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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved




昼過ぎから降り始めた雨は時を経ずして豪雨となった。
 休日ともあって昼前には甘味に群がる蟻の様に人で溢れかえっていた駅前通りも今は雨に押し流されたかのように閑散とし、皆、軒下や店舗の中で時間を潰している。時折はしゃぎ声を上げながら雨の中をじゃれ合いつつ歩いて行く少女たちや、ずぶ濡れになるのを厭わない少年らが歩き過ぎて行くが、それらの声も雨にあっけなくかき消されていく。
 大通りでさえそうであるから路地に入れば尚更人影は少ない。
 夜間営業の店の前には昼間は人の気配は無く、その様な店舗が密集している、所謂歓楽街では人の姿は皆無。雨が降り出す前にカラスによって荒らされたゴミ袋の中身が、処理しきれなかった雨水によって流されていく。
 アストレイは雨に打たれながら一人、歩いていた。白い鎧を身に纏い、重い足取りで誰も居ない道を歩く。以前は綺麗に磨き上げられていた鎧の表面には汚れが付着して薄っすらと黒く変色してツヤを失っている。金色の髪からは容赦なく雨が流れ落ちて、前髪は整ったその容姿を隠すかのように張り付いていた。

「ふぅ……」

 臓腑で淀む濁った思いを吐き出すかの様に重い溜息を吐いた。そして目に入った軒下の、店の勝手口らしき場所の段差に腰を下ろして雨から逃れる。そこでアストレイはもう一度粘り気のある溜息を吐き出した。
 雨に濡れないように大切に仕舞っておいた絵を取り出す。笑顔の少女がそこにいて、誰かに笑いかけている。しかしそれはアストレイに向けたものではない。
 絵を握る両手に思わず力が込められる。少女の顔が不格好に歪み、だが紙がしわくちゃになるのをすんでのところで堪えた。
 何故、自分はこうして彼女を探しているのか。
 見知らぬ少女を探し続ける自らに対する問いかけは、これでもう何度目か。幾ら問いかけようとも答えは出ず、その欠片さえ見いだせない。あるのはただ使命感のみで、正体も知らない少女を、自らのことも喪失してしまった自分が探すという滑稽さに自嘲さえこみ上げてくる。
 彼女は何者か。探す自分は何者か。
 自らの事を扠置さておいてまで探さなければならない程に重要なのか。自分を優先すべきではないか。だがしかし、その為の端初さえ結局はこの少女の存在しかない。
 雨に打たれたからだろうか。それとも疲労か。臓腑の更にその奥からこみ上げてくる不安にアストレイは体を震わせた。

「……帰りたい」

 幼子の様に丸めた体から思わず漏れた言葉。しかしはたと思う。それは何処に、だろうか。記憶から失われた、どこかにあるかもしれない自らの故郷にか、それとも常日頃自らを休めていた荒屋にか。
 不意に浮かんでくるのは先日出会った兄妹の姿。見ず知らずの自分に対して、口は悪くとも親切にしてくれた兄と、自分の為に親身になってくれた優しい妹。自分を無くし、押し潰されそうな不安の只中に漂っていた時に貰った人の優しさは、表面上は飄々としていたアストレイを確かに救った。

「ダメだ……!」

 自らを律するためにアストレイは語気を強くした。今更あの家には戻れない。自分が戻ることであの家族に迷惑を掛けるわけにはいかない。本来であれば、あの二日間だけでも望外の扱いだったのだ。云わば単なる幸運。そこに頼るべきでは無い。
 俯きながら、アストレイは意図して笑みを浮かべた。そうすることで気持ちだけでも軽くなるだろうか、との単なる思いつきであったが、その笑みは慣れているかの様に自然と作ることができた。
 もしかして記憶を失う前の自分も、このように辛い時に作り笑いを浮かべていたのだろう。そうすれば暗い気持ちを誤魔化し、自分の気持ちを他者に悟られるのを防ぐことができるから。
 事実、作り笑いをしたら少しだけ、ほんの少しだけ気持ちが軽くなった。そんな気がした。それでも口からこぼれ落ちたの言葉は――

