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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved





 さて。
 俺は今、非常に困惑している。
 どのくらい困惑しているかというと、妹の雅が昔、「ウザいんだから近寄らないでよね、お兄ちゃん!」という兄に対してあるまじき暴言を叩きつけた後の夜中に俺の部屋にやってきて、「眠れないから一緒に寝ていい?」と何処で覚えたのか分からない上目遣いで尋ねてきた時と同じくらい困惑している。
 ちなみのこの時は吐かれた暴言の記憶など一瞬で光となって消えた。可愛い妹なのだ。一時の過ちなど兄として軽く笑って水に流すべきだという俺の兄論を紐解くまでもなく速攻で雅を快く布団に招き入れた。無論妹相手におかしな事をするはずはない。変な想像をした奴は手を挙げろ。ワンパンで許してやる。

 話が逸れた。
 では何に俺は困惑しているかと言うと、だ。
 俺は現実逃避を止めて閉じていた眼を開けて頭を掻いた。そこには――

「……この度は誠に申し訳ありませんでした」

 目の前で土下座して深々と頭を下げる小野塚先生の姿があった。



 俺を突然蹴り飛ばした凛ちゃんだったが、あの後即座に先輩に正座させられて説教をされた。
 それまでの体調不良はどこへ行ってしまったのか、とばかりに冷たく、しかし頭で湯が湧くんじゃないかとばかりに怒りを沸騰させて静かに怒鳴り散らすという何とも器用な真似をしていた。
 凛ちゃんもあんな暴挙を犯したわけである。当然理由があるらしくて時折「ですが……」と反論をしかけるも先輩の冷たい視線に即座に封殺されていた。
 おまけに怒り狂った先輩に何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も頭を叩かれて、俺に向かって下げている頭の上には盛大なたんこぶが何段にも渡って積み重なって鏡餅みたくなっている。
 ちなみに先輩は凛ちゃんへの怒りでなけなしの体力を使いきってしまったらしく、布団の上でグッタリして倒れていた。

「まさか倒れたヒメ様を背負って連れて帰って頂いただけでなく、介抱して頂いていましたとはつゆ知らず、度重なるご無礼をお許しくださいませ」
「いや、まあ別にもうよ……くはないですけど、別にいいです」

 流石にあと少しで殺されかけたわけではあるし、色々と文句どころか蹴られた分だけ蹴り返したい気持ちはあるにはあるが、担任の先生だし女の人だしこんだけ謝られてるんだし、何より先輩がアレだけ凛ちゃんに怒り散らしたのを見て逆に冷静になったというかなんというか。てか、先輩は怒る時も全力なんだな。絶対に怒らせないようにしようと俺は堅く心に誓った。

「それよりもなんで先生がここに居るんですか? しかもガラスぶち破って部屋に入ってくるなんてどんだけアホなんですか? あと、そんな畏まったしゃべり方も止めてください。気持ち悪いんで」
「き、気持ち悪い、ですか……」

 何かショックを受けてるが、ンな事は気にしない。深音やら淳平やら先輩やらのせいで早くもストレスマッハな様相を漂わせ始めた俺の学園生活において、俺をして「凛ちゃん」と呼ばせるホワホワした、言うなればクラスのマスコットととも言える凛ちゃんからこうも下にもおかない態度でへりくだられると落ち着かない。見た目と俺の中のイメージと合わなすぎて違和感しか感じないのだ。
 なお、先生がぶち破ったガラスは危ないので先輩にお説教されている間に俺が片付けておいたりする。

「か、帰ってきたら家の中から男の人の気配が致しまして、もしかしてこれはヒメ様の貞操の危機かと思っていてもたってもおられず。しゃべり方は……武内クンはこういう下手に出られるの好きかなって思いまして。ほら、ヤクザの人とか強面の権力者とか従順な女の人を付き従えるの好きじゃないですか。それに男の人は皆メイドさんがお好きじゃないですし。だから武内くんも怖い顔してるからこういう足を舐めるくらいに下手に出れば許してくれるかなと思いまして。主に顔的な意味で」
「よし、ちょっと表に出ろ」

 アンタ絶対謝る気無いだろ。

「まあ、冗談はおいておいて……痛い痛い痛いっ!? 正座した足の裏を揉まないでヒメ様っ!!」
「凛がいつまでもくだらん事を吐かしてるからだ。直も暇ではないのだ。凛が話さないのであれば私から説明しよう」
「いえ、先輩は寝ていてください」

 もういい加減先輩も限界だろ。ふてくされて可愛らしく口を尖らせているけど、今の自分の顔色、ゾンビもびっくりするくらい真っ青になってますからね?

