「まったく……何だってんだ、アイツは……」
店内の床にブラシを掛けながら俺は知らず独りごちていた。
頭の中を占めるのは昨晩のあの我が家の惨状だ。何とか壊れた瞬間湯沸器の如く沸騰した頭を落ち着かせてアストレイから行った事情聴取の結果を鑑みるに、どうもヤツの言葉どおり、ウチを破壊してやろうという悪意は一片の欠片も無かったらしい。
ただ純粋に俺や雅を喜ばせようという一心でアイツはまず部屋の掃除に取り掛かり――リビングの惨状を作り出したようである。
何をどうやったら掃除を試みてあそこまで散らかすことが出来るのかは全く以て理解できない。だが悲しいかな、事実としてウチの家がああなってしまったわけである。
話を聞くに、掃除機を掛けようとしたが使い方が分からず、アレコレしているウチにスイッチを押したのだろう。突然音がして掃除機が暴れだした――というのはクソ外国人談である。当たり前の話しながら掃除機が勝手に暴れるはずもないので暴れたのはおそらく驚いたアストレイだろう、と思っている。
奮発して買った、軽量ながらも吸引力が変わらないただ一つの最新式掃除機なのだが、どうやらそれが裏目に出たらしい。軽量ゆえにビビったアストレイに放り投げられて時計を破壊し、強力な吸引力ゆえにアチコチ手当たりしだいに物を吸い込み、更に慌てたアストレイと組んず解れつの取っ組み合いを行ってしまった。そう俺は聴取結果から理解している。繰り返すがどうしてそうなったかは俺の理解の範疇外である。
思い返せば、そういえば一昨日にウチに連れてきた時もテレビが映っていたことに驚いていたな。
その時の反応もまるで、文明の進んでいないアフリカやアマゾンの秘境にすむ部族が初めて日本の電化製品を見た時みたいだった。いや、ちょっと違うな。どっちかというと、「存在を知ってはいたが実際に見るのは初めて」って方が近いかもしれん。
ともかく、そうして掃除は途中で断念。ならばせめて、とばかりに料理に取り組み始めたわけだ。
アイツの記憶は失われたままではあるが、それも何から何まで無い、というわけではないらしい。
名前を覚えていたように幾つかの断片的な記憶はある様で、知識も歯抜けではあるが残っている。電車とかバスとかも知っていたし、日本におけるある程度の常識とかも分かってはいるようなのだが、それはさておき、その残った知識の中にある故郷の料理作りに挑戦したのだ。
勝手にキッチンを漁って道具を取り出したのは、百歩譲って許してやろう。だがまともに使ったことのない道具を使って、しかもうろ覚えの知識で自らの実力も分からずに料理に取り掛かろうとしたそのチャレンジ精神を俺は絶対に許さない。
かき混ぜ用として電動泡だて器を使って中身をあちこちに飛散させ、濡れた手でボールを持って手を滑らせ、IHコンロを見て火が点いていないと思ってタオルを置いて火災を発生させ、フライパンでフランベをしようとして大量に投入した料理酒に直接火を付けて天井を焦がした。
その時に髪に火が移って、慌てふためいて暴れまくり、テーブルの上のもんをしっちゃかめっちゃかにしながら転げまわっていって、出来上がったのがあの素晴らしく前衛的で芸術的な部屋だ。
幸いにして途中で雅が帰宅して一緒に料理をしていたようなのだが、風呂掃除とかでちょっと眼を離した隙にああなっていたらしい。
「おや、今日はずいぶんと掃除に力が入ってるね。何かあったのかな?」
「昨日頭でお湯を沸かし損ねたんで、その時の熱がまだ頭ん中に残ってるだけですよ」
あの野郎の頭を殴り倒しただけで怒りが完全に治まるわけもなく、その怒りを掃除にぶつける俺はきっとイエス様も泣いて喜ぶ聖者だろう。怒りをぶつけられているモップくんにはたまったものではないだろうが。
「君がそこまで怒るとはよっぽどの事があったんだろうね。目つきに似合わず意外と心は広いからね、直は」
「それ、褒めてます?」
「さて、どうだろうか? それよりももうモップ掛けはいいよ。夕方の営業を始めるから」
「分かりました。じゃあ洗ったカップを棚に戻してきます」
「ああ、それはこっちでやっとくよ。あんまり待たせると怒られるからね」
「誰にですか?」
尋ねるとミケさんは親指で通りに面した窓の方を指した。
