正しければ悪夢だけを食べるって話で、決して人のドッペルゲンガーを食べるってわけではないけれども――

「所詮伝説上の話だもんな……」

 伝説にある獏とユキヒロが言う魔物としてのバクが同じなはずも無いし、けれども夢を喰らうということと人のドッペルゲンガーを喰らうという事に何となくアナロジーを感じてしまう。どっちも眼に見えない、だけども人に無くてはならない存在。だとすれば魔物のバクがドッペルゲンガーを食べるというのも有り得ない話じゃないのかもしれない。だからこそユキヒロも半ば確信めいたものを抱いて連絡してきたのだろう。

「獏、ですの?」
「ユキヒロが言うにはね。何か知ってる、スバル?」
「うーん、普通の動物のバクとか伝説の獏は知ってるけど、魔物のは聞いたことが無いなぁ」
 ユキヒロに指定された場所に向かうため、家々を飛び越えながら聞いてみるけど、やっぱりスバルもタマキも知らないか。
電話で話した感じだとユキヒロもまだ詳しくは知らないっぽくて、これから詳細について調べてみるって言ってた。それでも知ってる範囲で教えてくれた話によると。

「いわゆる動物としてのバクに近い低位の獏もいるみたいだけど、それとは別に人の姿に違い高位の獏も少数居るって言ってた。魔物だけれども性格は至って温厚。個体によるんだろうけど、積極的に人を害する事は無いみたいで、だから横須賀とかの隔離地域じゃなくて街中に住むことを認められてるって」
「そうなんですの? 街中に住める魔物って数が少ないからそれなりに知ってるつもりですけれども、それにしてはあまり聞かない種類ですわね……」
「数が少ないんじゃない? トビーとかタイニードッグとかは人と友好的だし、数がそれなりだから有名だけど、極少数しかいないマイナーな種類だとそんなにニュースにならないだろうし」
「ユキヒロもそう言ってた。数が少ないから生態とかもよく分かってなくて、見た目も基本人と同じだからパッと見で区別がつかないらしいよ。一応耳とかに特徴はあるらしいけど」

 とはいえ、近くで見たとしても区別がつくかどうかも怪しい、とも言ってたけど。

「まあ獏の事は何となく分かったよ。それで、ユキヒロがそんなに自信満々に言ってるって事は何らかの根拠があるんだよね?」
「もちろん」

 ユキヒロにしては珍しくまくし立てる様に色々と話してくれたせいで結構聞き漏らしてしまったけれど、それでもさすがに大事なところは覚えてる。

「昔の魔物がらみの事件を漁ってみたらしいんだけれど、その中で一例だけ奇妙な事件があったらしいんだ」
「奇妙?」
「そう。それまでの魔物が起こした事件は大抵は暴力的、つまりは被害は主に家屋の損壊とか人を殺傷するものだったんだけれど、中には今で言う精神魔術を使った事件もあった。でもそれだって自傷・他傷に走ったりだとか奇声を上げたりだとか明らかに精神に異常をきたしてたりしてたものだった」
「うん、普通はそうだよね」
「だけどその一件の被害者はただ寝てるだけだったんだ。何をしても反応を示さなくて、なのに外傷も脳の損傷も何も無くて、そして……一週間後にそのまま亡くなった」
「それって……」

 タマキが息を飲んで、僕は首肯した。

「うん……今回のユズホさんの症例と同じなんだ。もっとも当時は当たり前だけどドッペルゲンガーを視認する技術なんて無かったから結局死因不明のままなんだけどね。でも、だからユキヒロも自信を持ってるんだと思う」
「でも、それと獏との関係はどこにあるのさ?」
「事件の時、被害者の傍に獏が居たんだ。周囲に他に魔物が居なかった事、発見した警察官にその獏が襲いかかってきた事から獏が犯人だと断定された。その時に殺されてしまったせいで真犯人がその獏かどうかは今となっては分からないけれど」
「ともかくも、今回の犯人を捕まえてみれば全て明らかになることですわ」

 黒塗りの屋根の上に着地して、タマキは力強く空を舞った。僕とスバルは後ろからそれを追いかける。

「ユキヒロが指定してきた場所まで後どれくらいですの?」
「もうすぐだと思う。このまま真っすぐ行けばヒカリが言ってる獏の認可居住区に着くはずだけど……」

 どこまで行っても明るい住宅街の、似たような画一的な家の頭上を走っていく。前に進んでるはずなのに後退してるような、そんな錯覚を覚えながらも前を走るタマキとスバルの後ろを僕は追いかけていく。ただ力を込めて蹴る脚だけが前に進んでるはずだと訴えかけてきて、僕はそれを疑わないように素直に受け入れた。

「ここら辺のはずだけど……」

 四階建てのマンションの屋上に着地してスバルが町を見渡す。僕とタマキも貯水塔の傍に登って同じように煌々と街灯が照らす町並みを見下ろした。

「魔物が住むのを認められてるからといって、何か特別な作りではありませんのね」
「そりゃ人間に害を及ぼさないって認められて、人に溶け込んで生活してる種族だからね。隔離したり区別しちゃったら人との融和にならないし」
「それもそうですわね……」

