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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved





「お断りします――か……」

 翌朝、まだ生徒の少ない教室の自席に座って俺は一人呟いた。
 いつもより早く登校したせいか、静かな校内で耳を澄ませば遠く吹奏楽部の朝練の演奏が聞こえてくる。そういえばもうすぐ演奏会だと先輩が言っていたな、と思い出しつつ視線を天井から窓の方へ移せば、雀らしき小鳥がベランダの欄干に二匹止まって囀りあっていた。
 まったく、憎らしい程気持ちの良い朝だな。ま、物思いにふけるには格好の環境だろう。

「おっはようさ〜ん……」
「淳平」

 てな感じで朝の爽やかな空気を感じ取っていたのだが、そこに気の抜けた様な挨拶をしながら淳平が教室に入ってきた。

「珍しいな、お前がこんな早く来るなんて」
「まーなぁー……朝早うに眼ぇ覚めてもうて。なんや夜もよう眠れんやってな」

 そう言いながら淳平は自分の席に着くと、普段から眠そうな細い目を更に細くして擦りながら机に突っ伏した。ぐでっと机に倒れる様子はただ単に眠そうというわけでなくて、俺から見る限りすごく怠そうだ。

「大丈夫か? 体調悪いのか?」
「あ〜、ダイジョブダイジョブや。単なる寝不足やろうし、授業中寝とけば治るやろ。心配せんといてエエで……」
「なら良いんだけよ」
「俺はエースストライカーになるんやからな。こんなトコで休んどる暇ないんや……」
「だけど体壊したら意味ないだろ」
「それもそうなんやけどなぁ……
 あ〜、やっぱ休んどった方が良かったんかなぁ……学校来たら余計に体だるぅなってきたわ……とりあえず寝るよって起こさんどいてや……」

 それだけ言い残すと淳平は寝息を立て始めた。
 コイツもクラス委員のはずなんだけどな……本来はコイツがコイツみたいな奴らを起こさないといけないんだが、本当に体調が悪そうだし今日は大目にみてやるか。

「おっはよー! ふわぁ……眠い」
「おはよう、深音。お前も眠そうだな」
「まーねー……って私『も』?」

 深音の質問に俺は突っ伏して熟睡し始めた淳平を指さしてやると深音は納得したように頷いた。深音も眠そうだが、淳平と違ってコイツは大丈夫そうだな。

「昨夜眠れなかったんだと」
「そ。珍しいわね。いつもだったら無理やり起こしてやるのに」
「その努力が実ったことはねーけどな。それに体調も悪そうだったし、まあ今日は見逃してやろうかと思って」
「お優しいことで」
「未来のエースストライカーだからな。親友が世界的に有名になれば自慢できるだろ?
 それよりお前はいつもどおり平常営業だな」
「まーアタシは元々夜寝ないから。それに淳平と違って昼間に体動かしてるわけじゃないし」
「お前、夜寝ないで何やってんだ?」
「何って勉強したり趣味に没頭したりよ。どうせ授業はつまんなくて効率悪いし、夜だったら邪魔する奴もいないからよっぽど捗るわよ? それにチャットしてる連中も皆夜型の人間だし、アタシにとって夜の方が都合がいいの」
「さいですか」
「昨夜は暑かったし、途中で大雨で雷も鳴ってたから淳平もそれで眠れなかったんじゃない?」
「そうなのか?」

 全く気づかなかった。確かに朝方すっげぇ汗かいてたけどビビったけど、俺は朝までグッスリだったな。

「毎日バイトで疲れてるし、元々寝付きが良いんだよ、俺は」
「これから夏本番だし、寝てる間に熱中症になって朝にミイラで発見されないように気をつけなさい」
「肝に命じとく」
「それで、昨日はどうだったの? 河合先輩とあのコスプレ外国人、会ったんでしょ?」
「アストレイな。まあ会うには会ったんだが――断った」
「……は?」

 まあそうだろうな。俺だって同じ話を聞かされたら同じ反応をするよ。

「断ったって……アンタが?」
「いや、先輩が。はっきりと手伝えないって言い切った」

 そう伝えると深音は「はー」と呆れてんのか単に驚いてんのか良く分からん声を上げて椅子に座った。少しずれたメガネを掛け直して右肘を机に突くと、手で顔を支えながら指先でメガネのフレームをいじり始めた。