「はあ……仕方ないか。もうだいたい武内クンも想像ついてると思うけど、ここは河合さんの家でもあるし、私の家でもあるの」
「二人は……その、家族なんですか? 名字は違いますけど……」
「家族、ではないけど似たようなものかしら? ヒメさ……河合さんのご両親は……」
「その点については直は知っている」
「そう、なら話しやすいわね。知っての通り河合さんのご両親はすでに亡くなってるから、昔から色々とお世話になってた私が今は河合さんの保護者になってるの」
「そうだったんですか」

 名目上とは言え、一応俺にも保護者は居るからな。殆ど縁が切れてるから本当に名目上だけだが。

「だから、ね? 河合さんをお預かりしてる立場だし、彼女に何かあったらご両親に申し訳が立たないなーって思ったらね? ほら、二度と相手が近寄らないくらいに徹底的に痛めつけてやらないと、中途半端に退治するとまた同じ行為を繰り返しちゃうじゃない?」

 つまり先輩に何かしら危機が忍び寄ると、凛ちゃん先生がさっき俺にしたみたいに徹底的にボッコボコにぶちのめしている、と。なるほど、だから外に堂々と下着を干してても平気なんですね。すでに近寄ってくる変態がいなくなるくらい片っ端からブチのめしてるから。
 とりあえず凛ちゃん先生が見た目によらずバイオレンスな思考なのは分かった。
 だが。

「それにしても先生の動き、素人っぽく無かったんですが」
「それはですね、ほら、女二人暮らしですから、ね? 河合さんは美人だし、身を守るためにも護身術は必須だということで、ね?」

 とても護身術というレベルではなかった気がするが。明らかに殺しにかかってたし。
 そういう思いを込めて先生を睨んでみるが、凛ちゃんはニコニコと笑うだけでそれ以上何も言おうとはしない。仕方なく先輩の方に目を遣ってみるが、まあ当たり前ながら腕で目元を覆ったままグッタリとして回答を貰えそうにない。

「ですけど……」
「ん? 何ですか? まだ分からないところがありますか?」

 ……凛ちゃんの笑顔が怖い。顔は笑ってるけど細められた目の奥で俺を睨んでる。
 ……これはアレだな、もうこれ以上何も聞くなって言ってんだろうな。空気を読むことに定評のある俺には分かります。
 はぁ、と溜息一つ。ポリポリと頭を掻いて立ち上がった。

「……分かりました。とりあえず大事には至らなかったですし、先生が居るなら安心ですからもう帰りますね」
「すまなかったな、直」
「先輩はもういいですって。先輩が悪いわけじゃないんですから」
「そうですよ。悪いのはキチンと確認せずに襲い掛かった私と、女の子の部屋に入った武内クンなんですから」

 ……言いたいことはあるが、まあいい。ここで食って掛かっても時間を無駄にするだけだしな。

「それじゃ私は武内クンを見送ってきますね」
「あ、ちょ、ちょっと!」

 凛ちゃんも立ち上がって、俺を部屋から半ば強引に押し出す。
 無言のプレッシャーを背後から感じながら靴を履いて外に出ると、凛ちゃんもまた俺に続いて外に出て、後ろ手でドアを閉めた。
 そして小さく息を吐いて俺を見上げた。

