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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved





 やれやれ、真枝家覗き疑惑といいこの間の正くん事件といい、つくづく俺は厄介事を引っ張り込む性質らしい。目の前で半笑いを浮かべながら俺を見つめてくるイケメンに対して自分の口端が引きつっているのが我ながら分かる。
 数瞬前までは最後まで面倒見てやろうとか思っていたが、このイケメン野郎の口から記憶喪失疑惑が判明した今となっては前言を撤回したい。ぶっちゃけて言えば面倒臭い。早く帰って雅の晩飯を食いたい。成長期はもう終わったと思うが勉強に仕事にと忙しい俺の腹はペコペコなのだ。
 なので、自分が何者かと問われて苛立ち混じりに「しらねーよ」と突き放してしまっても責められる謂れはないはず。例え目の前の男が思いっきり落胆していようが、だ。
 
「そう、か……それもそうだな。君はただの通りすがりだし、知っているはずもないか……」
「……とりあえず警察にでも行くか?」

 記憶喪失と言われても当たり前ながら俺に出来ることなど有りはしない。であれば何とかしてくれる人の所に連れて行くのが筋と言うものだろう。おまけに外国人だしな。不法滞在な奴も多いとかニュースでたまに報道しているし、俺が提示した選択肢はひどく適切なものだと自負している。

「……いや、それはダメだ!」

 だというのにこの野郎は全力で否定しやがった。なんでだよ?

「分からない……分からないんだが、それは絶対にダメなんだ」
「ダメだって言われてもなぁ……じゃあどうすんだよ? 俺はアンタの事を知らねーし、記憶の戻し方も知らねーぞ?」
「それは……」
「別に何もやましい事はしてないんだろ?」
「もちろんそうだ……と思う。記憶が無いから断言は出来ないが、何故だかそういう風に疑われると、その、申し訳ないが非常に不愉快な気持ちになる」
「普通疑われて愉快になるような頭ハッピーな奴は居ねぇって。なら良いじゃねーか。アンタが何処の国の人間かは知らねーけど、日本の警察は中々優秀だっていうし、記憶喪失だって伝えれば結構親身になってくれると思うぞ?」
「そうなのか? ……だがダメだ。警察と関わることは絶対に避けないといけないんだ。どうしてかは本当に分からない。しかし、何となくだけどそんな気がするんだ」
「……はぁ」

 面倒くせぇやつだな、オイ。
 警察は嫌だとか、ここまで頑なに拒否るとか、もしかして本当にヤバイか? いや、でも本当にヤバかったらこんなコスプレしてねぇだろうしな。

「……君には連中から助けてもらっただけで十分だよ。家族も居るだろうし、遅くなると心配するだろう。これ以上迷惑を掛けられないし、私の事は気にせず帰って構わない」
「フラフラの体で何言ってんだよ」
「不覚はとったが、なに、これでも体は鍛えている……はずだ。それに、先程よりはだいぶ楽になったからもう少し休めばちゃんと動けるようになるよ。記憶のことも君に尋ねるような事じゃなかった。心配させてすまない。此処から先、自分のことは自分で何とかするさ」

 そう言ってイケメン外国人は不安そうな表情を押し隠して笑いかけてくる。本人は真面目に隠してるつもりなんだろうが、取り繕うのは下手くそだな。
 ……まったく、これだからイケメンは。ンな面して放っとけるかよ。

「何を――?」
「とりあえず今日は家に来い」

 肩を貸した体勢を整えて歩き始める。面倒くせぇことになるのはほぼほぼ確定だろうが、まあ、この先コイツの事を気にしながら生活するのもそれはそれで面倒だ。一晩くらい屋根を貸してやるのも悪かないだろうし、一晩寝れば何か思い出すかもしれん。

「ありがとう、君――ああ、そういえば名前を聞いてなかったよ。礼を言いたい。名前を教えてくれないだろうか?」
「人に名前聞くんなら最初に自分から名乗れよ。それとも自分の名前まで忘れたか?」
「いや、それは覚えている。失礼した――私はアストレイ。アストレイ・スカーレットだ」
「カッコいい名前だな。武内・直だ」
「では直と呼ばせてもらおう。ありがとう、直。とても助かったよ」
「……別に。偶然通り掛かっただけだし、人が殴られてんのを見て見ない振りをするほどダメな人間にはなりたくなかったから助けただけだ。あと、俺を見て微笑むな。俺にそんな趣味はねぇよ」
「失敬だな。直、君は優しいのか冷たいのか良く理解らない人だな」
「男に笑いかけられて喜ぶ趣味はねぇだけだっつうの」