「戻り、たい……」
「なら、戻ってこいよ」

 掛けられた声の方をアストレイは見上げた。
 そこには、リュックを背負い傘をアストレイに向かって差し出した直が居た。



☆★☆★☆★☆★☆★



「まったく、信じらんねぇ……」

 リビングのソファーに座り、腕を組みながら俺は憤慨していた。
 何が信じらんねぇってアストレイの事だ。あの野郎、ウチから出て行った後はどっか適当にホテルにでも泊まってんだろうって思ってたんだが、タクシーで帰ってくる道中で聞き出した答えにはびっくり仰天だ。
 泊まったのは最初の数日だけで、その後はずっと野宿してたらしい。金は確かにあったようだ。というか持っていた何かの金貨を質屋で換金して現金を作ったようなのだが、日本のホテルの金額に驚いて数日だけで引き払ったとか。
 所持金を聞いてみると別に今すぐどうこうなるような残額じゃなかったのだが、アストレイ的にはビビったらしい。
 まあどんだけ時間が掛かるか分からん捜索だしな。所持金が限られている以上、節約しようというのは良い心掛けだとは思うが、野宿するっていうのは如何なものか。ましてこの土砂降りの中を傘もささずに打たれながら歩きまわるとか、ホント何考えてんだか。アイツは馬鹿か。いや、馬鹿だな。

「……大丈夫かな、アストレイさん」
「大丈夫だろ。体調は悪くねぇって言ってたし、シャワー浴びたら多少はシャキッとするさ」

 で、雅に心配されているその馬鹿はというと今はシャワーを浴びている。というか、風呂場に押し込んだ。
 心ここにあらずな様子で足元もおぼつかないアイツに肩を貸して歩いたが、雨に打たれたせいで体は冷えきっていてまるで死人みたいだった。
 俺が見つけた時に弱音を吐いていたことからも分かる通り、顔に覇気は無くて今にも泣きそうな顔していて、そのくせヘッタクソな笑顔を浮かべて「自分は大丈夫です」なアピールをしてきやがるのが腹立たしい。腹立たしいんだが、そんな表情を簡単に俺に悟らせるほどにアイツが精神的に参ってるんじゃないかって思うと本気で怒ることもできねぇ。
「俺を頼れよ」と言いたくもあるのだが、そもそもアイツが出て行ったのは俺や雅の事を考えてのことで、俺もアイツが出て行くのを止めなかった。そんな俺がアイツを責めるような恥さらしな真似を出来るはずがない。だからアイツのあの声を聞いた時、殆ど迷わず俺はアイツをまた連れて帰って来ることを選んだ。

「……上がったか」

 離れたところでドアがスライドする音がする。ペタペタとスリッパがフローリングを叩く音が次いで聞こえてきて、リビングのドアの前で影が立ち止まった。
 影はすりガラスの向こうで立ち止まったまま動こうとしない。
 俺はため息を吐くと、立ち上がってドアノブを掴んであの野郎の都合なんざお構いなくドアを勢い良く引いた。

「何やってんだよ」
「いや、その……」

 ドアを開いた先では、準備してあった俺の部屋着に着替えたアストレイが所在なさ気に立ち尽くしていた。
 肩を落として背を丸めてるせいか、それとも精神的なもんなのかは分からんが、俺より若干背は高いくせにどうにも俺の方がコイツを見下ろしてる気分になる。シャワーを浴びて体が温まったせいか、幾分顔色も良くなったみたいだが相変わらず景気の悪ぃツラしてやがる。
 そんなアストレイの様子を見て俺はもう一度ため息を吐くと、部屋に無理やり押し込むようにしてアストレイの肩を叩いた。
 押されたアストレイはバランスを崩してタタラを踏んで、若干恨みがましそうな眼をしてくるが、俺が「あぁ?」と睨みを効かせると押し黙って眼を逸らした。その様子はまるで怒られるのに怯えるガキみたいだ。

「……」

 なんか、どうにも調子が狂うな。以前のコイツだったら「君の視線は凶器みたいなもんなのだから、睨みつける時は気をつけた方が良い」みたいな感じで口元に笑みを浮かべながら皮肉っぽく言ってきそうなもんなんだが、こうも反応が薄くて寄る辺ない放浪者の如く覚束ない様子だと俺もどう接していいか不安になってくる。
 ともあれ、こうして二人して立っていてもしょうがねぇ。ソファに腰を降ろすが、立ったままぼーっとしてるアストレイに促して「座れよ」と指示する。すると緩慢な動きながら言われた通り座った。体が温まれば少しは気分も持ち直すかと思ったが、俺の目論見は外れてしまった様だ。