「意外ね。河合先輩の事だからぜぇっっっっったい首を突っ込みたがると思ったのに」
「珍しいな。俺も同感だよ。まさかあそこで断るとは思わなかった」
「なんで断ったのかしらね? 何か言ってた?」
「ん。そうだな……」

 深音に尋ねられて俺は軽くこめかみを揉みながら昨日の話を思い出していた。



☆★☆★☆★☆★☆★



「……どうしてでしょうか?」

 一拍の間を置いてアストレイは尋ねた。言葉と表面上の顔色は平静を装っているが、顔驚きと落胆と疑問が入り交じっているのを俺は感じ取った。しかし感じ取れたのは果たしてコイツと寝食を多少なりとも共にしたからなのか、それとも俺もまたコイツと似た表情をしているからなのか。

「色々細かい理由はありますが、大きな理由は一つです」
「拝聴します」

 先輩はアストレイの前で指を一本立てて見せた。

「私達の身の安全が確保できない可能性があるからです」
「……っ、そりゃそうかもしれないですけど」

 何をするにだって百パーセントの安全なんてありゃしないし、普通に町を歩いてたって変な奴に絡まれる可能性だってゼロじゃない。この間の孤児院の時だってそうだ。リスクはいつだってある。
 何だって今更……ってもしかして先輩は。
 俺がその疑問を口にしようとしたその時、アストレイはさっと手を上げて俺を制した。
 アイコンタクトで何となく座るよう促された気がしたんで黙って座り、そして俺の考えを引き継ぐような形で言葉を継いだ。

「それはつまり、先ほどの話と同じで、記憶を失う前の私がならず者の一員であるかもしれないからでしょうか?」
「いや、そうは申し上げません。貴方と会話してみても教養が感じ取れますし、先ほど貴方はその少女を守りたいと言った。その言葉は嘘では無いと私も思うし、きっと言葉通りに貴方はその少女を守るでしょう。しかし――」
「他の人間はそうとは限らない、と?」

 アストレイの言葉に先輩は頷いた。

「私は誰彼構わず信じられるほど心は広くはない。まして複数の人間で一人の少女を探していると聞けば、その捜索が真っ当なものかはひどく疑わしいと考えるべきだ。違うだろうか?」
「……そんな事は無い、と言いたいですが、今の私がどれだけ反論しようとも説得力はありませんね」
「今のアストレイさんであれば信じられますが。ともかくそんな怪しげな集団の中に我々のような単なる学生が紛れ込んでいけばどうなってしまうか分からないでしょう?
 そして私は生徒会長です。私だけならともかく、学校の生徒である直を危険な目に遭わせて良い道理は無い」
「いや、先輩でもダメですからね」
「言葉の綾だ。聞き流せ。
 ……とまあ、こういうわけです。ご理解頂けましたでしょうか?」

 アストレイは先輩の方をずっと見つめ、だが何も言わずに黙って聞いていた。
 そのまま何分か誰も何も発せずに店内の微かなざわめきとBGMだけが鳴り響いていたが、やがてアストレイは小さく息を吐き出した。

「そうですね……仰るとおりだと思います」
「そしてもう一つ……言わなければならない事がある」
「なんでしょう?」
「今後、直と関わらないで欲しい」
「なっ!?」

 ちょっと待ってくれ! どうしてそうなる!?

「先輩っ! それは幾らなんでも……」
「私だって君の個人的な交友に口出しする権利が無いことくらい分かっている」
「じゃあなんでっ!?」
「私が会長だからだ!」
「答えになっていませんっ!!」
「ちょっと、そこ。うるさいよ」

 先輩とがなり合っていたところへカウンターの奥のミケさんから注意が入った。
 思わず熱くなってしまった。気がつけば俺も先輩も立ち上がって睨み合っていて、他の客からの視線が俺らのテーブルに集中してしまっていた。
 ソファに座りなおし、思わずため息が漏れた。先輩の様子を伺うと、先輩も同じくソファに座って額に掌を押し当ててため息を吐いていた。