 そういうとアストレイは小さく笑う。それを見て俺は思った。

(……咲と美沙子おばさんには気をつけよう……)

 二人の趣味を思い出して身震いし、不思議そうに首を傾げるアストレイを無視して俺は連れて家へ帰っていった。



☆★☆★☆★☆★☆★



「ただいま〜」
「お兄ちゃん!?」

 家のドアを開けて声を掛けた途端、リビングの方から雅の驚いた声が響いてきた。
 ドタドタとフローリングを叩く足音に次いでリビングのドアが勢い良く開く。そしてその後に襲ってくるであろう怒鳴り声に備えて俺はグッと腹に力を入れてその時を待った。

「お兄ちゃん! 遅くなるなら連絡してって言ってるでしょ、もう! それにどうして私が電話した時に出なか……」

 果たして予想通りに雅は怒鳴り声を上げながら俺を出迎えてくれ、しかし俺とアストレイの姿を認めると声が尻すぼみに小さくなって、顔色も悪くなっていく。

「や、やあ。初めまして」

 その理由であろうと察したか、アストレイがイケメンを活かして爽やかスマイルを浮かべて挨拶。だが、急に見ず知らずの外国人にそんな事をされても胡散臭いだけ……かどうかは知らないが、少なくとも雅に効果はなかったらしい。

「ど、どうしたのお兄ちゃん!? え、あ、そのアザ? えっ? どうして? 大丈夫? 痛くない? あ、ていうかお客さんにも!? っていうかその人誰? う、お客さん来るならヤバイ、掃除してなくてああもう、えっと」
「とりあえず落ち着けや」

 俺のアザ付きの顔とアストレイの存在を見比べながら盛大にパニクる雅の脳天にチョップをお見舞い。
 ズベシッ! と我ながらいい音をさせた会心の一撃を食らった雅はその場にうずくまりながら涙目で俺を見上げてくる。それを見ると罪悪感が半端無く心の奥底から沸き上がってくるが、その誘惑に無理やり蓋をした。

「色々と聞きたいだろうけど、まずは救急箱を頼む。それから……お前、メシは?」
「……いや、私のことは気にしないでくれ」
「分かった。ならワリィけど俺らのメシも準備してくれないか?」
「う、うん、分かった」
「直、私は……」
「腹減らした奴の隣で一人だけ飯食うとかどんだけ嫌なやつだよ。
 こいつのメシはすっげぇうめぇから気にせず食えよ。どうせ旨いもん食った記憶もねぇんだろ?」
「そんな、大した物じゃないんだけど……」
「……重ね重ね申し訳ないな」
「謝罪じゃなくて美味いってこいつに言ってやってくれ。もちろん食った後にな」

 軽口を言いながらアストレイを肩に担いで家の中に上げてリビングに向かう。
 雅も俺とアストレイの会話を聞いて、怪しい奴じゃないと理解したのか、さっきより幾分ホッとしたように表情を緩めていた。すまん、実はコイツ、メッチャクチャ怪しい奴なんだ。

「んじゃまあ、そういう事で頼む」
「わかったけど……お兄ちゃん」

 表面上は平静を装いつつ心の中で土下座していた俺だったが、後ろに引っ付いてきていた雅に俺の服の裾をクイッと引っ張られて足を止めた。

「ん? どうした?」
「……お兄ちゃん、大丈夫だよね? 大怪我してないよね? 死なないよね?」
「ちっとばかり頬を撫でられただけで死ぬ奴がいたらぜひ会ってみたいもんだな」

 不良連中に殴られた左顎の辺りを撫でながら俺は苦笑した。正直に言えば滅茶苦茶ズキズキするがそこはいつもの如く兄の見栄というやつだ。痛くも痒くもない面をしながら心配そうに俺の顔を見る雅の頭を撫でて、大した怪我じゃないことをアピールしてやる。