「……君は察しはいい方だと思うから分かってるでしょうけど」
「何も、誰にも言うなって言いたいんですよね?」

 俺がそう言うと凛ちゃんは黙って頷いた。

「まあ先生が言うなって言うなら言いふらしはしないですけどね。先生が何を隠してても」
「そう、助かるわ」

 そう言ったきり、凛ちゃんは口を噤んだ。もしかして、わざわざ念を押すためだけに一緒に外に出てきたのか?
 少し時間を置いてみたが凛ちゃんは何も言わない。

「それじゃ……」
「正直ね、意外だったの」

 俺が背を向けようとした時、唐突に凛ちゃんは口を開き始めた。

「何が、ですか?」
「生徒会に入ったこと。面倒くさがりな性格だって聞いてたから。ほら、生徒会って色々面倒な仕事を押し付けられるイメージがあるじゃない? ウチの高校は特殊だから他とはちょっと違うんだけど」
「先輩が立ち上げたんですよね、確か」
「そう。まあそれはおいておくとしても、どうせ何かの部に入るならもっと幽霊部員になり易い部に入るかなって思ってたの。アルバイトもやってるし、妹さんの事を考えるとあんまり家を開けたがらないかなってね。河合さんと一緒に居ると下手な運動部よりも忙しいでしょ?」
「まだ入って四日なんで今後どうなるかは分かりませんけど、まあ否定はしません」

 叶うならばここ数日だけ先輩が張り切ってだけだと願いたいが、たぶん先輩は年中あんな感じなんだろうな。

「別に生徒会にも入るつもりは無かったんですけどね。まあ、成り行きといいますか、先輩に謀られたと言いますか……」
「強引に入会させられた?」
「そんな感じです」

 それを聞いて凛ちゃんは小さく微笑んだ。

「たぶんあの子、寂しかったんだと思う」
「寂しかった?」
「そう。河合さん、ああいう性格でしょ? 去年入学した時からクラスや学校を盛り上げようとして色んな事を企画したり、所構わず声掛けしたりだとか、とにかく一生懸命何かを変えようとしてたの。生徒会を立ち上げたのだってその為の手段の一つ」
「先輩らしいですね」
「別にそれは悪いことじゃないと思うの。何かに一生懸命になれる。その事はとても大切な事で素晴らしい事よね。
 だけど――皆が皆、一生懸命になれるわけじゃないの。目標を見失った人、静かに学校生活を送りたい人、目立ちたくない人、それに面倒事に巻き込まれたくない人。そういう人にとっては河合さんの一生懸命何かをしようとする姿は煩わしくて邪魔でしかない。彼女の『熱』を『毒』だと感じてしまうの」
「それは……分からないでもないですけど」

 確かに先輩の一生懸命さは魅力の一つだと思う。その真っ直ぐさはもう俺なんかは持ち得ないもので、どちらかと言うと俺は先輩のその全力で物事に取り組む姿勢を「羨ましい」というふうに感じるが、今日のボランティアに参加するのが決まった時は正直「めんどくせぇ」なんて思いもした。「余計な事を」とか「俺を巻き込まないでくれ」だとか、そういう風にネガティブな気持ちを抱く人だって居るだろう。

「武内クンも薄々感じてると思うけど……ウチの高校はみんな、ハッキリ言えばやる気がないわ。生徒も、そして先生も」
「まあ、はい。深音がそんな事言ってましたね。滑り止めで入学してきた生徒が多いって」
「そう。目標に向かって一生懸命一生懸命勉強して努力して、だけど叶わなかった。努力すれば願いは叶うって信じて頑張ってきたけれど裏切られた。そう感じてるのかもね。だから入学してからも雰囲気は暗いし、やる気もイマイチ出ない。何となく毎日を生きてるような状態になってるのかもしれないわ。
 もちろん、全員がそうじゃなくて新たに頑張ろうって思ってる人も最初は居るんだけど、やっぱり全体の悪い雰囲気に飲み込まれちゃうのよね。
 そういう感じだから、生徒・先生含めて学校全体で『面倒な事はしない』、『静かに漫然と過ごす』みたいな雰囲気が出来上がっちゃってるの」
「それは先輩には合わなさそうですね」