「どうぞ、アストレイさん。これでも飲んで温まってください」

 座ったアストレイの前に雅がカップを置く。カップからは湯気が上がり、砂糖がたっぷり入ったレモンティーの甘い香りが漂っていた。
 風呂上がりに熱い紅茶とか、普段だったら嫌がらせ以外の何物でも無いが、アストレイの状態を慮っての事だろう。対する俺には熱いコーヒーが置かれ、それを一口飲むと少々ささくれだっていた俺の気持ちも落ち着いてくる。うむ、やはり気が利く素晴らしい妹である。

「……ありがとう」

 俺がカップに口をつけるのを見てアストレイもカップを手に取る。今にも消え入りそうな小声だが、どうやら礼を言えるくらいには持ち直したらしい。
 まだ熱いカップを両手で抱えてふぅふぅと、まるで女の子の様に可愛らしい仕草でカップを傾けて、一度喉を鳴らすと「ほぅ……」と溜息混じりに息を吐き出した。
 しばらく二人して黙ってカップを傾けていたが、中身が半分くらいまで減った頃、アストレイの顔色に完全に赤みが戻ってきたのを見てから俺は話しかけた。

「落ち着いたか?」
「……すまない。君たちには迷惑を掛けないと言ってここから出て行ったというのに……情けないことだ」
「俺が好きでお前を連れ戻したんだ。お前が気にするこたねぇよ」
「だが……私が君たちの傍に居ると、きっと危険が及ぶ。それは直、君も知ってるだろう?」
「それだって『たぶん』だろうが。あの子を探してる連中が必ずしも危ない連中だって決まったワケじゃねぇ。それにもし本当にお前らが厄介な連中だとして、俺も雅もそこら辺を理解した上でお前を連れ戻したんだ。お前が気に病むことじゃねぇよ。なぁ、雅?」

 後片付けをしていた雅に同意を求めると、エプロンで手を拭きながら「そうですよ」と返事が返ってきた。

「私もお兄ちゃんと話し合って、ちゃんと理解して決めたんです。だからアストレイさんは気にしないでウチに住みながら女の子を探して下さい。それに、私はアストレイさんが女の子に酷いことをするような人じゃないって信じてますから」
「雅ちゃん……」
「まあ、そういうこった。それに万一危険が迫れば隣の咲ン家に逃げさせてもらうさ」

 そんなことが無いと祈りたいとこだが、無闇に信じて対策を講じないのは愚の骨頂だ。というわけで雅と話して、本当にヤバイ時には真枝家に逃げ込もうと決めた。健一おじさんならどんな奴らがやって来ても全部叩きのめしてしまいそうな不思議な安心感があるし、健一おじさんと美沙子おばさんからも何かあれば頼ってくれていいと言ってもらってるからな。出来るだけ頼らないようにしようとは思うが、いざというときは素直に助けを求めよう。

「だからお前は気にしないでウチに居りゃいいんだよ」
「しかし、直は本当にそれでいいのかい? あの……陽芽さんだったか、彼女の考えに反するんじゃないかい?」
「まあそうなるな」
「そうなるなって……」
「先輩は先輩の考えがあって俺には俺の考えがある。先輩の心配は嬉しいし、先輩の意に反するのに少し心苦しいところが無いわけじゃないけど、それでも俺はお前を手伝いたいって思ったからそうしただけだ。それに、別に俺は先輩の家来でも何でも無いからな。意に反したからって俺と先輩の関係が悪くなるわけじゃねーし、あの人ならそこら辺も理解してくれるだろ」

 別に先輩からそういう言質を取ったわけじゃないが、何となくあの人なら「直が決めたことなら私がとやかく言うべきではない」とか言って理解してくれそうな気がする。その情景があっさりと明確に想像できることがなんだか嬉しくて笑いがこみ上げてきそうになって、だがアストレイの手前無理やり押しとどめた。