振り返ってみると――
「おヒメ様に、ね」
窓に顔を押し付けて膨れっ面で店を覗きこんでいる先輩の姿がそこにあった。
☆★☆★☆★☆★☆★
「お待たせしました。本日のブレンドコーヒーです」
昨日と同じように先輩の前に香り芳ばしいコーヒーを置く。先輩は静かにカップを手にとって昨日と同じようにまずは香りを吸い込んだ。眼を閉じて、まるで上質を知る人の様に鼻でまずコーヒーを味わっていく。
そして一口。少しだけ口に含むと口内に広がる豆の香りと苦味、酸味、コクを存分に堪能して、眼を開いた。
「いい香りだ。今日は……キリマンジャロとブルマン、モカだな?」
「いえ、コロンビアとモカマタリ、サントスになります」
さながら、昨日の焼き直しである。
先輩は眉間にシワを寄せて「むぅ……」と小さく唸ると触り心地の良さそうなストレートの髪を掻き毟った。
「やはり難しいな。昨晩本を買って帰って勉強したんだが」
今度の興味はコーヒーですか。どっちかっていうと俺のイメージだと先輩は紅茶派っぽいんだが。
「うむ。元々は紅茶派だったんだが昨日ここで飲んだコーヒーが美味しくてな。是非とも家でも再現してみたくて、それにはまず豆の違いについて勉強しようと思ってさっそく本とミルとかを買って淹れてみたんだ」
「いきなり熱心ですね」
「根を詰めすぎるのは悪い癖だよ。十何杯も飲んだおかげで昨晩は殆ど寝付けなかった」
飲み過ぎだ、それは。
「一晩じゃ利きコーヒーは幾らなんでも無理ですよ」
「しかし深音は見事に当ててみせたじゃないか」
「アイツはたまに不明な実力を発揮しますから。参考にしちゃダメですって。
あ、いらっしゃいませー」
客が入ってきたので先輩への対応を中断して席を離れる。新たな客はどうやら外国人らしく見覚えの無い客だ。薄い褐色の肌だったので一瞬アストレイかと思ったが、違った。目深に被った帽子の下から覗く髪色もアイツと一緒だから、同じ国の人間だろうか。
そんな事をつらつらと考えながら席に案内するが、日本語が分からないのか、それとも元々の性格なのか愛想の一つも無く俺をジロリと見ると、「カフィ……」とだけ告げてソッポを向いてしまった。
少しムッとするような態度だが昨日のアストレイ事件(仮)に比べりゃ大したことない。今ならコーヒーぶっかけられたって笑って許せる気がする。
「ところで、直」
「なんスか?」
伝票をミケさんに渡したところで先輩が声を掛けてきた。
「昨日の話なんだが」
「ああ、アストレイの件ですね」
「うむ。やはり本人から話を聞かねばならんからな。直にも出来る限り話したのだろうが聞き手が変われば新たな情報も出てくるやもしれん。もちろん昨日直が言った通り本人が了承してくれれば、ではあるのだが」
「それでしたら今日ここに来るように伝えましたから。協力してくれるなら喜んで会ってくれるそうです」
本当は少し渋っていたんだが、昨日散らかした代償として無理やり命令したんだがな。最後にはアイツも乗り気だったし、問題ないだろう。
「五時過ぎくらいには来れるって言ってたからたぶん……」
カラン、と入り口に吊り下げられているベルが鳴った。そしてドアの奥から見慣れてきた褐色の肌のイケメン外国人。
「来るんじゃないかと思ってたんですが、ちょうど来たみたいですね」
「あの方か?」
アストレイは店に入ってくるとキョロキョロと不安そうに周囲を伺っていたが、俺の姿を見つけると嬉しそうに破顔して小走りで走り寄ってきた。
「ああ、直! 良かった、辿り着けて。しかし君の描いた地図は芸術的すぎて分かりづらかったよ。もうちょっと素人にも分かりやすい絵を心がけるべきだと思うんだ」
「余計なお世話だ」
俺ももっと絵が上手くなりたいもんだがね。こればっかりは才能が無いと諦めているが。
「それで、そちらの女性が手伝ってくれるという人かい?」
「そうです。初めまして、河合・陽芽です。よろしくお願いします」
先輩は立ち上がってアストレイに握手をしようと手を伸ばす。
が、アストレイは先輩の顔をじっと見つめたままだ。
「どうかしましたか?」
「いえ……失礼だが、何処かでお会いした事はありませんか?」
「いや……貴方とは初対面だと思うが……もしや記憶が?」
