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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved





 さて。
「事実は小説よりも奇なり」なんて言葉は日本のみならず世界のあちこちで散々言い古された言葉だと思うんだが、全く以て全身全霊で同意する、というのが俺の心からの意見だ。
 それは別に実際の出来事が創作上の物語よりも奇妙だというわけじゃなく、小説よりも奇妙さで言えば僅かばかりに見劣りする似たような出来事が現実世界で起きてたしよう。
 それを体感した場合には、感じる驚きや戸惑いだとか、或いは危機感なんてものは紙や画面の上でただ読んでるだけの時間と比べれば何倍どころか何十、何百倍も強く感じられるっていう意味だ。勿論感動、なんて点に置いても言わずもがな、だ。
 ところでどうして俺が突然こんな事を何の前触れも無く話し始めたかというと、だ。賢明な諸兄には薄々と想像が付いているとは思うんだが、ついさっき話した、所謂「小説よりも奇なり」な出来事を、何の変哲もなかった単なる学生たる俺が体験したからに過ぎない。
 いやはや、全く以て不可解極まりない出来事っていうのは、今の俺の話と同じく何の前触れも無く降って湧いてきやがって、俺が嫌だっつってんのに聞く耳なんか持ちやしねぇ。こちらの都合構わず巻き込んで何の謝罪も無しに去って行きやがる理不尽なもんだとつくづく理解した。
 正直な所、俺は所謂創作物っていうのが嫌いじゃない。本もそうだしドラマや劇とかも、まあ熱心にじゃないが見ないでもない。そんな作り話を見ながら「そんな事ありゃしねー」なんていう斜に構えた見方をしつつも、「そんな出来事を体験できたらなぁ」なんて憧れを持ってたのも事実だ。だが実際に体験した今なら言える。平穏が一番だ。大事な事だからもう一度言おう。平穏が一番だ。まあ、そもそもの時点で人生を一変させるような出来事なんざ望んですらいなかったんだが。
 じゃあなんでこんな話をし始めてんだと聞かれたら、俺も答えに窮するところだ。誰かに訓示を垂れてやれるほどに老成もして無ければ偉い人間でもねぇ。そもそも学ぶような内容もあるか、と言われれば多分ねぇだろう。強いてあげれば似た出来事がお前の近くで起きた時に参考にでもしてくれ、というところだ。まず起きねぇだろうが。
 だからどちらかと言えばこれは単なる俺の愚痴に近いかもしれないし、独り言と言ってしまってもいいだろう。それか、日記に近いものかもしれないな。誰に見てもらいたい訳でもなく、将来自分が過去の自分を鑑みて、ただ思い出を振り返る為の記録助けか。その結果、微笑ましい感情を抱くか恥ずかしさに頭で豪快に「壁ドン」をする事になるかは知らないがな。

 前置きが長くなったな。
 とりあえず俺の人生がまるっきり違う道へと走り始めた日から振り返る事としようか。
 記憶力に関してはイマイチな自信しかない俺だが、その日だけはハッキリ覚えている。何故かって? そりゃ、俺のここまでの人生の中で五指に入るかもしれない破茶滅茶な日だったのと同時に、全く新しい道に向かって踏み出した日でもあったからな。忌まわしい記憶も多分に含まれてしまってるんで一刻も早く記憶を抹消したくて頭から血が吹き出さんばかりに壁に叩きつけたんだが、どういう訳かそれすらも記憶の一ページとして刻まれちまった。まあ、今思えば、それだけ俺が恥ずかしくも大切なものとして記憶してしまっているという証拠だろう。
 で、その日は、といえばまだ本格的に暑くなり始める前。桜もすっかり散ってしまって日本中が黄金週間なんていう大層な名前のまっただ中で浮かれきって、夢が覚めて耐え難い気だるさを感じていた頃だ。





――二〇一五年五月七日
――午後十二時くらい


 俺は間抜けにも口をポカンと開けて彼女に見とれていた。
 しなやかな両足に込められた力を存分に活かし、長くて黒い髪を靡かせながら彼女は俺の目の前を走り抜けていく。
 驚いて壁際に避ける俺に見向きもせずに一心に何かを呟きながら駆け抜け、すれ違いざまに恐らくは彼女が使っているものだろうシャンプーの香りが俺の鼻の中をくすぐっていった。
 校舎の廊下を全力で駆け抜けるという学生にはあるまじき愚行を、当然ながら教師が怒鳴りちらして咎めているが彼女は止まらない。
 そんな彼女に思わず釘付けになってしまった俺だが、そんな俺の目の前から不意に彼女の姿が消えた。

