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(c)新藤悟 2005 - All Rights Reserved





 先輩を背負って送り届けたあの日。
 あれから二週間が経った。
 幸いにして先輩の体調は一晩寝れば回復したらしく、次の日からまた元気に学校に現れた。
 しかし、元気なのはいいんだが、またしても昼休みに景気良くウチのクラスのドアを破壊するかの如くの勢いでぶち開けてやってくるのは勘弁してもらいたいと切に願う。が、そんな儚い願いは初夏の空気に消え去っていった。
 飯を食ってる俺を引っ張っていき、今度は何をされるのだろうかと弁当箱を抱えたまま引きずられながら戦々恐々としていたのだが、連れて行かれたのは食堂だった。どうやら一緒に飯を食おうということらしい。
 せめて引きずる前にそう言ってほしいという俺の願いは決してハードルの高いものでは無いと思うのだが、とりあえずそうツッコむのも面倒なので為されるがままにしている。ただでさえ深音と淳平に毎日ツッコまなければならないのだ。ちっとぐらいは楽をさせてくれ。
 とまあ、それ以来昼飯は深音と淳平を含めて四人で食堂で飯を食うことになったんだが、なかなかどうして先輩と深音・淳平コンビは相性が良いらしく、俺が一人黙々と午前中の心労を癒やしながら愛妹弁当を突っついている間も仲良くしゃべっている。

「しかし非常に残念だ。二人共ぜひ生徒会に欲しい人材だというのに」
「河合先輩にそう言ってもらえるのは有り難いんだけどね、さすがに部を掛け持ちするっていうのは難しいかな? ま、ぴょん吉を生徒会に置いとくからさ、何かあったら私の代わりにこき使ってやってよ」
「俺もこないな別嬪さんに頼まれたんは叶えたりたいんやけどな。これでもサッカー部のエースストライカー候補やねん。せやから、ぴょん吉を俺や思うてしばき倒してええで?」

 時々無性にツッコみたくなる会話をしている時もあるが、敢えて火中の栗を拾いに行く必要もあるまい。どちらにせよ最後には俺をイジって昼休みが終わるのだから。

 そうして午後の眠気と組んずほぐれつの格闘をしながら授業が終わると、大体バイトまでの間で三十分くらい時間が空く。別に早めにバイトに行ってもいいんだが、凛ちゃんと約束した手前それを反故にするわけにもいかない。時間は無くともとりあえずは生徒会室に顔を出すくらいはするよう毎日心がけている。
 大体は先輩よりも俺の方が早めにHRが終わるから、あのコンピ研の薄暗い部屋を通過して生徒会室に入って、埃っぽい部屋の窓を開けて換気するのが日課だ。
 行ったからといって特にすることもないから結局は手持ち無沙汰になるのだが、倉庫の片隅に眠ってあったコーヒーメーカーを見つけたんで、バイト前のコーヒーブレイクタイムと洒落込む事にした。豆は凛ちゃんに相談すると、こっそり職員室のものを分けてくれた。

「この前のお礼とお詫びよ」

 ということなのでありがたく頂戴する事にした。しかし頼んでおいてなんだが、凛ちゃんといい先輩といい少し倫理的に怪しいところがありすぎる気がする。そのうちセキュリティやコンプライアンスに関して一度説教をしてやろうと企んではいるのだがまだその機会はやってきてはいない。
 それはさておき、せっかく喫茶店でバイトしているんだからそのうち上手い淹れ方を勉強して先輩にも振る舞いたいものだ。仕事の合間に時々オーナーにお願いして勉強しているが、まだまだ人様に振る舞えるレベルには無いがな。レベルが上がったら雅と先輩にごちそうしたいな。深音と淳平? しらんな。
 ちなみに先輩が許可も得ずに勝手に設置した目安箱だが、学校側に撤去されそうになったらしいのだが凛ちゃんの取り成しと校長の一声でそのまま設置されることになったらしい。とはいえ、結局は最初の深音による投函以外には何も届いてはいないのだが。
 でまあ、そんな感じでくつろぎながらコーヒーを飲んでると先輩がやってきて、先輩と一言二言挨拶みたいな会話を交わしながらちょいと時間が過ぎれば俺はバイトへと出かけていく事になる。
 特段何か事件が起きるわけでも無く、イベントが発生する訳でも無い。先輩も何か無いかとヤキモキしながら目安箱を日々チェックしてるようだが、俺に言わせりゃ何事も無いのが一番である。日々平和、是至上なり。
 そんなこんなで俺も学校とバイトの両立に慣れ、退屈ながらも落ち着いたそんなある日の事だった――