 凛ちゃんは困ったように笑った。

「だから先生たちにも結構煙たがられてるの。
 でもあの子は美人だし、学校の雰囲気が暗いとは言ってもみんな思春期だしね? 入学してから河合さんに寄ってくる男の子も多かったのよ。……あと、一部の女の子も」
「最後を溜息混じりに言わないでください」

 気持ちは分からんでもないが。

「河合さんも別に下心があろうが無闇に遠ざける子じゃないから、最初は友達付き合いもあったのよ。だけどしばらくするとみんな離れていって、次第に孤立していったの。きっと、一緒に居ると考えが違いすぎて精神的に疲れるんでしょうね」
「先輩が眩しすぎたって事ですか?」
「上手い表現ね。端的に言えばそういう事かしら。運動部の中にはこざっぱりした性格の子が多いから、比較的仲がいい子はいるみたいなんだけど、クラスは違うし、放課後もそういう子はみんな部活動に行ってしまうから、一緒に過ごしてくれる友達が居ないのよね……」

 それで先輩はノコノコ生徒会にやってきた俺を捕まえたって事か。

「だから、貴方には感謝してるの」
「……感謝されるようなことじゃないですけどね。まだ仮入部ですけど、別に先輩の為を思って付き合ってるわけじゃないですから」
「それでもいいのよ。せっかくの高校生活を河合さんが楽しく過ごせるんならね。だから、これからもあの子の傍に居てあげてくれないかしら?」
「……ずるいですよ、あんな話した後でそんなお願いしてくるなんて。断れるわけないじゃないですか」
「分かってるよ。武内クンなら顔に似合わず優しいから、こういう話をすればきっと断らないだろうって思ったからお話したの」
「顔の事は余計です」

 ……この人は。
 ったく、可愛い小動物みたいな雰囲気醸しながらズリぃ思考しやがって。誰だよこの人をマスコットだなんて言った奴は。俺だよ。

「……もう、分かりましたよ。面倒な人だとは思いますけど別に先輩の事嫌いじゃないですし。出来る限り放課後に生徒会室に顔出すようにしますよ。バイトがあるんでそんなに長くは居られないですけど」
「ありがとうね。先生は優しい男の子大好きですよ」
「へいへい。精々都合の良い男にならないよう気をつけますよ」
「本当よ? 自己紹介の時も先生を助けようと思ってワザとボケてくれたんですよね?」
「ぬおっふ!?」

 ま、まさかこのタイミングで古傷を抉ってくるとは……

「でも今時『ぴょん』は……寒すぎて先生もドン引きでした。あの後どうフォローするか本気で悩んだんですよ?」
「も、もうその話は勘弁して下さい……」

 それ以上抉られると先輩だけじゃなくて俺まで倒れそうだ。主に心労で。

「ボケのセンスが無いのは非常に嘆かわしいですけど、大丈夫。ボケがダメでもツッコミで活きる可能性があるから」
「放っとけ」
「これからもその前向きの気持ちを失わないでくださいね」
「分かりましたよ。どうせなら俺だって楽しい毎日を送りたいですしね」

 せっかくの高校生活なんだ。居心地悪い毎日で食い潰していくなんて勿体無いことできやしない。
 後悔なんて、したくないからな。

「長話にしちゃったね。引き止めてゴメンナサイ」
「別にいいですよ。大切な話だったと思いますし」

 先生に軽く会釈して今度こそ立ち去ろうとする。もうすっかり日は暮れて、夜になっちまった。咲に頼みはしたが雅にまた怒られちまうな。
 早く帰ろう、と少し気が急き始めたが、数歩歩き始めたところで「武内クン」と先生に呼び止められた。

「何ですか?」
「……ヒメ様を、宜しくお願い致します」

 丁寧に腰を折り、見事なまでの姿勢で先生は頭を下げていた。
 その様子は礼儀正しいとかそういうレベルじゃなくて、まるで――まるでそういった仕草を生業としていた人みたいに馴染んでいて。

(凛ちゃんって……何者だ?)

 ずっとくすぶっていた疑問だが、深々と頭を下げたままの先生を見てるとそんな疑問を口にすることが憚られた。
 結局俺はその日、そのまま何も言わずに先輩の家から立ち去った。



















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