「ンな顔すんな。少なくともお前が無事お嫁に行くまでは死んでも死にゃしねぇって」
「……なにそれ。冗談にしても意味分かんない」
「安心しろって意味だよ」

 そう伝えてやると、今度こそ本当に安心したのか、仏頂面ながらも俺達を追い抜いてキッチンへと雅は消えていった。それを見送りながらリビングに入る俺達だが、アストレイが俺を見ているのに気づいて思わず顔をしかめてしまう。

「……なんだよ」
「いやなに、君はいい兄なんだなと思っただけだよ。思わず惚れてしまうところだった」

 そんな事を吐かすアストレイを、俺は思わずソファに投げ捨てた。



☆★☆★☆★☆★☆★



「モグモグ……んぐっ! うま、美味い……」

 雅の料理を食べながら俺は賞賛の言葉を雅に伝える。しかし額からは汗が流れ、笑顔としかめっ面が同居した何とも珍妙な表情を浮かべていることであろう。

「……随分と愉快な食べ方をするんだね、直は」
「もう。美味しいって言ってくれるのは嬉しいけど、無理しなくても良いよ? 怪我が治ってからもまた作ってあげるから」
「大丈夫だ、問題ない」

 そう強がってみせるが、殴られて切れた口の中で香辛料の刺激が暴れまわっている。
 あろうことか、今夜の我が家の晩餐は麻婆豆腐だった。俺自身はそこまで辛いのは好みでは無いが雅は完全なる辛党だ。なもんで麻婆豆腐の辛さを五段階で評価するなら間違いなく五と評して良いだろう。
 普段の俺ならば汗を掻きながら美味しく頂くのだが、今はその辛さがつらい。しかし雅の作ってくれたものだ。残すという選択肢は微塵も俺の中に残っておらず、汗と涙を噴き出しながらも平らげていく。

「もう、お兄ちゃんったら……
 その、アストレイさんも無理しないでくださいね?」
「ありがとう。でも大丈夫だ。確かに刺激は強くて傷口にしみてはいるけれど、たいした事じゃない……と感じている自分が居る。きっと普段から怪我になれてたんだろうね、私は。
 それに、痛みの分を差し引いても十分過ぎる程に美味いとも感じているよ」

 そう言いながらアストレイは、自分の言葉が嘘じゃないとでも主張するかのように次々とスプーンですくって辛さの権化を頬張っていく。
 ペースは早いのだが、それでも食べる姿に下品さとかは無くて、むしろ品があるというかなんというか。それが顔立ちによるものなのか、それとも元々の育ちがいいのかは判別は出来んが。ちなみに脱いだ鎧は金属で出来ていて、今は部屋の片隅に置かれている。シャツとズボンは今は洗濯中で、代わりに俺の物を貸している。完全に見た目は何処にでもいる観光客の兄ちゃんだな。

「そうですか? よく辛すぎるって友達には言われるんですけど、気に入って頂けたなら良かったです」

 雅も褒められて満更では無さそうだ。俺には滅多に向けてくれなくなった笑顔を見せて微笑んでいる。……別に羨ましいとは思ってないぞ?

「お世辞ではなく本当に美味しいよ。記憶が無いから信じてもらえないかもしれないが、感覚的には私がこれまで食べた料理の中で五指には入ると思う。
 ふむ、私みたいな見ず知らずの者にまで優しくしてくれて料理も上手くて、おまけに美人だ。きっといいお嫁さんになるだろうね」
「そ、そんな……大袈裟です」
「大袈裟では無いよ。私は本当の事を言ったまでさ」

 ニコッと微笑んでみせ、それを見た雅の顔が見る見るうちに赤く染まっていく。

「ウチの雅はお前なんかの嫁にはやらんぞ!」
「ちょっと! お兄ちゃん!?」
「おや? 誰が誰を好きになろうと自由だと私は思うけどね? いくら君が兄であっても妹君の幸せを邪魔する権利は無いと思うよ?」
「くっ……! 雅も、こんな野郎との結婚は認めませんからね!」
「うっさいバカ兄貴!」

 ば、バカ兄貴……
 何たることだ。妹にそんな罵りを受けるとは……これが反抗期というやつか。

「ふふっ。これはちょっと冗談が過ぎてしまったかな? 申し訳ない。
 直も雅ちゃんの事が心配なんだよ。度は過ぎているかもしれないが、許してやってくれないか?」
「アストレイさんがそう言うなら……」