「お?」

 初夏からいよいよ本格的に夏の足音が聞こえ始め、夕立みたいな豪雨も時折見られるようになってきた。
 その日も昼過ぎくらいから激しい雷雨となって、大洪水になるんじゃないかと幾分肌寒さを感じながら外を眺めつつ危惧し、そしてバイトに行くことを考えて憂鬱さを覚えていた。
 幸いなことに雨は授業が終わる頃には止んだため、ずぶ濡れになること無くいつも通りバイトを終えて夜道を帰っていた時、俺は正面からやってきた先輩を見つけて足を止めた。

「お疲れ様です」
「ん? ああ、直か。バイトから帰りか? お疲れ様」

 向こうも俺に気づいたようで、走っていた足を止めて話しかけてきた。

「ええ、まあ。そういう先輩はランニングですか?」
「まあな。この間はあるまじき失態を見せてしまったからな。二度とあのような事が無いよう体力作りをせねばと思ってな」

 そう言いながら肩に掛けたタオルで額の汗を拭う。別にあれを失態だなんざ思っちゃいないが、体力をつけるのはいいことだと思う。俺もすっかり体を動かさなくなってしまったし、そろそろ運動始めないとな。
 しかし、だ。

「体力作りなのは分かりました。でも――なんで体操服なんですか!?」

 そう、ランニングしていた先輩はどういう訳か学校の体操服だったのだ。おまけに下は――ブルマである。
 首元では長い髪が張り付いていて、街灯に照らされたその肢体にもうっすらと汗が光っていた。体操服はぴったりと体に張り付き、先輩は俺の疑問に首を傾げながらブルマの食い込みを直している。

「何を言ってるのだ? 運動するときは体操服だと決まっているだろう」

 いや、それはそうかもしれませんがね? 確かに俺も運動着としてのブルマは素晴らしいものだと思う。今まさに先輩がしたように食い込みを直す仕草も最高だ。きっと多くの紳士諸君が賛同してくれることだろう。
 だがしかし、だ。一方でその格好はヒジョーに危険である。何が危険かって? 言わせんな恥ずかしい。
 ともかく、こちらからしてみれば今の先輩の格好は男にとって目に毒だ。先輩はもう少し自分が周囲から見られていることを理解したほうが良いと思う。

「はぁ……でもやり過ぎて走ってる最中に倒れないでくださいよ。先輩は何でも限度を知らないんですから」
「ふふ、心配するな。自分の限界は弁えている。とはいえ、今よりも体力をつけるためには限界を越えねばならんから少々の無理はするが。なに、私の計画通りいけばもうしばらくで二徹や三徹くらいじゃびくともしない体になるはずだ」
「……そうですか」

 いったい先輩は何になろうとしてるんだろうか? 恐ろしくて聞く気にもならないが。

「では私はそろそろ行く。予定ではまだ後数キロは走らねばならんのでな」
「じゃあ俺も帰ります。……本当にくれぐれもムリしないでくださいよ」
「分かってる。ではな」

 そう言って先輩は快調なペースで走り去って、あっという間に見えなくなっていった。ホント、元気な人だ。
 後ろ姿を見送りながら俺も雅の待つ我が家へ帰るべく脚を向ける。
 と。

「あっ、やべ」

 そういえば雅に買い物頼まれてたんだった!
 今朝方口を酸っぱくして言われた用事を思い出し、慌てて回れ右をして走りだした。
 腕時計を見れば時間は九時半過ぎ。行きつけのスーパーは確か十時までだったはずだが、いっつも少し早めに店を閉め始めんだよな。
 何とかして雅のお小言を回避せねば。その一念で俺はスーパーの方へと走っていった。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★