 しかし、一個体とは言え、事件を起こした種族を安全とみなして隔離区域から外に出すことを認めるって相当な決断だと思う。もちろん魔物が起こす事件よりも人間が起こす事件の方が圧倒的に多いわけだから、個人を見て全体を同一とみなすなんてのは愚の骨頂だとは思うけれど、残念ながらコミュニティの「外」から来た存在には人、魔物を問わずそんな考え方をしてしまう場合がほとんどであって、だからこそ反対を抑えて居住を認めた人はすごいと素直に思う。

「ん……二人共」

 スバルが僕らを呼ぶ。振り向けば、スバルが眼を細めてある一角を見つめていた。

「……あそこに誰か居る」
「見回りの自衛隊員では無くて?」
「分かんない。ヒカリ、格好とかまで見える? もし見回りなら魔技高の制服とか自衛隊みたいにひと目で分かる服装してるはずだよ」

 スバルに言われて、指さされた方を眼を凝らして見る。確かにそこにはハッキリと動く影が見えて、その姿形は細身の人だ。
そして格好は――

「……見回り組じゃない」
「やっぱりかぁ」
「うん、しかも黒っぽいパーカーを来て頭からフードを被ってる」

 ――スバルが言ってた、犯人の情報と同じで。

「っ! タマキっ!?」
「おぉぉ前がァァァァッ!!」

 隣で人影を見ていたタマキが叫びながら空に飛び出した。
 クソッ!しまった!
タマキはひどく直情的で行動的だ。犯人を見つけたタマキがどうするかなんてよく考えてみれば分かるはずなのに!
マンションの屋上から飛び出したタマキが一直線に人影に向かっていく。

「ヒカリっ!」
「分かってる!」
「イェ・スペラ・エオ・アウスブレーネン……」

 僕らも慌ててタマキの後ろを追いかけるけれど、夜空にタマキの詠唱が響いて幾つもの魔法陣が描き出されていく。それはタマキの得意魔術で、その中でも最高の威力を持ってる。だけど、そんなのを使えば……!

「ダメ、タマキ! その魔術は……!」

 スバルが叫ぶけれど怒りに我を忘れてるのか、聞こえてる様子も無い。見る間にコードが構築されていって、フードの男は空中の夥しい魔法陣を見上げるばかりだ。このままだと、まずいっ!

「スバルっ、僕を風でっ!!」
「……っ! OK!」

 すぐに僕の意図を察して、スバルは一瞬で詠唱を終える。
スバルのコードは鮮やかだ。魔法陣なんて発行しているだけで彩りなんて無いはずなのに、スバルの描くコードはまるで生きてるみたいに「生」に溢れてる。
男のくせに憎たらしいくらいに透き通った綺麗な声が夜の町に木霊して、色取り取りの小さな魔法陣が僕の背後に現れる。
そして衝撃。背中が見えない風の塊で叩かれて息が詰まって、けれどもそれを堪えて前を見据える。
更に加速する世界。スバルの魔術で空中で軌道が変わった僕の体は、そのままタマキが構築した魔法陣へと向かっていき、僕は手を伸ばした。
今にも発動しそうな大魔術。発する光の眩しさに眼を細めた。
でも、間に合った。
触れることの出来ない魔法陣に手が届いたと同時に僕は声無き言葉を口にした。

「   」

 途端に魔法陣を構成していたコードが崩れていく。
魔法陣は、遠目には昔から多くの創作物で描かれてきたように単なる幾何学模様にしか見えない。けれどもその実、線の一本一本には複雑で煩雑な魔素方程式が記述されていて、それらが適切な順序で適切な箇所に描かれてる。そして決まった法則で読み込まれる事で狙った魔術が発動する。例えるならコンピュータのプログラム。正しくコードを記述しなくちゃパソコンのソフトが起動しないけれども、ただそれと魔術が違うのは、魔術の場合は多少正しくなくても発動してしまうことだ。魔素をより多く消費すれば、強引にでも魔術は発動してくれる。そして一度コードの記述が終わってトリガーが引かれれば途中で発動を止める事はできない。
けれども一つだけ止める方法がある。そして僕はそれを知っている。
「正しく」間違ったコードを書き込んでやれば、魔術の発動も掻き消すことが出来てしまい、僕はそれを行使した。
もっとも、なぜ僕がそれを知っているのかは知らないのだけれど。

「は? え?」

 タマキが困惑の声を上げる。当然だろう。タマキからすれば確かに魔術を発動させようとしたはずで、しかも発動直前まで行っていたのが突然消えたのだから。

「きっ、キャアアアァァァッ!!」

 そして僕が消したのは構築されていた全ての魔術。ならば空中で魔術を使って浮遊していたタマキの体も地球の重力に惹かれて自由落下してしまうのも自明なわけで。
 だけどもまあ、僕が心配する必要は無いわけで。

「……っよっと」

 タマキが落ちるよりも先にスバルが落下地点に待ち構えていてくれてて、頭から降ってきたタマキの「脚」を掴んで墜落を鼻先五センチで食い止めてくれた。さすがスバル。頼りになる、というところだけれども。