 ――いや、消えたんじゃなかった。

「待っていろ――」

 彼女の残り香と残像につられて窓の外に顔を動かす。
 そこには、窓の向こう側で三階から消えていく彼女の姿があった。

「なっ――!」

 慌てて彼女に向かって手を伸ばす。だが、俺の手は彼女には届かない。
 やがて彼女は重力に引かれて、俺の目の前から消えていった。

「――私のパァァァァァンっ!!」

 ――こんな声を残して。






――同日、約四時間前
――つまりは、午前八時半頃



「えーっと、今日からこのクラスの仲間になります、武内たけうちなおクンです」

 俺の隣に立っていた、俺の担任になるらしい小野塚先生がコツコツという音を立てながら黒板にチョークで俺の名前を書いていく。小学生でも通用しそうな小柄な体を精一杯上へと伸ばして漢字の名前を書き、もう一度「うんしょ、うんしょ」とでも声が聞こえてきそうな様子で体を伸ばして、平仮名で振り仮名を丁寧に足していく。
 おっとりした顔に懸命さが備わって、俺よりも頭一つ分くらい小さいからか、先生なのに先生っぽく見えない。だから俺は紹介されて早々に「凛ちゃん先生」と勝手ながら呼び名を付けた。誰か凛ちゃんに椅子を持ってきてやれ。
 そんな事を考えながら、俺は教壇の上に立ってクラス中をぼんやりと眺めていた。凛ちゃんが後ろを向いているからか、どいつもこいつも詰まらなさそうに俺に興味無さげな視線を向けてきていて何とも居心地が悪い。まったく、生きてんのか死んでんのか分かんねぇくらいに景気の悪ぃ顔してんな。

(とはいえ……)

 今の俺も似たようなもんだろう。何をするにしてもやる気はでねぇし、面倒くさい。こうやって立ってるだけだってのに気を抜けば溜息の一つや二つが溢れちまいそうだ。
 この学校に編入したのだって、家からそこそこ近くて、学力的にも自分にちょうどいいレベルだったからに過ぎない。パンフレットさえロクに読まずに決めたからな。

(イカンイカン……)

 新生活が始まるっていうのにどうにも気持ちがネガティブ一直線だ。いつまでもダウナーな気分を居てもロクなもんじゃねぇし、心機一転してやってこうって昨夜決めたばっかなのにな。気を取り直さねば。

「直クンは先日までアメリカに住んでましたが、この度――ご家族のご都合で帰国しました。しばらくは不慣れなところがあると思いますが、皆さん仲良くしてあげてくださいね?」

 凛ちゃん先生は柔らかい――どっちかつーと幼い感じだが――笑顔を武器にして連中に呼びかけるが、反応は至極薄いな。「はぁーい……」なんつー、なんともやる気ない返事がまばらに返ってくるだけだ。若干二名ほど元気ハツラツ清涼飲料水な返事をしてきた奴も居るがな。
 横を見ると、そんなクラス連中の反応に凛ちゃん先生は困った顔を俺に向けてきた。見た感じ若いし、まだ教師に成りたてなんだろうな。

「それじゃ直クン。挨拶をお願い」

 そんな勝手な推測をしていると困り顔をすぐに隠して俺に挨拶を促してくる。

(さて、どうしたもんか……)

 俺には小学生の妹が居るが、甚だ失礼な話ではあるが、凛ちゃん先生の困り顔がどうにも妹の困った様子にダブってしまう。常々生意気な妹だと思うのだが、頼られるとどういうわけかいつも何とかしてやりたいという衝動に駆られてしまう。そして今、同じ衝動が今の凛ちゃんに対しても抱いてしまた。

「……分かりました」

 面倒だとは思うが、やはりここは俺が一肌脱いてやらねばなるまい。
 「ふ……」とニヒルな笑いを小さく一つ。そして胸を張って一歩前に進み出る。
 緊張を解す様に大きく息を吸い込む。眼を閉じて意識を自らの奥底に集中! さあ、湧いてこい! 俺のインスピレーション!

――閃いた!

 頭の中に電流が迸る! 行ける! 今の俺ならば至高の一言を口にできる!
 カッ!!と眼を見開いて、俺は人生で最大と言える自信と笑顔を携えて口を開いた。凛ちゃん、見ててくれ!

「今日からお世話になる武内・直です。
 これから宜しくする……ぴょん」




――三時間半後
――彼はトイレで頭を抱えていた。



「はぁ〜……」

 悪夢だ。悪夢だとしか言いようがねぇ。

「なんだよ、『ぴょん』って……」

 何処をどう思考回路を回したらンな言葉が出てくるんだよ。我が事ながら全く以て意味不明だ。トチ狂ってる。間違いなく。ドン引きだよ。何処ぞのバスケ部のキャプテンかよ。

(しかもあの後のクラスの雰囲気……)

 思い返さなくても我が胸に深く刻まれてしまった事が分かるくらいに心臓が鷲掴みにされた。
 まるで氷河期だった。よく漫画の世界でつまらんギャグを飛ばした野郎が空気を凍りつかせる描写があるが、まさか自分がそれを実現させてしまうとはな。
 何はともあれ、終わった。俺のバラ色……にはならなかっただろうが高校生活は僅か初日であっさりと暗黒地帯の彼方へと吹き飛んでいってしまった。

