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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved








――翌日


「やっべぇ!!」

 朝っぱらから俺は全力疾走していた。
 学校まではあと少し。本来ならば学校の校門前は生徒達で溢れているはずなのだが、残念ながら今は俺の周りには全くと言っていい程生徒達の姿は無くて、カラスの連中だけが道路に出されたゴミを狙って家の軒先で狙いを定めている。
 五月に入ってだいぶお天道さまが本気を出し始めたらしく、陽光とともに紫外線をバシバシと照射してくれやがってるもんだから朝から暑い。にもかかわらず俺は汗まみれになりながら走らねばならない。
 何故か。それは至極端的にあっさりと簡潔に言えば寝坊したからにほかならないワケで。

「くっそ! 雅のやつ起こしてくれりゃいいのによ!」

 昨夜はなんやかんやで色々と寝るのが遅くなって、プラスで初めての学校てこともあってまあ体も精神的にも疲れてたんだろう。
 目を覚まして床に投げ捨てられた愛用の目覚まし時計を拾い上げてみればすでに八時前。絶望的な気分に打ちのめされながらも着替えながら階段を駆け下りるという奇跡的な所業を行いながらリビングに駆け込んでみれば、すっかり冷めたトーストとコーヒーと共に非情な雅の書き置きが残っていた、というわけだ。我が妹ながら冷たいやつだ。いや、本当に冷たいやつなら朝飯は用意してくれはしないか。前言撤回。我が妹ながら可愛いやつだ。
 走りながらもそんな事を考えつつ右腕の時計を見た。時間はすでに八時半前。始業時間まで残り時間は後数分。しかしながら顔を上げてみれば校門は目の前だ。

「何とか遅刻は回避できそう……ん?」

 やれやれと一息ついた俺。ここまでくれば然程慌てずとも間に合うか、と走る速度を緩め始めた。
 と、その時だ。
 影が俺の姿を覆い隠し始めた。
 当然ながら俺の足元には俺の分の影だけがご鎮座されてるわけだが、その影がより大きな影に飲み込まれていった。

「どけぇぇぇぇぇぇっ!!」

 頭上から女の怒鳴り声が聞こえてきて、なんだ、と思わず見上げたと同時に、俺の視界に飛び込んできたのは――白い布だった。

「ふべしっ!!??」

 柔らかい衝撃が俺の頭に襲い掛かった。ふに、という感触と共に伝わってきた打撃に俺の体はもんどり打って転げ、どうしてだか気づけば俺はアスファルトと盛大なキスをしてしまっていたわけで。

「も、もしかして直か!? 大丈夫なのかっ!? 大丈夫か!? 大丈夫だな!?」

 大丈夫じゃないです。
 謎の三段活用を聞きながら何とか唇を地面から剥がしてみれば、そこには我らが会長様が。

「すまんっ! 遅刻しそうだったんで屋根の上を走ってたんだが……まさか始業間近で下に生徒がいるとは思わなかった!」

 ごめん、何言ってるかわかりません。どこの世界に学校に通うのに人ん家の屋根を走る人間がいるっていうんだか。
 くらくらする頭の中でそんなツッコミを入れながら差し出された先輩の柔らかそうな手を取ろうと手を伸ばした。

「ぬっ!? いかん、遅刻してしまう!」
「へぶっ!?」

 だというのに先輩は急に手を引っ込めて時計を確認。おかげで差し出した腕は宙を掻き、俺は再びアスファルトと強烈なベーゼをかますハメに。初めてのキスは砂の味がしました。くそう。

「というわけで私は先に行ってる! 会長が遅刻とかシャレにならんからな! 直も遅れるなよ!」

 そう言い残すと先輩は「ビュイーン」と擬音を残して校舎の方へ砂塵を巻き上げながら去っていった。
 そして一人残される、俺。

「いつつ……って寝てる場合じゃねえよ」

 このままじゃマジで「自己紹介で失敗男」につづいて「転校二日目で遅刻男」などという不名誉なレッテルを貼られてしまう。

「急がねぇとぶほぅっ!?」
「ん? 何か踏まなかった?」
「そか? 気のせいやろ」

 起き上がりかけた俺に追撃を加える聞き覚えのある二人の声。

「そっか。んじゃいっか」
「ンな事よりはよせんと遅刻する! 加速するで!」
「ホイきた! アンタこそ遅れなさんなよ!」

 地面に寝転がった俺の頭を盛大に踏みつけながら何事も無かった様に走り去っていく深音と淳平。楽しそうだな、オイ。
 何とか頭だけを上げて二人を見送り、だがしかし俺は力尽きて頭を地面に打ち付けた。