「ありがとうございました〜!」
「あっぶねぇ……」

 最後の客となった俺に対して掛けられた店員の声を聞きながら、ビニール袋を持った手で額の汗を拭った。
 いや、まさかいつもの店が休業日とは思わんかった。おかげで近くにあるもう一軒別のちっさいスーパーの方へ走る羽目になった。辿り着いたのはまさにギリギリ。入り口のドアをすでに閉めようとしていたが、走ってくる俺を見て店員さんが作業を止めて店内へ入れてくれた。
 それだけでも申し訳なかったんだが、オマケに売れ残った豚肉を半額にしてくれた。店員さんありがとう。アナタは俺の命の恩人です。主に明日の俺の弁当的な意味で。
 そんな風に親切で可愛い店員さんに盛大に心の中で感謝と賛辞の言葉を浴びせつつ、走ったせいで火照った体を夜風で冷ましながら再度帰途についていた。
 いつもと違うスーパーに行ったし、せっかくだ。帰り道もいつもと違う道を通ってみることにした。だいたいの家の方向はわかるから、知らん道だが何とかなるだろうと楽観的に考えながら適当に路地を歩いて行く。
 時間も時間なので、大通り沿いはそれなりに明るいが、路地の中はかなり薄暗い。別に存在を信じてはいないが、それこそ幽霊でも出ておかしくなさそうな雰囲気も一部では醸していた。
 とはいえ、俺にとっては見慣れない道を通るのに新鮮な感覚を覚えるだけだが。

「えーっと、確かウチの方角はこっちだから……」

 細い四つ角に出て、もやっとした方向感覚を信じて右に曲がる。
 その道は雑居ビルが立ち並んではいるが、テナントがまったく入っていないらしく人っ子一人居ない通りだった。思い出したように街灯が立ってはいるが、チカチカと点滅して、まともにメンテされてないのがわかるし道も汚い。普通なら通るのを避けるような道だが、今更道を引き返すのも面倒なのでそのまま進む。アメリカならもっとやばそうな道があったしな。

「それこそ拳銃殺人とか強盗でも起きてそうな道がな……っと」

 ンな事を言ってる矢先、どっかからか声が聞こえた。一瞬聞き間違いかと思ったが立ち止まって耳を澄ませてみると、確かに男たちの声が聞こえた。
 単なる立ち話かとも考えて歩き始め掛けたが、次に聞こえてきたのは押し殺した様な声と何かを殴る音、それとくぐもった苦痛の声。それを聞いて俺は静かに手に持っていたビニール袋を置いた。
 足音を出来るだけ消して、ビルの影から声の方を覗きこむ。
 そこには――

「おら、立てよニーちゃん」
「くっ……」
「そっちからケンカ吹っかけてきたんだろ? まさかもう終わりじゃねーだろうな?」
「ンだよ、そんな鎧なんか着やがって。見掛け倒しかよ」
「たりめーだろ? 単なるコスプレの外人じゃねえか。ンなかっこしてりゃビビると思ったか? 日本人なめてんじゃねーぞ」
(ケンカ、か……?)

 殴られたんだろう。一人は壁を背にして座り込んで、残り三人がその一人を取り囲んでいた。殴られた一人は何故か白っぽい鎧を着ているが、金色の髪や顔立ちからして男たちが話す通り外国人っぽいな。
 たぶん、日本のヲタク文化に憧れた観光客だろうな。日本は安全だという評判を聞いて夜まで遊びに出たはいいが連中に絡まれたってところか。

「どうした? ああん? 俺らをどっちが強ぇか教えてくれるんじゃなかったのか?」

 そう言って一番ガタイが良い一人が座り込んでいた外国人の顔を蹴り飛ばした。蹴られた男は倒れるが、重そうな体を何とか起こすと屈辱を堪えるように顔をしかめて男たちを睨みつける。

「……んだよその眼はぁっ!!」
「なめてんのかぁっ!? ああっ!?」

 そんな態度が男たちの癪に障ったらしく、怒鳴り声を上げながら外国人の男に更に暴行し始めた。

(こりゃまずいな……)

 男が無抵抗なのを良いことに連中の暴力はどんどんエスカレートしていく。おいおい、ヘタすりゃこのままアイツら、勢い余って殺してしまいそうだ。
 大事になる前に警察に連絡しなければ。
 だがそう思ってスマホを取り出した途端、手の中で鳴り始めた。