「……受け止めてくれた事は感謝致しますわ、スバル。けれど、これはないんじゃ無いのではなくて?」

 頭から落ちて脚を掴まれたということは、まあ、当然ながら頭が下にあるわけで。
 そしてもう一つ言うのなら、女子の制服は他の大多数の高校と同じくスカートな訳で。

「別に気にしなくてもいいんじゃないかな? どうせ僕らは見慣れてるんだし、タマキの熊さんパ……」
「ふんぬっ!!」
「えれふぁんとっ!?」

 あ、入った。しかもモロに。

「ふにゃっ!」

スバルの手が緩んでタマキが顔面からベチャッとアスファルトに落下した。だけどもタマキはそのまま何食わぬ顔で立ち上がって無言で制服についた汚れを払う。

「何か、見えましたか、ヒカリ」
「イエナニモミテナイデス」
「ならば宜しいですわ」

 全く以て見事なまでの作り笑顔で睨みつけてくるタマキに対して他にどういうセリフの選択肢があるというのか全く全っく以て想像ができないからとりあえず応えてみたけれど、どうやら正解だったらしくて僕にはそれ以上何も言わなかった。
代わりに、じゃないけれど、タマキの会心の一撃を受けて下腹部の更に下辺りを抑えて悶えてるスバルにはトドメの一撃を刺してたけれど。許せ、スバル。後で骨は拾ってやるから。
それよりも、だ。

「さて、悪辣な変態の処分は終わったところで――見つけましたわよ」

 どうやら頭に血の昇った状態からは落ち着いたらしく、タマキはいきなり攻撃を仕掛けたりはせずに黒フードに向かってそう宣言した。
 目の前で突然襲い掛かられて驚いたのか、それとも突然始まったコメディなやりとりににびっくりしたのかは定かでは無いけれども、黒いフードは尻もちをついた状態で僕らを見上げていた。
けれどもタマキの言葉にハッとしたのか、慌てて立ち上がってワタワタと慌て始める。
相手が立って初めて気がついたけれど、随分と小柄だ。身長はタマキと同じくらいだから、たぶん一五〇センチくらいかな。体の線も細いし、まるで小学生みたい。

「ずいぶんと手こずらせてくれましたわね。けれど、アナタの悪行もここまでですわ、連続通り魔さん?」
「ち、違うのです!」

 声も高い。それに幼い感じだ。まるで少女みたいに。
タマキもたぶん同じ感想を抱いたんだろう。面食らったような顔をして、そして少し――顔がにやけてきてた。

「な、何が違うと言うのです? ここ最近起きている魔術師が昏睡している事件の犯人では無くて?」
「わ、私じゃ無いのです! 誤解なのです!」
「お黙りなさいっ!」
「ひっ!」

 タマキの大声にその疑惑の少女らしき人物は驚いて体をビクって震わせた。何だろう、相手はものすっごく怪しいのに小動物チックで、まるでコッチが虐めてるような気分になってきてしまう。

「その黒い服! 顔を隠してるフード! 犯人とまるっきり同じ姿で夜中に歩き回ってる人物のどこに誤解な要素があるというのですか!」
「ふぇぇ! そ、そうだったんですか!? わわわた私、犯人さんと同じ格好なんですか!?」
「そうなのですわ! もしアナタが犯人では無いというのなら顔を隠す必要など無いのでは無くて!?」

 言われてそこで初めて気がついたらしい。少女はフードを脱ごうと手を頭に掛けて、けれどもそこで手が止まった。

「あの……」
「なんですの?」
「こ、攻撃しないでくださいね」

 聞くからに怯えた声でそう告げると、その少女は恐る恐るフードを外した。
そこで顕になった顔は、やっぱり女の子だった。体格の割に幼く見せる丸顔に、少しタレ気味の眼は口調から想像するのと同じように気弱そうだ。ショートボブの髪の毛は、根本が白で毛先が黒っていう風にシマウマみたいに白黒。そして頭の上には、人間とは違う事を証明するみたいに小さな耳が乗っかってる。

「獏、なのかな?」
「だと思うけれど……」

 復活したスバルが小声で聞いてくるけれど、さすがに人型の獏なんて当然のことながら見たことは無いし、ユキヒロからもそこら辺の情報は聞いてない。分かるのは彼女が人間ではなくて、特異点の穴の向こうからやってきたであろう魔物だということしか無くて。

「君は、獏、なのかな?」
「え、あの、その……そうです」

 ショボン、と俯いて女の子は肯定した。とりあえず目の前の少女が獏だということは判明したけれど、さて、これはどうしたものか。

「どうなんだろ? 僕にはこの子が犯人だとは思えないんだけど……」
「うーん、そうだねぇ……」
「二人とも騙されてはいけませんわ! 確かに見た目は可愛いけれども、魔物の中には見た目を偽装する事に長けてる種族も居ますの! 見た目で判断するのは危険ですわ!」
「そ、そんなことしてないのです! わわ私は人間に擬態するのが苦手で……だから耳も上手く隠せなくて……」
「そんなこと言ってもワタクシは騙されませんわっ! さあ、覚悟しなさい!」
「タマキ、タマキ」
「なんですの!?」
「鼻から情熱が溢れてるよ?」

 お前が一番騙されてんじゃねえか。
鼻血を止めどなくダラダラとだらしなく垂れ流してるタマキを見て、何だか気が削がれてしまったな。

「ふぅ……」

 とりあえず今のところこの子も敵対する気は無いみたいだし、話は通じそうだな。ユキヒロを疑うわけじゃないけれど、まだ本当に獏が犯人だって決まったワケじゃないし、どうしてこんな夜中に彼女が外を出歩いてるか、そこら辺から話を聞いてみようか。