 思いっきりブルーな気分になってしまった俺を慰めるようにアストレイは肩を叩き、雅に対しても宥める。くそっ、性格までイケメンかよ。羨ましい。

「ったく。それで、お前は何か思い出したのかよ?」
「……いや、それがさっぱりだ」

 ちょうど食べ終えてスプーンを皿に置きながらアストレイは肩を竦めてみせる。が、その顔には最初みたいにそこまでの悲壮感は無い。
 ちなみに雅には治療をしながら一通り事情を説明はしている。だから雅は、アストレイとは対照的に悼ましそうな表情でコイツを見ているのだが、アストレイは逆に困った様に眉尻を下げた。

「そんな顔しないでくれ。私自身はそこまで気にしてはいないんだ。それに、色々と忘れてはいるがこの地にやってきた目的だけはキチンと覚えている」
「目的?」
「ああ、この人を探しにやってきたんだ」

 そう言いながらアストレイはポケットから丁寧に折り畳まれた紙を取り出した。

「写真? いや、これは……絵か?」
「シャシン、というのが何かは分からないが、これは絵、なんだろうね」

 取り出されたのは一瞬写真と見間違うくらいに精巧に描かれた絵だった。紙の上には一人の女性が描かれていて、お嬢様っぽく白いドレスを着ている少女だ。何処かの公園であろう芝生が背景には広がっていて、その中で紫がかった髪色のショートヘアの女の子が恥ずかしそうに笑っていた。

「……お前、ロリコンだったのか」
「ロリコンが何を指している言葉かは知らないが、ひどく馬鹿にされているのは分かるよ」
「違うのか?」
「間違いなく違うだろうね」

 そうか、残念だ。せっかくイジるネタが出来たかと思ったんだが。

「君の懸念はさておいて、私はこの方を探しにこの地までやって来たことは確かだ。それは今の私でも確信を持って断言できる」
「お前の性癖疑惑はさておいて、ならこの人を探せばお前のことも分かるって事だな?」
「たぶんね」

 自信なさげにアストレイは頷いてみせた。
 俺はアストレイの手の中から紙を引き抜いて描かれた絵をマジマジと覗きこんだ。
 絵の中の少女の年齢は五、六歳といったところだろうか。髪で日の当たったところは紫っぽくなっているが全体的に黒髪だ。その黒髪の上には花冠が乗せられているが、たぶん少女が作ったと俺は想像する。何故ならば編まれた花冠は所々が解れていて、他にも千切れていたりだとか、作った人物の不器用さを物語っていた。大人が作ったにしては拙すぎるが、それも無いとは確実には言えないところではあるが、この絵ならそれなりに技量がある人が描いたのだろうし、やはり少女が作ったと考えるのが自然だろう。
 顔立ちは、アジア系だとは思うんだが不思議と欧米人っぽい印象もある。歳相応の可愛さはあるがどちらかと言えば将来は綺麗系の美人になるだろうと思う。眦はやや上がり気味だが、この絵の少女からは何となく気弱で儚げな雰囲気を感じた。

「この子はこの辺りに住んでるんだよな?」

 お嬢様っぽい雰囲気だし、庭の様子も立派だ。だとすればかなり高そうな家に住んでるとは思うんだが、さて、この辺りにそんな家あっただろうか?

「いや、それは……たぶんとしか言えないな」
「おい」
「そう怒らないでくれよ。そこら辺の記憶は無いんだ。今私がここに居るということは恐らくこの街からすぐ辿り着ける場所だとは思うんだが」
「こっからだとか、どの範囲まで絞り込めるんだよ」

 徒歩でっていやぁ近くかもしれんが、バスとか電車で行ける距離ってなると相当範囲が広がるぞ? さすがに新幹線とか飛行機は移動手段に含まんだろうが、それにしたってここからだと神奈川と東京全域位は含むか?