「そんなわけだから何も心配せずにお前は女の子を探すことを専念してくれりゃいい。ああ、だけどもし俺が近くに居ない時に何かあったら、出来る限りでいいから雅を守ってやってくれ」
「もう、そんなに心配しなくていいっていつも言ってるのに……子供じゃないんだから私は大丈夫だよ」
「いや、子供だろ」
「子供じゃないよ」
「どう見たって子供だって」
「子供じゃないって言ってるでしょ!」
「小学生のくせして何言ってんだよ」
「ああ、そう。じゃあ明日からお昼のお弁当はお兄ちゃんが作ってよね? 子供にお弁当作らせるなんてロクな大人じゃないでしょ?」
「いや、待て。それは卑怯だ」

 ただでさえ世知辛い世の中で数少ない楽しみを奪うというのかね、チミは。
 だがどれだけ不満を訴えようがこうなったら俺に残された方法は一つしか無い。古きより伝わる伝統技法であるTHE・土下座を素早く繰り出し、我が家のお姫様兼料理長にご機嫌を麗しゅうして頂こうと腐心するだけである。
 と、そんなやり取りを見ていたアストレイが不意に吹き出してクツクツと笑い声をあげ出した。

「まったく、君ら兄妹は……見てて飽きないね」
「うるせー。胃袋を掴まれた男は弱いんだよ」
「でも……ありがとう、直、雅。恥ずかしながらまた君らのお世話になるよ。そして……また頑張ってみる」

 以前に見た時に近い、イケメンに似合う爽やかな笑みを浮かべてアストレイは俺らに向かって頭を垂れ、それを見て俺ら兄妹も互いに顔を見合わせて小さく笑いあった。
 気は晴れたみたいだな。
 椅子に座り直し、冷めたコーヒーを一飲み。妹に向かって頭を床に擦り付けた忌々しい記憶をとりあえず彼方に追いやって、もう一つの本題を繰り出すべく俺はアストレイと向き直った。

「落ち着いたところで、だ。お前に伝えとくべき事があってだな」
「? 改まっていったい何だい?」
「お前が探している女の子な……実は先輩の知り合いだったみたいなんだよ」

 そう告げた瞬間、アストレイの顔から笑顔が消えて目を見張った。それを見た俺は、なんだかドッキリが成功したみたいな妙な高揚感を覚えつつアストレイの様子を伺った。
 アストレイはしばらくカップを手にしたまま固まっていたが、やがて一度カップの中に視線を落とすと急いで中身を飲み干した。調子を取り戻したはいいんだが、相変わらず仕草の一つ一つが洗練されたお坊ちゃまなやつだ。明らかに慌ててんのに仕草が様になるのがすげぇよな。何かむかつくけど。
 そんな俺の感想はさておき。

「……詳しく話を聞かせてくれないかい?」
「当たり前だ。この話を聞かせるためにどんだけ俺がお前を探し歩いたと思ってんだ?」

 さあ、こっから仕切り直しだ。



☆★☆★☆★☆★☆★



 それから俺は先輩から聞いた話をアストレイに伝えてやった。
 先輩があの絵の女の子と知り合いで、コイツと対面した後に連絡を取り合ったらしい事、そしてその子に先輩の方から注意を促したらしい事などなど。
 先輩から初めて話を聞いた後も、度々様子を伺ってはそれとなく――できているか分からんが――情報を得ようとしてはいるのだが、やはり先輩の口は堅く殆ど新しい情報を得ることは出来なかった。
 それでもかろうじて聞き出せた事を思い出しながらアストレイに話し、アストレイも俺の一言一言をその場で記憶するかのように静かに頷きながら、時折俺に尋ね返しながら聞いていた。

「……とまあ、こんなところだ。もったいぶった割りにはあんま情報は得られなかったけどな」
「いや……キチンと実在していると分かっただけでも私にとっては十分な情報だったよ。正直なところ、本当にこの少女が居るのかどうかも疑っていたからね。これで不安を抱かずに専念できるよ」
「とはいえ、この近所に居るかは分かんねーけどな」
「それは仕方ないさ。これまで通り地道に探すよ」
「だけど闇雲に探したって見つからねーだろ。お前今までどんな探し方してたんだ?」
「どんなって……道行く人に片っ端から絵を見せて『この女の子のこと、知りませんか?』って聞いてるんだけど……」