「君を今すぐどうこうしようとはしないから、そう警戒しないでほしいな」
「……本当ですか?」
「いきなり攻撃しようとしたから信用出来ないとは思うけれど、少なくともまずは話からしてみたいと思ってる。僕の名前は紫藤・ヒカリ。君は?」

 対話の始まりは自己紹介から。そう思ってできるだけにこやかに笑って話しかけてみたけれど、彼女はうつむき気味で、僕が一歩前に出ると一歩退がる、っていう風に距離を詰めようとしてくれない。そりゃ怖いわな。彼女が犯人かどうかは置いておいて、急に魔術で襲われて三人に囲まれて、しかも話しかけたのが僕なんだし。
困った。これなら最初から人好きのされる顔のスバルに話しかけさせれば良かった。もっとも、顔の美醜が人間と一緒かどうかは分からないけれど。
そんな事を考えてると、フードを下ろした彼女はおずおずと名前を口にしてくれた。

「リン…シンなのです」
「リンシン? それが君の名前?」

 尋ね返すと彼女――リンシンはコクリと頷いてくれた。良かった、まだ嫌われてはないみたいだ。

「分かった。それじゃあリンシン、教えて欲しい事があるんだけど、良いかな?」

 いつも小学生に接してる時みたいに腰を屈めて、リンシンと同じ目線になるように高さを調整しつつ、横目でチラリとスバルとタマキに目配せする。僕一人だと記憶漏れが起きるだろうし。
タマキは自分の鼻血を抑えるので精一杯みたいだけど、スバルは気づいてくれたみたいで、両手を上げて敵意が無い事をアピールしながら僕の隣で腰を落とした。

「どうやら君も知ってるみたいだけど、今この町で魔術師が襲われる事件が起きてる。そんな中でどうして君がこんな夜更けに出歩いてるのか、教えてくれないかな?」
「……それは――」
「どうやらすでに先客が居たみたいだな」

 戸惑いがちながらもリンシンが口を開いてくれようとしたその時、彼女の声を遮るようにして男の声が聞こえた。

「捕まえてくれたところ悪いが、ここからは俺達の仕事だ」

 振り向いた先の街灯の逆光に照らされる一つの影。低くもまだ若そうな声の主は、ゆっくりとこっちに向かって、そして立ち止まると僕らを見下ろした。
その影を、僕らは知っている。

「――コウジ」

 久々の姿に、僕は思わず彼の名前を呟いた。
別所・コウジ。僕らの幼馴染であり、自衛隊の一員として働いていて。
そして――

「さて、今日で悪行もお終いだ。――獏」

 辺りに一層眩い炎を纏わせるアイツは。
 世界の英雄だ。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 一九〇センチ近い長身に、鍛えられた肉体。見るからに武闘派という風貌で、加えてコウジの目つきは一言で言えばとても悪い。そこらのヤンキーは愚か、ヤクザの人たちでも睨まれたら腰を抜かすんじゃないかと思うくらいだ。幸いにして逆光だからそこまでハッキリとその姿は見えないから良かったとつくづくコウジを見てそう思う。

「……誰ですの?」

 鼻血を止めたらしいタマキがソッと近づいて聞いてくる。どうでもいいけど、鼻にティッシュを詰めるのは年頃の女の子としてどうなんだろうか。まあ、常日頃の言動からして人としてどうかと思うくらいだから今更だけど。

「別所・コウジ。僕らの幼馴染だよ」僕に代わってスバルが答える。「今は陸上自衛隊特殊事例対策隊特殊任務哨戒班所属で、階級は特務三佐。兼務で魔素機械技術隊技術検証班にも所属してる。
 そして――四英雄の一人でもある」

 今や世界の常識となった四人の英雄。歴史の教科書を紐解けば必ず一度はその名前は出てくるし、幼稚園児の憧れの存在でもある彼らの功績として最も有名なのは魔術の発明だ。
今ある全ての魔術の基本となる四つの原始。
物体の運動を制御する空間魔術。
電子の運動を制御する電気魔術。
情報の動きを制御する情報魔術。
そして、熱の移動を制御する熱魔術。
これら魔術を開発した上で、更に多くの人が扱えるように体系的に発展させていった彼らは科学者としても他の追随を許さない程に優秀であって、それと同時に――

「戦闘者としても僕ら人間とは乖離した、圧倒的上位者でもある英雄の一人だよ。そういえばヒカリともよくケンカしてたよね?」
「そうだったっけ?」
「そうだよ。それで良く二人とも親に怒られてたじゃん。まあ、どっちかっていうとコウジの方が一方的に突っかかってきてただけだけどさ」
「……よくそんな相手とケンカして無事でしたわね」
「昔の話だから。あの時はコウジも普通だったし。昔からコウジはデカかったから、その意味では自分でも良く無事だったなって思うよ」
「よく言うよ。コウジと五分以上に殴り合ってたくせに」
「何さっきからゴチャゴチャ言ってやがる。俺は気が短ぇんだ。言われたらさっさと去ね。テメーらみてぇな魔技高の学生なんざお呼びじゃねーんだよ」
「久々にあった幼馴染に随分だね、コウジ」

 どうやらコッチのことには気がついて無いみたいのコウジは口に含んでるガムをクチャクチャと噛みながら、険のある言い方をしてくるけれど、スバルが和やかに笑いながらコウジに手を上げて言葉を返す。