「〜っ……!!」

 もう昼だっていうのにハッキリクッキリ鮮烈にあん時の光景が吹雪のSE付きで再現出来てしまう自分の頭脳が恨めしい。

「だ〜っ!! 忘れろ忘れろ忘れろ消去だっ!!デリートっぉぉぉ!!」

 ドゴンドゴン!と全力でトイレのドアに頭を叩きつける! 恥ずかしさで顔は真っ赤だ。今ならきっとヤカンの湯さえ沸かせるな、間違いない。
 最悪だ。人生最悪の黒歴史を生み出してしまった。この汚点はずっと消えずに俺とクラスの歴史に刻まれ続けるに違いない。
 そんな項垂れた俺を嘲笑うかのように、腹の虫が鳴った。

「……はぁ」

 怒りと恥ずかしさに悶えようとも、俺の感情とは関係なく腹は減る。胃は俺の感情を逆撫でするように音を立てて、その空気の読めなさっぷりに毒気を抜かれた俺の口からは何度目か分からん溜息しか出てこない。

「……飯食うか」

 教会の懺悔室宜しく便所の個室から出たら、何故か偶然居合わせた全然知らん生徒に怯えられた。これはあれか。すでにクラスだけじゃなくて学校中に俺の痴態が広まってしまったということか。
 洋々だったはずの人生が急転直下。お先真っ暗な前途に肩を落として仕方なく教室へと戻る。授業という抑圧から解放された明るい雰囲気の廊下を、俺は独りトボトボと歩いていた。
 そんな時だ。

「……ん?」

 何だか廊下が騒がしいな。昼休みだから賑やかなのは当たり前なんだが、悲鳴の様な声が聞こえてきて皆何かを避けるように壁際に張り付き始めた。
 そのうち、「ドドドドド……」なんて人間賛歌なマンガでお馴染みの、とても人が立てるとは思えない音が聞こえ始めた。気分は沈んでいようがンな音がすれば当然気になるし、死んだ魚の眼のまま俺は顔を上げた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!」
「いいぃっ!?」

 そこには女の子が居た。長い黒髪を靡かせながらリニアもかくや、暴走トラックなんて吹っ飛ばしてみせる! と言わんばかりの全身全霊を込めた全力ダッシュで猛烈な速度で俺に迫ってきていた。

「どっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」

 正面衝突間一髪。車は急には止まれないが、相手は止まる気も無いらしい。慌てて飛び退いた俺の直ぐ目の前を暴走列車宜しく通り過ぎていった。
 かと思いきや。

「くっ! このままでは間に合わないではないか!!」

 直ぐ傍で急停止。ギャリギャリと上履きの底が悲鳴を上げて止まったかと思ったら、その女は窓枠に脚を掛けた。

「ちょっ……まさか……!!」

 跳んだ。三階から。

「待ってるんだぞっ! 私のパァァァァンっっ!」
「嘘だろぉぉっ!?」

 シャンプーだろう香りと焦げた匂いを残して一切合切のためらいも無く窓から飛び降りていくのを見て、俺は慌てて手を伸ばし、窓際に駆け寄ったんだが、彼女は何事も無かったかのようにクルリと空中で一回転。
 その動作にどれほどの意味があったのかは分からんが実にスマートに着地すると、周囲の注目を粉微塵も気にすること無くまた何事か叫びながら食堂の方に走っていった。

「い、一体何だったんだ……?」

 何度も眼を擦りながら、グラウンドを砂埃を上げてサッカーをして遊んでいる奴らを蹴散らしながら食堂目掛けて一直線に走り去る彼女を見送った。
 ウチの制服を着てるから間違いなくウチの生徒なんだろうが、果たして女子が三階から飛び降りて無事であるなんて事があるというのだろうか? いや、そもそも俺の知っている普通の女の子は三階から飛び降りたりはしないんだが。それとも俺がアメリカに居る間に日本の常識が変わってしまったのか?

「ンなバカな……」
「あ〜ん、ヒメぇ〜! 待ってよぉ〜!!」
「んがっ!?」

 いやいや、そんな馬鹿な事があるか、などと一人自問自答していた時に不意に俺の背中を衝撃が襲った。例えるならば柔らかい戦車、或いはダンプカーに跳ねられたようなそんな感じだ。
 窓から上半身をはみ出させてた体が宙に弾き出されて頭が下に、脚が上へなんてアベコベ逆転現象。全くの不意打ちに状況が理解出来ずに、ただ俺が理解出来たのは足元にあったはずの地面が今は頭の上にあるなんていう不思議な現実。そしてゆっくりと近づき始める地面に、何となく俺は自分の運命なんてものを悟った。