 ……何から突っ込んでいいやら。「他に何かやりようがあるの?」とでも言いた気だな、おい。どんだけ原始的なんだよ。

「そう言うけど、他にどんなやり方があるっていうのさ?」
「別に聞いて回らなくても、お前の持ってるその絵を大量にコピーして配るだとかすりゃいいじゃねぇか。紙の端にお前の連絡先でも書いときゃ、親切な人だったらその子を見つけたらお前に連絡してくれるだろ」

 出会った時は記憶をなくす原因となった時に失くしたのかスマホも持ってなかったはずだが、今時携帯もレンタルだとかプリペイドとかあるんだし、連絡先くらい簡単に作れる世の中だ。
 しかしながらこの野郎は、俺がそう伝えると「おぉ、なるほど!」と呑気に掌を打ち付ける始末だ。
 ……こいつは本気で探すつもりがあるのか? いや、記憶喪失であることを考えると思いつかなくても不思議じゃないのか。

「そういえばそんな便利な物があるんだったね。すっかり失念していたよ」
「後はそうだな……もう少し女の子の住んでる場所だとか、今の年齢とかが推測できればいいんだが」
「その、河合先輩って言ったっけ? その人から話を聞いた時の会話に何かヒントってないのかな?」
「ヒント、なぁ……」

 雅の提案に先輩との会話を思い起こしてみる。ざっと会話の中身を頭の中で繰り返してみるが、俺には何もヒラメキは無い。さっきアストレイに話したのもそのまんま当時の会話だったと思うんだが……

「そういえば、陽芽さんは私達と別れた後すぐにその女の子と連絡を取ったって言ってたね? ということは……」
「あ、もしかして河合先輩がすぐに直接会いに行ける距離に住んでるって事じゃない!?」
「ばっか。メールで絵を送って確認したかもしんねーだろ。先輩には絵のコピーを渡したんだし」
「あ、そっか……」

 こういう時は文明の利器が恨めしいな。ネットとか携帯とかが普及したせいで今じゃ日本どころか世界中どこに居ても簡単に連絡が取れてしまう。だから女の子ご近所さん説は確定できねぇ。もちろん可能性としては残るんだが。
 まあでも雅の言うヒントの探し方は何となくつかめた。
 俺はもう一度、今度は先輩との会話を覚えてる限り正確に再現していく。
 特におかしな事は無いように思えるが、そういう所に何か重要なヒントが隠されているっていうのが推理小説とかの常套手段だしな。別に推理小説を読み解いてるわけじゃないが、さて、俺に名探偵の資質があればいいのだが。
 と、そこで俺は或ることに気づいた。

「あっ……」
「何か気づいたのかい?」

 つい声を上げてしまった俺だったが、気づけばアストレイも雅も俺の方を注視していた。どうやら少々考えこんでしまっていたらしい。

「まあな。
 先輩との会話を振り返ってみたんだが、何となくなんだが、先輩と女の子は歳が近いんじゃ無いかって思う」
「どうして?」
「先輩は『幼い頃からの知り合い』って言ってたんだ。幼いって言うのが先輩が幼いのか、女の子が幼いのか、それとも幼なじみなのかは分かんねーけど、たぶん幼なじみか先輩より年上かのどっちかだと思う」
「そう判断した理由はなんだい?」
「女の子が幼い時に知り合ったとしたら、そういう言い方をするくらいだから結構歳は離れてて、だとしたら多分まだ小学校の低学年くらいだと思う。警戒するように伝えたって先輩は言ってたけど、そんだけ小さかったら本人に言うよりもその親に気をつけるよう伝えるだろ」
「確かにそうかも。ちっさい子に気をつけろって言ってもよく分かんないよね」
「まだ幼いなら保護者である親が注意すべきだからな。で、これは俺の感覚でしか無いんだが、その女の子の事を話してる時、結構気安い感じで話してた気がするんだよな」
「なるほど、だから直は二人が年齢が近い、もしくは陽芽さんよりも年上だと思ったわけだ」
「年上っつってもそれでも多分数歳上ってくらいだろうけどな」
「となると、絵の中の女の子は今よりもずっと前の姿で、今は中学生から大学生くらいの間って事になるんだね」
「断言は出来ねーけど」