「……すんません、急に怒鳴って」
「いや……私の方こそ頭に血が昇ってしまった。
 だが私の結論は変わらない。私は今後もアストレイさんと直が関係を持つことに反対だ」
「それは……俺が危険だからですか?」
「君だけじゃない。妹君も危険に晒すことになるかもしれないからだ」

 先輩に言われて俺はハッとした。確かに、もし女の子を探している連中が危ない奴らだった場合、もしかしたら雅にも害が及ぼかもしれない。
 そんな当たり前のことに考えが及ばなかった自分に、俺は小さく舌打ちした。

「今のアストレイさんは紳士だ。それは認める。だが記憶が戻った後はどうだ? 同じ指示を受けているだろう他の人は? ハッキリ言ってまともじゃない。たった一人の少女を何人もの人間が一斉に探して、おまけに警察には頼りたくない? 何か裏があるとしか思えないし――」

 先輩はそこで一度言葉を区切って鋭い眼差しをアストレイに向けた。

「アストレイさん、貴方は先ほど仰った。この少女を守りたいと強く願っていると」
「はい。それが――」
「それはつまり、少女以外・・・・は守る気が無いという風にしか私には聞こえなかった」
「――」
「だから私は貴方を手伝えないし、直との関わりを持ってほしくない。
 私の方から話を聞きたいと言っておきながらの無礼は承知の上です。ですが、ご理解いただけないだろうか」

 立ち上がり、先輩は深く頭を下げた。
 先輩の心遣いはありがたい。本気で俺と雅の安全を案じてくれてるんだって伝わってくる。
 これは俺が持ち込んだ問題であって、本来俺らの事なんて先輩が心配する必要なんて何処にもない。それでもここまで考えてくれるなんて、本当に、ありがたいことだ。
 だけど、それでも俺は――

「――分かりました」
「アストレイ……?」
「私が探す少女……彼女が何者なのか、そもそも私自身が何者なのか良く理解らないけれど、陽芽さんの話はもっともだと思う。元々これは私の問題であって、少しでも危険があるのであればそこに直や雅ちゃんを巻き込んではいけなかったんだ」
「だけどっ! 雅だって……」
「君と雅ちゃんが親切にしてくれたことは素直に嬉しかったよ。一人で悪漢に殴られている時、私は痛みの中で何も分からなくてどうしようもなく不安だった。だから君たち兄妹にはどれだけ感謝してもしきれない」

 だけど、とアストレイは困ったように笑った。

「――いや、だからこそ君たちを頼るべきじゃないんだろうね。
 未だはっきりと思い出せないけれども、何となく分かる。このまま私と一緒に居続ける事は直たちを引き返せないほどに私達の問題に巻き込んでしまって、君らの生活を壊してしまうだろう」
「そんな事は……」
「無い、とは言い切れないだろう? そして問題が大きくなってからじゃもう遅いんだ。恩人である二人にはこのまま元気で居てほしいからね」

 スッ、と静かにアストレイは席を立って出口へと足を進めていった。

「陽芽さんもありがとう。君のおかげで決心がついたよ。言いづらいことを言わせて悪かったね。
 それから直。ありがとう。世話になったね。改めて礼を言うよ」
「……いいよ、礼なんて。俺と雅が勝手に言い出した事なんだからな」
「まったく……たった二日一緒に居ただけの私が言うのもあれだが、君はもう少し素直になった方が良いと思うよ?」

 カラン、とドアベルが鳴る。いつの間にか空は茜色から瑠璃色に変わろうとしていた。

「余計なお世話だよ、ったく」
「ふふっ、それじゃあね、直」

 もう会うことは無いだろうけれど。
 その言葉とキザなウインクを残して、アストレイは夜の街に消えていった。



☆★☆★☆★☆★☆★



「ふーん……そんな感じだったんだ」

 とまあ、昨日の顛末を朝から少しずつ話して、やっと話し終わる頃にはこうして昼休みになってしまった。

「それで、そのアストなんとかさんはもう家から出てったの?」
「アストレイだ。昨日帰ったらもう家には居なかった。アイツの着てた鎧ごとな」

 家に帰ると、キッチンのテーブルの上にはミミズがのたくりまわったみたいな汚い字で俺と雅への感謝の言葉を述べた置き手紙があった。部屋もキチンと整理されて――は居なかったが、出来る限り綺麗にしようとした痕跡はあった。結果として追い出されたようなもんなのに、アイツも律儀な奴だよ。