――かと思いきや、だ。

「ぐぇ」
「あら、ごめんあそばせ。気づかなかったわぁ」

 むんずとぶっとい指が俺の襟首を掴んで、今度は逆に急上昇。空が近くなったかと思えば、いつの間にか俺の尻は固い廊下の上に鎮座している有り様だ。

「な、何が……」
「ホント、ごめんなさいねぇ〜。アタシってばいっつも足元がお留守になってしまうのよ〜」

 唖然とする俺の頭の上から、間延びした野太い声が俺は見上げた。
 意識がフワァと遠くなった。

「大丈夫だったかしらぁん? できるだけ優しく掴んだから、どこも痛めて無いとは思うんだけど?」

 二メートルに達しようかという巨体。俺の倍はあろうかという横幅に分厚い胸。
 鮮やかに金色に染められた髪の毛はツインテールにまとめられて、屈んでもなお高い位置にあって俺を覗きこんでくる顔には紫の口紅と濃いアイシャドーで分厚く化粧されていた。
 バケモノが、居た。

「あらぁん? 反応が無いわねぇ。頭でも打っちゃったかしらぁん?」
「い、いえ! だだだ大丈夫です! 何とも無いッス!!」

 俺の頭を簡単に潰せそうなドデカイ手が迫ってきたところでハッと我に返り、慌てて回避する。臆病者と侮りたいなら侮るがいい。こんな化け物相手に矮小な俺が何が出来ると言うんだ? 分かる奴が居るならぜひ教えてほしいものだ。実演させてやるから。

「そぉお? じゃあアタシは行くけどぉ、どっか痛いところがあったらちゃんと病院に行ってねぇん!」

 そういうと怪物は丸太(のような腕)を振りながら去っていった。

「待ってぇん、ヒメぇ〜! そんなに急いでも闇鍋パンはヒメ以外に買わないわよぉ〜!!」

 ドシドシという地響きを残して。
 その後ろ姿が見えなくなるまで俺は座り込んでいた。そのまま力尽きた様に天井を見上げて呟いた。

「俺は――」

――どんな人外魔境に入学したんだろうか?



☆★☆★☆★☆★☆★



(つーか、だよ……)

 何とか気を取り直した俺はようやく昼飯を食うべく教室に戻った。ガラガラになった教室の中を突っ切って、窓際の一番後ろの席に座る。

(なんで誰もあの二人を見て平然としてんだよ。特にあの二人目の女子……女子?)

 そもそもあれを人間とカテゴライズしていいのだろうか? ゴンザレス(命名:俺)の姿を思い出して戦慄しながら、俺はそこはかとなく素朴な疑問を抱きながら鞄から弁当箱を取り出した。

「おー、やっと帰ってきおったで」
「うっし! なら弁当食べるとしましょうか。あたしもーお腹ペコペコよ」

 どっかからそんな声が聞こえてきて、何気なく顔を上げれば目の前には弁当袋が二つ、俺の目の前に掲げられていた。
 男の方は茶髪で部活をしているのだろうか、随分と日に焼けて浅黒い。糸のように細い目をして、笑うとその眼がより一層細くなっている。
 もう一方の女の方はアンダーフレームの眼鏡を掛けていて、その奥からは大きな目が俺を覗いている。俺が座っている状態で俺より少し上に頭がある程度だから相当に小柄だ。その体格に合わせるようにして――胸はささやかだな。

「なーなー、ぴょん吉。一緒に飯食おうぜー!」

 開口一番、糸目で茶髪の男の方からそんな風に声を掛けられた。

「……ぴょん吉?」
「せや、ぴょん吉」
「そうよ、ぴょん吉」

 眼鏡の女も何故か俺を見て「ぴょん吉」呼ばわりしてくる。つまりは――

「……もしかしなくとも、俺の事か?」
「せやで? つーか、ぴょん吉以外に誰がおんねん?」
「いやー、いきなり転校生が来るって小野塚センセーに言われてどんな奴が来るかと思ったら想像以上だったわ。まさかいきなりの自己紹介で『ぴょん』なんて言い出すような壊滅的センスの奴だったなんて」
「ぐっ!」
「せやな。いっくら緊張しとったにしても中々出てきーへんで。あんなギャグ」
「おふぅ!」
「しかもあんな怖い目付きで言われてもねぇ。一瞬また冬が戻ってきたのかと思ったわよ」
「がはぁっ!!」

 せっかく人が忘れかけていたというのに! しかも目付きが悪いのは俺だって気にしてるっていうのに。

「と、ともかく……ぴょん吉は止めろ。俺が立ち直れなくなるから……」
「えー、つまらん。アレを自分の持ちネタに出来るくらいに磨かな立派な芸人にはなれへんで?」
「別に芸人志望じゃねぇよ!」
「まーまー、どうせ人生の黒歴史となったんだし、今の内に受け止めとかないと大人になっても羞恥で死にたくなるわよ?」
「大きなお世話だよっ!?」