「やっべ!」

 画面には雅の名前が。くそっ、なんて間の悪い!
 静かなビル街で電子音がけたたましく鳴り響き、慌てて止める。

「ふぅ……」
「なに安心してやがんだぁ、テメェ?」

 が、時既に遅し。ガラの悪い低い声が掛けられて、声の主についてほぼ確信を持ちながらも顔を引き攣らせながら振り向く。
 そこにはさっきまで外国人を蹴っていた男たちが。

「……気づいちゃいました?」
「気づかねぇと本気で思ってんのか?」

 デスヨネー。
 笑って誤魔化そうとしてみるが、まあ怖い顔したお兄さん達は眉間にこれ以上ないくらいシワを寄せてガンつけてくる。息臭いんであんまり近づかないでください。

「……なぁ、どうする?」
「どうするっつってもなぁ。見られちまったわけだしよ。まずくね」
「なら……やるか」

 そう言って一人がポケットからナイフを取り出した。
 おいおい、犯罪の現場を見られたからって、ちょっと短絡的過ぎやしないか、とツッコみたくはあるが、ンな事を言ってる場合じゃない。これはいよいよ本格的にまずいかもしれないな……
 冷汗が背中を流れ落ちる。いつもの道を通ってればよかったと後悔が襲ってくるが今更言っても仕方ない。何とかしてこの状況を抜け出さないと……
 目の前の男たちから眼を離さずに一歩後ろにさがる。
 俺としては少しでも距離を開けて逃げるタイミングを見つけたかったんだが、結果としてそれは悪手だったと言わざるを得ない。

「ぉぉぉらぁぁぁっ!!」
「どわぁっ!?」

 ナイフを持った男が飛び出して、俺に向かって腕を突き出してきた。
 一番その男を警戒していたから何とか避けられたが、そいつは踏み留まると今度はナイフを振り下ろして俺に斬りかかってきた。

「死ねやぁ!」

 振り下ろしたナイフが俺の目の前を通過していく。前髪をかすめていって切られた毛が待った。思わず息を呑んだ。
 体がうまく動かない。浮遊感みたいなものが体全体を支配していて、脚が震えているのがかろうじて分かる。こんなはずじゃない、と苛立ってみるが手足の感覚は曖昧なままだ。
 くそっ、剣道辞めて体が鈍ったか!?

「こっちにも居んだぜっ!」
「ガハッ!」

 ナイフは避けたが、他の奴に捕まって顔面を思いっきり殴られた。
 視界がグルリ、と回転して、口の中が熱い。鉄みたいな味が舌の上に広がって、それから何かを吹き飛ばしながら俺の体が地面に転がった。
 チカチカと何かが目の前に広がる。これが「星が飛ぶ」って奴か、などと考えているとどうやらゴミ置き場に突っ込んだらしい。ビニル袋の山が頭の上に降ってきて、生臭い匂いが顔中に覆いかぶさってきた。

「おい、見ろよこのガキ。ゴミん中に突っ込んでいったぜ?」
「くっせぇなぁ。ま、死に場所としちゃちょうどいいだろ。こんな時間にこんな場所歩いてんだ。どうせゴミみてぇな人生なんだろうしよ」
「ゴミはゴミ箱へ〜ってか? ヒャッハッハッハッ!」

 ……クソが。言いたい放題言いやがって。
 テメェらみたいな人間に何が分かる? 簡単に人を殺そうと口にするお前らに、死がもたらすものの何が分かる? 苦しみながら一生懸命に生きる俺らの何が分かる?
 口の中にジワリと血が広がる。それが、熱い。痛みと、それを上回る怒りが体を支配して、震える。

「へっ、見ろよ。コイツ震えだしたぜ?」
「いたいよ〜、ママ助けてよ〜って叫んでみろよ。小便ちびって泣き叫べば見逃してやるかもしれないなぁ〜?」

 嘘だ。こいつらは俺を見逃すつもりなんて絶対にない。言いながらヘラヘラと笑う顔から俺はそれを確信していた。
 泣き叫んでも助けはこない。今、頼れるのは自分だけだ。
 何か、何かこいつらを追い払えるものは……

「あ」

 ゴミ山の中を後ろ手で漁っていた俺の手に何かが触れた。急いでそれをまさぐって引っ張りだす。
 それは棒だった。店の前とかに掲げるのぼり旗の支柱みたいなものらしいが、途中で折れたために捨てられてしまったようだ。
 だけど今の俺にとっては都合が良い。その棒を握り締めると立ち上がって男たちに構えた。