「あん? 誰だよ、お前は。俺には魔技高なんぞに知り合いなんていねー……って何だよ、スバルじゃねえか」
「や、久しぶり」
「ああ、久しぶりだな。んでそっちは……チッ、んだ、ヒカリかよ。テメー、まだ魔技高なんぞに居んのかよ。さっさとくたばっちまえばいいのに」
「……相変わらず元気みたいで何よりだよ」

 しかしそんなに嫌われる様な事をしただろうか。首を捻って記憶を辿ってみるけれども、残念ながら僕の記憶能力はお察しの通りであって、どれだけ頑張って記憶を深堀りしたところで田舎の森や草っぱらで仲良く遊んでた事くらいしか思い出せない。

(そういえば、あの頃は皆と一緒で毎日が楽しかったな)

 毎日皆と遊んで、毎日皆と勉強して。何をするにも一緒で、誰かが欠ける事も無くて。当時は感じなかったけれども、一日がいつも充実していて、夜になれば明日は何をして遊ぼうか、そんな事ばかり考えて寝るのが楽しみだった。明日が来るのが楽しみで仕方なかった。夜は、全然怖くなかった。
眼を閉じれば楽しかった一日の事が鮮明に思い出せて、いつも皆が傍に居てくれてる気がして、寂しくなんてなかった。孤独なんて無かった。怖くなんて、無かった。
だというのに今となっては。

「まあいい。そんな事よりちょっとテメェらどいてろ」
「え?」
「これから俺は仕事だ。――焦がされたくなかったらどっかに隠れてやがれ」

 コウジの黒髪がユラリ、と揺れた。それと同時に辺りに立ち込める熱気。幾分涼しい夜の町が一気にサウナみたいに熱が侵されていく。
真黒なグローブを嵌めたコウジの両手からは青白い炎が立ち上る。炎の色からして相当な高温であるはずなのに、コウジは熱さを感じてないのか口端を歪めて楽しそうだ。
まるで、これから楽しみにしてた獲物玩具で遊ぶ子供みたいに。

「ま、待ちなさい! 何をする気ですの!?」
「何って、決まってんだろ?」

 声を張り上げたタマキに向かって、コウジは不服そうに半眼で睨みつけた。

「敵は殲滅するのみ、だ」
「待てよ、コウジ! まだ彼女が犯人って決まったわけじゃ……」
「んなもんとりあえずぶち殺してみれば済む話だろうが!」

 吐き捨てると同時にコウジが発してる熱が一層温度を上げた。風はすでに熱風を通り越して、まるで爆弾が爆発した後みたいに火傷しそうな程だ。
ああ、そういえばそうだった。コウジはこういう奴だ。頭は良いくせに考えるのが嫌いで、とにかくまずは行動してみなけりゃ始まらない。喧嘩っ早くてすぐに殴り合って解決しようとする、脳筋だったよな。

「あ、あ……」
「大丈夫ですわ! まだ信用したわけではないですけれども、少なくともここであんな脳筋バカのいいようにはさせませんの!」
「言うじゃねえか、クソガキが」

 腰を抜かしそうなリンシンをタマキが支えて、僕とスバルが前に出て庇う。
まだ彼女から何も話を聞いていない。あくまで僕らの勝利条件は犯人を捕まえることじゃなくてユズホさんを元に戻すことだ。獏にどういう力があるのかは分からないけれども、もしかしたら彼女はユズホさんを元に戻す方法を、そうでなくても何かヒントになりそうな事を知ってるかもしれない。だから、ここでコウジに引き渡すわけにはいかない。
「メンドクセェ――全員、影になるまで焼き殺してやるぜ」

 宣告。
その瞬間、コウジを中心として炎の壁が広がった。
炎の下の耐熱・耐衝撃用の特殊アスファルトが溶け出す。
そしてコウジの足元が爆ぜた。

「消えたぁっ!?」
「遅えんだよぉっ!!」

 タマキが気づいた時には既にコウジは目の前にまで来ていた。瞬きさえも許さない程の速度で接近して、右腕をタマキに向かって振り下ろす。そしてタマキにはそれに対応できない。
タマキなら。

「コウジっ!!」
「ちっ」

 けれど僕なら何とかなる。振り下ろされた右腕をプログレッシブ・ソードの腹で受け止め、かろうじてコウジの前進を食い止める。
けれど相手は英雄。ただの拳であっても、その攻撃力は魔術師の比じゃない。現に相当硬くかつ靭やかに作られてるはずのこの剣もミシミシと軋み音を立ててる。

「甘ぇっ!」

 だけどもまたコウジの体が僕の視界から消える。

「下ぁっ!?」
「ヒカリっ!」

 スバルがすぐさまに空気の壁を僕の前に作り出す。普通ならこれで威力は防げるはず。

「意味ねぇんだよっ!」
「がっ!」

 貫かれた。
そう錯覚するほどに腹に突き刺さったコウジの拳は鋭くて、衝撃の後に激痛。腹の中身を全部吐き出して、目の前が白く黒く変わった。
頭に鈍い痛み。それが、僕自身が崩れ落ちて地面に頭を打ち付けたものによるものだと気づくのに少し時間が掛かった。