「ああ、いえ。そういう訳では無いのですが、なんとなく会ったことがあった気がしまして……そう、ですか。失礼、どうやら勘違いだったようです」
「ふふ、別に構いませんよ。探し人もそうですが、アストレイさんの記憶が戻るのも大事でしょうから。
来て早々で恐縮ですが、それでは話を聞かせてください」
そう言って先輩は微笑んでアストレイを席に座らせると一拍遅れて優雅な仕草で自分も座る。
なんつーか、ホントこういう時は先輩って仕草がお嬢様っぽいよな。人をもてなすのに慣れてるっていうか、目上の人と話す時にも物怖じしない。俺も気後れしたりはしないんだが、俺とは違って気品があって……上手くは言えないが、お嬢様って言うよりも「女王様」って感じか。女王様って言うと何かエロい響きがあるけどな。とてもあんなボロ屋に住んでるとは思えん。
「あーっと、ミケさん」
「あー、いいよいいよ。昨日と同じ感じで。事情は知らないけど訳ありなんでしょ?」
「すみません……」
「その代わり給料差っ引いとくから」
「……売上が伸びたって事で何とかなりませんかね?」
「他の客の倍飲んでくれたら考えてやるよ」
「よしお前ら、たっぷり飲め。今すぐ飲め。胃をコーヒーで満たせ」
特にアストレイな。部屋の修繕代で今月は大赤字だ。ションベンがコーヒー色になるまで帰さねぇぞ。
そうして昨日と同じシーンが続く。
違うのは、話をするのがアストレイであり今日の俺は単なる傍観者ということだけだ。話の合間にオーダーを取りに行くのも、時折ミケさんが楽しそうに俺らの居るテーブルを眺めてるのも変わらない。
「――なるほど。それで貴方はこの街にやってきたと推測するが、その女の子が何処にいるのか、そもそもこの街に住んでいるのかも分からないということですね?」
「ええ。彼女を見つけるのが目的で有ることは覚えていますが、何の為に彼女を見つけ出さなければいけないのか、見つけた彼女をどうするのかも覚えていません」
「それでもアストレイさんは彼女を見つけ出したい、と」
「はい」
先輩の確認にアストレイはしっかりと頷いた。
普段は優しそうに柔らかい眼をしているのだが、先輩を見るコイツの眼は真剣そのものだ。無駄に整った容姿のせいで、ふとした時に女性のようにも見える時があるのだが、こんな顔も出来るんだな、と横に居て妙に感心してしまった。
先輩は先ほど持ってきた二杯目のコーヒーの香りを嗅ぎ、少しだけ味わった後に「失礼ですが」と前置きして質問を重ねた。
「どうして彼女を探すことにそこまで拘るのでしょうか? その子の居場所もそうですが、目的も意図も今の貴方にとっては不明瞭。であればまずはアナタの記憶を取り戻すこと、そちらを優先してもよさそうなものなのですが……」
「なぜ、拘るか……」
「ああ、これは単純に私の興味なので、もし答えたくないなら構いません」
「いえ、別に答えたくないわけではないのです。ご存知の通り記憶がありませんから、私の中に陽芽さんの質問に対する答えはありません。ですが、強いていうなら……」
「強いて言うなら?」
「私のここが強く訴えてくるのです」
そう言いながらアストレイは、自分の心臓の位置に手を押し当てた。
「何があろうとも、如何なる困難があろうとも私はその子を見つけ出さなければならない……それだけが強く私の中に根を張っていて、常に訴えかけてくるのです。
今の私は何者なのか、どういった人間なのか、何処へ向かうのか……一切の道標を持ちません。なので私の中で主張するその感情に従うしかないというのが実情ではあります」
「そうですか……では恐らくアストレイさんとその少女の間には強い繋がりがあるのですね」
「かもしれませんね……
今回は本当に申し訳ありません。直もですが、本来であれば関係のない貴方達を巻き込んでしまいまして。昨日と今日も町を探し歩いてみましたが、何も手がかりがつかめてなくて……」
ああ、やっぱり上手くいってないんだな。ま、そりゃそうだろう。何処に居るかも、名前さえも分からない人間を探すなんて、砂漠に落とした指輪を見つけるとまでは言わんが、コイツ一人で探そうったって土台無理な話だ。
「気に病む事はありませんよ。私が好きでやろうとしている事ですから。それに――」