「おいおいなんだ〜? 剣道の真似事か?」
「チャンバラだろ? いいじゃねぇか、俺らもチャンバラやろうぜ?」

 正眼に構えて剣先を相手に向けながら俺は小さく深呼吸する。
 落ち着け、落ち着いてやればいい。竹刀じゃねぇけどこれなら何とかなるかもしれない。
 慣れ親しんだ姿勢を取ったことで頭が少しクリアになっていく。息を吐き出して、竹刀代わりの棒を少し振りかぶってみた。

「っ……!」

 左肩から鋭い痛みが走る。くっそ、やっぱまともに振るのは無理か。
 そうしている間に男連中も近くに転がっていたパイプやら木片やらを探し出して構え始める。適当な構えでヘラヘラしやがって、こんな連中に絶対負けたくねぇ。

(左腕がダメなら……!)

 左腕を下ろし、右腕一本で棒を構える。半身になって、まるでフェンシングみたいだ。もちろん十年間の剣道人生の中でこんな構え方をしたことはない。だけども、どういう訳かしっくりと馴染んだ感じがした。
 足首の辺りが熱を持って、それまでの体の重さが嘘みたいに消え去っていく気がした。

「んじゃいくぜぇぇっ!」

 男が木材を力任せに振り下ろしてくる。
 それを俺は――手の中の支柱で軽く受け流した。

「っ!?」
「シッ!」

 受け流すと同時に地面を蹴る。足の筋肉が悲鳴を上げるように痛みを感じ、だがそれを無視して勢い良く前へと跳んだ。
 男とすれ違いざまに支柱を横に。力まず、だが振りは鋭く。必要な力のみを腕に蓄えてそのまま男の腹目掛けて支柱を振りぬいた。

「胴ォォォォォォッ!」
「ガッハァァァァッ!?」

 俺に撃ち抜かれた木材の男は弾き飛ばされて地面を滑っていく。ジャリジャリと何かを削りながら吹き飛び、段差に引っかかって体を一回転してビルにぶつかってようやく止まった。
 そして――そのまま動かなくなった。

「……」
「……へ?」

 動きが止まる。俺の口からはマヌケな声が漏れて、ナイフとパイプの男はゆっくりと振り向いて今しがた転がっていった仲間の方を見遣った。
 なんだ、今の? スゲー勢いでアイツ飛んでいったんだけど……
 自分の右手を思わず見た。おかしい。男を吹き飛ばすほどの怪力なんて俺には無いはずなんだが。せいぜい支柱で腹を殴って悶絶させるくらいのつもりでしかなかったがあの人……死んでないよな?

「テンメェェェェェッ!!」

 俺が若干呆けていると、残った男二人が仲間をやられて激昂して、二人同時に叫びながら俺に襲い掛かってくる。
 こんな奴ら二人、しかも凶器持ちに襲い掛かられたんなら、いつもだったら身の安全のためにも真っ直ぐに逃げ出すところだ。だが――今の俺にそんな選択肢は無い。

(まずは――)

 近いパイプの男から片付ける。
 こいつもさっきの木材の男と同じようにただ力任せに鉄パイプを振り回しているだけだ。足運びも間合いの取り方もなっちゃいない。
 一歩だけ軽く後ろに下がる。支柱を頭の上に掲げて鉄パイプを受ける。
 持っている武器が互いに一緒なら受け止めても問題ない。だが今はそのまま受け止めれば素材の差で間違いなく俺の方が打ち負ける。
 なら、受け止めなければいい。
 打ち合った瞬間、手首の力を抜く。そのまま相手の力を受け流し、肘を支点に腕を一回転。体も右に半回転させて男の頭目掛けて支柱を振り下ろす。

「……っっ!?」

 頭を叩いたと同時に叩いた場所から支柱が折れてどっかに飛んで行く。だが男に与えたダメージとしては十分だったらしく、男の手から鉄パイプが落ちてカラン、と音を立て、膝から崩れ落ちていく。
 それを横目で確認しながら体を捻り、折れて鋭くなった支柱の先を残ったもう一人の喉元に突きつけた。