「そっか。ま、二日も家に泊まらせただけでも相当お人好しだとは思うけどさ」
「なんだ、お前も反対だったのか?」
「そりゃそうでしょうよ。このご時世に見ず知らずの外国人を泊めてやるような奴がどんだけ居るってのよ。いくらここが平和な日本だっていっても、親切にしてやったら家財道具一切持ち逃げされてたって文句言え無いわよ。しかもそんな怪しげな目的を持っててさ。アタシでも河合先輩と同じ忠告をしたわ」
「まー怪しい奴なのは確かだけどな。良い奴ではあったんだが……」
「そこの印象はアタシも同じだけどね。だけど性格が良い人が必ずしも善行をするとは限んないから。真面目な人でも職務に忠実な人なら、上司に命令されたら犯罪だって犯す可能性あるんだし。
 だけど急に居なくなって雅ちゃんもショック受けたんじゃない?」
「突然置き手紙だけで居なくなったからなぁ」

 気丈には振る舞ってたが、アイツもアストレイには懐いてたからな。さすがにキッチンを荒らされた時には怒り狂っていたが。
 昨夜も晩飯は失敗するし、朝は寝坊するしで、おかげで今日も俺は食堂の飯だ。だからといって雅を責める気は更々ないが。

「そういえば件の河合先輩は?」
「ああ……先輩なら連絡したんだが、今日もバスケ部の昼練に付き合うから食っててくれってさ」

 それが嘘かホントかは知らんがな。ま、俺としても顔を合わせづらかったからちょうどいいけど。先輩が心配してくれてあんな事を言ったのは十分に理解できるが、やっぱり知り合いを悪く言われると、な。俺の方ももう少し心を整える時間が必要だ。
 ちなみに淳平は教室に置いてきた。起こさないでくれっていう本人のリクエストに応じてな。きっと夕方には空腹でそのリクエストを後悔してることだろう。

「でもさ」
「あん?」
「ホントーに先輩が断った理由ってそれだけなのかしらねぇ」
「っていうと?」

 俺が尋ねると深音はカレーのスプーンをペロペロ舐めて、最後の一口まで綺麗に舐めとると水を一飲みした。そして頭の後ろで腕を組んでテーブルの上に足を上げて考え込むように唸りだした。こら、女の子がはしたないですよ。周りの男も、紳士ならガン見してないでちゃんと眼を逸らせ。

「なーんか変な感じがするのよね。もちろん先輩の事だからぴょん吉の事が心配だっていう理由は本当なんだろうけどさ、それだけじゃない気がするのよね」
「ああ、それは俺も思った」

 違和感があるっつーか、何か引っかかるんだよな。深音の言うとおり俺の心配という点では疑ってはいないのだが――

「あの人だったら危険が無い範囲で協力してあげそうなもんよね。それかぴょん吉を遠ざけつつも自分は協力したりだとかしそうかなって思う」

 それもそうなんだが、それよりも――

「いや、先輩なら危険があるって分かってて絵の少女をそのままにしておくはずがない」
「確かにそれはそうかも」

 仮にアストレイの奴、もしくは関係している連中が何か良からぬ事を少女に対して企んでるとして、その可能性があると分かれば俺が知る先輩であれば何らかのアクションを起こすはずだ。
 例えばアストレイたちに先んじて少女を探し出して警告したりだとかな。
 だっていうのに俺にも手を引け、と言うっていうのは妙だ。アストレイの前だったから何も告げなかったにしても、メールなりで俺に連絡することはできるし、朝イチでウチのクラスにやってきて耳打ちなりをしてきそうなもんなんだが。
 それすらする気配が無いってことは少女の件に今後一切関わらないという先輩の意思表示と捉えていいのだろうか? とすれば先輩らしからぬ行動だ。

「先輩の性格を俺が読み違ってるのか、それとも――」

 それとも、俺が気づいていない何かを先輩が気づいて、俺に隠しているのか。

「――……ああ、もうっ! わっかんねーな!」

 考えがまとまらず苛立って思わず頭を掻き毟った。
 くそっ、何か納得いかねぇ。スッキリせず、胸にモヤモヤが残る。
 面倒くせぇ。放課後、生徒会室で先輩を問い詰めてみるか? いや、でも問い詰めたとしても何も教えてくれねぇ気がするな、あの人なら。