「難しいだろうか……?」
「難しいに決まってんだろうが。他に何か無いのか、情報は?」
「んん……今はそれ以外に思い出せる情報はなさそうだ。申し訳ない」
「困んのはお前だから別に謝らなくてもいいけどさ……」

 まったく、記憶を無くす前のコイツはどうやって探し出すつもりだったんだか。

「お前一人で探すつもりだったんか? って聞いても分かんねぇだろうけど」
「どうだろうね。でものんびりと探すつもりだったんじゃないかな?」
「動じねぇ奴だな、お前。ま、確かに一日二日で探しだすのはムリだろうけどさ、どっか行く宛でもあんのか? あと金もか」

 今日はウチに泊まるとして、明日以降をどうするかだよな。泊まる場所はともかくとして、金がなきゃ何もできねぇけどコイツの今の様子を考えるとあんま期待でき無さそうだ。
 そんな風に考えていたが、アストレイは肩を小さく竦めてみせる。

「泊まるアテは正直無いんだけど、お金についてはアテはあるからそこは問題ないよ」
「ならいいが……」
「だから泊まる場所は心配しなくても大丈夫さ。この辺りにも宿……ホテルとかはあるんだろう?」
「あの、アストレイさん」

 それまで黙って俺達のやり取りを聞いていた雅が割って入ってきた。

「何かな、雅ちゃん?」
「その、もし良かったら探してる女の子が見つかるまでウチに泊まりませんか?」

 おいおい、雅よ。突然何を言い出すんだよ。
 確かにコイツをウチに連れてきたのは俺だが、未だにコイツは得体の知れない奴だからな。記憶喪失だってコイツの自己申告なワケだし、もし悪意を持って嘘を吐いていたら俺には判別は出来ん。一応話した感じだと特に悪意は感じはしないが、どれだけ信用できるのやら。少なくともまだ家に出入りを許すほど信用は出来ん。警察にも行きたがらないしな。
 はっ! まさか雅。お前、本当に……

「……変な邪推しないでよね、お兄ちゃん」

 はい、ソッコーで考えがバレました。そんなに俺は分り易いのだろうか?

「それはありがたい申し出ではあるんだけど、ダメだよ、そんな簡単に私みたいな人間を信用したら」
「アストレイさんは悪い人じゃないと思うけど、でもすぐに信用しちゃダメっていうのは分かってる。だけど……ねぇ、お兄ちゃん。アメリカに行ってすぐの時、迷子になったの覚えてる?」
「え? ああ、覚えてるぞ」

 そんなこともあったな。テレビでしか見たこと無かったアメリカに住むことになってめっちゃテンション上がって二人して家を飛び出してな。あの時は危険だとかンな事は考えずに「探検」と称して、まともに道も覚えてなかったのに付近を歩き回って迷子になってしまった。
 今思えば何とも恥ずかしい事をしたもんだ。

「何処をどう行けば家に帰れるのか分からなくって、怖くなって泣くしか出来なくって……だけど通りすがったおじさんが親切にしてくれたじゃない?」
「自分の家に招いてお菓子をくれて、その後俺らン家まで送ってくれた人か! あの人は良い人だったなぁ」

 その時に貰ったお菓子とジュースの味は今でも思い出せる。たぶん普通のスーパーで売ってるスナックと炭酸ジュースだったんだろうけど、すげー美味かった。アレで腹も膨れて落ち着くことができたんだったな。おまけに俺らに付いてきてくれて、一緒に家まで探してくれたし。
 あの人が居なかったらと思うとゾッとするな。

「見ず知らずの、しかも日本人の私達に優しくしてくれてあの時は本当に嬉しくって。未だにあの時の事を時々思い出すんだけど、その度に私思ってたの。同じように困ってる人が居たら、絶対助けてあげようって」
「そりゃまあいい心掛けだとは思うけどさ……だからって俺らン時と今じゃ状況が違う。俺らは子供だったけどコイツはいい年した俺らより年上のオッサンだぞ?」
「そこはせめてお兄さんと呼んでほしいんだけどね……」

 隣でアストレイが何か言ってるが無視だ。

「でもアストレイさんが困ってるのには変わりないじゃない。記憶喪失だけでも大変なのに、周りに誰も助けてあげる人がいないなんて可哀想すぎるよ。
 お兄ちゃんの心配も分かるよ? お兄ちゃんが言ってることが普通なんだと思う。普通に考えればアストレイさんは怪しすぎるもん」
「否定はしないけど、もう少しオブラートに包んでほしいなぁ……」
「それを分かった上でこのイケメンをウチに自由に出入りさせるって言うんだな?」
「うん」
「もしコイツがとんでもないロリコンで、俺が居ない時に襲い掛かってくるかもしれないぞ?」
「アストレイさんはそんな事しないと思うけど、もしそうなったら私の見る目が無かったんだって諦める」
「そこは諦められたら困るんだが……」
「お兄ちゃん、お願い! 認めて下さい!」
「私もぜひお願いしたい。もちろん雅ちゃんを泣かせるようなことはしないと我が神に誓おう」