「っ……!」
「……まだやりますか?」

 支柱の素材が塩ビかプラスチックからは知らんが、どっちにしろ喉に刺さればただじゃすまない。もちろん俺には刺すつもりは無くて単なる脅しに過ぎない。だけど、これでビビって逃げてくれればいい。
 ジッとナイフを持った男を睨みつける。だいたい不都合な事しか起きない自分の顔だが、こういう時は便利だ。ただ見てるだけで今みたいな時は俺にとって都合の良い解釈を勝手にしてくれる。

「う……うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 念の為、意識して睨みを効かせてみると、最後のナイフ男は悲鳴を上げながら倒れた二人を放って何処かへと逃げていった。
 ダチなんだろ? せめて連れてってやれよ……
 とは思うものの、暴行現場を見られたからって俺を殺そうとしてくるような連中だ。別に起こしてやる義理もないんでそのまま放置プレイだが。夏も近いし、冬と違って凍死する心配も無いしな。
 それよりも……

「おい、アンタ。大丈夫か?」
「う……」

 三人組に蹴られていた外国人風の男に声を掛ける。金髪だから白人かと思ったが、近づいてみると肌は結構浅黒い。褐色というか、小麦色っぽいというか、そんな感じだが別に黒人系の顔立ちかと言えばそうでもない。見た感じ歳も若そうだし、夏に海岸でこんがり肌を焼いたアメリカ人の兄ちゃん、というのが一番近いかもな。あとイケメンだ。

「おい、しっかりしろ」
「う、き、君は……」

 もう一度声を掛けながら肩を揺すると日本語で返ってきた。英語で話しかけるべきかと思ったが、日本語が通じるなら良いか。

「ただの通りすがりだよ。安心しろよ、アイツらはもう居ないから」

 正確にはそこで二人ほど伸びてっけどな。

「……君が追い払ってくれたのか?」
「まあ、そんなとこだ」
「君は強いんだな。私でもあの程度の連中なら何とかなるかと思ったが、ダメだったよ」

 無我夢中だったとはいえ、片手一本でアイツらを何とか出来たのには自分でも驚きだったけどな。

「……体調さえ万全だったらと思うがそれも言い訳だな。もっと鍛錬しなければ」
「まあ一対三ならよっぽど力の差が有るか、武器でも無い限りどうしようもないだろ。ほら、立てるか?」
「あ、ああ。ありがとう」

 口元を拭いながら男は、俺が差し出した手を掴んで立ち上がる。口元を流れていた血を拭って歩き出そうとするが、殴られた箇所が痛むのか頭を押さえると足元がふらついて膝を突く。

「お、おい!」
「……大丈夫だ。少しふらついただけだ。問題ないよ」

 このイケメン外国人は腫れあがった頬で笑顔を見せてくる。が、こちとらつい最近に大丈夫と見せかけながら途中でぶっ倒れた御方を知ってるんでな。本気で蹴り飛ばされるところとか見てるし、今もまともに立ててないし。ハッキリ言って信用できん。
 仕方ない、面倒臭いが乗りかかった船だ。

「ほら、肩を貸せよ。お前、日本に住んでんのか? それとも観光客か? どうせここまで首突っ込んだんだし、家まで送ってってやるよ」
「……重ね重ね申し訳ない」
「気にするな。それで、家かホテルはこの近くか?」

 出来れば近くだとありがたいが。時間を考えると電車やバスで移動とかだったらそこまでは面倒見きれん。その場合はタクシーでも拾って押し込んどくか。
 そう考えながらイケメン外国人の返事を待っていたが、いつまで待っても答えは返ってこず、顔を覗いてみればバツの悪そうに眼を逸らした。

「どうしたんだよ? まさか家の場所が分かんねぇとか言うんじゃないだろうな?」

 HAHAHA! とアメリカンに笑いながら明るく振る舞ってイケメンの肩を叩いてみせる。記憶喪失じゃあるまいし、まさかンなこたぁあるまい。
 しかしながら俺の期待とは裏腹に、このイケメンは気まずそうに俺の顔を見て口を開いた。

「あり得ないとは思うんだけど、もし君が知っていたら教えて欲しい」
「……嫌な予感がするけど、一応聞いとく。何だ?」
「その……私はいったい誰なんだろうか?」

 どうやら俺はまた厄介事を引き込んでしまったらしい。

















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