(……先輩のパンツは白か)

 のしかかられる直前に見た鮮烈な光景。アレがきっと世に云う「ラッキースケベ」という奴か。なるほど、俺は一生あの瞬間を忘れまい。この眼にすでに焼き付けてしまったからな。
 だがその代償がこの仕打ちだというのなら、あまりにも理不尽じゃないですかねぇ、カミサマ。
 誰も居ない校門前の道路に横たわって、頭の中でヒゲもじゃロン毛の兄ちゃんと先輩の白パンを交互に思い浮かべながら俺は始業のチャイムが鳴るのを聞いていた。




――同日、昼休み


「いやーゴメンゴメン! 何か踏んづけたとは思ってたんだけどさぁ!」

 昨日と同じく教室で、雅の作ってくれた弁当をムスッとした表情で突っつきながら俺は深音と淳平から謝罪を受けていた。
 俺の机の上に三つ弁当が並び、その前でパチン! と両手を合わせてヘコヘコと頭を下げているが、俺はジロリ、と口を尖らせて二人の顔を睨みつけるとプイッとわざとソッポを向いてみせる。

「そー怒らんといてぇや。せやけどまさか朝っぱらから地面に寝る趣味のある酔狂な奴がおると思わんやん?」

 好きで寝てたワケじゃねぇよ。

「そうなんか?」
「意外そうな顔してんじゃねぇよ」
「違うんだ。てっきり人に踏まれるのが好きな人種かと思った」
「どんだけドMだよ」
「あ、直が望むなら遅刻させたお詫びに幾らでも踏んであげるわよ。こう見えてもアタシはSだから。男の人が上げる悲鳴を聞くと背中がゾクゾクするの」
「聞いてねぇよ!」

 さりげなく自分の性癖を暴露しながら薄い胸を張る深音に思わず突っ込む。こいつらは本気で謝罪する気あんのか?

「ないわよ?」
「ないで?」
「ないのかよ!?」

 二人揃って全否定。ああ何となく分かってたよ、お前らがそういう人間だってのは。

「冗談よ冗談」
「なんや直がええ反応してくれるからなぁ。からかい甲斐あるんが面白いンもあるし、何やろ? ツッコミの腕を磨いてやらななぁ、みたいな」
「お前は俺をお笑い芸人にでもしたいのか?」
「お、それエエなぁ! ならもうちっと練習するか? 幾らでもイジったるで?」
「もう勘弁してくれ……」

 いい加減突っ込むのに疲れてきた。というかコイツらにまともに付き合ったら疲れるだけだな。二人を友としたのは間違いやったかもしれへんな。あ、口調が伝染った。

「だけど、踏まれる趣味が無いんだったらなんであんなトコに寝そべってたのよ?」
「せやせや。あ、もしかして餌を運ぶアリでも観察しとったとか?」
「お前はいったい俺を何者にしたいんだよ……別に俺だって好きで寝転がってたわけじゃねーよ。河合先輩にやられたんだよ」

 言いながら頭の中に朝の鮮烈な光景が蘇ってくる。うむ、素晴らしい景色だった……ってそうじゃねぇ!
 自分で自分に突っ込みながら頭をブンブンと振って白い景色を追い払う。突然の奇行に二人が怪訝な顔を向けてくるが無視だ。

「河合先輩って誰?」
「ああ、そっか。あの人二年生って言ってたし、二人とも知らねぇか」
「そりゃなぁ。俺らかてまだ入学して一ヶ月ちょっとやし」
「有名な人?」
「一応生徒会会長らしいんだが……」

 生徒会も普通の学校と違って一部活動のような扱いになってるしな。自分の所属してない部の部長とか言われても分からんだろう。
 さて、どう説明したらいいもんか、と頭を捻り始めた俺だったが、突然「ズバーン!」と音を立てて教室の扉が勢い良く開かれた。
 当然俺らを含め教室に居た全員が一斉に音の発生源に注目したのだが、その中でただ一人だけ頭を抱えている人物が居た。

「直! 武内・直は居るか!?」
「……あの人だよ」

 つまりは俺である。

「なんや直、ごっつ美人さんに呼ばれとるで?」
「ああ、分かってるよ……」

 分かってはいるが、何故だろうか? 先輩に呼ばれると近づきたくなくなるのは。

「ああ……あの人の事かぁ」
「ん? 深音は知っとるんか?」
「まあね。だって有名人だもん。美人だし頭も良くておまけに運動神経抜群! 一般入学なのにソフト部とかテニス部とかの強い部からも引く手数多だったんだって。結局どこにも入らなかったらしいけど」
「なんでや? 声掛けられるくらいやのにもったいない話やな」
「なんか『自分は生徒全員の役に立ちたいのだっ!』とかって言って全部断ったんだって」