「……っ! イェ・スペラ・エオ……」

 タマキの声が遠く聞こえる。この詠唱はさっきも使おうとした、タマキの得意魔術。コウジと同じく全てを焼き尽くそうとする強大熱量魔術。痛みを堪えて顔を上げて、口を開こうとするけれど、喉は一向に震えてくれない。
――それは駄目だ。

「バースト・ダウンっ!!」

 タマキの周りの魔法陣から夥しい熱量を持った巨大な火炎が、まるで竜巻の様に収束しながらコウジに向かっていった。まともに喰らえば人なんてあっという間に焼きつくしてしまうだろう、対人としては凶悪な威力を持った魔術の炎。けれど、コウジは避けるでもなく口端から白い歯を覗かせて見上げるだけだ。
コウジにとって、それは避けるまでも無いんだ。
拳に炎を纏わせて、コウジは腕を前に突き出す。それだけでタマキの放った魔術は、まるで意志を奪い取られたみたいにコウジの腕に巻き付いて、そして消えた。

「あ……」
「もう終いか?」

 タマキは現実を受け止められないかの様に呆然と魔術の成れの果てを見た。体は震えてて、眼の焦点は合っていない。完全に自失してしまってる。このままじゃ、今度こそタマキが危ない。

「コウジぃ……」
「んだよ、もう動けんのか。ちっと手加減しすぎたな」

 それでもタマキはリンシンを守ろうとしてるんだろう。腰を抜かしてるリンシンに、小さな体で覆い被さった。震えながらも、眼差しだけはキツくコウジを睨み続ける。

「コウジ、それ以上はダメだよ。少しだけで良いから待ってくれないかな?」
「黙ってろよ、スバル。テメェらの都合なんざどうでもいいんだよ」

 スバルの制止の声も聞く耳持たず。コウジはゆっくり歩を進めて、そしてタマキとリンシンを冷たく見下ろした。

「無抵抗の相手をどうこうするのは趣味じゃねえが、これも仕事だ。恨んでくれて構わねぇぜ?」
「コウジっ! 止めろぉっ!!」

 ――じゃあな
無慈悲な絶望の声と共にコウジの腕が振り下ろされて、僕はこれから起こる惨状に思わず眼を閉じた。
――カキンッ……
 だというのに金属が軋む音が聞こえてきて、僕が想像していた音も悲鳴も聞こえてこない。代わりに聞こえてきたのはコウジの戸惑った声。

「……誰だ、テメェは……」

 恐る恐る眼を開ける。差し込む街灯と辺りの炎に瞳が熱に焦がされて、自衛隊の迷彩服とブーツに身を包んだコウジの姿が最初に飛び込んできて、そしてその先に居たのは、毎日見ている学校の制服で。

「君代……さん……?」

 君代ヤヨイが、いつも通りの無表情でそこに居た。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 別所コウジは英雄の一人だ。現在の古今東西のあらゆる魔術の源泉となる技術を開発し、特異点から発生した魔物たちとの闘争を人類有利に進める事ができたその功績から自然発生的に広まった呼ばれ方の一つが「英雄」で、だけれども最近になって学術的な見地から定められたもう一つの呼称を彼らは持っている。
すなわち、魔法使い。
彼らの他には誰にも真似できない、人類が手にするべきでない圧倒的な魔技。一般人とは格別される程の能力を持つ魔術師よりも、ずっと遥か高みに位置する畏怖すべき存在。
これまで一般に抱いてきた魔術師のイメージ、すなわち遠距離攻撃タイプであったり、近接戦闘が苦手だったり、防御力が皆無だったりというややエッジの効いた存在とは魔術師が外れているのと同様に、魔法使いもまたそれとは異なっている。いや、異なりすぎている。
魔術師でさえ多くの一般人とは格別すべき力を持っているというのに、魔法使いはその魔術師さえも赤子扱いする程の能力を持ってる。
知力、肉体、魔技。全てにおいて最早人類という括りに留めるべきでない、一つ上の階層に到達したかの様な存在。その膂力は、一度本気で奮えば、人なんて一瞬で肉片へと変える事ができる。例え魔術師だとしても間違ってもその力を受け止める事なんてできない。僕が一瞬でも堪える事ができたのは、たぶん僕がコウジの知り合いだったから殺さない程度に手加減してくれたからだと思う。
だけども今の一撃は違う。確実に、絶対にコウジは殺しても構わないくらいの力を込めたはずだ。
だというのに。

「何者だよ、テメェは」

 君代ヤヨイはそれを涼しい顔をして受け止めた。両手で持った魔技高支給のショートソードを交差させてタマキとリンシンに向かって振り下ろされた拳を容易く受け止めてみせた。
止められたコウジはもちろんの事、僕もスバルも、そしてタマキやリンシンも含めて全員が唖然としてその事実を飲み下す事ができずに、ただ彼女に注目せざるを得なかった。
全員の視線を一身に受ける中で、彼女はいつもと変わらない平坦な口調で声を発する。

「……違うわ」
「あぁ?」
「この獏は、一連の事件の犯人では無い。私が保証する」
「はぁ? テメェが保証したって何の意味もねぇんだよ。何か証拠でもあんのか?」
「ある。けれども今は言えない」
「……テメェ、もしかしなくてもふざけてんのか?」
「私は事実を述べているだけ」
「だからその根拠を示せっつってんだよ!」