 こいつらは……。ナイーブな俺の神経をゴリゴリと削りやがって。

「んで! そんないきなり人生の汚点を作った男に一体何のようだよ?」
「お、いきなり開き直りおったで。案外図太いなぁ」
「休み時間にトイレに籠るくらいだから豆腐メンタルかと思ったけど、木綿豆腐くらいには固いのね」

 どっちにしろ豆腐かよ。

「あ、用っていうのはさっきも淳平が言った通り、アンタと三人で昼ごはん食べようと思って」
「……俺と、か?」
「そうそう。転校初日だし、いきなり一人でご飯食べるのも寂しいでしょ?」

 そう言いながら二人共近くから椅子を引きずってきて俺の机を囲んでくる。
 口ではああして弄ってきてムカつく野郎だと思ったけど、なんだ、気を遣ってくれてんのか。案外、いい奴らだな。俺のササクレ立ってた心がちょっぴり――

「顔怖いしコミュ症っぽいし、友達なんてどうせ卒業まで出来ないでしょ?」
「ボケのセンスもゼロやしなぁ。ぼっちの転校生なんて見とる方がいたたまれんわ」
「ああ分かってたよコンチクショウ!」

 癒されるわけがねぇよ。ったく、何なんだこいつらは。そんなに人の心を弄んで楽しいか。
 そんな具合に俺の心が暗く濁ってダークサイドに落ち始めたところで、スッと日本の手が俺に向かって差し出された。

「まあ、でもアグレッシブにチャレンジする精神は嫌いやないで。それに、こうして同じクラスになったんも世の中の人間の数考えたら奇跡的な縁やしな。
 俺は那須なす淳平じゅんぺいや。淳平って呼んでや。これからよろしゅう頼むわ」
「アタシは上遠野かどの深音みおんよ。出来れば深音って呼んでほしいわ。アンタは目付きは怖いけど悪いやつじゃ無さそうだし、これから長い付き合いになるようぜひ努力したいし、努力してほしいもんね」

 ……まったく。二人揃って好き勝手言いやがって。でもまあ……そこまで本気で腹が立たないのは、きっとこいつらが別に俺を本心から馬鹿にしてるわけじゃないって何となく分かるせいだろう。
 で、これも何となくなんだが。

「……武内・直だ。こちらこそよろしく頼む。最初に全員の前に立った時はどうなるもんかと思ってたが、お前らと居ると色々と退屈しなさそうだ」

 こういう友達ダチは嫌いじゃない。
 そう思える自分が居て、俺は二人の手を握った。



☆★☆★☆★☆★☆★



 で、一通り挨拶してようやく昼飯を食べ始めた俺達だったんだが、そこで衝撃の事実が発覚した。

「はぁっ!? お前らがクラス委員長!?」
「せや。正確には深音が委員長で、俺は『副』やな」
「そ。だからアタシは偉いの。さあ思う存分アタシを敬いなさい!」
「……ありえねぇだろう」

 お前はまず背と胸を成長させろ。そうすれば多少は見た目的に威厳が付くかもしれんぞ。
 話した感じ、まあ社交性は高いかもしれんが、とてもこの二人が俺のイメージのクラス委員長像と一致しない。むしろおちゃらけた感じといい、人をおちょくるのが好きなキャラクターといい委員長とは正反対の所に位置する人間だと思うんだが。そしてそれを示すように――

「何よー。不満気な顔して、如何にも『お前はふさわしくないだろう』って言いたげね?」
「だってお前ら……二人して全部の授業爆睡してたじゃねぇか」

 そうなのだ。この二人、午前の授業中、見事に揃ってイビキを掻いてやがったのだ。
 とても真面目なクラス委員長がする所業じゃないだろう。

「だって仕方ないじゃない。授業がつまんないんだから」
「いや、だからってだな……」
「それにアタシだって別に最初からやりたくて委員長してるんじゃないんだし。面倒臭いしつまんない仕事ばっかでクラスの雑用係みたいなもんなんだから。あ、ちなみに淳平もそうだけどね」
「あ? そうなのか?」

 ふさわしく無いとは思ったが、もしやるならこいつらは自分から率先してやりそうなもんなんだが。淳平の方を振り向くと、こいつもまたジュースを飲み干しながら頷いた。

「んじゃ何でだ? そんなに嫌だったんなら他の奴にやらせりゃ良かっただろうに」
「そりゃそうなんやけどな」

 気づけば二人共額に指を当てて難しい顔をしてやがる。

「なんだ? そんなに深刻な話なのか?」
「ん? そういうわけや無いんやけどな」
「最初は誰もやりたがらなかったのよ。でもさ、クラス委員ってまず決めなきゃこう、始まんないじゃない? で、ずーっと立候補を待ってたんだけどさ、それでも誰も手を挙げないわけよ」

 まあ、そうだわな。ンな面倒なこと誰かに押し付けられるならぜひとも押し付けたい。

「そないやったらいつまで経っても帰って寝られへんやん? で、イライラしてな、オマケになんつーか、『ここで行けばお前目立てるで!』っつう囁きが、な?」
「そうそう! それで『ハイッ!』って二人して手を挙げちゃったのよねー」
「……お前らホンッとに仲良いな」