 とはいえ、まずはその線で絞っていくのが良いだろう。それでもまだ相当範囲が広いが。

「ならさっきの直の案に加えて、コピーした紙にその情報を追加すべきかな?」
「探し人の正確な年齢がワカンネーとか超怪しい人探しだけどな」

 だが仕方あるまい。出来る限り情報を得ようと思えば正確な情報を提供しなきゃイカンしな。
 しかし、当面はこの方針で行くとして、探し方自体ももっと考えねーとダメだな。

「とりあえず、ご飯にしよ? もう夕方だし」
「……それもそうだな」

 一息休憩がてらメシにするか。それにせっかくだし、偶には雅を手伝うとしますかね。
 そう思って俺が立ち上がると、アストレイも「よしっ」と何故か気合を入れて立ち上がった。

「私も手伝……」
「お前は座ってろ」
「アストレイさんは来ないでください」

 俺と雅の容赦無い口撃にアストレイは撃沈した。リメンバー・アストレイである。



☆★☆★☆★☆★☆★



 部屋の隅でいじけているアストレイを蹴飛ばして立ち直らせて、三人で美味しく雅お手製の夕飯を食った俺らはその後も今後の方針について話し合うつもりだった。
 ……のだが、飯を食って一服しているとアストレイがウトウトし始めた。
 腹が膨れて眠くなるのは俺らでもそうだが、アストレイは特に疲れが溜まっていたんだろう。雨にもだいぶ打たれてたし、野宿なら毎日の疲れなんてまともに取れやしないだろう。
 うつらうつらと寝落ちしては覚醒を繰り返していて、そんな状態で話をしてもまともな案など浮かんでこないだろうと今日はそのまま解散。今は一階の、親父とおふくろの寝室だった部屋に寝相正しく寝息を立てているだろう。いい夢が見られていると良いんだが。
 で俺は、というと――

「どうすっかなぁ……」

 二階の自分の部屋で、椅子に座ってぼやいていた。
 時間は午後九時を過ぎたところ。机に足を乗せてぼんやりと天井を眺めていたが、ただ眺めているだけではない。アストレイは寝入ってしまったが、何か良い方法は無いかと一人考えているのだ。
 なのだが。

「何も浮かばねぇ……」

 妙案が浮かばないどころか、案すら浮かばないのである。

「良い方法は何かないもんかねぇ……」

 ある程度年齢を絞り込んだとしても調べる場所が全然絞り込めていない。そんな状態で片っ端から調べようとしてもどんだけ人数が居ても無理で、仮にこの街に住んでいるとしても、ビラを配るだけで果たして情報が集まるかは自分でも疑問に思っているのだ。
 なのでビラ配り以外の良い方法は無いかと思って、こうして一人ぼやいているのであるが、結果はお察しである。

「直くん」

 と、頭を悩ませているところで窓の外から声が聞こえた。背もたれにもたれかかったまま振り向けば、隣の家から咲がこっちに向かって手を振っていた。

「咲」
「やっほー。
 ぃよっと」

 咲は部屋の窓枠を乗り越えて屋根の上に乗った。そして「ふっふっふ」と不敵な笑い声を上げると一歩右足を引いて、なんだか助走っぽい姿勢を取る。
 ……嫌な予感がするんだが。

「なーおーくーん、あーそー……ぼっ!!」

 小学生が遊びに来るような声を上げながら、咲は真枝家から俺の部屋に向かって満面の笑みを浮かべて跳躍した。そのフォームはオリンピックを目指すことも不可能ではないと思える見事なフォームだ。俺も思わず見とれてしまった。
 だが。

「ガヒュッ!?」

 大の字のままドタマを軒にぶつけた。
 軒の長さを考慮してなかったのか、はたまた自分の跳躍力を把握してなかったのか、俺の目の前で咲は人が立ててはいけない気がする音を奏でた。そして。
 下に落ちていった。そしてそれをポカンと見送る男、俺。

「咲ーーーっ!?」

 慌てて俺は窓から身を乗り出した。頭の方から落ちていったけど、ヤバイんじゃないか……?
 俺まで落ちないように一階の屋根の上を這いながら、真枝家との境を恐る恐る覗き込む。サスペンスドラマでよく見るような、頭から血を流してぐったりしている咲の姿が頭ン中を駆けまわっていたのだが、覗き込んだ先にはそんな顔が真っ青になるような光景は無く、咲の姿もどこにも無かった。