 昨日も似たような事言ってたな、あの人。そんなに前から言い続けてんのか。

「おもろい事言う御人やな。その思考回路はよう俺には分からんけど」
「ま、本人がはっきり断る前から色々と奇行が目立ってきて自然と声は掛からなくなってきてたらしいけど」
「奇行てなんや?」
「先生の言う事に納得いかなかったら授業中でも納得行くまで議論しようとして授業を妨害したりだとか、突然叫び声を上げたりだとか。それから窓から飛び降りたりとかっていう話もあるわね。アンタも聞いた事くらいあるでしょうが」
「おお! 確かに聞いたことあるな! 凄いけったいな別嬪さんがおるゆう話か」

 そして昔からそんな事やってんのか、あの人は。
 三人で顔を寄せあってそんなひそひそ話をしていると当然目立つ。

「む……ああ、直! そこに居たか!」

 そんなわけで先輩は、意図して背を向けていたにもかかわらずあっさりと俺の姿を見つけると、喜色満面で俺の方へと歩き寄ってきた。そしてこっちがメシを食ってるのを気にも留める素振りも見せずに俺の腕を掴むと引っ張って教室から出て行く。
 って、こんな華奢な見た目なのになんて力だよ!

「ちょ、ちょっと先輩! 何処に……」
「昨日君に言われたアイデアを実行してみたんだ! ちょっと来てくれ!」

 「来てくれ」って言いながらも俺は今現在進行形でアナタに強制的に引っ立てられているんですが。
 そんな心の抗議の声も届くはずは無く衆人環視の中で先輩に手を引かれるがままに俺は昼休みの廊下を何処かへと歩いていくのだが。

(……先輩の手って柔らかいんだな)

 これまでのおよそ十六年、別に女性の手に触れたことが無いわけじゃない。当然ながらお袋と手を繋いだことはあるし、小さな雅の手を引いてやったこともある。家族じゃない人でも挨拶なんかで手を握ることはあるし。
 だけどそんな時に今みたいに感じたことは無かった。全く以て先輩の強引さや昨日の行動からは想像はできないが、男の俺と比べて先輩の手の指はとても細くて小さい。
 陽芽っていう名前だし美人だし、まるでお姫様(どちらかと言うと女王サマっぽい強引さだが)な先輩の手はゴツゴツした男のそれとは違って柔らかくって、だからこそ暖かい掌が俺の掌を包み込んで温もりを伝えてくるもんだから何だか変な感じだ。

「おやおや〜? 顔が赤くなっとるで〜?」
「まったく、ぴょん吉ちゃんはそんな凶悪な顔しといて意外とウブなんだからぁ!」
「やかましいわ」

 弁当箱を抱えたまま後ろをついてくるなんちゃって委員長ズが俺の耳元でからかってくるんでとりあえず二人共ひっぱたいておく。しかたないだろ、年頃の女の子と手を繋いで歩くなんて経験は無いんだからな!
 二人が囃し立てたせいで俺も変に意識してしまって先輩と繋いだ手から目が離せなくなってしまった。恥ずかしくて早く離して欲しいという願望とずっと味わっていたい温もりの二律背反に、まったく、どうにかなってしまいそうだ。
 頭がクラクラしてしまいそうな気持ちで揺れ動く中、じっと手を見つめていたわけだが、そのせいで先輩の指にいくつもの絆創膏が巻かれている事に気づいた。

(ケガ、か……?)
「さあ、着いたぞ! これを見てくれ!」

 自信満々に巨大な胸を揺らして先輩は俺に見せつける。豊かなそれに俺の眼は思わず釘付けだ。後ろで「おお!?」っていう淳平の声と「そっちじゃないでしょうが!」って不機嫌そうな声と共に何かを叩く音が聞こえて、俺も我に返る。コホン。イカンイカン、先輩が見せたいのはこっちじゃない。
 気を取り直して先輩が見せたいものを見た。
 白く塗られたそれは四角くて、木で出来ているらしく塗られたペンキとニスの下でうっすらと木目を浮かび上がらせている。木の板を組み合わせて作られてるんだが、縦横でそれぞれ対になる板の長さが違ったりだとか、ペンキの塗りムラがあったりだとか随分と手作り感が溢れるそれは――