 ハッハッハー、などと二人して肩組んで笑ってやがる。真面目な話かと思って真剣に聞いた俺が馬鹿らしくなってきた。

「まま、それでもせっかくの機会やしな思うてんねん。一遍くらい経験してみんのも悪ないな〜思うて」
「小野塚センセーも内申を良くしてくれるって約束してくれたしねー」
「まあお前らがそれで良いならいいんだけどさ」

 だからこそこうして転校生の俺に話し掛けてくれたんだろうしな。そう考えると、理由は何であれ立候補してくれたこいつらには感謝してもいいのかもしれないな。

「でもさ」

 そんな事を考えながら弁当箱をつついていると、深音が机に頬を突いて物憂げな声を出した。その視線の先を辿っていってみるが、そこには特に何があるわけでも無く、昼休みのせいですっかり人気の無くなった教室の姿があるだけだ。

「イラつくっていうのは本当だよ。本当に……ムカつくんだ」
「……何にだよ?」
「学校の連中にだよ」

 深音の口調はひどく冷たくて、表情も別に怒った様子は無いが何処か感情を抑えている様に俺には見えた。だから、彼女の言葉が本気で思っているんだと分かった。

「どいつもこいつもひどく湿気た面してさ、やる気無くしちゃって。ちょっと受験に失敗したくらいでなに人生終わりみたいな顔浮かべてんのって感じよ。センセーはセンセーで機械みたいに淡々と授業進めるだけだしさ。アタシらが寝ててもお構いなしで起こす素振りも見せないし」
「……そうなのか?」
「まーな。一応稜明高校うちは世間様からは進学校って認識されとるみたいやけど、生徒の大半は県内一の進学校に挑んで散った奴が大半や。そことウチを比べればレベル差も歴然やしな。
 ま、必死で努力してきた連中からしてみれば燃え尽きとるのもしゃーなしってとこやな。そないな連中相手にしよったら先生らもやる気はでえへんやろうしな」
「冗談! たった一回のペーパーテストで私達の何が測れるっていうのよ。大事なのは『今』を楽しく! 全力で! 生きること。ちょっとの失敗でしょぼくれてても仕方ないっての。
 ま、そんな訳で直、アンタも早いとこ『ぴょん吉』を忘れて前向きに生きる事よ」
「お前は俺に思い出させたいのか忘れさせたいのかどっちだよっ!」

 思わず突っ込まずには居られない高一の春。
 それで深音の雰囲気も柔らかくなってはくれたんだが、その最中でも俺は僅かながらの苦しさを胸に感じていた。

(全力で、か……)

 深音が気づいているかどうかは知らんが、俺は俺自身の事を指摘されているのかと思った。
 何をするにもやる気は無く、何かに一生懸命になれることもない。何となくアメリカから日本に帰ってきて、そこそこの学力と家からの近さからこの高校を選んだ。特にやりたいことは無くて、漫然と忙しさにかまけて流される様に生きている毎日。自分で自覚はしているが、知り合いに目の前でこうも嫌悪されると胸にくるものがある。

(だけどな……)

 こんな事を言うと深音に怒られるかもしれんが、今は無理だ。今はまだ……何かに本気で取り組むなんて事は出来そうにない。

「ん……? もしかして本気で蒸し返されるの嫌だった?」
「あ? ああ、いや、別にそういうわけじゃないけどよ……」
「武内くーん。居るー?」
「あ、はい!」

 どう返事をしようかと迷っていたところに救いの手が差し伸べられた。
 声の方を見遣れば教室の入口で凛ちゃんが俺を手招きしていて、急いで立ち上がると先生の所に小走りで向かった。

「何でしょうか、凛ちゃ……小野塚先生」
「……なんか教師に対してあるまじき呼び方が聞こえた様な気がするけれど、まあいいわ」

 おっと、イカンイカン。ついつい心の中だけの呼び方が出そうになってしまった。
 凛ちゃんはジト目で俺を見つめてくるが、どうやらそれ以上の追求はしないでいてくれるらしい。まあ、愛らしい凛ちゃんから怒られても別に怖くもなんとも無いから別に構わないんだけどな。
 そんな俺の内心に気づいてか気づかないでか、凛ちゃんは一度溜息を吐いてポケットから紙を取り出して俺の右手に手渡してきた。

「? なんスか、これ?」
「ウチの高校の部活動のリスト。朝に伝えるのを忘れちゃってたんだけど、ウチは皆何かの部活動に所属しないといけないの」
「はぁ……ですけど俺は……」
「うん、武内クンの事情は私も校長先生も理解してるから。ただ、たまの息抜きにでもなってくれればいいかなって。それに特例を作っちゃうと色々面倒なのよね。だから先生を助けると思って。ね?」