 君代さんを押し返して、コウジは強引に間合いを取る。苛立ちをそのまま拳に乗せて真っ青に燃え上がる腕を振るうけれど、君代さんは軽やかにそれをかわしていく。その表情には焦りも必死さも見えなくて、だからこそたぶんそれが余計にコウジを苛立させてる。

「クソがっ! さっきからちょこまかと逃げやがって!」
「アナタに殴られたら死にかねない。避けるのは当然」
「殺してやるから逃げんなっつってんだよ!!」

 残像しか残らないコウジの拳を、会話しながらもまるでどこに攻撃が来るかが分かってるかのように君代さんは避け続ける。
そしてまたコウジの拳が空を切った。

「がっ!」

 君代さんの体は宙を軽やかに舞って、見上げたコウジの顔面に着地する。英雄たるコウジを赤子を相手にするみたいにあしらい続けるその様に、僕らはさっきから呆気にとられっぱなしだ。

「テメェ!!」
「アナタがどう生きようと勝手。思考を放棄して他人に良いように使われ続けるのも自由。けれど、それが皆を不幸にすることもある」
「ああ!?」
「覚えておいて」

 怒りに染まったコウジの頭上から一方的に告げると、僕ら全員が見ている目の前で君代さんの姿が一瞬にして掻き消える。

「消えたっ!?」
「どこに!?」

 急いで辺りを見渡すけれど、近くにはどこにも居ない。三六〇度グルリと見て、でもどこにも痕跡も無い。視線を少し上げて遠くまで見回し、そこでようやく彼女の姿を見つけた。
僕らから五〇メートルくらい離れた、四階建てのマンションの避雷針の上。遥か高みから僕らをいつもの無表情で見下ろしていた。

「一瞬であんなところに……」

 スバルの愕然とした呟きが、さっきまでの戦闘が嘘の様に静まり返った夜の町に消えていく。それと同時にまた君代さんの姿も一瞬で見えなくなった。

「君代さん……」

 ほんの数日前まで彼女は単なる僕らのクラスメートだった。だというのにここ数日で彼女は不可思議な存在へと変化してしまった。
彼女は、何者なんだ……

「……クソッ、胸糞悪ぃ……」

 コウジの声で僕はハッと意識を彼女からコウジへと移した。彼女の事よりも今はコウジと、そしてリンシンだ。
痛む腹を抑えつつもタマキとリンシンの元へ近寄って声を掛ける。

「二人とも大丈夫?」
「ええ……正直何が起きてるのかわけが分かりませんけれども……」
「それよりヒカリの方こそ大丈夫? お腹は大丈夫?」
「正直吐きそう」

 手加減してくれたんだろうけれど、今にも胃がひっくり返りそうだ。よく胃に穴が開かなかったな。こういう時は少々頑丈な自分の体が頼もしく感じてしまう。
 だけどもそんな事は言ってられない。何とかして二人を逃がさないと、せっかく手に入れた手掛かりが失われてしまいかねない。

「そんな警戒すんな。気が削がれた。今更そいつを捕まえようなんざ思ってねーよ」

 極悪人としか思えない目つきの悪い三白眼で僕らを見下ろしながらそう言うコウジは、口の中のガムを喉を鳴らして飲み込むとポケットから新しいそれを取り出して口の中に放り込む。
 確かにコウジの顔を見てみれば、生まれつきだから仕方ない殴りかかってこんばかりの目つきだけども、でも剣呑な色は消えててどこかバツの悪そうな感じだ。コウジは喧嘩っ早いけれど、相手を油断させて、とかそういうやり方は嫌いなはずだし、ここで気を緩めた瞬間に何かしてくることは無いと思う。
隣のスバルに眼を遣れば、スバルも僕を見返してくる。たぶん、結論は同じだろう。僕も何よりもまず、休みたい。
ふぅ、と肺から大きく息を吐き出す。肋骨は殴られてないはずだけど、息を吸うのも少し痛い。

「別所三佐っ!!」

 と、そこへコウジを呼ぶ声。
振り返って見上げれば、小さな迷彩服の人影が二つ、家の上を飛び越えながらこちらに向かってきていて、その声と姿には僕もスバルも、そしてタマキも見覚えがあった。

「ようやく見つけましたっ! 勝手な行動は慎んでくださいっ! 三佐一人で戦うと町の被害が大きくなるんですから!」
「あー、はいはいはいはい。うるせぇな、相変わらず。どこで誰が何しようが勝手だろうが」
「そういうわけにはいきませんっ! ただでさえ三佐は上の方から要注意人物と思われてお目付け役が付けられているんですから! せめてほとぼりが冷めるくらいまでは自重してください!」
「無駄っスよ、サユリちゃん。どうせ言うこと聞かないんスから言うだけムダ。それよりも早く帰りましょ―よ」
「貴様は黙ってろっ、雪村ぁっ!! それと上官に向かって気安くそんな呼び方をするなっ!!」
「ンな事より霧島ぁ、何か食うもん持ってねえか? 少し本気出したら腹減った」
「俺も腹減ったッス。三佐の後始末の前にどっか飯食いに行ってきていいッスか?」
「……お願いですから二人とも少しは言う事を聞いてください」

 ……声を掛けづらい。最初はこめかみに青筋を立てて怒鳴ってたのに最後には懇願に変わってるし。何だか背中も煤けてるような。あ、胃薬飲んでる。
自由気ままな二人相手に振り回されてる姿はまるで。