「あ?」

 眼をゴシゴシと擦って見るが、まあやっぱり何もない。
 はて、俺にしては頭を使いすぎて幻覚でも見てしまったのかねぇ、と首を傾げていたところ、階下からドタドタと階段を駆け上ってくる足音が聞こえてきた。
 もしかして……

「いぃやっほー、直くん! 遊びに来たよーっ!」
「……元気だな、オイ」

 部屋を「バァーン!」と景気良く蹴破ると勢い良く咲が俺に飛びついてきた。立派に成長した胸が押し付けられてきて、こっちに戻ってきて初めて出会った時は、裸姿を見てずいぶんと狼狽えたもんだが、今となっては正体が咲だと知ったせいかこんな風に抱きつかれてもさして何とも心は動かないものだ。さながら出来は悪いが可愛い妹が増えた様な感覚だな。

「ああもう、やっぱさっき頭打ってんじゃねぇか」

 よく見らずとも額からはダラダラと血を流しているというのにケロッとしてやがる。心配しながら血を拭ってやると「えへへー」などと頭を掻きながらバツが悪そうに笑うだけだ。痛覚が死んでんじゃねえのかコイツ。あと一歩で死にかけたっていうのに呑気だな、おい。

「えへへ、ちょっと失敗しちゃった」
「ちょっとどころか大失敗だよ! 危うく明日の朝刊トップを飾るとこだったわ!」
「でも覚えてるかな? 昔もこうやって夜中にウチと直くんの部屋を交互に行き来してたの」
「……そういえばそうだったな」

 思い出したよ。いちいち玄関から出て行くのがめんどくさかったから、確かにこうやって咲の家に遊び行ってたりしてたな。
 そして今みたいに咲が失敗して落ちかけてしこたま怒られた後にこの移動方法が禁止になったこともな。
 しかもこのバカは叱られたその晩にまたこっそり俺の部屋に忍び込もうとして、今度こそ屋根から滑り落ちて夜中に救急車で運ばれたんだったな。

「そう考えるとこいつ……」
「?」

 まるで成長していない……!
 そんなホワイトヘアーデビルなセリフが勝手に浮かんでくる。

「どうしたの、急に眼を抑えて?」
「いや、何でも無い……」

 上を向いて思わず零れ落ちそうな涙を堪える。コイツも苦労してんだな、と思うとコイツを見る目も自然と生暖かいものになってしまう。いや、苦労してんのは健一おじさんたちか。

「それで、こんな時間に何の用だよ?」
「んー別に? 特に用は無いよ? ただせっかくまたお隣さんになれたのにあんまり一緒に遊べてないなーって思ってただ遊びに来ただけ」
「こんな夜中にか?」
「だって夕方は私は部活で直くんはバイトで忙しいし。日曜だって最近いっつも直くん家に居ないんだもん」

 口を尖らせてむくれてみせる咲。そういやそうだな。ここんとこ日曜もずっとアストレイ探しをしてたし、こうやって咲と話す時間も無かったか。

「そっか、そりゃすまんかったな」
「ぶー。気持ちがこもってないー」

 どないせいゆうねん。

「でもこうして話してくれてるから許してあげる。それで直くんは何してたの?」
「んー、何って言われてもなぁ……どうやったら探し人が見つかるか考えてただけだよ」
「探し人って、こないだ直くん家に泊まってた外国の人が探してるって女の子?」
「ああ。今日からまたウチに泊まることになったから宜しくな」
「あ、そうなんだ。見つかりそう?」
「んにゃ。ずっと探しちゃいるんだけどな、全く見つかる気がしねーし、何せ情報が少ないから何処をどう探していいやらわっかんねーんだよな……」

 椅子に座り直してまたボケっと天井を見上げてみるが、まあそれで妙案が出てくりゃ苦労はせんよな。

「ふーん」
「咲も何かいいアイデアあったら教えてくれよ。なあ、何か無いか?」
「えー、そんな急に言われても……」
「別に何でも良いんだよ。突飛なことでも思いついた事があればさ。逆に当たり前っぽいことでも意外なヒントになるかもしんねーし」
「んー、えっと……あ! 色んな人に探してもらうとか!? ほら、飼い猫が居なくなったりしたら電柱に張り紙したりするじゃない? あんな感じで女の子の似顔絵とかを張っとくの」