 ……正直気は進まないんだがなぁ。部活をする余裕も無いし、今の俺にはやらなきゃいけないことがある。幽霊部員になるのも、真面目にやってる連中に対して申し訳ない。
 とはいえ、先生にも立場はあるだろうし、理解してると言ってくれてるんだから頑なに拒むのも何だか、な。
 仕方あるまい。ここは俺が折れるべきだろう。

「分かりました。殆ど活動には参加できないと思いますけど、それで良いのなら」
「そう? ありがとう、助かるわ〜!」

 俺が了承すると凛ちゃんは安堵が見え隠れする満面の笑みを浮かべて手を握ってブンブンと上下に振ってくる。こういうところが幼く見えてつい「凛ちゃん」などと呼んでしまうんだが、この先生は解ってるんだろうか?

「それじゃ今日から一週間以内に決めて私に入部届を出してちょうだい。その間に見学して入りたい部を決めてくれれば大丈夫だから。あ、もちろん先生方にも話は通してるから心配しないでね」
「了解です。わざわざありがとうございます」
「ううん、これが私の仕事だからね。それじゃ宜しくね〜」

 肩の荷が降りた、とばかりにウキウキとスキップ混じりに凛ちゃんは去っていった。調子に乗りすぎて脚が絡まって転けてた姿は見なかったことにしておこう。その拍子に見えたパンツの柄もな。

「小野塚先生、何やってん?」

 席に戻るなりに淳平が聞いてきたから紙を見せてやると二人揃って覗きこんで、同じように納得の声を上げた。

「なんや、部活の紹介かいな」
「そういえば全員何らかしらの部に所属しないといけないのよね、ウチの学校。面倒くさいルールを作ったもんよね」
「え、そうなんか?」
「何でアンタが知らないのよ……」
「だって俺はサッカー部に入るの決まっとったし」
「そうなのか?」

 淳平の答えに疑問を上げた俺に対し、深音の方が「ああ」と声を上げると、眼鏡のズレを直しながら説明してくる。

「そういえば言ってなかったっけ。淳平はサッカー部の特待生なのよ」
「へー」

 そっか、コイツは特待生なんか。ならどの部に入るとか関係ないわな。
 そっかー、特待生か。
 ……

「マジでか!?」
「おおう!? 意外な食いつきっぷり!?」
「だって特待生っつったらアレだろ!? 学校側からスカウトされたり、来てくれって誘われたりとか……将来はプロになったりするんだろ!?」
「せやで。こう見えても将来のJリーガーどころかブンデスリーガーやで」
「おおぅ……」

 思わず身を乗り出した俺に向かって細目を増々細目にした淳平が歯を輝かせる。なんか知らんが、今は淳平が輝いて見えるぞ。

「そっかー……お前ってスゲェ奴だったんだな」
「せやろ? もっと煽ててくれてもカマへんねんで?」
「はいはい、調子乗るのもそこまでにしときなさい。たかがウチの学校に特待生で入ったくらいで、今のアンタはただの馬鹿なんだから」
「なんやー、冷たい。もうちっとエエ気分に浸らせてくれたってええやんか?」
「アンタが全国大会で日本中の注目を集めるくらいになったら思う存分煽ててやるわよ」
「ま、ええわ。すぐに吠え面かかせたるさかい、楽しみに待っとけや」

 ニヤっともう一度淳平は笑った。その顔を見る限りコイツは相当に自信があるらしい。
 そりゃそうだよな。そういうことならサッカー部の奴らは皆特待生で入学してんだろうし、自信無きゃそんな連中の中に入って行けやしないわな。

「まま、俺の話は置いといて、や。直はどないするん? なんか気になるんあるか?」
「そうだな……ま、入るとしたら運動部以外だろうな」
「え? 剣道部に入るんじゃないの?」
「いや、剣道は今はもう……」

 そこまで答えて、俺ははたと首を傾げた。

「なあ、深音?」
「ん? 何?」
「俺、お前に剣道やってたって言ったっけ?」
「いんや?」

 フルフルと首を横に振る深音。だよな、言ってないよな。

「なら何で俺が剣道をやってたって……」
「だって、両掌のタコ、それって竹刀ダコでしょ? それに箸持ってる手が右手だから右手が利き手なんでしょうけど……」

 言いながら深音は俺の両腕を急にもみ始めた。

「その割には左腕の方が若干太いしね。剣道は普通左腕で竹刀を上下させるから、剣道やってる奴は左腕の筋肉の方が付くのよ。だからアンタが剣道やってるんじゃないかって思ったワケ。アンダスタン?」
「なるほど」

 深音探偵、中々の名推理。しっかし、よく観察してんな。

「お前、将来は探偵にでもなるつもりか?」
「あ、それ面白そう。いいわね、『美少女名探偵・深音!』とかアタシをモチーフとしたアニメとか出来そう」
「背も胸も少女名探偵の間違いぶべらっ!?」
「んー、何て言ってくれたのかしら、淳平?」

 後ろのロッカーにめり込んだ淳平に向かって拳を突き出したまま、深音はニコニコ笑って聞き返した。
 ……今、人間が真横に飛んでいったんだが見間違いだよな?