先輩は俺の方を見た。
「直が貴方を助けたというのも何かの縁でしょう。それに直は――口では言わないかもしれないが――貴方を手伝ってあげたいと心から思っている。であれば私も手伝うのは当然です。私は――生徒会長なのですから」
柔らかい微笑みをアストレイに向け、アストレイはキョトンとして横に座る俺を見つめてきた。やめろ、男に見つめられて喜ぶ趣味はないのだが、お前に見られると新しい世界を開きそうに――はならんか。
「陽芽は面白い人だね」
「まーな。何にでも首を突っ込んでいきたがるのが玉にキズだが……」
「む、それは聞き捨てならないな。私が取り組むのはあくまで生徒に関することだけだ。今回も早く問題を解決せねば直の高校生活に影響が出かねんからな。生徒会長としてそれは憂慮すべき事だと思ってだな……」
「そして素直じゃない、と」
「そう……なのか?」
少し顔を赤くする先輩を見てアストレイが薄く笑って肩を竦めてみせる。最後のは何を言ってんのかよく分からんが、まあ聞き流しておくとしよう。
「コホン……話を進めるぞ? 今まで話して頂いたのは直から聞いた内容と同じでしたが、この数日で新たに思い出した事は無いということでいいですか?」
「ええ、新しい内容は特には思い出せていません。申し訳ない」
「いえ、結構です。では直に見せた少女の写真――いや、絵でしたか。そちらを拝見させて頂いても宜しいでしょうか? さすがに姿形を知らなければ探しようもありませんし」
「もちろんです。こちらです」
アストレイがポケットから丁寧に畳まれた紙切れを取り出して先輩に手渡す。「ありがとう」と先輩は小さく笑みを浮かべながら受け取って広げていくが、その様子を何気なく見ていたアストレイが突然頭を抱えて俯き始めた。
「う……うぅ……」
「アストレイ?」
声を掛けてもアストレイは呻くばかりで反応が無い。病気か、とアストレイの肩に手を掛けて様子を伺おうとしたが、すぐに手を上げて「問題ない」と掠れた声で返事をしてきた。
「大丈夫かよ、おい」
「ああ、心配を掛けたようですまない。急にめまいと頭痛がしてきてね、驚いて声を上げてしまった。今はもうなんとも無いよ」
「そうか? ならいいけどさ。勘弁してくれよ? ここで病院送りなんかになったら俺がミケさんに殺されちまう」
嘆息しながら俺は何気なく先輩の方を見た。
「――」
だが先輩は今のやり取りに全く気がついていないように、一心に渡された絵を凝視したままだった。
大きな眼を皿の様にして、じっとただ写真のように精巧な絵を見つめ続け、俺の視線にも全く気づく様子が無い。
「先輩?」
声を掛けると先輩は一瞬だけビクッと体を震わせた。
何か見つけたのか?
「あ、ああ、すまない。少し考え事に没頭してしまったみたいだ」
「大丈夫ですか? さっきも夜寝てないみたいな事言ってましたけど、先輩もアストレイも店の評判落とすような事しないで下さいよ? 主に俺の給料的な意味で」
「なに、心配しなくても大丈夫だ。ここ最近の走り込みでスタミナだけは付いてきたからな。二、三日どころか一週間は寝なくても元気でいる自信がある」
「そろそろ人類卒業し始めてませんか?」
いやまあ、元気なら問題ないんだけどな。
「それで、一心不乱にその絵を見てましたけど、何か気づいた事でもありました」
「……いや、まだ何も。それよりもアストレイさん、この絵について伺いたいのですが」
「何でしょうか?」
「絵の描かれているこの紙、まだ比較的新しいものの様ですが、絵自体もいつ描かれたものか覚えてはいらっしゃいませんか?」
そういやそうか。何気なく写真、じゃなくて絵の女の子がここ最近の様子を描いたもんだと思ってたけど、絵自体は別の絵をコピーした可能性もあんのか。うわっ、ってなるとこの子が今何歳かも分かんねぇってことか。余計に難易度が上がったな。
「はい……今ちょうどそのことを思い出したのでお話しようと思ったところです」
「えっ! 記憶戻ったのか!?」
「いや、記憶は戻っては無いんだが、さっきの頭痛の中で断片的にいくつか浮かんできた事がある」
「ほう、私と話したのが功を奏したのか? 何がきっかけになるか分からないものだな。それで思い出したことというのは?」