 ふむ、それも簡単に出来るな。どうせビラは配るんだし、多目にコピって張って回るのもいいか。

「他には?」
「え? ええっと……警察に相談してみる?」
「それは却下なんだよなぁ。本人の希望で」
「んじゃあね、えっと、探偵さんとかに頼むとかはどうかな?」
「金銭的な理由で却下だな」

 ホテル代を渋って野宿するくらいだからな。とてもそんな金を出せるとは思えん。

「他にもっとこう、最初のビラ張りみたいに金も掛からないような案って無いか?」
「むー……そう言われてもすぐには浮かばないよぉ……」

 そりゃそうだよな。俺もずっと考えてるけど浮かんでこないワケだし、ちょっと無茶ぶりだったか。

「ねえ直くん……直くん一人で探すつもりなの?」
「いや、アストレイももちろん探してっけど?」
「それはそうだけど、他に手伝ってくれる人はいないのかな? もうずっと探してるんでしょ? もっとたくさんの人に手伝ってもらうっていうのはダメ?」
「あー……」

 絶対ダメってこた無いが、これは俺がアストレイを手伝うって決めたワケだしな。先輩の反対を押し切ってる以上先輩に頼み込むわけにゃいかんし、やっぱ自分でケツは拭かなきゃな。

「だけど目的はアストレイさんが探してる女の子を見つけることなんでしょ? だったらやっぱり一番見つかるかもしれない方法で探すのがいいんじゃないかなぁ……」
「うーん、だけど……」
「直くんは何でも自分でやろうとし過ぎだよ。直くんから声を掛けてくれたら私だって手伝うし、もっと頼ってほしいな。それに、たぶん他にも私みたいに声掛けてくれるのを待ってる人が居ると思うよ?」

 結構俺は皆におんぶに抱っこでここまで来てると思ってるんだけどな。世話になりっぱなしで逆に申し訳ないんだが、まだ他の人に頼っても良いんだろうか?

「人探しだけじゃないよ? お父さんとお母さんだって直くんと雅ちゃんが遊びに来てくれないって残念がってるんだよ?」
「そっか……そりゃ申し訳ないな」

 おじさんとおばさんにももっと頼れってこないだ言われたけど、その後何回かご飯を御馳走になりに行っただけで確かに最近顔見てないか。

「分かったよ。明日、深音とかにも声かけて見るよ。んでお前ん家にもまた遊びに行くからおじさんとおばさんに宜しく言っといてくれ」

 俺がそう言うと咲は満面の笑みを浮かべて俺に背を向け、隠してるのかそうじゃないのかよく分からん小さなガッツポーズをした。

「うん、分かった。お母さんたちに伝えとくね?」
「ああ、頼む」
「それじゃ今日は帰るね。探す時は声を掛けてよ? 絶対だからね?」
「分かったって……っておい、咲!」
「じゃねー。おやすみ、直くん!」

 自然に部屋の窓を開けると咲はヒョイッと屋根の上に出て、俺に手を振るとピョンピョンってな具合で真枝家に戻っていった。また落ちるんじゃないかとヒヤヒヤした俺だったが、どうやら今度は目測を誤らなかったらしい。さすがにアイツも……

「成長してるって言うのかねぇ、こういうのも……」

 だがまあ、確かにアイツの言うとおり、第一目的は女の子を探し出してアストレイを安心させてやることだしな。人が足りないなら増やせばいい。当たり前のことなのにそこら辺に考えが及ばなかったな。
 深音が手伝ってくれるかは微妙だが、頭だけ借りるっていうのも手だな。もしかしたらアイツに聞けばいいアイデアの一つでも出してくれるかもしれん。

「ふぁ……」

 咲と話したからだろうか、少しばかり気が楽になった。それと共に眠気が襲ってきてベッドの中に潜り込む。
 そのままいつ眠ったのか気が付かないまま、いつの間にか俺は深い眠りに落ちていった。





 







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