「河合先輩って頑固そうだもんね。一度決めたら最後まで貫き通しそうだし。今更ぴょん吉が悩んだってしゃーないわよ。
 さて、んじゃアタシは残りの時間また寝るから教室戻るわ」
「ん? ああ、じゃあ俺も戻るわ」

 食ってしまった定食の食器を重ねてカウンターに戻しにいく。雅も早く調子取り戻してくんねぇかな。別に食堂の飯がまずいわけじゃないんだが、何か物足りん。

「で、ぴょん吉は先輩からフラレちゃったわけだけど、どうすんの?」
「……分からん」

 自販機でジュースを買って教室に戻る最中、深音に聞かれて俺は首を振った。先輩の好意、というか気持ちを無にしないためにも、そして雅のためにも完全に手を引くべきなんだろうが、やりかけの物をそのまま放置したみたいで何か気持ち悪さが残る。
 このまま数日もすればまたいつも通りの退屈ながらも平穏な日々に戻って、それはそれで俺が望むところではあるんだが。

「ま、アンタのしたいよーにすれば? 河合先輩とか関係なく、さ。頼まれればアタシも手伝うわよ? 友達なんだしさ」

 その申し出に俺は眼を丸くした。
 珍しいな、コイツがそんな事言い出すなんて。だいたいは最初だけ首を突っ込んで堪能した後は「後はご勝手に〜」って奴なのに。

「ひざまずいて足を舐めるだけで協力するわよ?」
「だよな」

 そういう奴だよ、コイツは。ちょっと見直しかけたけど撤回だ撤回。期待して損したよ。
 そんな話をしながら教室にたどり着く。廊下は陽が直接当たらないから比較的涼しいんだが、ドアを開けると中からはムワッとした空気が俺の肌にまとわりついていく。
 もう早くも夏真っ盛りだな。今だけは梅雨が待ち遠しいぜ。

「あらら、早くもみんな夏バテねぇ」

 中では昼飯を食った連中がみんな机に突っ伏して寝ていた。最近は特に暑い日が続いてるし、特に元々覇気の無い連中だからな。何人かは欠席してるし、この暑さになけなしの気力も持ってかれたか?

「だらしねぇなぁ」
「ま、今元気がある奴らなら普段からもうちょっとやる気見せてるでしょ。
 ってことでアタシも寝るから」
「ああ、おやすみ」

 もうすぐ午後の授業が始まろうかっていうのに深音を止めようとしない俺の返事も如何なものかと思うが、コイツの場合はするべきことはやってるし、成績も悪く無いから問題ないか。入学直後のテストだとクラス一位だったらしいしな。まったく、人は見た目によらないとはホントだな。
 深音は朝から寝っぱなしの淳平の所に行って缶ジュースを机に置いてやると、壁際の自分の席に座って速やかに寝息を立て始めた。早ぇな、おい。青ダヌキの友達もビックリだよ。今度アイツに丸いフレームの伊達メガネでもプレゼントしてやろう。

「もうしばらく時間もあるし、俺も」

 軽く休んで午後の英気を養うとしますかね。
 窓際の席に座って、微かに吹き込んでくる風を感じながら俺も眼を閉じた。
 陽は柱の影になって俺の席には差し込んでこず、いい感じに頭の中がフワフワとしてくる。
 早々に俺にも眠気が襲ってきてウトウトし始めた。
 イカンな、これじゃ深音と淳、平を……馬鹿にでき……ん……
 知らず疲れが溜まっていたのか、それとも教室ののどかな雰囲気に当てられたのか。深音たちと同じく俺もいつの間にか寝入ってしまった。飯食って、腹ぁ膨れてこの陽気。最高に幸せな一時だと思うよ、まったく。ずーっとこんな時間が続いてくれれば世の中きっと最っ高に平和だろう。
 ウツラウツラと少しずつ世界が遠のいていく幸福感を味わいながら、やがて俺の意識は完全に夢の世界へと旅立っていってしまった。




 そして目が覚めたら、すっかり陽は落ちてクラスには誰にも居なくなっていた。
 ……誰か起こしてくれよ、ちくせう。



   








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