「箱だな」
「箱やな」
「箱よね」
「うむ、箱だ!」

 どこをどう見ても紛うことなき箱である。箱であるのだが、これを俺に見せてどうしろと?
 そんな疑問を先輩にぶつけてみると、先輩はその可愛らしい口を尖らせた。

「君が昨日言ったじゃないか。生徒の意見を幅広く手に入れたいのであれば目安箱を設置すればいいと」

 ああ、なるほど。これは目安箱か。確かに箱の上面には歪ながらも四角く投函孔らしきものが開けられていて、箱の後ろの壁には大層な達筆で「目安箱!!」と書かれた紙が貼られていた。
 いや、確かに昨日はそんなことも言ったかもしれませんがね? 俺としては適当に深く考えること無く答えただけだったんですが。

「言いましたけど……まさか先輩がこの箱を作ったんですか!?」
「うむ、そうだ。善は急げ、と言うしな。あまりこういった工作は経験が無かったから思った以上に時間が掛かってしまったが、初めてにしては中々の出来だろう?」

 そう言って再び先輩は自慢げに胸を張ったが、俺の抱いた感想は尊敬半分、呆れ半分だ。いや、むしろ呆れの方が強いか。はたまた戦慄といった方が近いかもしれない。後ろの方で深音が「あー……」なんて声を発してるのも似た感想を抱いたのかもしれない。
 俺が何気なく言った意見を取り入れてくれたのは嬉しいが、たった一晩で板切れを手に入れて切断して組み立てて塗装までするとは誰が想像するだろうか。ましてや先輩は女の子だ。少なくとも俺の常識にここまでの行動力を発揮する女の子は居ない。相変わらず常識をぶっちぎって全力を尽くす人だな。

「……先輩の家って工場か材木店ですか?」
「いや? 普通のアパート暮らしだが?」

 お嬢様じゃなかったのか。意外だな。いや、お嬢様だったら自分の手ずからこんな事しないか。

「なんというか……お疲れ様です?」
「なに、私も結構楽しんだからな。そこまで苦では無かったよ。しかしこういった工作物を作るというのは中々に奥が深いのだな。ついつい熱中して寝る間も惜しんで没頭してしまった。おかげで久しぶりに朝寝坊をしてしまったのだがな」

 ああそれで朝っぱらから屋根の上を走って最短距離で向かっていたのですね、この会長様は。お陰で俺はひどい目に逢いましたがね。

「それで、先輩は俺にこれを見せるためにわざわざ連れてきたんですか?」
「半分はそうだな。私が一晩で作ったとはいえ君の発案なのだから、当然物を見て確認して貰いたかったというのもある。だがどちらかと言えばこちらの方が主な理由なのだが、投函がされているのであれば是非とも君と一緒に中を確認したかったんだ」
「それはありがたいお心遣いで」

 出来れば昼飯を食った後でゆっくりと見たかったがな。かと言って後ろの二人みたいに立ち食いはしたくはねぇけど……

「ってそれ俺の弁当じゃねぇか、深音!?」
「ふぇ?」

 ふと振り返って見てみれば深音がガツガツと俺の弁当を頬張ってやがった。俺が声を上げるとコイツは頭の上に「?」を浮かべながら俺を見て、何事も無かったかのように食事を再開しやがった。

「返せ! が作った俺の昼飯を返せ、このやろう!」
「もぐもぐもぐ……別にちょっとぐらいいいじゃん」
「ちょっとじゃねぇ! お前が食ったのは断じてちょっとじゃねぇ!」
「せやで、ぴょん吉。減るもんじゃあらへんのやしあんまり心の狭いこと言うなや」
「食ったら減るんだよ弁当は! あとぴょん吉言うな!」
「ふむ。君の妹君が作った弁当か。私も一つお相伴に預からせて頂いてもいいだろうか?」
「いいですよー。めっちゃ美味いですよ」
「あ、じゃあ俺も俺も!」

 ……この自由人どもが。
 好き勝手しまくる三人に対して怒りを抑えるために俺は頭を抱えるしか無かった。この状態でも怒鳴り散らさない俺は、自分の心の広さを誇ってもいいんじゃなかろうか?

「もぐ……ほう、上遠野さんが言うように見事な味付けだな」
「そりゃどーも。それよりも俺のメシが無くなる前に食ってしまいたいんで、早く中を見ませんか?」
「やれやれ。君は少々せっかちな性質のようだな。そんな風では女性にモテないぞ?」
 アンタが言うな。

「余計なお世話です。それで、開けるんですか? 開けないんですか?」
「そうだな。話が脱線してしまったが、私も早く中身を見てみたい。早速開けてみるとしよう」

 先輩は箱を持ち上げて軽く振ってみる。すると中からはゴソゴソと物音がした。恐らくは午前中の間に設置したんだろうが、そこからのこんな短時間に投函があるとはね。意外ではあるが、それだけこの学校に不満の一つでもあるのか、それともはたまた困っている生徒が居るのか。
 ともかくは箱が空箱では無い事を確認した先輩は、それはもう見事なくらい、傍から見てもはっきりと分かるくらいに喜色に表情を綻ばせた。