先輩が身を乗り出して尋ね、隣のアストレイは小さく苦笑を浮かべて先輩を見た。
「ええ、一つは今言った絵の事です。それはたぶん元々あったものを何枚か転写したものの一つなのだと思います。断片的にですが、何人かと一緒にその絵を渡された記憶があります」
「ちょっと待て。ってことはお前の他にその子を探している連中が居るって事か?」
それはかなり重要な情報だぞ。
「いや、そうとも限らんぞ、直。この絵を渡された事とこの子を探す事は関係ないかもしれん」
「いいえ、恐らく直の言う通りだと思います。もちろん陽芽さんの言うとおり関係ない可能性もありますが、素直に考えるとこの絵の少女を探すために配布されたものと考えるのが自然です」
だよな。
そうなると一緒に探しに来た連中を見つけ出せばもうちょっと情報が集まるんだろうが……
「……そんな大勢で一人の女の子を探してるって、すっげぇヤバい事態な気がするんですが」
「奇遇だな。私も同感だ」
しかもカタギな連中の雰囲気が微塵もしないのは何故だろうか? ヤバイ連中が探してるんならコイツが頑なに警察を頼るのを拒む理由も説明が付くし……
……はぁ。思わず俺の口からため息が漏れた。どうしてこうも妙なことに巻き込まれるのか、俺は。
頭を抱え込んだ俺を他所に先輩は考えこむように黙りこむと、眼差し鋭く言い聞かせる様な口調で続けた。
「もし探している連中がまともな連中では無かった場合、尚更の事危険から遠ざけねばならんが……
アストレイさん。もし、この少女を見つけ出して良からぬ事を企んでいそうな連中と貴方が同じだった場合はどうするつもりですか? お聞かせ願いたい」
アストレイに尋ねる先輩のその声には強い意思が篭っているように俺には感じられた。アストレイは依頼者であるが、もし返答が意に沿わなかった場合は敵対も辞さない。そう言っている様で、俺は自然とアストレイの様子を注視していた。
「……」
アストレイは黙して考え込んでいるようだ。だが閉じていた秀麗な眼を微かに開くとすっかり覚めてしまったコーヒーに口を付けて唇を湿らせ、ソーサーの上にカップを置いて同時に先輩の方を真っ直ぐと見据えて答えた。
「その方々が何を目的としているか、今の私には判断しかねます。懸念されているように私と共に絵を受け取った者達は少女を害そうとしているのかもしれませんし、そうでないかもしれない。
先ほど私は強くその子を見つけ出したいと思っている、そう申し上げた。しかしそれは正確ではありません。私の『ココ』は強く願っています」
そう言うとアストレイはまた眼を閉じて、もう一度自分の胸に拳を当ててみせた。
それはまるで――
「物語の騎士みたいだな、その仕草。結構堂に入ってるぞ?」
「そうか? ひょっとしたら私はその少女の騎士だったのかもしれないな」
だとすればこのキザな外国人の願いなんて口に出さずとも一つだろう。であれば、例え俺らが先に絵の中の少女を見つけ出してコイツに引き渡したとしても安心できるというものだ。
今のアストレイの返答にさぞかし先輩も安心していることだろう。
そう思って先輩の方を見てみたのだが、俺の予想とは裏腹に先輩は神妙な様子で目の前で組んだ掌に顔を押し当てていた。
何か、先輩には他に懸念があるのだろうか?
「アストレイさん」
先輩は大きく息を吐き出して目の前のイケメンに尋ねた。
「何でしょうか?」
「貴方のお気持ちをだいたい察することができる。しかしハッキリと口に出して応えて頂きたい。
――貴方の言う強い願いとは何でしょうか?」
「――その少女を、守りたい。それだけです」
淀みなく、迷いなく、明確に自信を持ってアストレイは応えてみせた。それは俺が想像するに百点満点の言葉だろう。
「……そうですか」
先輩の口から小さくため息が漏れた。
俺は先輩とアストレイの間で忙しなく視線を左右させていたが、彷徨っていたそれを先輩に固定し、何故だか固唾を飲んで先輩の返答を待つ。
そして先輩もまた――
「この依頼、断らせて頂きます」
――ハッキリと拒絶を口にした。
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