「い、いやいや、深音は美人やから絵になるやろうなってゆうただけやねん」
「そう? そうよね? あー、誰かそんなマンガの一つでも描いてくれないかしら?」

 チラチラっと横目で俺を見てくるが、俺を見られても困る。

「……いや、流石に俺はそんな画力ないんで」
「……ちっ」

 俺が描いたら出てくる人物全員ゴンザレスみたいな化け物になっちまうぞ。つーか、そんなメンドイ事そもそもするか。

「ちなみに深音は何部だ?」
「漫画・アニメ研究部! アタシを可愛く格好良く描いてくれる絵師さん、絶・賛・募・集・中!」
「だと思ったよ」

 確かに深音は絵になるとは思うが、よくそれだけ自分に自信を持てるもんだ。俺には到底真似できん。

「アタシ達の事はいいの。そんだけ固い竹刀ダコが出来るくらいには真面目に剣道やってたんでしょ? なのにしないっていうのはアタシには勿体無いって思うんだけど。勿論新しい事を始めるっていうのも価値があるとは思うけどさ」
「俺も出来る事なら続けたかったんだけどな」

 深音の言いたいことは分かる。確かに俺は十年近くずっと剣道を続けてきた。アメリカに行っても親父とお袋が探してくれた道場に通い続けたし、稽古も一日だって休まなかった。そんなに頑張ってきたことを止めて、全く新しい事を一から始めるってもし妹が言い出したとしたら迷わず考え直すよう説得するだろう。
 でも――

「もう、無理なんだよなぁ……」

 俺は自分の左腕を見た。
 外傷こそ癒えたが、事故で俺は握力を殆ど失った。腱も痛めてしまって、左腕は肩から上には上がらない。剣道を続けるには、致命的過ぎる怪我だ。
 この一ヶ月で諦めがついたつもりではあったんだが、やっぱり思い出すと少し感傷的な気分になっちまう。

「……あ、その……ゴメン。悪い事聞いちゃったみたい……」
「あ、いや、ワリィ!」

 いかん、気まずい雰囲気にしてしまった。別にそんなつもりじゃ無かったんだが、深音のやつ、すっかりシュンとしちまってる。

「俺自身はもうすでに諦めついてるからさ! だからな、その、気に……」
「まっったく、しゃーないやっちゃな!!」
「ごふぅ!?」

 何とか弁明しようとアタフタしていたところだったが、背中に「スパーン!」と景気の良い音と同時に衝撃が走った。お陰で胃に収まっていた中身が危うく盛大に飛び出しそうになったじゃないか。
 咳き込みながら涙目で恨みがましく犯人を睨みつけてやるが、当の淳平犯人は呆れた様に溜息吐いてみせやがる。

「あんな、自分が悪いんやで? こないなけったいな空気にしくさって」
「う……」
「怪我ゆうてもちっとハンデ付けられただけやろ? 大したことあらへん。むしろ喜ばんかい」

 大した事ない、だと?
 知らず知らずのうちに俺の右拳が握りこまれる。どれだけ俺が悩んだか、何も知らない癖に。それを喜べ、だと?

「お前……!」
「ちょっと、淳平! そんな無神経に……」

 深音も俺の怒りに気づいたか、慌てて咎めるように淳平に食って掛かるが、コイツはキョトンとして首を傾げるばかりだ。

「なにそないに怒っとるん? 俺そないな変なこと言うたか?」
「アンタ――」 「だって――コイツはちっとハンデやらんとアカンくらいに誰よりも幸せになれるって神さんが判断したってことやろ?」
「――……」

 一瞬、言葉に詰まった。
 そんな事は考えた事が無かったし、事故にあった直後はいざ知らず、今でさえもあの事故の事をネガティブにしか俺は捉えられなかった。
 だけどそうか……そんな考え方もあるんだな。
 俺も深音も眼を丸くして淳平を見る。が、当の本人はそんな俺らの反応が不思議らしい。キョトン、として糸目で俺らの顔を見て首を傾げてる。

「なんつーか……」
「?」
「お前すげーな……」

 いや、正直今もあの事故をポジティブに捉えるのは難しい。それだけの事があの日に起こった。けど、いつまでも塞ぎこんでばかりじゃダメだとは自分でも思ってる。
 前を向かなければ。そういう意味で、コイツの何気ない言葉が強く印象に残った。横を見れば深音も何か感じ入るところがあったらしい。少し眼を見張って淳平を見ていた。

「? 何や? どないしたん、二人とも?」
(本人は深く考えてなさそうだが……)

 ま、だからこそこれだけ俺の心に響いたのかもしれないな。
 頭に疑問符を浮かべてそうな淳平を見ながら、そう思った。















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