「嬉しそうですね、先輩」
「当たり前だ! これでやっと生徒達の役に立てるというのもあるが、早速私達を頼ってくれたという事でもあるのだからな!」

 俺にはよく分からんが、まあ入学当初からそんな思いを燻らせていた先輩からしてみればたいそう喜ばしい事なのだろう。箱を見つめる先輩の顔はまるで聖なる夜にやってくる不法侵入者サンタクロースを待つ子供みたいで、そんな顔を見ているとさっきまで抱いていた怒りも何処かへ行ってしまいそうだ。

「ん? どうかしたか? そんなにジロジロと私の顔を見て」
「おやおや〜? これはいよいよ本当に……」
「なんでもないです。さ! 早く中を開けましょう!!」

 これ以上深音にからかわれるのは面倒だ。というわけで先輩を促してさっさと箱を開けてもらおう。
 先輩と顔を見合わせ、大きく頷く。ゴクリ、と誰かが喉を鳴らしながら固唾を呑んで見守る中、先輩の手が蓋を開けてその中に伸びていく。
 そして取り出した中身は――

「……使用済みポケットティッシュ」

 一つ目、ゴミ。

「……風俗のビラ」

 二つ目、ゴミ。

「……空っぽの空き缶」

 三つ目、ゴミ。箱の入り口よりデカイんだがどうやって入れたんだよ。

「……以上」

 結果、目安箱はゴミ箱でした。

「だ、大丈夫ですって! まだ午前中しか時間が経ってないんですし、これから本当の依頼が来ますって!!」

 まさに「orz」という体勢でうなだれる先輩。さっきまでとは百八〇度逆のどんよりとした空気を周囲に盛大にばらまいて落ち込んだ。
 
「……鬱だ、死のう」

 ああ、もう! 何かする時も全力だけど落ち込む時まで全力でなくていいっつぅの!
 瞳からは直前までの輝きハイライトが消えて、呟いたセリフと相まってすごく怖いです。

「それに、まだ生徒会を作って間もないんですから! これから頼ってもらえる生徒会を作っていきましょうよ」
「……それもそうだな!」

 何とか励ましの言葉を弄りだして投げ掛けると先輩はスクっと立ち上がってパシンッ! と自分の頬を叩いた。

「この程度の挫折を乗り越えられずして何が会長か! まだ私の戦いは始まったばかりだからな!」

 打ち切り少年漫画の最終回みたいなセリフだが、良かった。何とか立ち直ってくれたらしい。どちらかと言えば落ち込んで多少しおらしい方が俺としては良かったのかもしれんが。あと、アンタは何と戦ってるんだよ。

「へー、直は生徒会に入ったんだ? 意外ね。昨日話した感じだと、面倒そうな事は断りそうなもんだったけど」
「ん? ああ、まあ、な……」

 入ったというか入らされたというか。仮入部のつもりではあるんだが、たぶん先輩は覚えちゃいないだろうな。

「そっか、なら直接言えばよかったな」
「?」

 良く理解らない事を言い始める深音の方を向きながら、何気なく俺は先輩が放り出した箱の中に手を伸ばすと、箱の一番底に張り付いていた紙が手に触れた。

「なんだ?」

 箱の中に肘まで腕を突っ込んで指先で紙切れを掴んで取り出してみる。ノートの切れ端を千切って作られたそいつは四つに折られていて、それを広げてみる。
 俺の後ろから先輩と淳平が覗きこむのを感じ取りながら、俺は読み上げた。

「えーっと、なになに……今度の日曜日に、ある商店街のイベントで急に人手が足りなくなって困っています。手伝ってくれる人を大・絶・賛募集中! 笑顔の絶えない優しいスタッフと一緒に元気いっぱい汗を流してみませんか!?」

 バイトの募集かよ。

「興味がある方はぜひぜひご連絡を! ご連絡は一年C組……」

 そこで俺ら三人は一斉に後ろを振り向いた。

「……上遠野・深音まで」
「ま、そーいうことなんで」

 引き攣らせた顔で見遣る俺の様子を気にする素振りも無く、深音は俺と先輩の肩にポンっと手を置いた。

「困った生徒を見捨てるなんてことはしないよね? 生徒会役員さん?」
「もちろんだとも!」

 ウインクする深音と元気に快諾する先輩を尻目に、俺が渋い顔で溜息を吐いたのは言うまでも無いだろう。





















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