 雅は掌を顔の前で合わせて俺に向かって懇願して、その隣でアストレイも日本式の土下座をして頭を下げてくる。
 雅一人となることも多いから、俺の本心としては最初から言ってる通りコイツを住まわせるのには反対なんだが、こうも二人から真摯に頭を下げられると、な。
 頭をポリポリと掻いて、ため息を一つ。

(コイツも頑固だしなぁ……)

 雅も「こう」と決めたら、基本お願いという形を取るが決して曲げないし折れない。善悪の判断で間違っていると分かった場合はそうとは限らないが、自分の行動が正しいと考えてる限り俺がどうこう言おうと貫き通す。こないだ健一おじさんと美沙子さんも言ってたが、そこら辺は親父譲りなんだろうなぁ……

「はぁ……仕方ない、か」
「え? じゃあ……」
「ああ、いいよ。その代わり……分かってるだろうな?」
「ああ、分かってるよ。君が不在の間は私が全力で雅ちゃんを守ると誓うよ」

 ……雅に手を出すなって言いたかったんだがな。まあ本質は変わらんし、いいだろう。
 俺が首肯するのを見てアストレイはキリッとした表情を緩めると、雅に向かって肩を竦めてみせた。

「というわけだ。ありがとう、雅ちゃん。おかげで助かったよ。これからしばらくお世話になるけど、宜しくお願いね」
「ありがとう、お兄ちゃん! うん、良かった……! あんまり女の子を探すのはお手伝いできないだろうけど、自分の家だと思ってくださいね、アストレイさん!」

 雅は喜びに一気に顔を綻ばせた。まったく、我ながら雅に対しては甘いことだ。
 だが俺としてもアストレイの事は信じてやりたい気持ちもあった。記憶を失う前のコイツがどういう人間だったかは知らんが、少なくとも今のコイツは信じてやってもいいんじゃないかって、短い時間の中で薄っすらと思い始めている。
 だから自分が下した決断に我ながらホッとした。そして妹の笑顔を見ると、その決断が最終的にどういうことになろうとも、正しかったんじゃないかと信じられる気がした。
 そう思ったんだが――

「ちょ、ちょっと! 雅ちゃん! 女の子が簡単に抱きついたらがふぅっ!?」

 勢いそのままに雅と抱き合ったアストレイを全力で殴り飛ばしてしまい、その直後に今度は俺が雅に殴られて意識を飛ばした。そして翌朝に額に大きく「バカ兄貴」と書かれたのを見て俺は確信した。
――やっぱりコイツは疫病神だ。




  怪我をしていたアストレイを連れて直は帰宅。 雅は不安から、直に怒るが怪我をしている直とアストレイを見て 心配そうに声をかける。 雅の頭を撫でる直。安心させる。 アストレイの治療をしながら事情を尋ねる。 しかしアストレイは何も覚えていない。 覚えているのは自分の名前と本来の自分とは違うという感覚。 それと、誰かを探しにこの場所へ来た、ということ。 しかし手がかりは持っていた精巧な絵だけ。 どうしようかと悩み始めた直だが、雅はしばらく家に置いてあげたいと主張。 自分もアメリカに行った時に不安で、親切な人が居たから 同じように困った人には親切にしてあげたいとのこと。 直は不安だったが、騎士然としたアストレイの事をしぶしぶ信じることに。 翌日の学校。 昨晩の事を深音と淳平に話し、不用心だという深音といい話だと感心する淳平。 意外にも陽芽は深音と同じ意見。 とりあえず当分は家に住まわせるとのこと。 代わりに学校に行っている間は家の事をさせている。 陽芽が直の家に様子を見に行く、と宣言。 放課後、バイト先に陽芽と深音がやってくる。 冷やかしながら直のバイトが終わるのを待つ。 バイト後、帰ってくると家の中が焦げ臭い。 アストレイが食事をつくろうとしたらしいが、うまくいかずに焦がしていた。 おまけに家の物を破壊しており、雅は泣きながら片付けていた。








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