「何だか、幼稚園の保母さんみたいだね」

 スバルの言葉に、ホロリと涙が零れそうだ。苦労してるんですね、霧島さん。
とは言え、このままで居るわけにもいかないし、声を掛けるとしますか。主に霧島さんの胃を守るために。
「霧島さん」
「はぁ……ん、ああ、君たちか。しばらくぶりだな。大事ないか?」
「ええ、まあ。霧島さんもその……苦労なさってるみたいで」
「言うな……それよりもどうして君たちがここに居る? まだ見回り当番日では無いはずだが? それに……」

 霧島さんの視線がやや鋭くなって、僕の後ろに立っているタマキと、そしてリンシンを捉えた。
今のリンシンはフードで頭を隠していないから、一目で彼女が魔物だと分かるだろう。それにコウジは「獏」を犯人と判断して攻撃してきた。ならば霧島さんや雪村元会長を始め、事件を調査している自衛隊組の中でも獏が犯人である事は共通認識のはずだ。だとすれば、ここで身柄の引き渡しを求められる可能性もある。

「四人ともそう警戒しないでくれないか。君の考えている事は何となく分かるが、別に我々も警察も獏が犯人だと断定しているわけではない」
「はぁ? 何言ってんだ、霧島。俺は獏を捕縛してこいって言われたぞ? それも生死問わずデッド・オア・アライブでだ」
「え?」
「そんなはずはありません。疑ってはいますが少なくともまだ監視対象なだけのはずです」

 どういう事だ?いくらコウジが英雄で特別扱いされているとは言っても同じ自衛隊の魔術師部隊。だというのにどうしてそこで認識に齟齬があるんだ?

「どうやら認識に違いがあるみたいだね」
「小鳥くん、だったか。君の言う通りそのようだな。一度情報を整理したいのだが、どうだろうか? それに君らがどうしてその獏を守ろうとしているのか、そこの事情についても聞かせてほしい。事情によっては協力も厭わない」

 どうするか。振り返ってスバル、タマキ、それにリンシンに眼で尋ねてみると、スバルとタマキは頷き返してくれた。
リンシンだけは不安そうに体を震わせているけれど、寄り添ったタマキが微笑みかけてやると少し迷い、けれども小さく頷いて同意を示してくれた。ならば僕としても特に気にすることは無い。彼らが霧島さんの言葉を信じるというのなら、僕も同じく信じてみるだけだ。

「なら場所を変えよう。彼女も少し落ち着く時間が必要だろうからな」

 リンシンの様子を見てそう言ってくれる霧島さんの優しさが嬉しかった。

「サユリちゃんってやっぱ保母さんが似合ってるよね」
「やかましい」

 ボソリと言ったスバルの呟きは、今度はキチンと霧島さんに届いてしまったみたいだった。




血走った眼でそう告げたコウジは傲慢で尊大で、けれどもそれが 夜の街を日々散策する四人。 「ああもう! きりがないですわ!」 すでに散策三日目。未だ手がかりはない。 遭遇するのは小物の魔物ばかり。 活動する魔術師が減ったためか、魔物の数が多い。それを三人で蹴散らしていく。 榛名から別れ際にもらった電話番号にもまだ着信は無い。 状況は変わらない。焦りが募る。 初日、三日目にユキヒロの姿は無い。(バイト) 代わりにたまにメールと電話で推測情報をくれる。 独自で情報を探してたスバルも何か情報を取得。 「それで、犯人の情報が何か分かったって?」 「うん。あまり嬉しくない情報だけど」 ネット上の掲示板を漁っていた時、ある情報が。 それは家の中から外を見ていた時、黒ずくめの人間が襲っていたとのこと。 線は細そうだったが、男か女か分からないとの事。 「とりあえず人型タイプの魔物ってことだね」 それと、事件が起きる時間帯を整理。 日付が変わる前後に事件が集中。 その時、ユキヒロから電話。 「今、これまでに確認されてる魔物について調べてたんだけどな」 曰く、獏が怪しいとの事。 夢を喰らうということから怪しく、また目撃情報が少ない。 一部は街中での居住を認められているとの話。 詳細な居住地域は分からないが、少なくともこの街にも住んでるとのこと。 とりあえずユキヒロから教えられた地域付近へ向かう。 到着した時、こそこそと動きまわる影。 手がかりを掴んだ、とばかりに三人は捕えようとする。 「ち、違うのです!」 現れたのは女の子(獏の魔物、リンシン)。そのことに戸惑っていると、後方から自衛隊の調査隊が現れる。 「ようやく見つけたぜ、犯人さんよ」 コウジが捕えようとする。 だがそこにヤヨイが乱入。 「彼女は犯人じゃない」 「誰だテメェは」 応えずヤヨイの姿は一瞬で消える。 気づいた時には民家の屋根の上。そのまま居なくなる。 「何もんだよ、アイツは」 獏の魔物の状況説明。(街に住んでる獏の魔物たちも拉致されていていなくなっている。 また、一連の事件の犯人扱いされて居づらくなっている) だから真犯人を捕まえようと夜な夜な探し歩いていた。 話を聞いたコウジは頭を掻きながらぼやく。 「俺はそんな話は聞いてねぇ」 コウジも独自で動くことに。去り際にヒカリに助言。 「イチハなら何か知ってるかもしれねぇ」





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